本当は次回の話までで一つの話の予定でしたが、例によって長くなるので分けました。筆が乗るとどんどん長くなるのですが、いい加減短くコンパクトに纏められるようにしたいです、9話です。
木の葉隠れの里が生まれてから2年と少し、うちはイズナが17の誕生日を迎えたと同時に、イズナは来月いっぱいを持って扉間のアカデミー事業と木の葉研究所プロジェクトの副官を外れることが合い決まったこと、扉間とその兄、初代火影・千手柱間両名の口から告げられた。
去年の春開校した忍者アカデミーももうすぐ第一期生が卒業となる。
今のところ問題らしい問題は特に起きておらず、強いて言うなら木の葉隠れの里に参入した氏族の数も30を超えたため、当初教師として働く予定だった7人だけでは手が足りず、急遽あれから参入した氏族の中から公募を募り、もう3人ほど教師の数を増やしたのと、くノ一専門の授業も必要なのではないかと千手側からもくノ一の教師を増やした程度だ。
その際、新しく募集した教師達は、大体がなんらかの怪我や不調で忍びの道を引退したいと考えていたものが大半だったのだが、彼らに教育のノウハウはない。
そこで教育の先駆者であり、誰かに教えるという事に慣れているイズナと、イズナの教え子で教師の真似事をして、うちは年少組の面倒を三人一組で担当してたスリーマンセル組が、アカデミー開校前に2週間ほど教員研修の真似事をする運びになった。
はじめは教師としての在り方を教える側の人間が、揃いも揃って閉鎖的で有名なうちはの人間で、しかも14~16歳の少年達ばかりであることに不満や不安を感じる大人達のほうが大多数であったのだが……研修1日目が終わる頃にはうちはの少年達に対する評価はガラリと変わった。
研修担当に選ばれるだけあり、皆酷く教えるのが上手い。
それにやけに手慣れている。
何か質問を飛ばせば理知的にわかりやすく解説してくれるし、学校というシステムに対する疑問を飛ばせば淀みなく丁寧に答えてくれる。うちはは閉鎖的という前評判と違って、どの一族のものであろうと態度を変えることなく、誰にでも平等に接する。それはリーダーであるイズナのみではなく、うちはスリーマンセルの3人組もそうだ。
とくにイズナはとてもではないが、その落ち着いた物腰といい、姿勢考え方聡明さ全てが16になったばかりの少年とは、話せば話すほど思えなくなる。
うちはイズナがうちは一族内で最も愛されている人間であることは、木の葉に移住したものの中では有名な話である。中には、イズナと道で出会うなり恭しくイズナに手を合わせ拝みだす老人と、それを困った顔で返すイズナ……という場面に出会ったことがある人間もちょくちょくいる。
あとは成人を迎えるか迎えないかくらいの年齢から下のうちはのものは、高確率でイズナのシンパで、彼がいると無愛想で有名なうちはのものさえ笑顔で彼に駆け寄っていく。
その場面も、他族のものから見たら不可解で、確かに族長の弟で二つ名持ちの優秀な忍びなんだろうし、容姿も優れているが、なんでまだ成人もしていないような少年がこんなに慕われているんだ? と疑問に思っていたものだ。しかし、研修を終えた頃にはそんな大人達もすっかりイズナに感心を寄せるようになったし、ああこりゃ慕われるなと納得するようになった。
眉目秀麗で威圧感を与えぬ風貌かつ、優しくて温厚な物腰。聡明で博学で一人一人をよく見ているし、器も大きく滅多なことでは声を荒げず、よく人間が出来ている。何か判らなくて困っている人間に対し根気強く付き合う忍耐強さもあるし、生真面目なように見えてジョークも通じるし、誠実だ。
ああいうのを徳が高いというのだろう。
相手は年下の少年だというのに、「良くやった」と褒められると自分が誇らしく思えてきて、もっと期待に応えたくなる。言葉に力があるというべきか、不思議に彼の言葉はするりと心の奥底に浸透するのだ。
そうやって上手くイズナに乗せられながら研修を2週間ほど終えた大人達について、イズナとうちはスリーマンセルの3人で全員分の得意なことや教師の適性などについて、細かくレポートを書いて扉間に提出し、正式に教師として採用が決まっていた7人と共に小会議を開き、今回公募を受けて集まり研修を受けた15人の中から、厳選して特に教師適性が高そうな3人を正式採用者として選ぶ運びとなった。
とはいえ……折角研修を受けた相手をそのまま放り出すのも勿体ない。
なので研修の結果教師の採用からあぶれたもの12人に対しては、孤児院で働く道や、あるいは扉間の木の葉忍術研究所のスタッフ……もしくは火影塔の事務手続き手伝いとして働かないかと、そちらの道が示されることになった。
先にも述べたとおり、教師の公募に飛びついたものは、元より怪我や不調が元で忍びの道の引退を考えていたものが中心だ。適正により本人に最適そうな職場を割り振って声をかけたのもあり、殆どのものがありがたく扉間の提案に乗る運びとなる。
授業のカリキュラム、教科書の手配など全ては1年の準備期間で滞りなく済ませており、扉間とイズナの采配に抜かりはない。とてもこれが世界初の忍者アカデミーで、この世界に前例のないことだとは思えぬほどに、この2人の手配は完璧であり、かくて問題が発生することもなくスムーズに月日は流れる。
ならば、もうイズナを自分の副官の地位に拘束する理由もない。
それが初代火影千手柱間の弟にして、木の葉隠れ忍者アカデミー初代校長兼木の葉忍術研究所初代所長、千手扉間の判断だった。
そして扉間の副官を降りると同時に、イズナにはそれまでの功績を元に、上層部からも満場一致の可決を受けて、二つの役職を代表として任されることとなった。
一つは外交官……といっていいのか。一応木の葉隠れの里は火の国所属であり独立国ではないので、呼び方に悩むところではあるが。兎も角も、他国の要人達を歓待したり、火の国の大名や使者たちを持て成し、彼らと里を繋ぐパイプ役の役目で、イズナはその長だ。
要人護衛に関する忍びの派遣について、緊急時には火影を通さずイズナ自身の権限で選んで編制出来る権利もある。
火の国・木の葉隠れの里が興って以来、イズナは扉間の副官としてアカデミー設立業務や木の葉忍術研究所の設立の為に尽力していたが、別にそれだけが彼の仕事だったわけではない。
イズナの本職は火影補佐官のほうであり、当然兄マダラと共に火影塔に詰めて、火影の仕事を助けたり、スケジュール管理をしたり、時には火影や……火影が出られない時は火影代理を務める兄、それに護衛の暗部達と共に火の国大名や、役人達との会合にも、付き添いという形で向かうことが度々あった。
それで、要人の歓待などイズナが代表として熟すことも多かったのだが……まあなんというか、イズナは誰が相手でも相手方の要人に気に入られやすく、イズナが入った日はスムーズに……木の葉隠れの意見も反映されやすく、会談が比較的楽に進んだのだ。
それについて『イズナだからな、これも当然だ』とドヤ顔で語ったのは、その兄のマダラである。
まずうちはイズナはうちは一族らしい中性的で整った顔立ちに、華奢な体躯をした色白の美少年である。背中まで伸ばして赤い髪紐でひとまとめにした黒髪は、これまた一族には多いツンツンとした髪質から多少の癖こそあるが、施された教育の良さ故か身だしなみは整っており、その立ち振る舞いには品がある。
美しい容姿だからこそ、無表情の時は冷たい印象に空恐ろしささえ与えるが、そっと静かに微笑めば、柔和な容姿は威圧感を与えにくい……第一印象で人に好かれやすい外見をしている。
パッチリとした二重まぶたに、通った鼻筋と厚めの唇に小さな顔。
少年らしくしなやかで、全体的にほっそりとした一見華奢な体躯。
黒髪黒目と色彩こそ地味なれど、華やかで酷く目立つ容姿をしているのだが、本人の控えめな性格を現すように落ち着いた物腰と、静謐な佇まいは押しつけがましいところがなく、彼の隣は清涼な小川に足を浸すような心地よさを与える。
そして口を開けば、驚くほどに色々な物事に対して造詣が深く精通しており、随所にその聡明さを覗かせる。
しかし頭でっかちな学者共と違って、差し出がましい口を聞いたり、自らの知識をひけらかす事もない。その穏やかな物腰と、適度に打たれる相槌が、話す側の気分を良くさせる。
まあ、ようは聞き上手なのだ、この少年は。
それでいて若さ故の青さというものは微塵も感じさせず、まるで何千年も生きた仙人か、悟りを開いた高僧の如き独特のオーラを纏っている。
それにその目だ。
うちは一族は代々血継限界に写輪眼を持つが故に、目の良さを誇りにしているものが多い。
写輪眼の能力は多岐に渡るが、強力な催眠眼という性質も併せ持つため、幻術を得意としているものも多く、その眼と視線を合わせるだけで幻術に落とされかねないから、うちはと戦うときは眼を見ないようにして戦うことは半ば常識と化している。
写輪眼はチャクラの視認化に、動体視力の上昇、強力な催眠眼など能力は多岐に渡り、どれも非常に強力だ。故に開眼するとしないでは戦力に大幅な差が出やすい。写輪眼を得たものは大抵急激に成長する。が、それは強者の驕りをも誘発しやすいということだ。
急に得た巨大な力は全能感に酔わせやすくする。そこで踏みとどまり自分を顧みることが出来る者は、余程の自制心の持ち主くらいだろう。
彼らは眼の良さを誇っているわりには、その目は……眩みやすく出来ている。
というのも、写輪眼の開眼条件の話でもある。
愛の千手といわれる千手一族と、力を信条としてきたうちは一族。
けれど本当はうちは一族ほど愛情深い一族はそういない。けれど、その愛情は繊細で、暴走しやすさをも孕む。何故なら写輪眼は、うちは一族のものが愛情の喪失や自分の失意に藻掻き苦しんだときに覚醒する力だからだ。
その時特殊なチャクラが脳内に吹き出し、視神経に反応して眼に変化を与える……これが写輪眼である。そして写輪眼は憎悪や苦しみ、失意に絶望など負の感情を糧に瞳力を増す。
だからこそ、強力な眼の持ち主ほど闇に目が眩み、自分を見失い、道を踏み外しやすくなる。
……そういう性質なのだ。
だが、全員が全員そうというわけではない。
その代表のような存在がうちはイズナである。
彼は万華鏡写輪眼に目覚めて尚、その目は澄み渡った色を湛え、その瞳は人の奥底の心胆まで見通す。
たとえその目を写輪眼の赤に染めず、黒のままであっても、イズナの目と対峙したものは、まるで自分の心が丸裸にされたような錯覚を受ける。
けれど、困ったことにそれが心地よいのだ。
恐ろしいと言えばその心地の良さこそが恐ろしい。
全ての真をその眼は余すことなく見ているのではないかと思わせられて、それが嫌ではないのだ。
うちはイズナは本当の意味で目が良いのだと、彼の前では全てが丸裸になるのだと。
故に、木の葉隠れの里が出来て以来密かに誰ともなく囁かれ、新たに名付けられた通り名がある。
イズナの瞳は世の真全てを映し出す、故に……『真眼のイズナ』と人は彼をそう呼ぶ。
正直未だにうちはを信じられないと思っている他族のものも多くいる。だが、この少年ならば信用出来ると、一度接して人となりを知ってしまうと、そう思わせるだけのものがイズナにはあった。
だからこそ、外交官、要人と里の橋渡しという大切なお役目もイズナなら相応しいというのが上層部からの太鼓判であった。実際働けば、まあその通りであったのだが。
そしてイズナに課されたもう一つの仕事が、木の葉隠れ祭事企画実行委員会会長である。
戦乱の世においては平和を求められるものではある。が、実際に平和が来れば物足りなさを感じるのもまた人間だ。ずっと平穏が続けば人間というのはそれはそれで腐ってしまう。つまり、人生に必要なのは適度な刺激である。
2年と少し前、不倶戴天の敵同士であったうちはと千手が手を結び、木の葉隠れの里を興したことによって徐々に戦乱の世は終結を向かえた。
はじめは良かった。
戦乱が終わったと言えど忙しくやることが大積で、情勢に適応するだけでいっぱいいっぱいで余裕がない。けれどいざ余裕が出来てしまうと、ああ退屈だな……って思ってしまうのが人間なのである。
刺激がない。なら刺激を用意すればいい。つまり、イベントだ。
というわけでイズナに任されたのは火影や里の住民のスケジュールに合わせつつも、適切な時期を選出し、夏祭りの縁日や、豊穣を祝した祭りなどの開催の決定と、その人員の手配、実行の手続きの他、当日の警備体制の選出、他にも色々必要だと思ったイベントは企画書を書いて火影に提出し、上役会議でその許可をもぎ取ってきたり、といったものが主な仕事になる。
責任者はイズナであるが、別にいつだってやらなきゃいけない仕事でもないので、外交官との仕事と共にイズナが請け負うことになったのである。
正直言うとイズナは内心とても心躍った。
なにせ、祭りと言ったら屋台、屋台と言ったら綿飴やリンゴ飴に鯛焼き、焼きトウモロコシ。美味しいものが沢山出る。普段は物静かで大人びているためそんな印象抱かれにくいが、イズナの趣味は甘味処巡りである。つまり、美味しいもの……というか甘味に趣味だと豪語出来るくらいには目がない。
お祭りで何を食べようか、考えてくるだけでウキウキと心が弾む。
それにイズナは平和が好きだ。人々が笑って暮らせるそんななんでもない日常が大好きだ。
お祭りとなれば、みんな喜ぶ。子供も男も女も老人も、みんな笑顔になる。なら、めいいっぱい楽しんで欲しい。楽しんでくれるといいな。それを自分の手で企画して出来るとなると、イズナはとても楽しみで仕方なかった。その人々の笑顔に繋がる仕事を任されたことに、幸せな気分だった。
因みに、この年の変化はイズナが扉間の副官の地位を外れ、外交官の長の地位に就いたのと祭事実行委員長に選ばれただけではない。
この年、木の葉隠れの里では木の葉警務部隊と大規模な刑務所が設置された。
なにせ木の葉隠れの里も去年あった火影の結婚や、アカデミーの開始に伴い、新たに参入してきた忍びの氏族や移住希望の一般人などの数も随分と増えた。
となると、里内の治安維持は必然である。人が増えればその分痴漢や万引、スリなど犯罪の数が増えるものだからだ。流石に火影のお膝元である忍び里で凶悪犯罪を犯すものなど滅多にいないだろうが、それでもいないとは言い切れないし、犯罪者を取り締まり睨みをきかす人間は必要だ。
そこで刑務所を設置し、その側に木の葉警務部隊本部詰め所と、里の東西南北のうち本部がない3カ所に警務部隊派出所が設けられることとなり、これもまたイズナが新役職で出発する春と共に正式に稼働する。
警務部隊を置く……というのを上役会議でイズナが聞いたとき、思い起こしたのは前世に当たるイタチの父フガクとその部下達だったが、そもそもイタチの記憶にある木の葉隠れの里と、イズナの今暮らす木の葉隠れの里はイコールというわけではない。
そのことは発案者である扉間の話を聞いて行くにつれ、強まる。
イタチの人生の時、警務部隊はうちはを監視する檻でもあり、うちはに対する首輪でもあり、引いてはうちはが木の葉隠れの里に対してクーデターを企むに至った遠因でもあった。
強い忍びの犯罪を取り締まれるのは強い忍びだけ、と警務部隊である自分たちを誇りに思うと同時に、いつまでも自分たちは里に信用されないし、自分たち一族は里の隅に追いやられている。まるで自分たちこそ犯罪者のような扱いだ、ふざけるな、こうなれば……と里への不満を燻らせる大人がどれほど多かったことか。そしてその警務部隊を設立したのはイタチの歴史のほうでも二代目火影である千手扉間であった。
だが、そのイタチの知る政策の警務部隊と、イズナが今生きる世界で火影の左腕たる扉間が語った警務部隊の政策は同じというわけではない。
なにせ、イタチの歴史の時の警務部はうちは居住区と隣接していたし、警務部隊に所属するのは漏れなくうちはの忍びばかりであった。
が、今世で扉間の説明の元設置されようとしている警務部隊は、別にうちはの居住区と隣接しているわけではないし、「主にうちはに任せたい」とは言われたものの、所属するのもうちはばかりというわけでもない。
いや、既にうちはの忍びのうち六割が警務部隊に所属することが決定したが、他にも捜索や追跡に長けた犬塚や油女、白眼の日向の忍びなども警務部隊に勤めることに決まった。
この時点でイタチの記憶で知る警務部隊とは別物である。
それにイタチの歴史の時には派出所なんてものもなかった。どうやら警務部隊の仕事は犯罪の取り締まりだけでなく、落とし物預かりや、迷子を送り届けることなども業務に含まれているらしい。なので、すぐに住民が駆け込めるようにと、四畳一間くらいの小さな小屋が派出所として設けられるのだ。
そこにうちはの忍び二人に他族の忍び一人の三人でスリーマンセルを組んで、本部から8時間交代の24時間体制で各派出所に人を派遣するのだそうだ。
うちはは閉鎖的な一族と知られている。
若者や女衆の意識は大分変わってきたが、それでもイズナは知っている。父と同年代くらいの忍びは未だに他族の忍びを下に見ていることを。けれど、歪みやすいとはいえ、元来うちは一族は情深い一族なのだ。釜の飯を食えば仲間……とまで単純にはいかないだろうが、それでも実際に接してしまえば情が沸くこともあるだろう。だから、これを機会に一族偏重主義な考え方も変わればいいとイズナは祈るばかりだ。
そんな風に新生活を思い浮かべ、見た目は完全にいつも通りの涼しげな態度、中身はウキウキしながら、今日も仕事をその有能さを最大限に発揮して、テキパキと片付けているイズナであったが、そんな時だった。
「イズナ、ちょっと良いか?」
「……? はい」
兄であるマダラに声をかけられたのは。
「お前、今日は定時上がりだったな」
「はい、そうです」
基本的にイズナはとても優秀である。
人の数倍の仕事量を任せられても、常人の数倍のスピードで片付ける。その為、余程のことがない限り残業に雪崩れ込むこともなく、今日も仕事が片付かなくて家に帰れな~いと泣き言を言うハメになった経験も、彼の記憶にはない。故にこのまま何事もなければ今日も夕方5時には本日の業務を終えて、家に帰ることが出来るだろう。
ついでにいえば兄のマダラも大概優秀なのであるが……火影である千手柱間の右腕を務める彼は、なんだかんだで身内限定の面倒見の良さを友人たる柱間相手にも発揮して、自分の分の仕事は終わっているのに柱間の仕事を手伝った結果、結局定時には上がれなかった……なんて事態になることもそこそこ多い。
とはいえ、なにかといえば戦だった時代に比べると、今のほうがよっぽどホワイトな環境だろうが。
そもそもあの時代には、定時に帰るという概念は存在しなかった。
しかし何の用なのか、その弟の疑問を当然のように把握しているマダラは苦笑を浮かべ、それから「オレも今日は定時上がりの予定だ」と伝えたあと、こう言った。
「今日の夜南賀ノ神社まで来てくれねェか? ……話したいことがある」
このとき、なんだかイズナは嫌な予感を覚えた。
兄・マダラはいつも通りに一見振る舞っているように見えるが、なんだか危うい気配がする。
じっと兄の顔を見上げる。少年時代はその容姿も中身も前世の弟サスケと似ていたマダラであるが、歳月と共に目の下の涙袋がくっきりと浮かび上がり、ハリネズミのように伸ばされた黒の長髪は片目を隠しピンピンと跳ね、筋肉もついて上背も伸び、体格も良くなったので、サスケに似ている……と思う機会は年々減っていったのであるが、危うい時のこの表情や雰囲気は、やはりどこか前世の弟と似ていた。
サスケは純粋で……それ故他者に染まりやすい子だった。そして極端から極端に走りやすい暴走しやすい子でもあった。
思えば現世の兄マダラにも、そういうところがある。
だから、外見はすっかり共通点が減ってしまった今も、時折似ていると感じてしまうのかも知れない。
(……兄さんは何を考えている……?)
兄は、悲観主義者だ。
頭は回るのだが、いかんせん先を見すぎて足下が見えなくなりやすい悪癖がある。考えすぎるという意味では一周回ってある意味馬鹿だ。
よく自分や柱間のことを夢見がちな理想主義者のように評することがあるが、正直自分や柱間さんより兄さんのほうがよっぽど夢見がちな理想家なのでは? とイズナが思ったことも一度や二度ではない。
妥協が出来ないというか、潔癖すぎるというべきか……。
理想がでかすぎて現実と折り合いをつけるのが下手くそなのだ。
心優しい人なのだ、本当に。
争いのない世界を祈っているし、こぼれたものをどうしても見てしまうし、その上に築かれた平穏など偽者なのではないのかと疑ってしまう。それもこれも彼の潔癖な優しさからきたものだ。
だが、兄は……戦闘狂なのである。
平和を願って祈っている筈なのに、誰よりも争いを求めてしまう。戦場でこそ活き活きと輝き、強敵との戦いに幸福を感じる。殺し合いに飢える。その自己矛盾。
そういう意味では千手扉間のマダラに対する危惧は正しい。
自分やあの兄の友でもある千手柱間がいる限り、兄は踏みとどまろうと頑張るだろうけど、平穏で戦いのない日々は彼の心を苛む……何故かと言えばそれは彼がうちはマダラだからだ。
そしてそれを自覚しているからこそ、兄は本当は心の奥底では争いのない世界など夢物語と諦めている。どうしてかって? 自分が戦いのない人生に耐えられないからだ。自分が出来ないことなら、他者も出来ないだろうと、そう結論づけるのはたやすい。
であるからこそ、ガス抜きの為に定期的に初代火影を通してS級任務を兄に回してもらっていたのだが……そもそもマダラは戦国最強ではないかと言われた双璧の一人である。
ちょっと強い敵くらいでは、兄にとってはお遊びにしかならないのだ。
そうなると鬱憤がたまる。鬱憤がたまると悪い方へ悪い方へ考える。マダラの悪い癖である。
まあ、なんにせよ、話してくれる気があるのならいいだろう。
そう思って、イズナはいつも通りバリバリ仕事を片付け、きっちり定時に上がって一度着替えてから、南賀ノ神社へと向かうのであった。
「……一つの神が安定を求め陰と陽に分極した。相反する二つは作用し合い森羅万象を得る」
夜の境内にて、他族に一度も見せたことのない石碑の前で兄は滔々と、万華鏡写輪眼によって解読した文を読み上げていった。
相反する二つの力が協力することで、本当の幸せがあると謳っている、と。
次兄はどこか思い詰めたような無表情じみた顔と淡々とした声で言う。
「だが……別のとらえ方もできる」
そこから兄が語った話を聞いて、イズナは漸くうちはイタチの歴史の時何故マダラが里を抜けたのか、第四次忍界大戦が起こされたのかを理解した。
と、同時に怒りがこみ上げた。
思い出す。
脳裏によぎるのは前世イタチだった時代、誰にも気付かれることなく何度も南賀ノ神社に出入りしていた仮面の男である。一緒に一族殲滅を担った相手でもあるが、あいつは何度もこの石碑のところに足を運んでいた。おそらくは解読の為に。
第四次忍界大戦を起こした主犯は、そのマダラもしくはトビと名乗ったあの仮面の男であったことは知っている。なにせイタチは死後薬師カブトによって穢土転生にて現世にて舞い戻り、ある程度のことは聞いたから。大幻術の無限月読とやらを目的としての犯行だったそうだが、まあイタチの役目は穢土転生を止めるまでだ。
死人がいうのも不謹慎だが、あの時イタチはもう一度木の葉を守る為に動けることは嬉しかった。最期にはもう二度と言えるはずのないと思っていた想いを弟に告げることさえ叶った。悔いはない。
あのあとどうなったのかをイタチは知ろうとすら思わなかった。
何故なら信じていたから。
きっと、ナルトが、木の葉に芽吹いた若き火の意思達が食い止めてくれるだろう。弟サスケのことも、ナルトがいれば、皆がいれば大丈夫だと、そう思った。だからその結末を知ろうとすら思わなかった。
たとえ誰になじられても、自分は木の葉隠れのうちはイタチだ。
そう誰に言われずとも自分自身が知っているから、だから別に後悔はなかった。
でも、未練がないわけでもなかった。
当然だろう。
うちはイタチが死んだのは21歳の時だ。
苦難に満ちた人生だったのは確かだ。
大人になった弟の姿も見たかったし、弟に子供が生まれたらその子を抱き上げたかった。シスイに後を託されたのに、結局あんな形でしか名誉を守れず、自分で決めた道とはいえ両親を殺すことは苦しくて仕方なかった。だから……断罪されたかったのだ、他ならぬ愛する弟の手によって。
そして大犯罪者である自分を討つ形で、弟が木の葉の英雄になるシナリオを描いた。
それが弟のためだと自分に嘘をついた。本当は自分のためだった。自分が断罪されたかったのだ。だから破綻した。弟がサスケが真っ当に幸せになることを願っていたはずなのに、自分に嘘をついたから弟を歪めたのだ。
それがうちはイタチの人生だった。
けれど、それでもイタチには後悔はない。怒りも憎しみも一度死んだ時に昇華され、ただもう一度木の葉を守るため動けることが誇らしかった。弟にもう一度会えたことが不謹慎だが嬉しかった。
そういう男だ、それがうちはイタチだ。
だが、ここにいるのはうちはイタチではない。
うちはマダラの弟、うちはイズナである。
うちはイタチはあくまでもイズナの前世にあたる存在であり、その人格・知識・記憶を継承したとはいえここに生きている自分はイタチではない、イズナだ。
当然だろう、何故ならうちはイタチは死んだのだから。
だから、イタチが怒らなかったとしても、イズナは違う
兄から石碑を読み解いて思ったことなど胸のうちを一通り聞いて、沸き起こったのは怒りだ。こんなものに踊らされたのかという怒り。
(この石碑が全部の原因なんじゃないか……?)
イズナは憎々しげに石碑を睨む。
大昔に六道仙人からうちは一族へと残されたという石碑。
これを見て、イタチの知る歴史のマダラも狂った。人は争うしかないということに絶望し、夢の世界に救いを求めた。
ふざけるな、とイズナは思う。
望む夢は自分の手で現実に変えるからいいのだ。夢の世界に逃げ込むなど、偽者相手の人形遊びと何が違う。イタチは木の葉隠れを愛していた。里の矛盾や闇を含めてそれでも愛していたのだ。
そのイタチが一族を抹殺しなければいけなかったのも、イタチの知る世界でマダラが里を抜けるハメになったのもみんなみんなこれのせいなんじゃないのか?
そんな想いを込めながら、イズナは怒りを湛えた冷ややかな低い声で「マダラ兄さん」と兄を呼ぶ。
「アナタは偽者のオレなどで満足できるのか?」
「え?」
イズナは激怒している。静かに燃えるように、我を忘れるどころか寧ろどこまでも冷徹に怒っている。
初めて弟の逆鱗に触れた兄は、そんな弟の姿に動揺しながら、弱ったようにイズナの顔を伺う。
「偽者のオレなどで満足か、と聞いている」
大体にして、イタチが弟サスケを愛していたように、イズナとて今世の兄たるマダラのことを愛している。幸せになって欲しいと願っている。なのに、この石碑ときたら、我が愛しき愚兄をなんたる道に誘うのか。
(ふざけるな)
イズナとして今まで生きてきてこれまでで最大の怒りが、止めどなく沸々とその脳を焼く。
これは駄目だ。
兄を、一族を不幸にするものだ。
イズナには守りたいものが沢山ある。
里もそうだし、兄もそうだ。そして、去年生まれたばかりの姪を思う。
可愛くてふにゃふにゃの柔らかく温かな命に、イタチの人生の時生まれたばかりのサスケを思い出したものだ。泣き虫で、小さくて、イズナがそっと抱き上げるとキャッキャと可愛らしく笑った。その顔は、イズナの写輪眼開眼の切っ掛けとなった亡き一つ上の兄にも似ていた。愛おしい命。
マダラは娘が誕生しても、まあいつも通りの調子で、溺愛したりすることもなく淡々として見えていたけれど、イズナは知っている。
早く帰れた日は手慣れた様子で自分の娘のおしめをかえたり、ミルクを飲ませてトントンと背中を叩いてゲップさせたり、あやして寝かしつけたり。そもそも、イズナ達兄弟の面倒を見ていたのはこの次兄だったのだ。他の人がきくと以外だろうが、元々マダラは子守にはなれている。
それでも弟が娘を可愛い可愛いと抱きしめ可愛がると「なんだか、オレよりイズナのほうが父親みたいだな」なんて苦笑していたけど、眩しいようなものを見るように眼を細めて自分たちを眺めていた慈愛に満ちた視線。
世間にありがちな娘にメロメロな父親……というわけではなくとも、きちんと娘を大切に思っているのは伝わってきたものだ。
イズナはそんな日々も愛していた。
姪の幸せを願った。
自分が慈しみ育ててきた、一族の子供達皆愛していた。
それを、脅かし揺るがすものなど許せるだろうか? いや、許せないだろう。
「兄さんは、オレとこの石碑のどっちのほうが大事なんだ」
「イズナに決まってんだろ!!」
即答だった。
「ならば、これはもういらないだろう」
カッ。
イズナは天照を発動した。
「な……なぁあああ~!!?」
兄が素っ頓狂な声を上げるも、イズナはなんでも燃やせる黒炎で塵も残らぬほど石碑を粉々に燃やし、ふぅと、右目から血の涙を流しながらもすっきり、そう書いてあるような爽やかで清々しい声と表情でマダラに振り返り言った。
「これで一件落着ですね……!」
「いや、いやいや……イズナァ!? お前、お前何を燃やしてんだァアあ!?」
「何って石碑ですが」
「石碑ですがじゃねェよ!?」
そういってショックで放心しながら、石碑の跡地をペタペタ未練がましくなで回す兄を見て、ふぅとイズナは深呼吸を一つ。
それから兄に言い聞かせるような声で、弟は言った。
「いいですか、兄さん。これからの一族にこんなものはいらない。未来は自分で切り開くものだ。こんな石ころが何を守ってくれるというんだ?」
……マジの目だった。
「いやでも……」
それでもタジタジになるマダラに向かって、いい加減しびれを切らしたイズナは断言した。
「オレがルールです」
「……ええー……」
……いつも協調性を尊重し、人を思い遣っている弟が初めて見せた唯我独尊な姿だった。
こうして、六道仙人が残し黒ゼツによって書き換えられ、千手とうちはが争う原因となっていたうちはの石碑は、その日怒れる少年の手によって永遠にこの世から消滅させられたのであった。
続く
※イズナの可愛い姪っ子=オビトの祖母