ベルウィックサーガのあの、ザーリアスさんの話です。
「ザーリアスの旦那!!」
「ん……?」
別に、このザーリアスにとって、最近はそれほど剣を振るうのが楽しい訳でもない。
「ナルディアの軍隊が、攻めてきた様子でさぁ!!」
「ホウ……」
慌てた様子が見てとれる、ここの大規模山賊団の使いっぱしり、ザーリアスは彼に一瞥も与えず、そのまま。
「フン……」
カシャア……
そのまま、彼は飲んでいた安酒の瓶を床に投げ捨て、傍らにある。
「仕事か……」
1振りの剣、幅広い刃を持った片手剣を、その手に掴む。
「先生、早く!!」
「……うっせえな」
その剣、片手剣にしては大ぶりなそれの柄元の根から。
キィ……
透明の素材で出来た、何かのお守りのような物。
「さて……」
それが、洞窟の松明の灯りに反射して、中に詰まった。
シィア……
おそらくは押し花のような物、それを小さく照らし出す。
「行くか……!!」
スゥ……
その立ち上がる挙動にすら隙がない、熟練の戦士だけが持つ、持てるしなやかな動き。
ユゥ、ラ……
その彼、傭兵剣士ザーリアスの、豹のような身体の動きに呼応して、剣の柄が「お守り」ごと軽く揺れた。
「……なんて言ったっけな、この花の名前は……?」
まあ、別にそれは今の彼にとってはどうでもいい、単なる剣の飾りなのだが。
――――――
ザーリアスに、血塗れの彼にとっては良き過去などない。ただ。
サァ……!!
大きく、橙色の空の中で揺れる夕陽、それになびく麦の海、それだけが、彼の子供の時の良き想い出である。
――綺麗だな――
証拠こそないが、ザーリアスの父はどこかの国の貴族、ないし騎士であったらしい。
――つねに、誇りを失うな――
と、ほざきながら、酒に溺れて、家族に手を上げ続けた、情けない父親。
――フン――
だが、その男の息子であるザーリアスは、すでに6歳の頃には、すでに父の手から母と妹達を守れる位、その腕力と身のこなしは強く、逞しく成長していた。
ボグゥ!!
生まれつきの素質もある、そして、父親の身体が重度のアルコール中毒で衰弱しきっていた事もあるだろう。
――助けて下さい、もうしません、ザーリアス!!――
――その言葉、忘れるなよクソ親父――
そう、こういう人間は暴力で威圧し、支配するしかない。
すでに幼い時分で、ザーリアスはそれを学んでいた。
――さ、畑の様子を見てくるか、いいなお袋?――
――ハ、ハイィ……!!――
そして、ザーリアスは幼くして、この「一家」の支配者となった。
――さて、仕方ねぇが、働くか――
とはいえ、彼は別に家族を手酷くは扱わなかった。
――ほら、都で買った菓子だ――
――ありがとう、お兄ちゃん!!――
特に、幼い妹たちには。
――どうせ、あの親父はもうこのレイピアは使わねぇんだ、これの訓練をしてみるか――
その父が酒の毒によって、勝手に死んだ後に、残された母と妹達の食い扶持はザーリアスが見る事となった。
――戦働き、やってみるか?――
父親の、酒乱のあのヤツが行った迷惑所業のせいで、村では誰にも頼れない、自分達を助けてはくれない。
――はたして、俺の剣が実戦で通用するか?――
確かに、戦いへの恐怖はある。しかし畑仕事だけでは、こいつらは養えない。ならば。
ス、ズゥ!!
――グワァ、ア!!――
おそらくは、完全なる天性の素質。すでに彼ザーリアスは、少年のこの頃から、剣を自由自在に操る程の素質、それがあったようだ。
――よし、敗走する部隊だけを狙えば、俺のレイピアでも通用する――
しかし、まずはもともと身体、そして心が丈夫ではなかった母が、病に倒れて、そのままあっけなく死んだのを初めとして。
――お兄ちゃん、これあげる!!――
――……こんな花束を作る暇があったら、村の奴等と遊んでいろ――
ヴェリアとラーズの間で起こった「高貴なる聖戦」とやらによって、妹達が幼いまま「屈辱」を受けた後に、ゴミのように斬り捨てられた事で。
――なぜ、こんな目にあっても――
戦争によって、破壊しつくされた村の真ん中、奴等に刈り取られた、麦の波。
――夕陽というのは、綺麗なんだろうな……?――
丸裸の、無惨な麦畑跡のその光景には、あまりにも似つかわしくないほど。
サァ……!!
美しく、大きな夕陽が放つオレンジ色の陽光の中で。
――俺は、一人になっな……――
ザーリアスの、彼の「まともな」人生は終焉を迎えた。
――――――
――ギャアァ、ア!!――
その終焉の後に、彼は天性の剣の腕を頼りにこのラズベリア、この大陸各地を放浪し、金で仕事を請け負う、いわゆる「まとも」な道を踏み外した人生を送るごとに。
――ちっ、手応えのねぇ――
相手を斬り倒した時、その時に上げる相手の断末魔の叫び、金切り声、上げる血飛沫、そして。
――なんだよ、たったそれだけの身代金かよ?――
――た、助けてくれ!!――
――ああっ、知るかよ!?――
ズザァ!!
そして、もちろん戦利品。それらを獲る快感という物を覚えた。
――さて、次にいくさが起こりそうな所は、とっ……――
その、斬り捨て、突き刺し、血と軟骨の肉塊とすべき相手は、野盗山賊から。
――へっ、これでも正規兵なのかよ、歯応えのねぇ!!――
規律のとれた兵士、騎士へ、そして。
――や、やめてくれぇ!!――
普通の、善良な人々へと矛先を変えるのに、さほど時間は掛からない。
――へっ、こんな金しか持ってねぇのか――
――そ、それは家族の病気を治す為のお金!!――
――フンッ、知るかよババア……!!――
ズゥウ、ア!!
もともと、剣士としてかなりの素質、天性のそれがある彼である、それはすでに、少年であった時から、ザーリアスは自分でも気が付いていた。
――おおっ、てめえ、やるなァ!!――
――この、下種なハイエナがぁ!!――
――そのハイエナに、あんたのような騎士様は殺られるんだよ!!――
で、なければ昔の、村にいた頃の12歳にもならない歳であった彼が、たとえ勝てそうな、傷つき、そして弱った相手だけを選んで「家族の食い扶持」を得る、それを獲る事は出来なかったはずだ。
――さて、今日は何人斬れるかなァ!!――
そして、もはや今では自分の事だけを考えていればいい、人を殺し、奪う、その繰り返しを、ここまで徹底出来るほど。
――フン、雑魚が!!――
すでに人の心、良心などは。
――ふむ、さすがにもうレイピアは俺の手には合わんな、せっかくの俺の腕力が無駄になる……――
――くっ、殺せ……!!――
――ああ、そうするよ女騎士様よ!!――
ザーリアスには、彼には人の誇りなどはない。
――へえ、今日は妙に、女の捕虜が多いな……?――
もちろん、このように「ケダモノ」と化した彼は、戦場で男が女に対して行う非道、それにも手を付けている。しかし。
――お願いです、助けてェ!!――
――……フン――
――あたしには、婚約した人が!!――
自分より明らかに歳が下、少女とも言える年頃の女だけには、ザーリアスは手を出さない。
――……チッ!!――
そのような女を目にすると、ザーリアスの脳裏には昔の、どうにか養ってきた「邪魔者」の、彼女達の顔。
――お兄ちゃん、もう全くだらしのない!!――
彼女達の明るい、純朴な笑顔が脳裏に疾り、襲う気も萎える。
――まあいい、これで勘弁してやる――
そして、そんな女に対しては、しかるべき金さえ奪えば、後は放っておく。
――ずいぶん若い、いや幼いガキだな、誰に駆り出された……?――
いや、それどころか、時おり。
――ほら、ここからはテメエで帰りな……――
――あ、ありがとうございます!!――
――これだけ金があれば、少しは生きていける、後は勝手にしろ――
そのような女には妙な、すでに彼には無いはずの慈悲、その心を見せてやる事もあった。そんな彼を、同じ傭兵が。
――ヘッ、テメエは甘ぇなあ……――
と、茶化す事もあったが。
――ああ、俺はガキは好みじゃねぇんだよ――
――ヘヘッ、歳上好きって事かい?――
――そんなもんだ――
と、ザーリアスは適当にあしらっていた。
――俺は甘いのか、まあいい――
所詮、金が仲立ちした「絆」で、そして「信頼」でもある、傭兵の信頼関係だ。彼ザーリアスにとっては、彼らに。
――……昔、か――
ときおり脳裏に浮かぶ、邪魔者の事を話す必要もない。
――そらァ!!――
それでも、剣を携えた獣である彼は、基本的に無辜の人間、真人間をその手に掛ける事には、躊躇いはない。
――……ヒック!!――
そして、人を斬り、血と肉の悲鳴で稼いだ、その汚い金で、酒と女、それを買い、再びその剣を血に染めるべく、戦いに赴く。
――ふむ、新しい剣でも買うか、大金が入ったしな――
それが、彼の人生。人間を辞めた、人間の生き方。
サァ……!!
――……夕陽、か――
だが、それにも飽きた。
――このガラクタの中に詰まっている花、なんて言う名前だったかな……?――
もはや、疲れて、しまった。
――――――
「斬っても、斬っても……」
その手に愛用の剣、幅広の片手剣を無造作にダラリと下ろしつつ、彼はそのまま。
「斬りたりねぇ、殺したりねぇ……」
そう、斬り足りない、そしてもはや、この渇きは決して癒せない事を、ザーリアスは無意識ながら、自分でも承知している。
「どっからでも掛かってこい……」
ザァア、ア……!!
この大山賊団達が支配する山脈、そしてその麓の森に響く、怒声罵声歓声、悲鳴。
「近づくやつは、皆殺しだ……!!」
それが戦場、人の形をした獣達の祭り。血祭り。
「……よし、まずはアイツから!!」
相手の数、ナルディアの軍勢のそれは、決して多くはないようだ。
「しかし、この軍隊……」
ザァ、シュウ……!!
「軟弱なナルディアにも、このような強力な兵隊がいたのか?」
今、森の木々を震わせながら振るわれたザーリアスの剣、その剣圧に、その装備からして、明らかに身分が低いと思われる兵士は、三合も持ちこたえた。
「……次!!」
シャア……!!
ザーリアス、彼の剣の腕前は本当に並みではない、目前にいた弓兵、その兵が放った矢を寸前でステップを踏み、かわした彼は、そのまま一気に木々を潜り、神速の速さで距離を詰め。
――キャアァ……!!――
その女弓兵を、一刀の元に切り捨て、そしてさらに次の。
「……勝負だ、そこの戦士!!」
相手が、見つかる。
「ホウ……」
綺麗な優男の顔、高貴さを漂わせるその若き騎士。
キォ……
そう、森から降る木漏れ日を弾き、光る、そのなかなかに上等な甲冑を纏えるのは、騎士だけと見ていい。
「お前が、俺の相手か!!」
ギィア……!!
抜き打ちのザーリアスの一撃、彼の得意技である、鋭く強い剣。今まで幾多の相手を、ザーリアスが瞬時に仕留めてきたその剣の技。しかし。
「……くぅウ!!」
「フン、受けたか!!」
長髪のその騎士、対峙したその騎士の剣の腕は決して悪くはないのであろう。ではあるが。
ギィン!!
猛烈な第二撃、それだけでザーリアスの剣は、その騎士を押している。
「そらぁ、そら!!」
「おのれ、野盗め!!」
あきらかに、ザーリアスとこの騎士とは場数が違う。幾多の血にまみれた男の剣と、気品の剣の、その差だ。
キィイ、キィイン……!!
「どうした、騎士さんよ!?」
ガァ!!
「くぅウ!?」
そして数合、さらに剣を合わせる内に、もはやザーリアスが圧倒的に優勢に立っている、しかし。
「フン、それでも、流石にしぶといな……!!」
「……なめるなよ、野盗が!!」
「そうかい!!」
ギィ、ウ!!
完全に防戦一方となっている長髪の騎士、しかし彼はそれでも、その剣、そして小さな盾を使い。
ジャ、キィイ!!
ザーリアスが必殺の念を込めた残撃、その厚い剣圧を反らし。
「ホウ!?」
クゥ、キィ……!!
僅かに勢いが落ちてしまったザーリアスの必殺剣、それはさすがに騎士の甲冑を砕けない。
「……まあいい!!」
ならば。
「こうやってみるか!!」
スッ、ア……!!
ザーリアスは、僅かに剣の軌道を変え、そしてそのまま、わざと。
「むっ!?」
自分の体勢を崩し、相手の騎士に隙を見せてやる。
「もらった!!」
「そうかい!?」
そのまま、ザーリアスの左手は腰へ、瞬時とも言えるほどに素早く回り。
「うっ!?」
シュウ!!
突如として、ザーリアスの逆手から放たれる「線」、その投げナイフは、騎士の露出した頬を強く、引き裂く。
「くっ、卑怯な!!」
「ハハッ、そうかよ!!」
傭兵に手段を選ぶという考えはない、卑怯は敗者のたわ言だ。
「しかし、咽を狙ったはずだがな……!!」
腕が鈍ったか、そう思いながらもザーリアスは再び剣の先を。
「これでも、くらえ!!」
ザァ!!
やや、捨て身にも近い程に、猛牛の突進を思わせる程の勢いで、相手騎士のみぞおち、僅かに甲冑が薄いと思われるその箇所へと向けて、身体ごと突きだした。
ドゥ、ウ!!
「クッウ、ウ!?」
グ、ラァ……
どうやら、その剣の一撃は完全に相手の体勢を崩したようだ。ここぞとばかりに。
「ここまでだな、騎士様よ!!」
グゥ……
いったん、ザーリアスは剣と身を、僅かに引き、そしてそのまま腰と利き脚のつま先、足の親指に、強く力を入れ。
ニィ……
何か、その足の裏に、僅かな違和感を感じながらも。
「ハァ!!」
彼は、最後のとどめを、相手の喉に目掛けて突き付けた。
シャ……
が、しかしそのとき、どこからともなく。
「何!?」
スァ、ズゥ!!
飛来した矢が、僅かに彼ザーリアスの利き腕の肩、革の肩当てを貫き、引き裂き。
「……クソォ!!」
ガォウ!!
そのまま、グイと食い込む。
「チィ……!!」
矢じりが鋼鉄という、上等なその矢を放った者の姿、それを苦痛にうめくザーリアスは、左の目の端に捉える。
「……どこかで見た女だな、あれは?」
赤い髪を無造作に束ねた、見るからに「同業者」と思われる弓使いの女。彼女のその身のこなしと、この距離からでも解る、猛禽を想わせる鋭い双眼からも、相当な場数を踏んだ、ベテランの傭兵であると解る。
「ふん、そうか……」
戦いとは強い者が勝つのではない、状況と数で勝負が決まる。それはザーリアスが身をもって知っている事だ。
「エルバート隊長!!」
グゥウ、ア!!
「チッ、さらのナルディアの新手か!?」
その、新しい相手方の声と共に放たれた投げ槍、しかしその槍の勢いは。
「ヘッ!!」
先の矢とは比べ物にならないほどに、未熟。
「馬鹿めッ!!」
スゥオ……
その投げ槍を、ザーリアスは簡単に身を捻ってかわし、そしてそのまま己の剣を対峙している騎士に向けて、肩の痛みも気にせずに再度、強く突き出す。
ズゥ、キィ……
いちいち、この程度の傷など気にしては、彼はここまで生きてこれては、いない。
「……しかし、これは」
とはいえ、目の前の騎士、弓使いの女、そして手助けに駆けつけた、二人の若い騎士。
「一対四、か……」
シュウ、ガ!!
「そうそう何度も!!」
再度の女弓戦士による支援射撃、ザーリアスはその矢を幅広の剣で即座に叩き落とし、続けて軽く、幅広剣の柄を握り直し。
「斬るのに力が入らなければ、突けばいいだけの話ってもんだ!!」
グゥ……
その、二人の若い騎士の槍に向かって、鋭い剣先をユラリと動かし、威嚇をしてみせる。が。
「手助け無用!!」
「……しかし、エルバート隊長!!」
だが、その弓による支援、そしてこの目前の騎士を助けるつもりらしい二人組の若い騎士、彼らを長髪の騎士は、盾を付けたままの手で遮り。
「手を出すな、コイツは俺が倒す!!」
「……ヘッ!!」
ふん、騎士の誇りというやつか。ザーリアスはそう、この騎士の身の程をわきまえない態度に、心の中で軽く毒づいたが。
「俺も、舐められたものだ……」
しかし、ザーリアスは別にそれほど、この騎士に対して悪い気持ちは抱いていない。
「……昔の」
なんだかんだ言って、この騎士の剣捌きは、いわゆる「お上品」ではないのだ。何回か剣を合わせてみれば解る、戦士の哲学。むしろ。
「昔の、俺に似ているな、コイツは……」
――常に、誇りを失うな――
「……クソ親父が」
ふと、脳裏に浮かんだ忌まわしい記憶、だがザーリアスは、何か。
「……フム」
はるか以前の、レイピアを得物として使っていた時代のように、己の幅広剣、ブロードソードと一般には呼ばれている大振りの片手剣、それを彼は。
「さて、再び……」
正眼に。
キリィ……
正眼に構え、本当に「形」だけの。
「……勝負だ、騎士様よ!!」
「敬意」を相手に見せ、いまいち幅広の剣では様にならない、いわゆる「レイピア流」の剣の構え方する。
「そらぁ!!」
「むぅ!?」
キィ、ン!!
その騎士が目前に突き出した小盾、しかしそのような小さな盾では、相手の攻撃を受け流す事しか出来ない。
「甘いんだよ!!」
そして、その盾を潜り抜ける方法など、ザーリアスにはいくらでもある。
スゥア!!
もともと、ザーリアスの得意技は突きである。レイピアの使い方を大振りの、肉厚の剣に応用した強烈な刺突。
「ハァ!!」
グゥ、ア!!
「う、うわ!?」
その威力は上品な細剣、レイピアでは到底真似出来ない程の威力。なおかつ。
「念仏を唱えな、騎士様よぉ!!」
ギィ、ウァ!!
相手に盾を構える隙も与えない、レイピアの速さとブロードソードの威力を合わせ持つ、彼が独学で産み出した「必殺」の剣。
「……貴様、それほどの剣の腕を持ちながら、なぜ山賊風情に!?」
「ハハッ、てめぇら騎士様、貴族様が言う台詞か!?」
その長髪の騎士の台詞、それに対して、ザーリアスは嘲笑いつつも、次の剣。
「そらよ、騎士様!!」
「うおぅ!?」
ドゥウ!!
正規の騎士すら圧倒する剛剣、時と機会に恵まれれば、名のある騎士にすら、いや英雄にすら成れたかもしれない、外道の男の牙。
「とどめ、だ!!」
ガォ、ウ!!
その「牙」は、その恐るべき渾身の刺突は、完全に相手の胴体をふらつかせる程に強打し、騎士の脚にブザマなステップを踏ませた。そして。
「く、ぅう!?」
騎士の喉笛、それが刃によって破壊されようとする。
「終わったな、騎士さんよ!!」
が。
ギィ、グッ……!!
「なに!?」
本当に僅かな油断、普段であれば、いちいち己の剣の刃こぼれなどは気にするザーリアスではない。
キィ……!!
剣など、いや武器などは、刃こぼれが起きるのはしょっちゅうの事だ。なのだが。
「隙、あり!!」
「……!!」
しかし、何故かこの時だけは、その欠けた剣の端が。
キィ……
彼、ザーリアスの目を捉えてしまう。日の光を帯びた、輝くその破片へと、向けさせてしまった。
「クゥ!?」
ザァ、クゥ……!!
そして、騎士の剣を利き腕に受けてしまった、彼の些細な不運は続く。
グ、ニュウ……!!
「!?」
彼の、ザーリアスの鉄鋲のブーツが、妙な音を立てて軋み。
ズゥ……
靴のかかと、それが低く沈む。
「く、クソッタレが!!」
もしかすると靴の底、それの分厚い皮の下敷きが腐っていたのかもしれない。
「お、おのれェ!!」
グゥオ!!
慌ててザーリアスは、己の剣を大振りに、横凪ぎに払ったのだが。
ズゥ、ギ!!
激しい、先程の矢による肩の傷が、強く悲鳴を上げた。
「むん!!」
クゥ……!!
騎士の、彼の左手の丸盾によって彼ザーリアスの、大きく軌道がブレた、だんびらは。
バァ、ン!!
「く、クソォー!!」
簡単に弾かれ。そして。
ズゥア……!!
そして、この殺人鬼の胸に。
ズゥ……!!
――カッ、ハァ……!!――
革鎧を貫き、彼ザーリアスの胸にと、騎士の剣が吸い込まれた。
――ウ、オゥ……!!――
その胸から吹き出る、人殺しの血。
シ、シャアァ……!!
――……や――
他の「まとも」な人間と同じ、赤い鮮血。
――やるじゃ、ねえか……――
――――――
サォ、ア……!!
遠くで、真っ赤に輝く夕陽の暁光の中で、この大山賊団の拠点が、盛大に煙を吹き出している光景が、彼には見える。
――……やはり――
彼の、夕陽の閃光にも負けぬ、鮮烈な色合いをした、深紅の血溜まり。己れのそれに沈んだ彼ザーリアスの、傭兵の姿を省みる者は、誰もいない。
――最期に見るのは、自分の――
ゴ、スゥ……
彼の、その口から深紅が吹き出る。赤く黒い、何度も自分が他者にもたらした、生命の赤。
――血、か……――
そして、彼は休息を始める。
――そうだ、確かこの花の名前は――
傍らの、剣と共に。
キィ、ラ……
傍らの剣の柄元、それの夕陽を浴びて輝く、美しく咲く、花のお守りと共に。
――タルサの、花と言っていた……――
その血溜まりの彼、そして彼の血塗れの心を。
――ダメだな、アイツらの顔を、思い出せねぇ……――
シャ、アァ……
現実の、輝く「今」の夕陽と。
――お帰り、お兄ちゃん――
――おう、メシをくれ――
――ねえ、あのお守り持っている?――
――……ああ、あの不出来な、1ディナールにもならねぇ安物か――
――お兄ちゃん、ひどーい!!――
過去の、黄金色に麦畑を、強く優しく、なびかせている「今」の夕陽が、優しく照らす――