「状況はどうなってる!?」
ヨミハラの街の外れに位置する一角。ほんの少し前までスラムだったその場所に、建物ほどの大きさもある、生き物とも物体とも取れない不気味な緑のモノは突如として現れた。
その全貌を臨める位置に敷かれた簡易防衛ライン。まだ夜中ということもあって緊急で寄せ集められた、決して多いと言えない数の兵士しか集まっていない状況ではあったが、そこに少女の声が響き渡る。
スカートを履いた腰に帯刀し、まだ幼さも見え隠れする女性剣士。しかし、この街を取り仕切る超巨大組織であるノマドの兵士たちが敬う姿勢を見せていることからも、ただものでないことは明らかだった。
「お待ちしておりました、リーナ様」
リーナと呼ばれた少女は腕組みをし、難しい顔をしながらその報告を聞こうとしている。
彼女は魔界騎士の1人であり、同じく魔界騎士として名高く、ノマドの大幹部でもあるイングリッドの右腕とも呼ばれる存在であった。元々はただイングリッドに憧れるだけの自称魔界騎士見習いだったのだが、努力を続けたことと持ち前の能力が開花したことでイングリッドの目に止まり、今では“嵐騎”という異名と共に、実力者として一目置かれるほどになっている。
とはいえ、元来のポンコツ気味な部分はどうしても治らないようで、今も腕組みしている姿が似合っているとは言い難く、どこか不安を覚えてしまうというのも事実だ。
それでも臨時で部隊を指揮していたノマドの兵士からすれば、頼れる存在が来たということに変わりはない。少し安堵した様子で報告を続ける。
「あのデカブツは今のところ特に動く気配はありません。ただ、近づいて調べようと思ったのですが、見たこともない化け物とゾンビ共が周辺を固めており、さらに交戦して死亡したこちらの兵士もゾンビ化されて奴らの手駒とされているようで……」
「なっ……!」
死者をゾンビ化させて使役する。その事実を聞いたリーナは思わず言葉を失った。最近頻繁にちょっかいを出してくる、ノマドと敵対関係のとある勢力がそのようなことを行うと知っていたからだ。
「まさか……
死霊卿。その名の通り、死者に一時的に生命を与えて操る力を持つ存在である。
実は少し前、イングリッドの暗殺未遂事件が起きたばかりであり、その時の敵勢力の中に死霊騎士と思しき存在がいたのだ。
そのため、今回もあの勢力が絡んでいるのかと考えたリーナだったが。
「いえ……。おそらくは違うと思われます。あの化け物は死霊卿絡みとは少々考えにくいかと。ご自分の目でご覧頂いたほうが早いかと思います」
手渡された双眼鏡で「化け物」と言われた存在を目にすると同時。リーナは言われたことは間違いないと確信していた。
あれは死霊卿とは全く関係の無い何かだと考えざるを得ない。魔界から来た彼女ですらまるで見たことのない、正体不明の怪物。
「なんなんだ……あれは……」
答えが返ってこないとわかりつつも、彼女はそう口にしていた。
と、その時。部隊の指揮官に通信が入る。
『おう、周辺住民の避難、終わったぜ』
通信機から聞こえてくる聞き覚えのある声に、リーナは双眼鏡を押し付け、代わりに今度は通信機を奪い取るように手にした。
「その声、アルフォンスか?」
アルフォンスとはオークの傭兵だ。オークであるにも関わらず面倒見がよく、これまで幾多の修羅場をくぐり抜けてきたという噂から“歴戦の傭兵”としてヨミハラでは知る人ぞ知る存在となっている。
『あ? ああ、そうだが……』
「リーナだ。なんだ、お前に頼らなければならないほど人手が足りてないのか?」
時刻も時刻なだけにノマド兵士の集まりはいいとは言えない。たまたま近かったためにリーナはすぐに現場に直行できたが、まだ移動中の隊も多いだろう。
『おう、リーナだったか。いや、別に頼まれちゃいねえよ。ただ夜中まで飲んでたら急に街の外れの方が騒がしくなったからな。見たらヤバそうなことになってるってんで、そちらの兵隊と共同で避難誘導に当たったってだけだ』
「それは助かった。今度一杯奢ろう」
『ありがとよ、魔界騎士さん』
とにかく周辺住民の避難誘導は終わった、と彼は言っていた。しかし、あの巨大なモノの足元付近。スラムがあったはずだ。と、いうことは――。
「……あそこのスラムの住民は全滅か」
「おそらく、ですが」
そしてゾンビとして蘇らされている。その事実にリーナはギリっと奥歯を鳴らした。
「……死者に対する冒涜だ。せめて私たちの手で介錯してやらねばな」
リーナはイングリッドから下賜された魔剣“サクラブロッサム”を抜く。彼女の怒りを反映してか、その剣の名にふさわしく花びらが数枚宙に舞った。
「私が仕掛ける。援護を頼む」
「お待ち下さい。もう少しこちらの戦力を揃えてからの方が……」
「どういう目的かは知らないが、連中は攻撃をしてきていない。何かを待っているということも考えられる。なら、その前に叩くべきだ」
「ですが相手の物量……ゾンビ連中が多すぎます。それにまだ戦力を隠し持っているという可能性も。我々の援護を加えたと仮定しても、いくらリーナ様でもあの数、さらにそれ以上増えるかもしれないとあっては……」
「むぅ……」
正論だ。やむなく、もう少し戦力が揃うまで待とうとした彼女だったが――。
『こちら東ブロック! 誰かが突っ込んだぞ!』
通信機から不意に聞こえてきたその声に、リーナは双眼鏡をもぎ取るように手にして、東側の方へ目を向けた。
壁のようなゾンビたちが侵入者に反応するのが見える。並大抵の腕では、数の暴力の前に成す術はないだろう。
「待機命令を出しているはずだが、無視したのか?」
「うちの兵士では無いと思いたいですね」
「だとするとヨミハラの誰かが勝手に、ということか? まったく、自殺志願者か知らないがそこまでは面倒見きれないぞ……」
だがリーナがボソッとそういった直後。
突如として中空から火炎と氷の塊が降り注ぐ。それらがゾンビを薙ぎ払ったタイミングで、侵入者の姿が消えていた。目を動かすと、フードに角の付いた仮面を装着した人物が、奥の化け物に向かって斬りかかっているのが見える。
しかしそれも一瞬のこと。双眼鏡越しでは太刀筋すら見えないほどの速度で放たれた斬撃によって相手を斬り伏せていた。
同時に、ゾンビの壁の一区画が崩れ落ちるように消えたのも目に入る。
「あれは……緑の化け物を殺すことでゾンビも無力化されている……?」
隣の兵士がそう口にした瞬間、リーナは考えを固めていた。
「大元を殺せばそれに使われているのは無効化できるということか? とにかく、何者かは知らないが、あの侵入者はこいつらに対する何かしらの知識がありそうだ。……よし、全員聞け! 緑の化け物はゾンビを使役していると思われる。とにかくあいつらを叩き潰し、ゾンビの数を減らす!」
高らかにそう声を上げると、今度こそ愛剣を握り締める。
「私はあの侵入者からあいつらの情報を聞き出しつつ援護に回る! お前たちはその私の援護を頼む! 行くぞ、突撃ィ!」
“嵐騎”の名にふさわしく、リーナは大地を蹴って一気に戦場へと飛び込んでいった。
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東ブロックから飛び込んできた侵入者――タバサは、ゾンビの群れを片っ端から斬り裂き、押しのけ、避けながら、使役者であるリアニメイターに狙いを定めていた。
まずはこの雑魚連中の数を減らさないことには始まらない。彼女の戦闘能力をもってすれば取るに足らない相手でも、数が多すぎるのだけは如何せん厄介である。
この街の衛兵たちか、イセリアルセンチネルを取り囲むように配置されていることには気づいていたが、戦力としては全く当てにしていない。結局イセリアルは自分の手で殺すしかない。そういう思いで、タバサは敵集団のど真ん中を突き進む。
さらに斬り込もうとしたその時。嫌な予感がして彼女は足を止めた。直後、その足元をイーサーファイアが走り抜ける。
こんな器用な真似はリアニメイターにはできない。連中はゾンビを使役する以外の戦闘能力は低く、ゾンビの壁を利用しながらイーサーのエネルギー球を放って大雑把にイーサーファイアを撒き散らすことがせいぜいだ。
このようなことができるとするならば、さらにその上位種に当たる存在――。
「……“フレッシュウィーバー”か」
見た目こそリアニメイターとさほど変わらないものの、使役能力も戦闘能力も格段に増しているイーサーコラプションだ。実際、このスラム周辺にいたらしいオークをイーサーコラプション化して使役してる。さながら“イセリアルオーク”、あるいは“フレッシュワープトオーク”といったところか。
目の焦点と光を失い、体が緑の結晶に侵食されたイセリアル化したオークがフレッシュウィーバーを守るように立ちふさがる。さらに背後左右からはゾンビの群れ。
ここまでの道中、イセリアルセンチネルに近づけば近づくほど、敵が強力になっていくことにタバサは気づいていた。それだけイーサーの濃度が濃くなっている、といえるかもしれない。
すなわち、イセリアルセンチネルがイーサーの発生装置としての機能を果たしているのではないか。だとするならば、早く叩くに越したことはない。もしかしたらこの土地をイーサーで汚染させ、本来イーサーが存在しないはずのこの世界に生み出してしまうという可能性すらある。そうなれば、ヨミハラは間違いなくマルマスの二の舞だ。
そう考えをまとめた以上、囲まれた状態であってもタバサに迷いはなかった。前方のイセリアルオークにネメシスとブレイドスピリットをけしかけつつ、自分も斬り込む。
ウォーキングデッド程度ならこれで倒れてくれたが、上位種が使役している相手だ。倒せるとは思っていない。さらにこの世界の住人ではないタバサは知らないことだが、オークは元々が人間より遥かにタフな生き物である。
得意の連続攻撃――
横に回避すると同時、もう1匹のオークの射程内に入ったと直感した。そちらの攻撃より一瞬早く、
だが、その隙に先程一瞬ひるませたオークは持ち直し、タバサの背中に棍棒を叩きつけてきた。痛みとともに踏みとどまった足元。今度はそこをフレッシュウィーバーのイーサーファイアで焼かれる。
「くうっ……!」
危険時に自動で展開される
それでもタバサは引かない。“呪い”と戦った時もそうだが、これが発動した程度で彼女が引くことはない。
危険は、あくまで危険なだけだ。死に近づいたからといって、死ぬとは限らない。
まさに狂戦士のごとく、それでいて淡々と。
「お前らにとって死は始まりなんだろ? ……だったら死ね」
相手お得意の断末魔のセリフを先取りして皮肉を飛ばしつつ。
これに伴い、使役していたイセリアルオークが数体崩れ落ちる。だがまだ数が多い。見れば奥にまだフレッシュウィーバーがあと2体。しかも手下を増やそうと、さらなるオークに加えて今度はトロールまでも使役しようとしている。
だが関係ない。最短距離でセンチネルまで突っ切る。無謀にも思える突撃を彼女が敢行しようとした、その時。
「ちょっと待ったあ!」
大声とともに肩を掴まれた。敵かと思い、反射的に剣を振るおうとしたタバサだったが。
「わー! 待て待て! 敵じゃない、味方だ!」
相手が発していた気配とその言葉に、タバサは剣を降ろした。
立っていたのはピンクの刀身をした剣を持つスカート姿の少女剣士――リーナだった。
彼女が来た方角へと視線を移し、複数のリアニメイターが倒されていること、今もリーナの部下が交戦しているらしいこと、そして彼女はそこから抜け出して自分の元に来たことをタバサは悟った。
同時に、その顔には覚えがあった。味龍で何度か見かけた常連だ。
「……見たことある顔。確かに敵じゃない、か。それにおそらく強い」
「その声……。お前、女か?」
「そっちもでしょ。……とにかく、味方っていうなら今から私が突っ込むから援護して」
「だから待てと言ってるだろう! まず私の話を聞け!」
「時間が惜しい。さっさとあいつらを殺してイセリアルセンチネルを叩き潰したい。……って言ってる側から雑魚もきたし」
さっきタバサが討ち漏らしたイセリアルオークが迫る。一先ずタバサとリーナの2人はそいつらを相手にしつつ、話をまとめようとする。
「その仮面についても聞きたいが……。それは後回しだ。お前はこいつらについての知識があるんだな?」
「知ってる」
「やっぱりか。どうやらお前の動きからボス格の相手を倒せば手下も消せる、ということはわかった。つまりあのデカブツを倒せば、こいつらは全部消えるってことでいいか?」
「いや、それはわからない」
「えぇ!?」
動揺したせいでリーナの回避行動が遅れる。危うくオークの棍棒を食らいそうになり、「おわあ!」と悲鳴を上げながら大きく飛び退いた。
タバサもそれに合わせる。ブレイドスピリットとネメシスを残し、さらにそこより手前にテルミットマインを仕掛けた上でリーナの距離まで後退した。
「私の推測だけど、あのでかいのはこいつらのエネルギー源を供給してる存在だと思う」
「それでも倒しても消えないのか!?」
「イーサーは本来この世界に存在しないはずのものだから、供給源を断てばそのうち消えるはずだけど……。リアニメイターやフレッシュウィーバーはあいつから使役されてるわけじゃないからおそらく消えない。イーサーが残存している間はあいつを倒しても残りの連中は動き続けると思う」
「い、イーサー……? それに『この世界』って……」
もう少し分かるように話してほしいと思ったリーナだったが、タバサはそんなことをお構いなしにさらに続けた。
「最悪の場合を想定すると、イセリアルセンチネルは土壌やこの空間の環境自体を変貌させて、イーサーを作り出せる場所として適応する可能性もある。そうなればこの街はイセリアル連中が闊歩する死の街になる。……あのマルマスみたいに」
わからない単語がいくつか出てきたことにリーナは戸惑ったが、それ以上にゾッとしていた。先程自分が口にした、攻撃を仕掛けてこない理由として「何かを待っている」と言った、その「何か」。それがタバサの答えの中にあったと気づいたからだ。
「……じゃあ、あいつらが攻撃を仕掛けてこなかったのは、あのデカブツがここを自分たちに適した環境に変えるまで待っていたため、だというのか?」
「確証はない。でも、私はそう考えた」
「時間は!? そうなるまでどのぐらいかかる!?」
「わからない。そもそもさっき言った通り確証もない。でも、最悪の場合は十分ありうる事態だと考えられる」
リーナとしては、デカブツの付近には本来ならもっと戦力を充実させた上で近づく予定だった。だが一刻も早く叩き潰した方が良さそうだ。彼女は考えをそう切り替えることにした。
「仕方ない、こうなったら私たちだけでも突っ込んでどうにかしてあのデカブツを倒すぞ!」
「……私はさっきそう言ったのにあなたが止めた」
「う……。す、すまん……。状況がわからなくてだな……」
「じゃあ今度こそ突っ込む。援護して」
「わかった。……と、その前に。私はリーナだ」
「タバサ。……行くよ、リーナ」
短い自己紹介を終え、2人の少女剣士は同時に飛び出した。
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ブラストシールド
マスタリーレベル32で解放されるデモリッショニストのスキルで、ヘルスが60%を切ると自動で発動し、攻撃ごとに一定量のダメージを無効化、さらに投射物回避率や耐性も強化してくれる防御スキル。
防御面に不安のあるデモリッショニストにとっては命綱にもなりうる。
ポイントを振り込んだ分だけ無効化するダメージ量が増え、それが攻撃ごとに無効化となるため、ガッツリ振ると発動中は「質より量」の攻撃に対しては無敵ぐらいの効果を発揮する。
しかし一方で持続時間が4秒と短めで、再発動までのリチャージ時間は終了から11秒かかるために過信は禁物。
また、60%と残りヘルスが高めな段階で発動することが裏目に出てしまい、まだ余裕があるのに発動してしまって本当にヤバい時にリチャージ中ということも起きたりする。
そもそもネクオル二刀サバターの場合はヘルスの最大量が稼ぎにくいこともあって上下動が結構激しいため、ヘルス60%を切るという状況は割りと普通に起きたりするので、このスキルを当てにしすぎるのも危険である。
いずれにせよこれが発動すると黄色信号。「危険領域に近づいたという警告を促すシグナル」として捉えた上で、無理をしすぎない範囲を見極めるのが重要になってくる。