“乗っ取られ”の少女、対魔忍世界に迷い込む   作:天木武

32 / 98
Act32 海に連れて行ってやる

「おいタバサ、頼みがある」

 

 タバサが五車に戻ってきてしばらく経った、夏の太陽がギラつくある日。ふうま家の中であまり口を利いたことのないある人物にタバサは声をかけられていた。

 

「ん? どうかした、天音」

 

 ふうま天音。先代のふうま当主である弾正に仕えていた執事で、今は小太郎の自称執事である。自称、というのは正式には時子がその場に収まっているが、天音はそれに納得していないからと執事らしい格好をして勝手に異議を唱えているだけという話だ。

 

「お前、今日は暇か?」

「まあ暇といえば暇。暑いから稲毛屋にアイス食べに行くか、適当に図書室に行こうかと思ってたぐらい」

「よし、なら付き合え。海に連れて行ってやる」

「……海?」

 

 なんで自分とあまり接点のない天音が突然海などと言い出したのだろうかと、タバサは首を傾げる。

 

「細かいことは気にするな。連れて行ってやる、と言ってるんだ。行きたいか行きたくないか、どっちなんだ?」

「それは行ってみたい。海って知識としてはあるけど泳いだこととか無いし」

「……お前のいた世界に海はなかったのか? いや、まあいい。水着はこっちで用意してやるからとりあえず準備を済ませろ」

 

 

 

---

 

 天音の心の中に何か企みのようなものがある。内面を読む能力に長けたタバサはそのことには気づいていた。が、自分に対して悪意があるものではないということもわかっていた。

 それ以上に海というものに興味を惹かれ、今タバサは天音が運転するバイクの後ろに乗っていた。

 

「五車から移動には電車……っていうのとバスだっけ、いっつもそれを使ってたんだけど、このバイクっていうのもすごいね」

 

 互いの声が聞き取りやすいよう、ヘルメットに内蔵されたインカムを通してタバサが天音に話しかける。

 

「そうか、バイクは初めてか。風を切るこの感じ、なかなか気持ちいいだろう?」

「うん。しかもすごく速いし、電車とかバスより小回りが効く。こういうのがケアンにあったらな、とかちょっと思っちゃう」

「完全にオーパーツだな。まあ私から言わせてもらえば、お前の力もこの世界じゃオーパーツみたいなものだが」

 

 そう答える天音の心からはやはり悪意の類は感じられない。しかし善意だけで自分を海に連れて行く、などと言い出す人物でないことはタバサも薄々気づいている。

 よって、直接それを確かめることにした。

 

「で、なんで急に海に連れて行ってくれるって言ったか、そろそろ本音を聞きたいんだけど」

「まあここまで来たら今から帰るとは言い出さないだろうしいいだろう。……若様の監視だ」

「……は? 監視? ふうまの?」

「ああ。若様は今日いつの間にかいなくなっていてな。時子に聞いたら海に行ったという話だった。だが時子のやつ、誰と行くかも確認せずそのまま送り出して……。きっと途中で女と会うに決まっている! だとするなら、不埒なことが起きる前に若様を止めるのが、執事であるこの私の仕事だ!」

 

 自称でしょ、とツッコミかけたが、考えなしに口を開くタバサにしては珍しくそれを自重していた。いや、自重したというより、天音の目的に呆れて言う気にならなかったのだ。

 

「……それ私来る必要あった?」

「言い方は悪いが、お前は餌というか、ある人物を手伝わせる条件というか……。だがまあ損はさせない。海は初めてなんだろう?」

「まあそれはそうだけど……。うーん……急に怪しい感じを察知し始めた」

「う……。ど、どちらにしろあと小一時間も走れば海だ。それを楽しみにしておけ!」

「……まあそういうことにしておく」

 

 どうにも引っかかると思いつつも、天音に言われた通りここまで来たらもう引き返せない。とりあえずタバサは海への思いを巡らせることにしていた。

 

 

 

---

 

「じゃあ改めて。タバサ、久しぶりなのだ」

 

 天音が数時間バイクを走らせて着いたエドシマ海岸には待ち合わせていたという2人の女性がいた。そのうちの片方はタバサも良く知る人物、トラジローだったのだ。

 確かにタバサはヨミハラから五車に戻ってきた際、天音と災禍にトラジローからの「何かあったら駆けつける」という伝言を伝えていた。が、小太郎の監視というこの上なく天音の個人的な事情にも関わらず駆り出されてしまったらしい。

 とはいえ、トラジローは「タバサも連れてくるのだ」と頼んでいたようで、つまるところ海に来ること自体が目的だったようだ。

 

 そして来る途中で買ったスクール水着にタバサは着替え、同じくスクール水着だが色は白のものを着用していたトラジローと久しぶりの再会を果たしていた。2人も出るところが全く出ていないために違和感なく着こなせてしまっている。

 

「ん。久しぶり、トラジロー。味龍はどう? 変わりない?」

 

 その質問に対し、なぜかトラジローは大きくため息をこぼす。

 

「お前がいなくなってから数日は大変だったのだ。調子が狂ったみたいで、扇舟は注文を取り間違えるし、春桃はオーダーと別な料理を作り出すし……。葉月とシャオレイも皿を割ってたが、あれは昔からだと春桃から聞いたのだ」

「言われてみると……。たまに割ってた気もするな、あの2人」

「まあオレが喝を入れてやったし、色々対策もしたから今は大丈夫だぞ。その辺も詳しく話したいのだが……」

 

 トラジローはチラリと天音の方へ視線を移した。

 

「おい天音。暑いし飽きたのだ。折角タバサがいるのにこんな暑い中で話してるのは馬鹿馬鹿しいのだ。泳いできてもいいか?」

「いや、ダメだ。若様が見知らぬ女と一緒にいる……。監視の目を緩めるわけにはいかない」

 

 確かに天音の言うとおり、小太郎の近くには見たことのない女がいる。タバサはどこかで感じたことがある気配に似ているようにも思ったが、如何せん距離が遠すぎて判別しきれない。

 

「ハァ……。トラジロー、あと……タバサだっけ。ここは私が引き受けるから、泳いできていいよ」

 

 そう言ったのはトラジローと一緒に待っていたもう1人、人外のお(りょう)という女性だった。

 彼女はナカノシマギャング団という組織に属する魔族であり、天音のことを「姐さん」と呼んで付き従う存在である。今も手にしているオリハルコンで作られた金属バットを武器に、本気を出すと「人外」の異名の通り異形の姿に変わり、恐るべき身体能力を発揮できるという特徴を持っていた。

 しかしギャング所属や異形の姿になれるという一方、普段は良識ある姉御肌といった感じである。よって、泳ぎたがっているトラジローのために一肌脱いでくれる形となった。

 

「おお、感謝するのだ。それじゃ泳ぎに行くぞ、タバサ!」

「ん。……でも私泳いだことがない」

「何? よし、じゃあオレの泳ぎ方を見て真似るのだ!」

 

 虎らしく犬かき……と思いきや、トラジローは見事なクロールを披露してみせた。それもかなりのスピードが出ており、あっという間にタバサとの距離が離れていく。

 

「なるほど。腕を回しつつ足を上下に……。よし」

 

 タバサも見様見真似で泳ぎ出す。初めてとは思えない速度で、トラジローの少し手前まで泳いできた。

 

「おお! さすがタバサなのだ。飲み込みが早いのだ」

 

 が、そこでタバサは泳ぐのをやめると、どこか困り気味に尋ねてきた。

 

「息ができない。どうするのこれ?」

「それは腕を回した時に顔を横に出してだな……」

 

 言葉を交えたトラジローの実演が始まる。それをタバサはあっという間にものにし、気づけば平泳ぎと背泳ぎまで習得してしまっていた。

 

「お前本当に飲み込み早いな……。というか、話したいことは色々あったのに泳ぎに夢中になってしまっていたのだ。とりあえず……よし、あの岩場の陰まで行くぞ。あそこなら日陰でいい感じなのだ」

「天音はいいの?」

「……どうせずっと監視してるだけだろうし放っておけばいいのだ」

「言われてみるとそうか」

 

 2人は泳いで岩場の陰まで移動する。が、タバサの泳ぐ速度が明らかに速くなっている。目的地に着いた時はトラジローがギリギリ少し先なぐらいだった。

 

「ぐぬぬ……。抜かされそうになったのだ……」

「別に勝負してない」

「ここで一息ついたら勝負するぞ! オレは負けたくないのだ!」

「……泳ぎなら私は別に負けてもいいんだけど」

 

 タバサは乗り気ではないのだが、トラジローがやる気らしい。仕方ないか、とタバサはひとつため息をこぼす。

 

「……で、味龍の話の続き。対策がどうのって言ってた?」

 

 日陰に座りながらそう尋ねるタバサ。

 

「おお、そうだった。実は春桃は味龍の定休日に鍛錬をすることを習慣にしているらしくてな。体を鍛錬することで心も鍛える、という名目で全員で参加してみたのだ」

「へぇ……。ちょっと面白そう。それで効果があったんだ」

「ああ。……特に扇舟にはテキメンだぞ。昔凄腕の格闘術の使い手と聞いていたが、ちょっと体を動かしたらすぐ昔を思い出したらしい。春桃が目を剥いてたのだ。まだ数回しかその集まりをやってはいないが、もう春桃が『元が違いすぎて私じゃ手に負えない』って匙を投げたぐらいにカンを戻したようなのだ」

 

 ふーん、と言いつつ、タバサは味龍の皆が一緒のことをやっているのを少し羨ましがっているようだった。

 

「ヨミハラに戻ってきたらお前も参加するといいのだ。扇舟はお前と肩を並べることを望んでいるし、もし何かあったときは一緒に戦いたいぐらいの意気込みだからな」

「扇舟が私と? ……でも私が戦ってどうにかなる相手なら、扇舟に危ない思いをさせなくない」

「その思いは多分向こうも一緒だぞ。出来ることならお前だけを危険に晒したくない、ってな。……ずっと母親に縛られ続け、解放されたと思ったら命を落としかけたところでお前に救われた。だからあいつは、お前を失うことだけは自分の命に変えても絶対に止めてみせるという心積もりだと思うのだ」

「……結果的に救っただけ。私にそのつもりはなかった。それに折角母親の呪縛から解放されても、今度は私が扇舟を縛り付けているようにも思えてくる」

「それは違うぞ」

 

 はっきりと、トラジローは言い切った。

 

「お前と肩を並べたい、守りたいというのは奴自身の意志だ。母親から強制されたものとは全く別物なのだ。そこを履き違えてはダメなのだ」

 

 タバサはしばらくトラジローを見つめてから、静かに頷いた。

 

「……うん。トラジローの言うとおりだ。見た目ちびっこなのに、しっかりしてるね」

「何をー!? オレを馬鹿にしてるのか!?」

「まあ素直に褒めるのはちょっと悔しいし」

 

 トラジローはガルル、と威嚇していたがそれをやめ、また真面目な様子で口を開く。

 

「……扇舟絡みの話はあんまり天音の耳に入れない方がいいだろうという意味もあって距離を取ったが、これだけ話し込むとなるとやはりオレの判断は正解だったのだ。まあ監視につきあわされるのが馬鹿馬鹿しいってのは勿論あったけどな」

 

 元凶が母親の星舟であったことに加え、現当主である小太郎が許している以上、天音はそれに従うしかない。だが仕えていた主を殺した相手の話を耳にするのは決して心地よいものではないだろう。その辺りまで気を使っていたとは、やはりトラジローはしっかりしているとタバサは改めて思っていた。

 

「あ、そうだ。トラジローに聞きたいことがあったんだった」

 

 と、そこでタバサはあることを思い出していた。

 

「オレに? なんなのだ?」

「確かトラジローって獣王会って組織……ギャングだっけ? そこに属してるんだよね。東京キングダムとかってところの」

「ああ、そうだぞ」

「そこにさ、二車忍軍って組織あるんでしょ?」

 

 二車、という単語を聞くとトラジローの眉がキリキリとつり上がっていった。

 

「ああ、あるぞ。最低最悪の大うんこどもなのだ!」

「そいつらのこと、詳しく教えてくれない? ……そこのリーダー、ふうまと因縁がある奴らしくて。ふうま個人が何とかしないといけない問題だから手を出したくても出せないんだけど、今私の殺したい奴リスト堂々の1番上に名前が載ってる」

「……お前のそのリストには心から載りたくないのだ。だが奴らがやったことを考えれば恨みを買うのは当然と言えるか」

 

 トラジローは二車忍軍の説明を始めてくれた。

 

 先日のパジャマパーティーで聞いた通り、ふうま再興を掲げて反乱を起こした二車の連中はそのまま東京キングダムに流れ着き、そこで領地を得る行動に出た。

 しかしそれが生物兵器を利用した、一般市民すらも巻き込んだ無差別テロというとんでもない方法だった。

 吸ったものをゾンビへと変えてしまう凶悪ガス。それを利用して東京キングダム中を大混乱に陥れた上で、龍門という組織を潰して縄張りをそのまま頂いたらしい。

 

「……クズとしか言いようがない。無差別破壊? 何がふうま再興だって言いたい。むしろふうまの名を貶めてる。やってることはイセリアルと変わらない」

「あいつらのせいでうちの親父もゾンビになって危うく死ぬところだったのだ!」

 

 結局その獣王会の「親父」はどうにか一命をとりとめたものの引退を余儀なくされ、トラジローにとっての「兄貴」であるワーウルフの灰狼一郎太が跡目を継ぐこととなった。

 しかしこの一朗太がなかなかのやり手であり、元々の人情味あふれる気質から慕う者たちが増え、さらに壊滅した龍門の残党も迎え入れて一気に勢力を拡大化。今や東京キングダムにおいて「四強」と呼ばれるほどの大組織になっている。

 

 だが東京キングダムは元々「五強」であった。そのうちの一つ、沙無羅威(さむらい)という組織は二車忍軍によって潰されたのだが、その沙無羅威はノマドの幹部である「フュルスト」という男の私兵部隊であり、また、二車忍軍も当初はそのフュルストと協力関係にあったらしい。

 

「……じゃあ何、対魔忍裏切って、一般市民巻き込んだ無差別破壊して、さらに対魔忍を裏切る時に協力したフュルストって奴をも裏切ってそいつの組織を潰したってこと?」

「そういうことなのだ!」

「馬鹿じゃないの? 何がしたいのそいつら? もう殺したい奴リスト殿堂入りだよ。そりゃトラジローもそれだけ怒るに決まってる。ってか、ふうまもこれはさっさとなんとかすべきだと思う。……でもまあ、本人もそれをわかってはいるから、あの日あれだけ参ってたのか」

「とにかく、二車の連中のせいでうちは大損害を被ったのだ! タバサ、お前があいつらをなんとかするというなら喜んで手を貸すぞ」

「そうしたいんだけどね……。リーダーの二車骸佐ってやつがふうまと因縁があるんだって。だからさっき言った通りふうま自身の手で決着をつけないといけないってずっと言われてて。ふうまは私にとって恩人だから、裏切るような真似はしたくない。だから私はその件で動きたくても動けない。ごめん」

 

 軽く頭を下げたタバサを見て、トラジローがひとつ鼻を鳴らした。

 

「いや、いいのだ。……以前少し話した『お前にとっての仁義』。それが今、タバサが言ったことそのものなのだ」

「あー……。うん、なるほど。そういうことか。またちょっとわかった気がする。……だけど、そう考えると二車の連中って仁義も何もないただのクズ連中じゃないの?」

「異論はないのだ!」

 

 2人の意見が一致したところで、しばらく続いていた会話が止まった。気づけば結構長い間休憩していたようにも思える。

 聞きたかった話も聞けたし、とタバサがトラジローに問いかけた。

 

「そろそろ戻る?」

「それもそうだな。……よし、じゃあ泳いで競争して戻るぞ! よーいスタートなのだ!」

 

 タバサの返事を待たず、トラジローがいきなり海に飛び込んで泳ぎ出す。

 

「ずるい……。まあいいか。トラジロー、こういうところはちびっこだし」

 

 やれやれと溜息をこぼしつつ、タバサも後に続いて泳ぎ出した。




原作である対魔忍RPGのマップイベント「魔王の娘のビーチ」に該当するお話。
元々トラジローが出てきてくれる話なので、すんなりとタバサを紛れ込ませられる&二車についての情報収集と味龍メンバーの確認という形を取ることが出来ました。

前回直接描いてはいないものの、同時並行的に「イングリッドの休暇」が終わったと考えると、本来はこの間にもいくつか話が挟まっています。
が、「鬼神の対魔忍」は主に未来編なのでカット。
「アサギ校長と結婚してみた」は扇舟の遺品から出てきたものが原因で巻き込まれてるので、本作では扇舟が生存という理由&タバサを絡めにくかったのでカット。
「陰陽念流の剣士」は半分が未来編、残り半分もヨミハラの話で現時点でタバサが不在なのでカットということにしました。

ちなみにその後に勢力戦があったようです。めんどくさくてガン無視しました……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。