“乗っ取られ”の少女、対魔忍世界に迷い込む   作:天木武

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Act33 お前に最後背中を押されたってのもあるから、ちょっぴり感謝してるのだ

 トラジローを追いかけて泳いでいたタバサだったが、前の方でトラジローが泳ぐのをやめたことに気づいた。どうしたのだろうとそこまで追いついたところでタバサも立ち泳ぎに移行する。

 

「何かあった?」

「ビーチで揉めてるのだ」

 

 トラジローの視線の先、何やら複数の怪物のような存在が目に入る。が、それに対峙しているのは負けず劣らずの数の人々であった。

 

「あれ? なんかさくらとか時子とかもいない? あと五車学園で見かける人もチラホラと」

「なんかすごい数いるのだ……。対魔忍っぽいのから淫魔族っぽいのまで。応援に行こうかと思ったけど……」

「あんなにいるなら私たちが行かなくてもなんとかなりそう。どうする? 続けて泳ぐ?」

 

 タバサの問いかけに悩んでいたトラジローだったが。

 

「……ん? あのでかいの……」

 

 その揉め事を起こしていた怪物のうちの1体、もっとも巨大な存在へと目を留めた。

 

「どうかした?」

「見たことがあるというか、似た気配を感じたことがあるのだ……。もしかすると……シームルグ!? でもあいつは梟の獣人でもっと小柄なはず……」

「……言われてみると私もあのでかい四足ってのは知ってる気がする。確か以前ヨミハラで戦った……オロバスだったかな」

「だとするとどっちもフュルスト……さっき言った、二車に協力した後裏切られた、ノマドの特大うんこ野郎の部下のはずなのだ。その両方の気配があるということは……」

「無理矢理融合でもさせられたか。……どうする? 私はオロバスと敵対しただけだから別にどうでもいいけど、トラジローの心の中はかなり揺れ動いてるように感じる」

 

 事実、タバサに指摘された通り、トラジローは悩んでいた。

 実はシームルグは元々獣王会のメンバーだった。しかしある時、トラジローとの些細な喧嘩が原因となって組織を飛び出していってしまう。喧嘩自体は以前からよくあったために、どうせ数日もすれば戻ってくるだろうとメンバーは高を括っていたのだが、いつになっても戻ってくることはなく、やがて風の噂でノマドのフュルストの部下になったという話が聞こえてきたのだった。

 

「……シームルグのやつががうんこたれなのは間違いないのだ。でも、あの時出て行ったのはオレにも多少なりとも責任があるようにも感じる……」

「もしかして昔の仲間なの? なら迷うこともないと思う。ここで助けるのが、トラジローの仁義じゃない?」

 

 タバサに諭され、トラジローは小さく笑った。

 

「……ああ、そうだな! くだらない意地を張って、昔の仲間が殺されるのを見過ごすなんて寝覚めが悪すぎるのだ! 止めるぞ!」

「でもここからだと結構距離があるから……。急いで泳がないと」

「いや、その必要はないぞ。タバサ、オレに捕まれ。振り落とされるなよ!」

「え……?」

 

 言われるままにトラジローにタバサが抱きつくと同時、トラジローの体が文字通りの虎へと変化した。

 それも獣人ではない。かつてタバサと一緒に出前に行く途中、ミシェアを助けた時に見せた彼女の奥の手、“神獣化”だ。

 

「ガルルルッ!」

 

 落ちるなよ、という意味だろうか。トラジローは一声吠えると、見えない力で足場を作り出しているのか、水の上だろうと関係なしに走り出した。

 

「おお、これはすごい。さすがトラジロー」

「ガルゥ!」

 

 タバサの称賛の声に気を良くしたのか、トラジローはなおも速度を上げる。そしてあっという間に小太郎たちと、シームルグとオロバスが融合したと思われる相手の間へと割り込んだ。

 

「な、なんだ!?」

「トラジロー?」

「ん。トラジローだよ」

 

 小太郎の疑問に天音も疑問形で答え、それが正しいことを乗っていたタバサが裏付けた。

 

「え!? タバサか!?」

「そう。天音に海に連れてきてもらった。バイクにも乗せてもらったし気持ち良かった」

「いや、タバサに来てもらったのは……」

「そうか。天音、なんかすまなかったな。タバサを気にかけてくれてありがとうな」

 

 本当のことを言いかけた天音だったが、その後の小太郎のセリフによって、そうした方が小太郎への印象が良いということに気づいてすぐに軌道を修正した。

 

「はい! タバサのことを思ってのことでしたが、若様からそのようなお言葉をいただけたとあれば執事冥利に尽きるというものです!」

「……天音はほんと読めない」

 

 タバサとしては呆れ気味にそういうしかなかった。

 

 そんなことをしている間にも、トラジローは唸り声で説得を続けていた。それで通じているのか、それまで暴れるだけだった相手に理性の色が戻ってくる。

 

「ガルルルゥ……」

 

 まだ神獣化状態のトラジローは小太郎を見上げながら、何かを訴えるように小さく唸った。

 

「助けてやってほしいって言ってるんだと思う。シームルグだっけ、昔獣王会にいてトラジローの仲間だったんだって。ふうま、何か手はない?」

 

 タバサにもそう懇願され、さらにその場にいた他の人たちからの視線も受けて、小太郎はひとつため息をこぼす。それからずっと天音が監視していた、一緒にいた女性の方へ視線を移し、何やら話を始めた。その女性を見つめ、タバサは心の中に違和感を覚える。

 

(ん……? あの人の雰囲気、どこかで……)

 

 小太郎との話が終わったらしく「もう、しょうがないなあ、おやびんは」と口にしている。

 

(おやびん……? あ、リリムがふうまを呼ぶ時と一緒……。そう考えるとリリムとどこか似てる気もするけど……)

 

 リリムとはいたずら好きの落ちこぼれ下級夢魔で、時々五車にも出没するためにタバサも見たことがあった。小太郎に懐いているのだが、彼曰く「ただのトラブルメーカーで俺は巻き込まれているだけ」とのことであり、困っているようであった。

 とはいえ、当人に多少の悪意こそあれど深刻ではないことと、小太郎もなんだかんだ気を許しているところもあったため、タバサも特に気にかけずにいたのだった。

 しかし、タバサが知っているリリムはもっと小さな、小悪魔のような姿だったはず。今見つめている相手はそこからは程遠い、大人の女性のような姿に見える。

 そして何より――。

 

(ヤバいな、あれ。底が知れない。さくらとか時子とか天音とか、他にも対魔忍やら人とは違う種族の実力者っぽいのやらここにはかなり多く集まってるけど、1人だけ完全に飛び抜けてる。……元のリリムからはまるで力を感じなかったのに。……ということは、これもアサギが言っていた『わかると思わされてる』ってやつか)

 

 そんなことをタバサが考え込んでいるうちに、事態はあっさりと解決の方向へと向かっていた。

 小太郎が何やら大仰なセリフを口にし、それに紛れる形でリリムがウインクをひとつしただけでシームルグとオロバスの融合が解けていたのだ。今はトラジローが元の姿に戻り、その2人に説教をしている。タバサもその元へと近づいていった。

 

「お、お前……!」

 

 その姿に、トラジローに怒られて縮こまっていたオロバスが身構えた。

 

「ヨミハラでオレのこと、襲った奴!」

「逆。そっちが襲ってきた。……ん、でもまあ敵意はないっぽいか」

「行く当てがないみたいだし、一応獣人っぽいと言えなくもないから、こいつも獣王会でシームルグと一緒に面倒を見ることにしたのだ」

 

 嬉しいからか隣で泣いている梟の獣人をチラリと見つめてから、タバサはオロバスに視線を戻す。

 

「あ、ああ……! オレ、獣王会で頑張る!」

「そっか。よかったね。……トラジローも。昔の仲間を見殺しにしないで済んだ」

「ま、まあな……。お前に最後背中を押されたってのもあるから、ちょっぴり感謝してるのだ」

 

 少し照れつつそう言うトラジロー。それから表情を改めて口を開く。

 

「またお前と味龍で一緒にバイトしたいんだが、戻ってくるのはもう少し時間がかかりそうか?」

「うーん……。多分そうだね。対魔忍が対イセリアルを想定した情報を用意するのに私が必要だって」

「まあお前のいた世界の化け物だからな。しょうがないか……。よし、また味龍に来るのを待ってるぞ。扇舟にはタバサは元気だったと伝えておいてやるのだ」

「ん。よろしく」

 

 そう言ってスクール水着を着た2人は別れた。

 

 よくわからないまま天音に連れてこられた海だったが、色々と楽しかったなとタバサはふと思うのだった。

 

 

 

---

 

「……ということが少し前にあって」

 

 その海での一件から数日後。タバサは図書室に来て紫水に海での出来事を話していた。

 

「海か……。ちょっとうらやましいな」

「コロに頼めば外に出られるんじゃないの?」

「それはそうだけど……。でもいいや。お館くん、最近忙しいんでしょ? あまりここで姿を見かけないし。私と話せるタバサが来てくれるから多少気も紛れてる」

「ふうまが最近忙しいのは、火遁衆の……誰だっけ、確か神村舞華(かみむら まいか)って人の手伝いをしてるから。今日その人が筆頭になるための昇任試験ってのがあるんだって。で、2対2で戦うらしいんだけど、ふうまが推薦みたいな発言をした手前、一緒に戦うことになったって。私もこの後見に行くことになってる」

「またお館くんは色んなことに巻き込まれてるなあ……。まあ聞く限り自分から首を突っ込んだようにも思えるけど」

 

 そう言うとくすくすと紫水は笑う。

 

「ふうまの指揮能力は本物ってよく聞くから、今日のはちょっと楽しみにしてる」

「そうだね……。確かに()()お館くんはそういうのに長けてる。でもタバサって集団戦の経験があまりないって前言ってたような気がしたから、興味が無いというか苦手なんだと思ってた」

「稲毛屋のおばあちゃんに言われたことがずっと引っかかってる。『仲間との連携をもっと学べ』って。ふうまに聞こうと思ってたけど、落ち込んで帰ってきたあの日からなんだかんだ聞く機会が無かったから、今日実際に集団戦を目にしてから考えてみようと思ってる」

「そっか。タバサはお館くんの指揮下で戦ったことがないんだ」

「1回だけあるにはあるけど、私と2人だけだったのもあって、私が敵の主力の相手を担当する形になったから指揮も何もなかった」

 

 その相手というのがこの間海で再び会ったオロバスであった。フュルストの元を離れて獣王会に入れることを喜んでいたことを考えると、痛み分けに終わった結果が良かったようにも思える。

 

 タバサと紫水がそんな話をしているうちに、気づけば結構な時間が経過していた。

 ふとタバサが時計を見ると、試験の時間に近づいていることに気づく。

 

「あ、そろそろ行かないとか」

「忙しいのにわざわざ来てくれてありがとう」

「ん、折角学校に来るなら紫水にも会いたいなって思ってたから」

「……そっか。ちょっと……ううん、すごく嬉しい」

 

 小太郎以外に見えない存在ということは、普段話し相手もいないということだ。タバサが初めて見かけたときから本を読んでいて読書少女という感じではあったが、性格は意外と社交的なのかもしれない。

 

「今度来る時はふうまとかコロとか連れてきたほうがいい?」

「お気遣いありがとう。でも大丈夫。昔コロちゃんの体を借りて、同じく本好きな子とガールズトークしたこともあったから」

「……皆そういうの好きなんだね」

 

 この間開かれたパジャマパーティーを思い出すタバサ。確かに楽しかったが、わざわざ女子だけでやる必要があったか、という根本的な部分を考えてしまったりもしている。

 

「まあ私のことは気にせずに……昇任試験、見て楽しんでくるといいと思うよ。きっとお館くんも頑張るはず」

「ん。わかった。じゃあまた」

「うん。またね」

 

 タバサが立ち上がって入り口付近へと歩き出す。そしていつものように振り返ってみた。

 

「……やっぱり消えちゃうか」

 

 予想通り、もうそこに紫水の姿はない。図書室にいる幽霊のような存在。そんな彼女を不思議に思いつつも、もし小太郎の指揮下で一緒に戦える時が来たら楽しいのかなとふと考える。

 そういう意味でも、この後の筆頭試験で小太郎はどんな手腕を見せてくれるのか。少し楽しみな気持ちを心に秘めながら、タバサは図書室を後にし、地下の訓練施設へと向かうのだった。

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