五車学園、地下訓練場。バーチャルシミュレーションも可能な最新鋭の訓練施設には、沢山の人が集まっていた。
タバサにとってはかつて沙耶と戦ったことのある場所だが、あの時は事情を知ってる複数人しかいなかったのに対し、今回はその比ではない数のギャラリーが詰めかけている。見渡してみると凜子やケイリーといったこの間知り合った顔ぶれだけでなく、アサギ、この世界の教師の方のさくら、紫といった五車のトップ3までもが雁首を揃えていた。
「あっ、タバサちゃん。こっちこっち」
と、人の多さと、向けられてくる視線にタバサが困っていると手招きをする制服姿の蛇子が目に入った。周りには同じく制服姿の鹿之助にゆきかぜといつものメンツが集まっている。
「助かった。人が多くてどうしようかと思ってた。前回沙耶とここで戦った時は限られた人数しかいなかったし」
「昇任試験でもこれだけ人が集まるのは珍しいよ。ふうまちゃんが声をかけたみたい」
「ふうまが?」
意外そうな声を上げるタバサ。
「盤外戦術みたいなものじゃない? わざとギャラリーをたくさん集めて相手にプレッシャーをかけるとか。こういう時手段を選ばないふうまなら考えてもおかしくないと思うけど」
「だとすると完全に逆効果だね」
ゆきかぜに対してタバサがブースの中を見つめながらそう返した。
小太郎と一緒にいる、目つきの悪いオレンジの髪をした少女の手が震えているのがわかる。赤を貴重とした対魔忍スーツに身を包み、巨大な銃のような兵器を手にしている彼女が今回の試験の主役である神村舞華なのだろう。
一方、どこか根暗な雰囲気を纏い、陰の有りそうな表情をしている相手の男の方は余裕があるようにも見える。
「逆?」
「うん。ふうまと一緒にいる人……舞華って言ったかな、そっちの方が必要以上に緊張してる。逆に相手はなんとも思ってないみたい。……ってか、相手の方にコロいるの気になるんだけど。裏切ったの?」
紫水との話題にも時々出てきて一緒に夏とも戦った人物ということで、タバサとしては孤路は味方という認識でいたらしい。それが小太郎と敵対している。
ここ最近「裏切る」という行為に対して敏感になってしまっているタバサは、何も考えずそういう言葉を口にしてしまっていた。
「裏切るってわけじゃ……。今回舞華ちゃんの相手になるのは、同じく火遁衆で
蛇子がそう説明してくれた。が、その後で鹿之助が震えながら付け加える。
「でも伝治先輩は100年に1人の天才とか言われてるらしいぜ。筆頭の最年少記録も持ってるし。今回神村さんが勝てばそれが更新になるらしいけど……。ただあの人、科学部の部長ってこともあって、ついてる異名が“爆殺研究科”とかでさ……。物騒すぎるぜ……」
「ふーん……。でもこの状態だと舞華はまず負けるよ。単純な実力差で劣ってるのもそうだけど、それ以上にさっき言った緊張感の部分が大きい。相当な不安が心に渦巻いてる。ふうまがやったことが完全に裏目になっちゃってる」
「……この距離でも内面を見通せるのね。そりゃ凜子先輩が手放しで褒めるわけだ」
ゆきかぜがボソッと呟いた。耳ざとく、タバサにはそれが聞こえたらしい。
「凜子が? そう言ったの?」
「私と凜子先輩は仲が良いの。この間久しぶりに訓練したんだけど、パジャマパーティーの時にタバサが凜子先輩から1本取ったって言ってたことを思い出して聞いてみたの。そしたらもうべた褒めしてたわよ」
「……隙を突けただけ。もう1回やったらまず間違いなく勝てない」
「あのね。仮にそうだとしても、凜子先輩から1本取るってことがどれだけすごいことかわかってないでしょ? あの人は対魔忍の中でも指折りの剣士、“斬鬼の対魔忍”よ。そんな相手から1本取ったってだけでも結構な事件なのに、その相手が学園に属してない出自不明の客人とかってなったら、生徒の間じゃ話題になるものなのよ」
タバサがこの部屋に入ってきたときに感じた視線。その理由がようやくわかったような気がした。
「……もしかして私注目されてる?」
向けられた視線に敵意はない。が、歓迎するものともまた違う。奇異、あるいは畏怖。その辺りが当てはまるように感じていた。
「良くも悪くもね。私や凜子先輩が広めたわけじゃないけど、噂ってのはどうしても広まっちゃうから、今じゃ結構な人が『なんかヤバい奴が来てるらしい』みたいな話をしてる」
「……まあ噂が広まるのは知ってるから、しょうがない。私の正体についても『自分から広めるな』って言いつけは守ってるから、落ち度はないしと思うし」
「そのことで先生方がタバサを責めるってことはないと私も思う。結局五車って色んな人がいるから、そのうち皆慣れるか忘れるかするだろうし、あまり気にしなくてもいいかもね。……あれ?」
話しながらブース内を見ていたゆきかぜが何かに気づいた。
ずっと小太郎と揉めたかのように話していた舞華の表情が変わったのだ。直後。
「よっしゃ! やってらああああ!」
ギャラリーにも聞こえるほどの声量で舞華の気合の声が響き渡る。
「余計な緊張が解けてる。……すごいな、ふうま。何言ったんだろ」
「ふうまちゃん、ああやって士気を上げることを言うのとか得意だからね。しかも相手が……こういう言い方しちゃ悪いかもしれないけど、単純な舞華ちゃんだから、効果はなおさらだろうし」
蛇子が自分のことのように得意げに言った。
「そろそろ始めるぞ!」
と、そこで厳つい男の声が響いた。声を出したのは見るからに兄貴肌と言った感じの男だ。
「あの人が舞華の所属してる……火遁衆だっけ。そこのボス?」
「うん。
蛇子に説明してもらい、「へぇ……」とタバサは声をこぼした。
「あの人も間違いなく強いね」
「そりゃそうよ。火遁は忍法の花形と言ってもいい術。しかも実力は申し分無しでも性格に癖がある人ばっかの集まり。そんな使い手を束ねてる人なんだから」
同じく自然系忍法の使い手であるゆきかぜが答えたところで、蛇子が「あっ!」と声を上げた。
「始まったみたい! これは……ヨミハラかな?」
蛇子の言葉にタバサが視線を移すとブースの中の風景が変わっていくところだった。確かにシミュレーションが指定したステージはヨミハラのようだ。
「そうっぽいけど微妙に道とかが違う。でもまるで本当にあるように見える。こんなのを作り出せるなんて科学ってすごいなって思う」
「だけどこれ、神村さん不利じゃねえか? 伝治先輩って異名の通り、爆弾を作り出せる忍法じゃなかったっけ。こんなに物が多かったら爆弾仕掛け放題になっちまう。しかも普通の市街戦ならまだしも、ヨミハラがモデルとなると道が狭いし障害物も多い……。神村さんの武器である
鹿之助の意見に対し「確かに……」とゆきかぜが続ける。
「舞華の爆炎は私の雷撃以上に取り回しが難しいものね。その分、威力は折り紙付き……。まあ威力だけなら、私も負ける気はしないけど」
「別にこんなところで張り合わなくても……。ゆきかぜちゃんも舞華ちゃんも、うちの学年どころか、対魔忍内で見てもトップクラスの破壊力だっていうのは蛇子も他の皆も知ってるから」
苦笑いしながら蛇子がそうフォローする。が、次に真面目な表情に変わって戦況を見守りつつ、ポツリと呟いた。
「……ふうまちゃんはどうするつもりかな」
タバサもそこが気になっていた。
聞いた限りでは舞華が圧倒的不利だ。相手が得意とするのは接近戦。しかもステージが完全に相手に味方をしている状態。いくら緊張を跳ね返したとはいえ、戦闘前に見た感じでは実力差でも劣っているように見えたのだから、勝機としては薄いと言わざるを得ない状態だ。
(でも蛇子たちのこの雰囲気……。ふうまならそれをひっくり返す、と信じてるみたいに思える。……そこまで思わせるふうまの指揮って、どんななんだろう)
気づけば、タバサも試験の様子に見入っていた。
試験は2対2ではなく、そこにシミュレーターが作り出した第三勢力の敵も混ざり、それも撃破する形が取られていた。
舞華は得意の爆炎を使わず、サポート役の小太郎は忍者刀でその敵を倒している。
一方の伝治・孤路チームも好調なようだ。特に冥途バズーカがリミッターとしての役割も果たしている舞華と違い、緻密に能力を操れるために小規模爆破も可能な伝治は、その能力を遺憾なく発揮して次々に敵を爆破していく。
「うわあ……。やっぱ伝治先輩すげえ……。さすが“爆殺研究科”。鮮やかな戦い方だ」
鹿之助が感嘆の声を上げる。
「それと比べると……ふうまちゃん地味だなぁ……。舞華ちゃんも爆炎使わないで戦ってるからなおさら」
「でもあれは多分ふうまの指示な気がする。相手に位置を探らせないためだと思うけど……。ねえタバサ、それ以外に何か気づいたことない?」
蛇子とゆきかぜの視線がタバサに集まる。その2人をチラッと一瞥してから、タバサは戦闘の様子へ視線を戻した。
「……敵の格好がおかしい。ヨミハラにこんな連中は歩いてない」
思わず鹿之助まで入れて3人がずっこける。
確かに第三勢力のエネミーはランダムで選ばれているためか、ヨミハラには似つかわしくない学生っぽい人間やら、愉快そうな格好をした犬型ドローンやらが現れている。
「それはコンピューターの都合でしょうがなくて……。それ以外に何かない?」
そう蛇子に問われても、タバサは「知らない」と言いたげな表情だ。
「私は集団戦については全然わからないから、ふうまが考えてることなんて想像もつかない。少なくとも私なら、第三勢力の敵は二の次にして、相手がいそうな場所を突き止めたら最短距離で突っ込んでる。それが一番手っ取り早い」
「まあタバサならそれでいいかもしれないけど……。神村さんの得意距離は中遠距離だからな。タバサみたいに突っ込むってのは無いと思うぞ」
鹿之助の指摘に蛇子は首を縦に振って同意する。だが先程タバサに意見を求めたゆきかぜだけは難しい顔をしたまま、その意見に異を唱えた。
「……でもこれ、ふうまのやつ、もしかすると本当に接近戦を狙ってるかも」
「ええ!?」
蛇子と鹿之助が驚いた声を上げた。
「ゆきかぜちゃん、その根拠は!?」
「確証はないわよ。でも……ずっと居場所を探られないように、それこそさっき蛇子が言った通り地味に、さらには静かに戦ってる。そして……少しずつ伝治先輩たちを探してその距離を詰めようとしているようにも見られる」
ギャラリーからは2組の様子がよくわかる。確かに舞華・小太郎ペアは相手を探して近づこうとしているように見えた。
「舞華の得物と得意距離を考えたら、適当な開けた場所で待ち伏せが最も無難だと思う。でもそうする気配がない……。地の利と自分の得意距離を捨ててでも奇襲をかけて、相手の得意な戦い方まで奪った上で一気に勝負に出るとかふうまは考えてそう」
「うわ、ありそうだ……。意表を突くのはあいつの得意技だからな」
鹿之助がさっきまでの自分の意見を否定した、その時。
「射程内に入った!」
蛇子の声で小太郎の戦術について話していた2人と、それに聞き入っていたタバサが戦闘の様子に集中する。
舞華の冥途バズーカから火球が発射される。彼女得意の火遁“
しかし舞華は次弾を撃とうとせず、代わりに地面目掛けて火遁を炸裂させ、その勢いで伝治目掛けて飛び込む。
「やっぱり接近戦だ!」
鹿之助が興奮したような声を上げた。蛇子とゆきかぜも食い入るように見つめている。
だがその一方、タバサだけは冷静に考えを巡らせていた。
(無茶だ。奇襲だけで勝てるような相手じゃない。さっきの第三勢力の敵との戦い方を見るに相手は接近戦の達人……。得意の距離を捨てて相手の距離に入り込む利点がわからない)
直後、飛び込んでいた舞華が手にした冥途バズーカを投げ捨てた。まさかの行動に舞華と対峙していた伝治も、見ていた蛇子たちも、さらにはタバサまでもが目を見開く。
手放した得物を反射的に相手に目で追わせた隙を突き、舞華は伝治の懐に潜り込む。そのまま攻撃と防御のために放った互いの爆炎が衝突。紅蓮の炎が巻き上がった。
「あ」
2人の激突だけに目を奪われていた者たちは気づかなかった。殊に、目の前で舞華の爆炎を防ぐことに全神経を割いていた伝治はなおさらだろう。
しかし一部の見物人、例えば今反射的に声を上げたタバサのような者たちは、その瞬間に何が起こったのかをしっかり見ていた。
伝治が舞華に集中し、さらに爆炎で視界が悪化したその瞬間。先程舞華が放り投げた冥途バズーカを拾っていたのだろう。小太郎がこっそりそれを舞華に返したのだ。
そこからは一方的で、時間にしてみれば決して長くはなかった。明らかに動揺した様子の伝治を逃さないように腕をつかんだ舞華がまず頭突きを叩き込み、さらに地面に向けて冥途バズーカを自爆覚悟で炸裂させる。爆風で一緒に転がるがそんなことは意に介さず、3度目の自爆が終わった時。
「俺の負けだ。認める」
あっさりと相手が音を上げた。
一気にギャラリーがざわついた。明らかに格上と思われていた伝治を舞華が破った。火遁衆筆頭の最年少記録更新の瞬間である。
「すごい! 舞華ちゃん本当に勝っちゃった!」
「自爆覚悟の接近戦かよ! ふうまのやつ、マジでとんでもねえこと考えやがる!」
「その提案を受け入れた舞華も舞華だけど……。まあ勝ちは勝ちよね!」
蛇子、鹿之助、ゆきかぜが口々に興奮したように喋り合う中、タバサだけは普段どおり無表情でそんな3人を見つめていた。
「……これがふうまの指揮、か。なるほど、確かに私の考えじゃ計れないところがある」
接近が前提の戦い方という理由もあるが、相手に合わせるようなことをタバサは基本的にしない。例え己の身を削ってでも前に出続けて攻撃の手を緩めず倒し切る。今までそうやってケアンで独り剣を振るい続けたタバサにとって、小太郎の考え方は異端と思えた。
「どうだ、タバサ。私の言った通り彼の指揮は見事だろう?」
と、そこで聞き覚えのある声が聞こえてきた。今は制服姿で帯刀していないが、無刀でも相変わらず独特の威圧感を放っている。
「あ、凜子」
「死々村伝治の強さはよく知っている。さすがに相手が悪いと思っていたのだが……。あんな作戦を取るとは思ってもいなかった」
「私も驚いてる。同時に理解できない。得意な距離を捨てるという発想は私には思いつかない」
「まあ私やタバサの場合はそもそも距離を詰めないと戦えないからな。ああいう考え方が出来ないのも仕方ないと言える」
「あいつは魔術トラップとか相手の嫌がることとかを見抜かせたら天才よ。確かな洞察力を持ってる。戦闘能力自体は低くても、そこだけは間違いなく本物」
そこで凜子と一緒にいた女性が会話に入ってきた。女子としては身長の高い凜子よりさらに上背があり、大きなリボンともさもさのツインテールが特徴的で、おまけに胸のサイズも十分大きいはずの凜子が小さく見えるレベルだ。
「ああ、いい機会だ。紹介しておこう。彼女は……」
「
そう自己紹介されても、タバサはしばらくきららを見つめたままだった。ややあって「……まあいいか」と呟いてから紹介を返す。
「タバサ。……敵意を見せる相手に自己紹介はどうかと思ったけど、そこまでじゃないみたいだし。それでも懐疑か疑念か、そんな感じで私を見てるみたいだけど」
「え……ウソ……!」
「だから言っただろう、タバサの察知能力は本物だと。……これでわかったんじゃないか?」
ぐぬぬ、ときららが悔しそうな表情を見せる。が、すぐに平静を取り戻して口を開いた。
「……まあいいわ! その力が本物だってことは認めてあげる。その代わり今度私と勝負しなさい! 凜子が1本取られた借りを私が返してあげるわ!」
「え、やだ」
一瞬で拒否されて今度は固まってしまった。
「な、なんなのよこの子!」
「まあまあ、きらら先輩落ち着いて……」
ここで一連の流れを見ていた蛇子が止めに入った。
きららと蛇子は先輩後輩の関係ではあるが、学級委員同士ということで顔を合わせることも多い。そのため蛇子の忠告は素直に受け入れることが多かったりする。
「タバサちゃん、模擬戦があんまり好きじゃないみたいで……」
「好きじゃないというか、苦手。実戦は相手を殺せば終わりだから楽。その点模擬戦は相手を気遣わないといけないから難しい。……まあここは私が全力を出した方が丁度いいぐらいの相手が多いけど」
「実戦が楽って……。えぇ……」
さらっととんでもないことを口にしたタバサに、さすがのきららも少し引き気味であった。
「こういう奴なんだ、タバサは。大人しく諦めたほうがいいかもな」
「……凜子の言うとおりかも」
凜子に諭され、きららも引っ込むことにしたようだ。
「あ、舞華ちゃんが出てきた。おめでとー!」
「おう、みんな応援してくれてありがとうな」
そこで見事勝利を収め、最年少の火遁衆筆頭となった舞華がブースから出てきた。ワッと人だかりが生まれ、皆祝福の言葉をかけている。
「あんたは行かないの?」
まだその場に残っていたきららがタバサに声をかける。
「舞華と話したこと無いし。ふうまには今の戦い方で何を狙ったかとか聞きたいけど……それが出来る雰囲気でもないから」
そう言ってタバサがその場に立ち尽くしていると。
「タバサ、ちょっといい?」
不意に歩み寄ってきたアサギに声をかけられた。
「ん。何?」
「イセリアルのバーチャルシミュレーションのモデル……って言っても通じないか。簡単に言えば今さっきの試験中に現れた第三勢力のエネミーのような、擬似的に作られた存在ね。それが一応完成したから、タバサに出来を見てもらいたくて。今から大丈夫かしら?」
対魔忍RPGのメインストーリー・チャプター49「筆頭の試練」に該当する話。
原作では戦ってる2組を中心にした視点だったので、敢えて外部から見る雰囲気にしてあります。