フラッシュバンによって目をくらまされたゆきかぜだったが、少しでも視力回復のための時間と間合いを取ろうと、後方に大きく飛び退いていた。そうしつつも、頭は努めて冷静に考えをまとめようとする。
何発かは命中し、確実に効いている。超攻撃的なタバサが閃光弾などという小技を使ってきたことが何よりの証拠に違いない。
そう思ってようやく目が慣れてきたのを確認し、銃を構え直す。
が、彼女は再び信じがたい光景を目にすることになった。
「クナイ……いえ、ナイフ!?」
タバサが放った、魔力で作り出した3本のナイフ――“ファンタズマルブレイズ”が迫っていた。
咄嗟に回避したものの、再び視線を戻すとタバサは突撃の態勢に入っているのがわかった。
「いいわ、腹括ってあげる!」
ここまではアスカの力も借りる形で、ゆきかぜはどうにか距離を取りつつの戦いを続けようとしていた。そして何発かを命中させ、あと一息という手応えはある。
ならばここが勝負どころ。ゆきかぜは覚悟を決め、少しでも命中精度を上げるために足を止めて両手の銃を構えた。
突っ込んで来ようとするタバサ目掛け、先程同様雷撃弾による弾幕を張る。
タバサは右に左にと狙いを定めさせないように回避行動を取りつつ肉薄。全ては回避しきれず再び数発被弾したが、お構いなしに突撃を続け、とうとう射程内に。
「まだ! ブレードッ!」
距離の優位を失うことになる。そうわかっていてもなお、ゆきかぜは引かずに銃口から雷の刃を作り上げた。
当人は知らないことであるが、未来のゆきかぜが
その未来の彼女と違って逸刀流を会得していないものの、対魔忍であるために身体能力は普通の人間の比ではない。この距離での戦闘も想定し、何度か凜子やアスカとの訓練もしていたゆきかぜは、迷うこと無く
「……やっと届いた」
ポツリと呟いたタバサの声がゆきかぜの耳に入った。
次の瞬間、空中を切り裂く光のように
間一髪でこれもどうにか防ぎつつ、しかしゆきかぜの心には選択を誤ったかもしれないという後悔が生まれていた。
(なんなのよ、この子の攻撃……理解ができない……! 剣の達人である凜子先輩とは全く別物、変則的なアスカよりもさらに特異にすら感じる……。凜子先輩がやけにタバサに執着して、剣から意図が掴めないみたいな話を私にしたのはこういうことだったのか……!)
凜子との接近戦の訓練の際、タバサの真似はできないと前置きした上で解説してくれたことをゆきかぜは思い出す。
「タバサの剣には『動と静』が入り混じっている。確かに繰り出される剣技は逸刀流よりもさらに荒々しい『動』だ。が、受けてみるとわかるがその本質は『静』。凪いでいていつ繰り出されるか予測をつけにくく起こりが見えにくい、いわば無拍子の剣、といったところだろうか。この辺りのことは逸刀流の私よりも、五行学園にいる陰陽念流の使い手であるあず姉……
幼なじみ故に多少逸刀流をかじっているとはいえ、途中からは凜子の言いたいことがどうにも理解できず半分ぐらい聞き流していたゆきかぜだったが、要するに対魔忍トップクラスの剣士をもそれだけ虜にするような剣だということだけはわかった。
故に軽んじていたわけではない。だが凜子の話だけでは何を言いたいかいまひとつ掴めなかった「動と静」について、今身をもって実感していた。
(凜子先輩の言いたいことがやっとわかった……! 起こりがわかりにくい、出どころが読みにくい……。凜子先輩やアスカとの訓練とは全くの別物、異端の剣……!)
こんなところまで常識が通じないということか。そのことを再認識しつつ、それでもゆきかぜは己を奮い立たせる。
(出力を落として数を重視したとはいえ、私の雷撃弾がそれなりに命中してるんだ、あとひと押し……!)
仮面に隠されたために表情からも、凪いでいるために剣からもタバサの様子を読み取ることはできない。だがダメージ量を考えれば十分に勝機はある。
「はああああああっ!」
気合の声とともにタバサの剣を賢明に防御し、ひたすらに隙を伺う。嵐のような連続攻撃を耐えに耐え、
「チャンスッ!」
ゆきかぜはブレードの展開をやめて後ろに飛び退きながら銃を構えた。
接近戦で決めにかかると予想外の反撃の危険性がある。ここは確実性を取って相手の間合いの外、加えて自分の得意な射撃で雷撃弾を撃ち込むべきだ。当たりさえすればそれで全てが終わる。そう思ってトリガーに指がかかったが。
「相手を騙せ、か。どうすればいいかわかったよ、ふうま」
明らかに射程外にも関わらず、そう呟いたタバサの左手が振るわれる。刹那、辺りに広がる目を焼くほどの眩い光。
「また閃光弾!?」
このタイミングでの搦め手を予想できなかったゆきかぜは光をもろに浴びた。タバサがいるはずの位置に必死に雷撃弾を放つが手応えがない。
代わりに、ゾッとするほどの冷たい気配がすぐ背後に佇み、首筋に何かを突きつけられたことに気づいた。動くことができないままに視界が戻ると、攻撃したはずの場所にタバサの姿はなく、背後に立って剣を突き付けていた。
「うー……。ここまでかぁ……」
「ゆきかぜ、そこまで。アウトよ」
アサギからのアナウンスを受けてため息とともに気落ちしたゆきかぜだったが、剣が引かれて背後の気配が崩れ落ちたことに気づいた。
「タバサ!? 大丈夫?」
「問題ない……。でも……最後の雷撃が一発でも当たったら多分無理だった……」
床に膝を付き、相変わらず仮面は脱がないものの息も荒いままにタバサが答える。
「くっそー……。やっぱりあとひと押しだったかぁ……」
その場に腰を下ろしながら悔しがるゆきかぜの横でタバサは深呼吸のような独特の呼吸法をしていた。上がっていた息が少し戻ったが、それでもまだ肩で呼吸をしている。
「アスカは……。あーあ……。ふうまたちが来ちゃったか。そりゃこっちの援護も無理よね」
タバサが放った召喚獣はアスカによって打ち破られたようだが、そこで時間を稼げたおかげもあってか、小太郎たち3人が間に合ったらしく今は抑えにかかっている。
「そっち4人の中であの3人と1番相性悪いのがアスカだから行かないといけないけど……。ダメだ、もう少し休まないと今行っても足手まといになる」
「相性が悪い? そうなの?」
「蛇子のタコ墨煙幕が風でかき消されるからこっちの得意パターンの天敵。その上4人の中で1番距離による得手不得手の差が小さいオールラウンダーだから、最初に叩くか、逆に最後まで残して数で押し切るってのがふうまの考えだった」
「あー……。なるほど」
思わずゆきかぜは感心の声を上げていた。今アスカは数で押される形になっており、結果的に小太郎の狙い通りになった、とも言えるだろう。
その数に早く加わりたい様子のタバサだったが、やはり舞華とゆきかぜの連戦によるダメージは大きいようだった。呼吸が荒いまま、仲間たちが遠くで戦う様子をじっと見つめている。
「ねえ、休んでるこの時間にひとつだけ聞かせて。私がタバサの攻撃を防御した最後の時によろめいたの、あれもしかして演技だったりした?」
せっかくだからこの時間に話そうと、ゆきかぜが声をかける。呼吸を整えようとしつつ、間を開けてからタバサが答えた。
「……半分は。ゆきかぜの得意距離は中遠距離のはずだから、私の距離に持ち込めれば舞華の時みたいに決まると思ってた」
「あ、舞華は接近されてあっさりやられたのか。フフーン、そこはなんか勝った気分」
「それで予想以上に防御されてさすがにちょっと焦った。長期戦になればなるほど私の剣に目も慣れるだろうし、ダメージ分もあってスタミナも怪しいかもしれないと思った時、ふうまの言葉を思い出した」
「あいつの言葉?」
仮面越しにも段々とタバサの息が整ってきたのがわかった。
「力だけで勝てないって思った時は相手が嫌がることをして隙を生み出せ。時には相手を騙せ。ゆきかぜにとって嫌がることは距離を詰めての戦闘だと思ったんだけど、騙すっていうのはよくわからなかった。でもさっきの最後の
「……っ!」
図星だった。あとひと押しという思いで自分を奮い立たせ、どうにか防御に徹した。そのことで少し自信のようなものを持てていたのは事実だ。
「ずっと防御を許してたから実はゆきかぜは接近戦も得意なのかもしれないって思ったけど、その心の動きでやっぱり無理をしてるんだって再確認した。なら、決定機を見出したら得意の間合いを取り直して確実にとどめを刺しに来る。そう思ってちょっと大げさによろめいた。距離があってこっちを狙うならフラッシュバンも私に影響のない距離で決めやすかったし、とどめってことで少し心が緩んだタイミングってのもプラスになるなって」
思わず背筋に冷たい何かが走るのをゆきかぜは感じていた。
(ふうまのやつ……とんでもないことしてくれてる……! この間、タバサが自分がいた世界の敵と戦闘してた時は力押し一辺倒って思えたのに、しれっと戦いの駆け引き……それも集団戦だけじゃなくて個人の場合でも通用するように教えたってことじゃないの! 相手の内面や心の動きを読める、そんな存在が駆け引きの方法を学んでしまったら、下手したらもう手がつけられない……!)
同時にゆきかぜは気づいた。タバサはこの戦いで小技を多用してきていた。確かに状況的に苦しいという事実はあったかもしれない。が、使わざるを得なかったのではなく、自らの意思で使っていたのだ、と。
「……タバサだけは絶対敵に回したくないってよくわかったわ」
「んー……。誰だっけ、以前誰かにも似たようなこと言われたことある気がする。……まあいいや」
もう一つこれまで同様の呼吸法をすると、乱れていたタバサの息が完全に戻っていた。かなりのダメージと疲労だったはずなのに、早くも涼しい顔――いや、仮面に隠れているから顔色はわからないが、とにかくもう大丈夫そうな空気を放っていた。
「落ち着いたから行ってくる。また後で」
一方的に話を切り上げ、タバサはアスカと戦う小太郎たちの元へと飛び出していった。
「……アスカには悪いけど、これはもうすぐ終わりそうね」
ポツリと独り言を呟き、ゆきかぜは天を仰いだ。
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小太郎たち3人は奮戦するアスカ1人を仕留めきれずに手こずっていた。
可能なら、きららの時同様にタバサの力を借りずに倒したいという思いはある。が、あの時ほどのアドバンテージが無い上にアスカはきらら以上のオールラウンダーでもある。距離で揺さぶるのも難しい。
今も手裏剣で援護を使用した鹿之助目掛け、アスカは義手に内蔵されたマシンガンを乱射して牽制したところだった。
「ひいいいーっ! なんでマシンガンなんかついてんだよあの腕!?」
「私の自慢のアンドロイド・アームだからよ! それに……はああっ!」
さらには風遁の術を使い、鹿之助のカバーをしようと蛇子が吐いたタコ墨煙幕もあっさりとかき消してしまう。
「うーん……。蛇子のタコ墨もダメっぽい。しかも鹿之助ちゃん、マシンガンに怯んじゃって物陰に隠れてもう援護してくれるかわからないんだけど。ふうまちゃん、何かいい手はないの?」
「現状じゃ打つ手がない。俺たちでどうにか……うおっ!?」
アスカの対魔ブレードを小太郎がどうにか忍者刀で防ぐ。
3人を相手にしてもなお、アスカにはまだまだ余裕が感じられた。援護役の鹿之助は牽制されたことでまともに援護ができなくなっている。さらに蛇子のタコ足四刀流と小太郎の忍者刀による攻撃に対しても、義手だけでなく義足からもブレードを展開して数に対抗している状態だった。
「あっちの2人はやられちゃったみたいだけど、ここで私があんたたち3人を倒せば帳消しどころかお釣りが来るわ! ゆきかぜもきっとタバサをなんとかしてくれるだろうし、大逆転してやるんだから!」
数の上では圧倒的に不利なはずなのに、戦況的にはアスカが優勢で士気も高い状態である。
一方で小太郎側は先程彼が言った通り現時点で打つ手がない。鹿之助のバンビーノ・スパークが当たれば一気に畳み掛けられるかもしれないが、命中するか怪しい上にアスカは的確に牽制をしてきている。
このままだとあまりよろしくない。さすがにそろそろチーム内最強の力が欲しくなってきたと小太郎が思っていたところで、近づいてくるタバサの姿が目に入った。来てほしかったタイミングでの助っ人に、思わず小太郎の表情が緩む。
「来たな、タバサ!」
その言葉に、蛇子の四刀流と格闘していたアスカも反射的に小太郎の視線の先を追い、ウソではなくタバサが迫ってきたことを確認していた。
「んもうゆきかぜ! やられちゃったの!?」
アスカが落胆した声を上げつつ、タバサを確認するために視線を動かしたのはほんの一瞬。だが、その一瞬を小太郎は待っていた。
アスカから自分への視線が切られている間にハンドサインを出す。
「ん、オッケー。蛇子もふうまも下がって」
そう言って2人と入れ替わる形でタバサがアスカと切り結んだ。
「フン! 数が多くちゃ余裕だからあんた1人で相手にするとか考えてるわけ? だとしたら甘いわよ!」
「わかってる。そんなつもりは全く無い」
タバサとアスカの攻防は手数にして三合にも満たなかったか。
不意に、タバサは自分にも影響の出るゼロ距離でフラッシュバンを炸裂させたのだ。
「ちょっ……! 何考えてんのよあんた!」
閃光に備える素振りすら見せなかった。もしかしたら当人には効果が無いのかもしれないと思ったアスカだったが、タバサがこの場から飛び退く気配は感じている以上、やはり影響を受けていると考えるのが妥当と思うことにした。
とにかくこの隙に他の相手からの追撃が来るのはまずい。ひとまず動かないといけないとアスカが思うよりも早く。
「スタニングスパーク!」
これまでビビってほとんど姿を見せなかった鹿之助の声とともにアスカの体を電流が駆け巡っていた。きららの時と同様、アスカの全身も強制的に硬直状態に陥る。
「ぐ、くっ……! こ、この程度……!」
それでもどうにか動こうとするアスカだったが。
「悪いな。お前の強さはよく知ってる。だから、なんかずるい気がしないでもないがこれが1番確実だったんだ」
視界が戻らず、体も言うことを効かないアスカに忍者刀が突き付けられるのはわかった。今の声の主――小太郎だろう。
「……あーもう。勝ってあんたの鼻を明かしてやりたかったのに」
ふくれっ面のまま、アスカは降参する。この瞬間、小太郎チームが全員生存のままの勝利が確定した。
「そこまで。きららチーム全員戦闘不能、模擬戦終了よ」
模擬戦自体の終了を告げるアサギのアナウンスが、これまでとは異なりブース全体へと響き渡った。それからバーチャルで作り出されていた建物や道路も元の殺風景な白い部屋へと戻っていく。
結果的に、ゆきかぜの予想は的中することとなっていた。
ファンタズマルブレイズ
マスタリーレベル5で解放されるナイトブレイドのスキルで、狭めの扇状(おそらく45~60度程度)に広がる、魔力で作り出したナイフを投げる。通称PB(Phantasmal Blades)。ただ、ニューマチックバーストの略称と被ることもあるのでナイフと呼ばれることもある。攻撃速度ではなく詠唱速度が参照される。
そこそこの武器ダメージを参照しつつ、刺突と出血ダメージを与えるが、代わりにリチャージが3秒設定されているためにこのままだと連射は不可能。
マスタリーレベル15で解放される後続スキルの「ハートシーカー」を取得すると生命力ダメージが追加、さらに割合出血ダメージが強化され、与えたダメージのヘルス変換と確率で貫通効果も付与される。
さらにマスタリーレベル32で解放される「ネザーエッジ」を取得すると冷気とカオスダメージが追加され、クリティカルダメージが強化される。
また、マスタリーレベル10で解放されるスキル変化の「フレネティックスロウ」を取得すると、武器参照ダメージを大きく失った上に-60%ものダメージ修正がかかる代わりに、リチャージが3秒短縮されて実質リチャージが無くなって連射可能になる他、刺突ダメージが100%生命力ダメージに変化し、さらにエナジーコストが半分になる。
フレネティックを取らない場合は武器ダメージに加えて刺突、出血、生命力、冷気、カオスと、見事に属性が取り散らかってしまっている、グリドンでも屈指の多属性スキル。
リチャージありの状態でサブスキルとして使う選択肢もあるが、メインに据える場合はフレネティックに振るか、フレネティックと同等のリチャージ短縮のスキル変化がついた武器を装備して連射する形を取るのが一般的。
その上でブーストに加えて属性変換のスキル変化装備を多用してなるべく得意属性へと揃えることで、最大85%の確率で貫通してヘルス変換を備え、1本ずつ別判定となるナイフを6本以上エナジーが尽きるまで投げ続けられる強力なスキルへと変貌する。
序盤の育成には便利だが、それ以降は属性が散らかることが足を引っ張り、最終的に極まると強力というスキル。
ただ、フレネティックで連射可能にした場合は自然と生命力ダメージを主軸にする形にならざるを得ないのだが、ナイトブレイド自体に生命力ダメージを強化するスキルはアナトミーオブマーダーぐらいしかなく、デフォルト状態のナイツチルの耐性デバフの対象外でもある。
それでも貫通連射ナイフは大量の雑魚を相手に気持ちいいほど斬り裂いて突き進んでくれるために使っていて爽快感があるのは確かで、複数のナイフを連射するDPSを考えると高いポテンシャルを秘めているスキルと言える。
ちなみに、スキル変化の中には刺突と生命力ダメージをナイトブレイドにとってはより苦手なイーサーに変換する代わりに、本数を劇的に増やして360度に投擲可能になるという特殊でヤバいものもあり、敵にめり込むように密接した上で使用することで大量のナイフをぶちこむというビルドも考案されている。
本編中では牽制用としてタバサが使用(1振りで3本投擲の設定)しているが、元にした本来のビルドではスキルポイントも属性変換も余裕が無いので取得を見合わせている。
とはいえ、クナイを投げているようにも見えるため、対魔忍とは親和性が高いスキルのようにも思える。