タバサにとっての集団戦訓練の総仕上げとして行われた模擬戦から2週間ほどが経過していた。
暦の上ではその模擬戦の頃に既に秋になっているが、未だに暑い日が続き、ジリジリと太陽が照りつけている。
そんな日差しの中、ふうま家の縁側に座ってボーッとするタバサの姿があった。
彼女が五車に残る理由であったイセリアルのデータ調整は随分前に終わっており、その後自分の意思で「集団戦について学びたい」と残っていたが、それも先日の完勝とも言える模擬戦で十分に達成した。アサギから直々のオファーもあったが、タバサの意志は固くそれを蹴ってもいる。
諦めきれていない凜子からはしつこく手合わせの要求が来ていたが、やはりことごとく拒否。ここしばらくは無為に過ごしていた。
あとは小太郎がヨミハラに行く機会があればそれについていくだけ、という状態だった。そしていよいよ今朝、小太郎がヨミハラに行く用事ができたと告げてきたのだった。
元々荷物らしい荷物もない。着る物はその気になれば頭防具だけ外して他は戦闘装備でも特に困りはしない。それにケアンと関係があるものしか入れられないようだが、専用の収納領域であるインベントリもある。
そんなわけで小物を入れるように時子から渡された小さなポシェット以外に荷造りの必要性はなかったはずなのだが、今、タバサの傍らにはこれから持っていくための大きめなクーラーボックスが置いてあった。
「ふうま遅いな……」
今回また面倒事に巻き込まれてヨミハラに行くことになったらしい小太郎は、孤路の力を借りたいということで彼女を呼び出しに行っていた。その後で家に顔を出すから待っているようにと言われ、タバサはその指示に従っている。
が、やけに時間がかかっていた。また別の面倒事にでも巻き込まれたのかもしれない。
「おい……タバサ……」
と、そこでタバサを呼ぶ小さな声が聞こえてきた。声の方へと視線を移すと、小太郎が隠れるように家の門の付近から顔を出し、どこかバツが悪そうに手招きをしている。
「あ、ふうま」
「早く来てくれ……。ちょっと状況があんまりよろしくなくなった」
時子をはじめとした家の人に一言残したほうがいいかもしれないと思ったタバサだったが、「早く来てくれ」という小太郎の言葉に従うことにした。それに、これから家主と出かけるのだから最終的には彼から自分が出ていったことが伝わるだろう。どのみち今日出かける、ということは伝えてある。
そう考えをまとめ、荷物としては小さすぎるポシェットを左側に、彼女の体格からすると大きなクーラーボックスを右側に抱え、左右不釣り合いな荷物で小太郎の元へと近づいていく。
「お前……やっぱそのクーラーボックス持っていくのか……」
「ん。扇舟へのおみやげだし。それよりどうしたの? 門の中に入らないで何か気まずそうに……。あれ?」
門の外まで出たところで、タバサは小太郎の陰に隠れるように1人の少女が立っていることに気づいた。孤路の力を借りる、という話だったからてっきり彼女かと思ったらそうではない。
白い雪のような髪に、タバサに似たどこか無表情気味の顔。図書室で見かけた、限られた人間にしか見ることのできない、その少女。
「紫水? ここ図書室じゃないのに、どうして? ……っていうか、その格好は?」
小太郎の近くに立っていたのは、確かに図書室にいた幽霊のような存在である天宮紫水だった。が、タバサが突っ込んだようにその格好が問題である。
頭にはうさ耳のヘアバンド、体は胸元が開けたボディースーツに、足は網目状のストッキングとハイヒール。早い話が、バニーガールのような衣装をしていたのだ。
「……私がこんな格好になった原因は、お館くんがえっちだから」
「ぐ……。申し開きのしようもございません……」
「確かにふうまは破廉恥なところもあると思うけど……。まあいいや。聞きたいことは色々あるけど、紫水がその格好だと目立っちゃういそうだし、移動しながら話そうか」
「賛成。……うん、やっぱりタバサとは気が合う」
バニーガールの衣装と、クーラーボックスを肩にかけた違和感ありすぎな少女2人は、唯一普通っぽい小太郎を挟むようにして歩き出した。そこで小太郎はこうなってしまった状況をいちから説明し始めた。
まず、小太郎が今回ヨミハラに行く目的は対魔忍とは関係がなく、個人的に頼みを受けて、というものだった。
この日は8月20日で翌日は21日、つまり
ところが、今年は問題が発生した。いや、厳密には去年も発生しており、それが今年の問題にも絡んでいるのだが。
バニーの日が目前に迫ったここ数日、ノマド傘下でヨミハラ1番のカジノである「Bunny Kings」で大勝ちをした客が、幽霊を見てそのまま死亡するという不可解な事件が起きていたのだ。
その幽霊というのが、1年前のバニーの日にイングリッドと決闘をし、敗れはしたものの満足した様子で散っていった人物。バニーのようなサイボーグの女剣士にして、Bunny Kingsのボスでもあった、バニーKだというのである。
「俺はその様子を見てないし、頼んできたドロレスも去年の様子は知ってるけど、今年のことは話でしか聞いてないって言ってたんだが……。あ、ドロレスっていうのは……」
「知ってる。イングリッドの親戚か何かだっけ。ヨミハラでイセリアルを討伐した時に会ってる。私が言うのも何だけど、ちょっと変わってるなって思った」
「ああ、まあ……。その感想はあながち間違ってないな」
小太郎はドロレスとゲーム友達で、何度か顔を合わせたこともある。そういうわけで昨夜もボイスチャットをしながらゲームをしていた時にこの相談を受け、対魔忍としてノマドのために動くのはあまりよろしくないが、ふうま小太郎個人としてならば、ということで頼みを引き受けたのだった。
当初はタバサにも言った通り心霊関係に関してはスペシャリストの孤路を連れていくつもりだった。が、孤路を巻き込んでしまうこと、紫水は孤路の体を借りることができるのでそうしたほうが角が立ちにくいこと、何より紫水自身が久しぶりに小太郎の一緒に外に出たいということで話がまとまっていた。
「そこまではよかったんだけどね。コロちゃんの魂遁の術で体を借りる時、お館くんが私をイメージする必要があるの。だけど、今回はバニー絡みの件だからってこんな服装をイメージしたみたいで……」
「いや……本当にすまん……」
「お館くんのえっち」
「えっち」
紫水に続いてタバサにもそう言われ、何も言い返せないと小太郎はうなだれた。
「まあふうまが時々破廉恥なのは今に始まったことじゃないからいいとして」
「うぐぐ……」
「コロの体を借りてるっては聞いてたけど、今の紫水の体ってどうなってるの? コロの意識はどっか行っちゃったりしてる?」
「私とコロちゃんが入れ替わってる感じかな。コロちゃんの体っていう器に、私っていう中身が入ってるってイメージ。今もコロちゃんの声は私には聞こえてるよ。タバサが参加したこの間の集団戦の模擬戦すごかった、って言ってる」
「あ、そういう感じなんだ。コロ、やっほー。……あと凜子に私のところまで押しかけてくるのだけはやめてって言っておいて」
「やっほー、言っておくね、だって」
楽しそうにクスクスと笑う紫水。
「紫水がコロの体を“乗っ取ってる”のかと思ったけど、さっき紫水が言った通り『入れ替わってる』のが正しそうか。良かったね、ふうま。“乗っ取られ”2人に挟まれなくて」
「……タバサ、笑いどころが全くわからないし、わかったとしてもお前の境遇を考えたら笑えねえよ。……それより忘れてないだろうな? 今日の移動で五車とヨミハラの間の移動方法、ちゃんと頭に入れておけよ。そうしないと1人で帰ってこられなくなるからな」
「ん、わかってる」
「あ……。やっぱりタバサ、ヨミハラに行ったらそのまま残るんだ」
今度は先程までと打って変わって、紫水の声は少し残念そうだ。
「味龍のバイトは捨てがたい。それに向こうにも私を待ってる『友達』がいるから。あと……居心地としては、正直なところ向こうのほうがよく感じることの方が多い」
「そうなの? 闇の街とか言われてるのに?」
「言われてるから、だと思う。確かに対魔忍に良い人は多いよ。分け隔てなく接してくれる人も多い。それに稲毛屋のアイスもおいしい。だけど……異世界人の私がいるにはちょっと合わないかな、って感じることも少なくない。……特に凜子に勝っちゃったのもあるだろうけど、そこそこ噂は広まってるみたいで、奇異の目を向けてくる人もいるし」
相手の心を読み取る力に長けたタバサだからこそ感じ取れるものなのだろう。小太郎は何かを言おうとしたが、すぐその口を閉じていた。
「その点あの街は何でもかんでも受け入れるから。住みやすさは断然五車だろうけど、居心地はヨミハラの方が良く感じる。何より、時子や災禍やライブラリーの料理もおいしいけど、さすがに味龍には敵わないし。あそこでバイトをして賄いを食べてる時が1番楽しい」
「……アサギ先生のスカウトすら蹴るほどの魅力のバイトだもんな。そりゃもう誰にも止められねえよ。俺はタバサにはやりたいことをやってもらいたいって思ってるから、その意思を尊重するつもりだ」
「あ、でもふうまには感謝してるよ。あの時も言ったけど困った時があったら手伝うつもりだし、そうじゃなくても休みの日は時々戻ってくるつもりでいる。だから移動の方法を覚えようとしてる」
「そっか、よかった。じゃあ時々は図書室に顔を出してくれる?」
「ん。勿論」
「ああ、それに関連して。丁度いい機会だし今のうちに説明しておくか。タバサ、荷物が入ったカバンを貸してくれ」
そう言うと小太郎は手渡されたポシェットの中から細長い何かを取り出し、タバサに見せる。
「あー……。それ確か、離れてる人と連絡できるやつ」
「そう、科学の結晶、スマホだ。まあこれ、元々は俺が使ってたやつなんだが……」
「え、それじゃふうまのその……スマホだっけ、無くなっちゃうんじゃないの?」
「いや、タバサに譲るって名目で俺の小遣いを管理してる時子に頼み込んで、俺は新しいモデルのものを買ってもらった。だから気にすんな、というより新しくできて感謝してる」
「……お館くん、こういうところ小さいよね。コロちゃんもケチくさいって言ってる」
ジト目で紫水がツッコミを入れた。
「しょうがないだろ! スマホに回す金なんて俺にはないんだし……。まあとにかく、ヨミハラからでも連絡がつけられるように改造してあるから、基本的に持ち歩いて連絡はこいつを使って欲しい。使い方とかは荷物の中に説明書が入ってるし、あとは扇舟さんにでも聞いて……。いや、あの人こういうの意外とダメそうな気がしてきたな……。ま、困ったら静流先生がいるか。その辺りに聞いてくれ。ただ、無くなると困るから知らない人に無闇に貸したりするなよ」
スマホをポシェットに入れ直し、小太郎はタバサへと返した。受け取って肩にかけ直しながら、何やらタバサは考え込んでいる様子である。
「……五車とヨミハラの移動の仕方に、さっきの……スマホの使い方……。ふうまに習った集団戦云々で覚えたことよりも大変な気がしてきた」
「んなことないって。吸収力の高いお前ならそう言うのもすぐ覚える……と思うぞ」
断言しなかったことで、無表情なタバサの顔がどこか心配げにも見える。そんな2人のやり取りを横目に見て、やはり紫水は小さく笑っていた。
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地下都市であるヨミハラは、地上と異なり四季による温度の差がさほどない。治安と地下特有の籠もった空気の悪さに目をつぶることができるのであれば、もしかしたら夏はこちらのほうが過ごしやすいかもしれない、とも思える。
そんなわけでヨミハラに着いて地上より涼しいと思っていた3人だったが、まずタバサが荷物、特にクーラーボックスを置きに行きたいということで、彼女にとって家ともいえる、静流が店長のバーの2階の宿泊所へと行っていた。
小太郎も着いていきたい気持ちがないわけではなかったが、今回の件はふうま小太郎個人で受けていて対魔忍とは無関係という体を保っているため、静流と顔を合わせたくないと店の近くで待つことにしていた。
「おまたせ。書き置きも残してきたから扇舟が先に帰ってきても多分大丈夫。……でも本当にこの格好でいいの?」
しばらくしてタバサがやってきた。が、武器こそ持っていないものの防具はフル装備状態、頭にもナマディアズホーンを装備済みだ。
が、その角部分にはウサギの耳のようなカバーがつけられ、雑にテープで止められている。
「お、カバーをうまく止められたか。よし! これでどこから見てもバニーだな!」
「……本気で言ってるならふうまの目は相当ヤバいことになってると思う」
普段の声色よりもやや呆れた色が含まれつつタバサが言った。
確かにそこだけを見ればウサ耳に見えなくもない。が、そのすぐ下は頭巾に、さらには不気味な仮面である。どこから見てもバニーには到底見えない。
「いや、さすがに無理だと思いつつも言ってるが……。でもタバサはその仮面を装備してないと力を発揮できないんだろ?」
「無いよりはあった方がいい」
「となると常に装備してるに越したことは無い。幽霊騒動の原因は不明だが、襲われてる人がいる以上、予期しないタイミングで戦闘になる可能性がある。だから装備を保ちつつ、一応ウサギっぽい要素を入れてみたんだが……」
「……私たちの格好に対してタバサだけ完全に浮いちゃってるよ」
紫水も思わず突っ込んだ。
カジノへ行く、ということで小太郎はタキシードに着替えている。紫水は元々バニースーツだったので、この2人は「カジノに遊びに来たボンボンとその連れ」と言った感じで格好としてはなかなかハマっている形だ。
が、そこに「ウサ耳の下に頭巾と不気味な仮面をつけた存在」が加わったらもうただの仮装集団である。
しばらく唸っていた小太郎だったが、諦めたというか、面倒になった様子で開き直った。
「ま、細かいことは置いておいて行くとするか」
どうにかしてバニー要素を入れようとしつつも、結局は「細かいこと」として気にするのをやめることにする。そんなふうま家頭領の細心にして大胆な決定に対し、思わずタバサと紫水のため息が重なった。
「……集団戦の時はあんなに頼りになったのに、なんか今日のふうまはダメな気がする」
「あー……コロちゃんも同意見みたい。私も……うん、これは擁護できないかも……」
いきなり出鼻をくじかれた感がある。が、まだ問題の「Bunny Kings」には足を踏み入れてもいないのだ。
気が重くなった雰囲気を拭えないまま、タバサと紫水は小太郎に続いて目的の店へと向かうのだった。
原作マップイベント「バニーの亡霊」に沿ったお話。
メタ的なことを言ってしまうと、紫水を見える設定にしたのはここで2人が既に顔見知りになっていて動かしやすいように、という部分が大きかったり。
ヴァルダラン, ザ ストーム スカージ
敵対派閥であるイセリアルの悪評を最大まで上げた時に登場するネメシスクラス(レリックとペットのネメシスとは無関係)の敵。雷に特化したクソリアニメイター。ゆきかぜの雷撃を見た時にタバサが敵側の雷が得意な相手ということで引き合いに出している。
雷エフェクトをまとったリアニメイターといった出で立ちだが、特殊条件で登場する敵だけあって能力はリアニメイターの比ではない。代わりにリアニメイターと違ってリビングデッド等の召喚は行わない。
落雷や雷球といった見た目通りの雷を使った攻撃を多用してくるが、1番厄介なのはヴァルダラン自身とこちらの位置を入れ替えるスワップテレポート。
取り巻きがたくさんいるから一旦引いて態勢を立て直そう、なんて考えてるといきなり場所を入れ替えられて敵陣のど真ん中に放り込まれることもある。ゴ○イヌさんの能力かな?
特に取り巻きが強力&突然変異で予想外のペナルティを食らうことが多いSRで出てきた場合、上記の状況から一瞬で墓が立つこともありうるので危険。
他にも投射物に対してオートカウンターで雷球をばら撒いたりもする。
近接ビルドだから、と思ってると装備やアイテムスキルが投射のためにそれに反応してカウンターが飛んでくることもある。実際元にしたビルドの場合はパッと思いつくだけでもネクオルのアイテムスキル、指輪のアイテムスキル、星座スキルのツインファング辺りが該当している。
とはいえ、他にやべーやつが大量に跋扈してるネメシスの中ではまだマシな方で、雷とイーサー耐性を超過耐性まできっちり確保できていればなんとかなるような気がする。