すべてが終わったと思ったところで突然凶行を起こそうとしたタバサに、場は再び緊張に包まれた。少しして、ようやくハッとしたようにリーナが声を上げる。
「待てタバサ! ここから先のこの場はノマドが預かる! 事を起こすというのなら私が介入するぞ!」
「それは都合が良すぎない? 表向きではこの件にノマドは関わっていなくて、フュルストの始末を外部に任せてる。にも関わらず終わったら我が物顔でしゃしゃり出てくるわけ?」
「う……。そ、それはそれだ! 大体お前わかっているのか? 仮に私が見逃したとしても、今ここでそいつに手を出せば外にいる二車忍軍は勿論のこと、さらには二車に協力している
「二車以外の連中もいるのか。じゃあなおさら急がないといけない。さっさと事を済ませて連中が入ってくる前に別ルートで脱出。対魔忍じゃない部外者の私が勝手にやった、で通せばいい。……それこそ、この場にリーナたちがいるけど、フュルストの粛清にはノマドが関わってないって言うのと同じ話でしょ」
「ぐ、ぐぬぬ……! タバサ、お前なあ! そんなうまくいくとは思わないし、そもそも連中は綺麗事が通じる相手じゃないぞ!」
「……なんでもいい。やるってんなら受けて立つぞ」
そこまで当事者でありながらも静観していた骸佐がよろよろと立ち上がった。
鋭い視線がタバサの仮面越しに交錯する。まさに一触即発。
「2人とも落ち着きなさい」
その状況に待ったをかけたのは、やはりこの場で最も常識人かつ実力者でもあるライブラリーであった。
「あの魔界騎士の言う通り、消耗が激しい今この場で二車と事を構えるのは得策ではない。加えて、鬼武衆はその名の通り鬼の集まり。その実力は本物だ。そして何より……先程お館様が自分で決着を付けなければならないと述べられている問題だ」
「それは勿論わかってる。本当ならば私だってふうまに決着をつけてもらいたいし、こうやって急かせて嫌な思いをさせたくもない。ふうまはこいつと昔は仲が良かったって聞いてるから、心の整理をつけるのも難しいだろうってこともわかる」
「そこまでわかっているのなら……」
「でもライブラリー、あなたはこの件に関して早期解決を図るべきだってふうまに進言のひとつでもした? ライブラリーだけじゃない、他の皆も。触れにくいデリケートな問題ってことはわかるけど、結局はふうま任せってことで周りが強く迫らなかったから、いつまでもこいつを野放しにしてるんじゃないかっても思う。私が憎まれ役を買うことでこの問題が解決するなら、いくらでも憎まれていい」
場がしんと静まった。
誰も言い返せなかった。「俺自身が解決すること」。その小太郎の言葉に、結局は今タバサが言ったように誰もこの件を話題に上げられなかったと多少なりとも自覚していたからだった。
「だから改めて言わせてもらう。ふうまにとっての一番の問題は、今この場で解決できる。一言殺せと言ってくれれば、私がそいつを殺すよ」
再び、タバサは同じ言葉を繰り返していた。
しばらく続いた沈黙を破るように小太郎が口を開く。
「……タバサ、お前の言いたいことはわかった。俺のことを思っての発言だったってことも理解した」
絞り出すようにそこまで言ったところで、「……だが」と続ける。
「今はダメだ。まずリーナが言ったように、ここで事を起こせば二車忍軍とその協力者との全面衝突は避けられないし、ノマドも介入してくる。仮にもこの場で指揮を任されてる者として、仲間を危険に晒すことはできない」
「……なるほど。論理的な答えだ。でもそれは『指揮官として』のふうまの発言でしょ? 『個人として』のふうまはどう考えてるの?」
「俺個人として、か。……さっき、タバサは『仁義』って言葉を使ったよな? それを使わせてもらうなら……。共闘して消耗している相手を、共闘が終わった途端に背中から撃つような真似は俺の仁義に反する。終末世界を生き抜いてきたお前からすれば、甘いと思われるかもしれないけどな。そして最後に……ずっと言ってることだが、たとえ時間がかかろうと、これは俺自身がどうにかしなくちゃいけない問題だ。だから……」
「もういい。……わかった。余計なことだったね、ごめん」
すうっとタバサから殺気が薄れていく。同時に、張り詰めていた空気がようやく緩んでいった。
「……二車骸佐、よかったな。ふうまがああ言った以上、もう私が出る幕はない。だから今後、私からお前に手は出さない。ただし、お前が私に害を及ぼそうとするなら、その時は容赦はしない。必ず殺す」
「フン……」
骸佐は何も言い返さなかった。敵意だけは消さないままに、小さく鼻を鳴らしただけだった。
それから、タバサは入口の方へとゆっくり歩き出した。
「お、おいタバサ……?」
「帰る。バイト途中で抜け出してきてるし」
もしかしたら自分に失望してもう二度と会ってくれないのではないか。そんな風に心配する小太郎に対し、帰ってきたのは予想もしない答えだった。思わず場の誰もが、それまでとは別な意味で言葉を失う。
と、そのタイミングで館の中にぞろぞろと人が入ってきた。
筋骨隆々として槍を持つ男、スラリとした高身長の青年、対照的にまだ子供ともいえそうな少年、巨大な蜘蛛に乗った少女、妖艶な女性と顔ぶれは様々だ。その後ろからは対魔忍と思われる黒ずくめの忍びたちも控えている。
さらに、額から2本角を生やした女性に、鎧武者のような姿で額の1本角が特徴的な者、笠をかぶった侍のような者までいた。
おそらく外で戦っていた二車忍軍、さらにはその協力者とリーナが言っていた鬼武衆であろう。
「あれぇ? 目抜けの当主がいるじゃん。それに……なんだ、この仮面のチビ」
そう声をかけてきたのは、「チビ」と言った割にタバサと大して身長が変わらない、両手に鉤爪を装備した少年であった。
タバサの足が止まる。相手の敵意と、「目抜け」という言葉。意図せず反応してしまい、一旦緩んだ空気がまた張り詰めかけた。
「そいつには構うな。放っておけ。それから……」
「ノマドの魔界騎士リーナだ! この場はノマドが預かる! 二車忍軍、余計な争いをするというならこの私が相手になるぞ!」
「……だそうだ。お前たち、手を出すな」
二車忍軍リーダーのその言葉に、部下たちは従うらしい。
自分への敵意が完全に消えたわけではない。それでも、これなら襲ってこないとタバサは判断した。
「そりゃないぜ大将、あたしらは外のおまけの相手だけして終わりかい? 今出ていこうとしてる奴とか明らかに強いから是非戦ってみたいし、そもそも鬼武衆はノマドとも対立してるんだけどねえ」
「なら勝手にしろ。俺は知らん」
骸佐と鬼武衆のリーダーだろうか、女が口論になっている。が、タバサはもはや気にも留めていなかった。そのまま入口へと足を進める。
「タバサ!」
そこで小太郎の声が聞こえてきた。一旦足を止め、首だけ振り返りつつ答える。
「何かあったら連絡して。……じゃあね、ふうま。またそのうち」
今さっきまで起きていたことをまるで気にしていないかのような、軽い別れの挨拶。それとともに、タバサは一足先にフュルストの館を後にした。
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ターコイズブルーのウェーブのかかった髪に、ふくよかな胸と形の良い尻。肌に密着した濃いめの紫色の対魔忍スーツによってその形がくっきりと浮かび出され、さらにうつ伏せの姿勢のために床に押し付けられた胸が形を変えてもいる。
だが彼女の右手の指は、そんな色香を纏う大人の女性には不釣り合いな代物であるスナイパーライフル――厳密には
つまるところ、伏せ撃ちによる狙撃態勢である。
彼女がいる場所はフュルストの館から数百メートルほど離れた廃ビルの中。彼女の主とともにそこに位置取り、今回の一件の顛末を見届けようとしていた。
あやめの忍法は“
そんな彼女は、スコープ越しに館の入り口を監視し、少し前に二車忍軍と鬼武衆が館の中へ入っていったのを確認していた。それからややあって、館から出てきた素性の知れない仮面を付けた人間に照準を合わせていたところだった。
今のところ撃つ気は無い。だが主からの狙撃指示があれば躊躇いなく引き金を引く。そのつもりだった。
しかし、館を出たと同時に相手は足を止め、この距離であるにも関わらずこちらへと顔を動かしてきたのだ。
仮面に隠れているためにどこを見ているのかまではわからない。それでも、仮面を外したらスコープ越しに視線が交わる。そんな確信とも取れる予感に、意図せずあやめは息を呑むことになっていたのだった。
「なんだ、あやめ? どうかしたか?」
その時、傍らにいた、彼女の主である
ツインテールにまとめた金髪に、水色の対魔忍スーツの上から羽織った白いジャケット。しかし年はあやめよりも明らかに年下だ。
にも関わらず、あやめは彼女を主人として敬愛している。そして本来ならば主からの問いかけにはすぐに返答するのだが、今回に限っては緊張のあまり、それができずにいた。
「……紅様。今、館から出てきた仮面を付けた小柄な相手に照準を合わせているのですが……。只者ではありません。情報がほしいのですが、
篝とはあやめ同様に紅の従者である。偵察や斥候を得意とするために今日も密かに館の中へと忍び込んでいた。
だが少し前から通信が途絶状態にあった。妨害工作か何かと推測して2人は館の中の様子がわからないまま監視を続けていたのだが、館から出てきた者がいるということは中の件の始末がついた可能性が高い。それなら通信が復活したかもしれないと、「ちょっと待っていろ」と紅が篝に連絡を取ろうとした。
「はっきり言います。……撃つような状況にならないことを願っています。それどころか、可能なら今すぐにでも狙撃態勢を解除したいところです」
「どういう意味だ?」
「この距離で、相手は間違いなくこちらに気づいています。狙撃の意思を明確に見せればこちらを襲ってくる。それも、私の“風読”ですら予測がしきれずに狙撃を回避した上で……。そんな予感さえあります」
「な……馬鹿な!?」
数百メートル先の殺気を察知する。確かに不可能ではないかもしれない。
だがあやめは超一流のスナイパーだ。当然気配も可能な限り殺している。にも関わらず見抜いてきたというのだろうか。
『紅様ですか? 篝です。二車の連中が入ってきたんで、これならばと思ったんですが……。よかった、ようやく繋がった……』
と、そこで館の中にいる篝から連絡が入った。
「篝、ずっと連絡が取れなかったが何があった?」
『フュルストの魔術です。あいつ、館内の一部を外部から遮断したらしくて、そのせいで連絡もつけられず……。申し訳ありません』
「そういうことだったか……。いや、それなら仕方ない。気にするな。それより、今館を出てきた仮面のやつの情報が欲しい」
あぁ、と無線の向こうからうんざりしたようなため息が聞こえてきた。
『そいつですが……。まあ今詳しく話すと面倒なことになるので簡潔に言いますと、一応は若様の協力者、ということになります。同時に、二車骸佐は二車忍軍、及び協力している鬼武衆にそいつに対して手を出さないよう命じました。……そこを抜きにしてもヤバすぎる奴です。マジで下手なことしないほうがいいと思いますよ』
「わかった。あやめ、もういい」
同様に通信を聞いていたあやめは、主からの指示で大きくため息をこぼした。スコープに集中するために閉じていた左目を開き、トリガーから指を離す。
するとどうだろうか。それまでこちらへと仮面越しに顔を向けていた相手は何事もなかったかのように歩き出したのである。
「……やっぱり気づいていたと思われます。私が撃つ意思を見せなくなった途端、こちらへの興味が失せたようでした」
「なんて奴だ……。とにかくあいつは置いておくとして、現状を確認しよう。篝、二車忍軍と鬼武衆の連中も館の中に入っていったようだが、余計な問題は起こらずにすみそうか?」
『……実は今さっきのそいつのせいで既に起こってはいるんですが……。まあ一応は収まっています。そろそろ連中も撤収するようです』
左目は開けたまま、狙撃態勢ではなくあくまで監視態勢を維持し、あやめはスコープ越しに入り口を見張る。しばらくして今言われた集団がぞろぞろと出てくるのが目に入った。
「確認しました。問題なく出てきたようです」
「そうか。……篝、引き上げていいぞ。詳しい話を聞きたい」
『あぁ、やっとここから解放される……。私は紅様のためなら喜んでこの身を投げ出す覚悟ができていたつもりでしたが……。今日ばかりはさすがにきつかったです。では、戻ります』
それきり、通信は途絶えた。
「あの篝が弱音を吐くほどとなると……。館の中で相当なことが起きたようだな」
「みたいですね。……私たちも撤収しますか?」
あやめのその問いかけに、紅は「あぁ……いや……」と言葉を濁らせた。
それだけで主の考えていることが想像できてしまい、思わずあやめは小さく笑う。
「もう少し監視を続けよう。まだ
「……そんなに心配なら直接会いに行ったらよろしいのでは?」
「い、いや! それはダメだ! あくまで今回の私は裏方……。出しゃばらない方があいつのためになるだろうし、そういう奥ゆかしさも評価もしてくれるはずだ。……多分」
やれやれ、とあやめはため息をこぼす。
間違いなく紅のことを敬愛してはいる。が、如何せん「あいつ」と呼んだ人物――ふうまの若君のこととなると、普段の凛々しい姿が完全にどこかへといってしまうのだ。
(本当に奥手なんだから……。まあ、ふうま小太郎と二車骸佐、双方の幼馴染として、陰ながら駆けつけて監視という名目でこの場にいるというそのいじらしさもまた、紅様のかわいらしいところでもあるけれど)
とりあえず主が満足するまで、もう少し付き合うとしよう。そう思いつつ、あやめはスコープ越しに監視を続けた。
次回で一旦一区切りというか、この小説を書き始めるにあたって当初目標にしていた地点に到達となる予定です。
館に入ってきた面々
後々の話で絡む可能性があるので詳しくはその時に本編中で描くとして、とりあえず軽く紹介だけ。
・筋骨隆々として槍を持つ男:
・スラリとした高身長の青年:
・まだ子供ともいえそうな少年:
・巨大な蜘蛛に乗った少女:
・妖艶な女性:
・額から2本角を生やした女性:
・鎧武者のような姿で額の1本角が特徴的な者:
・笠をかぶった侍のような者: