“乗っ取られ”の少女、対魔忍世界に迷い込む   作:天木武

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Act57 実はここ数日、時々右腕に違和感がある

 フュルストを巡る事件から数日。

 

 ヨミハラ、闇の宮殿。

 ノマドの本拠地でもあるこの宮殿内の一室で、リーナが書類と格闘していた。

 

 イングリッド暗殺未遂犯であるフュルストは、イングリッド自ら、さらにはノマド自体は手を下しておらず、外部の二車忍軍との小競り合いで死亡した、ということになっている。

 これにより、イングリッドの目論見通りにノマドは組織内の禍根を最小限にし、この事態を乗り切ることに成功した。

 

 途中までフュルストの協力者でもあった朧は部下にも抵抗しないよう命じ、今は幽閉されている。そのお陰で朧忍軍からの反発も今のところはさほどない。

 また、フュルストの部下たちは元々主からの不当な扱いに不満を抱くものが少なくなかった。こちらも主を失ったにも関わらず組織の判断に従うといった者がほとんどである。

 

 しかし、あくまでそれはそれ。事後処理となると話はまた別だ。

 実質当事者であるイングリッドは勿論のこと、その側近であるリーナも駆けずり回り、書類とにらみ合う日々が続いている。

 

 今も、リーナはようやくまとめ終わった書類を手に、最終確認をしてもらうために上司でもあるイングリッドの部屋を訪れようとしていた。

 

「イングリッド様、お忙しいところ申し訳ありません。リーナです。確認していただきたい書類をお持ちいたしました」

 

 ノックとともにそう述べると、「入れ」という声が部屋の中から返ってきた。

 

「失礼します」

 

 部屋に入ってきたリーナをチラリとだけ見て、イングリッドは再び手元の書類へと視線を戻す。

 

「すまないな、お前にも面倒をかけて」

「とんでもない! ……そういうイングリッド様こそ大丈夫ですか? もうずっと働き詰めでは……」

「確かに、こんなデスクワークより体を動かしたい気持ちはあるがな。まあ私自身が絡んでいる件だ。やむをえまい」

「何かお飲み物でもお持ちいたしましょうか?」

 

 そんなリーナの気遣いに対し、「いや」とイングリッドはやんわりと提案を退けた。――のだが。

 

「私のことより、お前自身が休め。もう何日も宮殿に缶詰だろう? 今日は街にでも出て、少し羽根を伸ばしてこい」

「そんな! イングリッド様を差し置いて私だけなんて……」

「その私が良いと言っているんだ。……と、いうより。味龍に顔を出してこい。……話は聞いている。タバサと揉めたらしいな?」

「う……」

 

 フュルストが現れる前に二車骸佐との件で軽く口論となり、フュルストを倒したら倒したでまた同様の件で揉めている。

 あれ以降、リーナは味龍には行っておらず、タバサと口を利く機会もない。会ってさっさと和解済みとして忘れたい、と思っているリーナだが、おそらくオンオフが激しいタバサはそのことを気にしていないか、下手をすれば忘れている可能性すらある。

 それはそれで癪だと、忙しさにかこつけて行きつけの店にここ最近は行けずにいた。

 

「私に対してヤキが回った、と言ったらしいが、特に気にしていない。正確な評価だとも思う。……他に方法があればそうしたが、それがなかった。だが、いくら反論したところで立場がまるで違うタバサには伝わらないだろうし、言い訳にしかならないこともまた、わかっている」

「……本当に大人ですね、イングリッド様は。私はあの場で頭に血が上ったというのに……」

「魔界騎士なら、お前もそういう安易な挑発には乗らないようにすべきだな。……もっとも、私に対しての発言で怒ったというのは、私としては信頼されているとどこか感謝してもいるがな」

 

 唐突にそう言われ、思わずリーナの顔が赤くなった。その様子をちらりと見て、イングリッドが小さく笑う。

 

「……まあとにかく、変に溝を作ったままにしておかないほうがいい。打算的なことを言うならば、あいつを敵に回したくはない。だから早いうちに心の整理をつけるという意味でも、今日はもう休んで味龍に行ってこい」

 

 敬愛する主にここまで言われては断ることも出来ないだろう。少し困ったように小さく息を吐き、リーナは了承の意思を示した。

 

「……わかりました。せっかくのイングリッド様からのご厚意です、ありがたく受け取ります。そして、タバサとの溝を埋めてきますよ」

 

 そう言って部屋を出ていこうとするリーナの背を見て、再びイングリッドは小さく笑った。

 

 やはり真面目すぎる。抜けているところはあるが、こういう部分はどうも堅物だと思わざるをえない。

 まあそこも魅力のひとつではあるかと、部屋を後にするリーナを見て思いつつ、イングリッドは再び書類との格闘へと戻っていった。

 

 

 

---

 

 昼のピーク時を過ぎ、味龍はようやく店内に空き席が出始めていた。

 

 あの一件の翌日、タバサと扇舟は約束通り共に出勤して皆に感謝と謝罪の言葉を述べていた。

 一先ず無事に2人が店に出てきたことを店長代理の春桃は喜びつつも、今後は有給を取りたい時はなるべく早めに言うこと、外せない用事が起こる可能性がある時はそれとなく前もって自分に伝えておくこと、そして改めてこの闇の街で無茶はしないことなどを言い聞かせていた。

 

 そんなことがあったにも関わらず、タバサは気にした様子もなしに、以前と変わらずホールで仕事をこなしていた。

 

「ようやく落ち着いたけど、この時間でも相変わらず客が多いね。やっぱりあの日は異常だったのか」

 

 食器を下げつつ、少し手が空いた扇舟と会話を交わすタバサ。

 

「そうね。街の空気が変だ、ってのは多くの人が感じていたみたいだし。……でもまたこうしてタバサちゃんと一緒に働けて嬉しいわ」

「これからは働くだけじゃない。……戦う時も、でしょ?」

「……そうだったわね」

 

 あの日を境に最も大きく変わった、タバサと扇舟の関係。

 今のところ戦闘という事態には遭遇しておらず、まだ肩を並べて戦ったことはない。……と、いうよりも。

 

(……私のほうが力不足すぎるわね)

 

 技術的な問題も、であるが、それ以上に戦闘のための準備ができていない。

 かつて対魔忍で指折りの近接格闘術の使い手と言われた扇舟には武器は必要ない。が、日常用の義手のままで戦うことは困難だ。

 この間の戦闘では背後からの奇襲だったためにうまくいった。しかし、通常の戦闘ならどうしても戦闘用の義手が必要になるだろう。

 

(お金……か。無いことはない、のだけれど……)

 

 扇舟がそんな風に考え事をしている間も、タバサが食器を下げに動き回っていた。

 と、次の食器を下げに行こうとしたところで不意に立ち止まり、急に右手を見つめて閉じたり開いたりをしている。

 

「右手、どうかしたの?」

 

 ここ数日、部屋でも時折タバサがああしている様子は見かけていた。何か異常があったのかと心配になった扇舟だったが。

 

「……なんでもない。多分気のせい」

 

 タバサはそう言って、それ以上その話を続けようとはしなかった。

 気のせいならそれでいいかと扇舟も仕事に集中しようとする。

 

「いらっしゃい……あ」

 

 そこで、店内に入ってきた客を見てタバサが意味ありげな反応を示した。

 扇舟が視線を移すと、そこにはリーナの姿が。

 

 先日の一件の後、扇舟はタバサから大雑把にではあるが話を聞いていた。そこで小太郎やリーナと揉めた、ということを耳にしている。

 てっきりそのために反応して、もしかしたら接しにくいと思ってるのかもしれない。

 そんな風に考えた扇舟だったが、どうやら考えすぎだったらしい。タバサは普段どおりに席を案内して接客をしていた。

 

「久しぶり。あの件以来?」

 

 特に気にした様子もなく話しかけたタバサに、一瞬リーナの眉がしかめられた。

 

「……ああ、そうだな」

「忙しいの?」

「事後処理に追われている。……というか、やっぱり気にしてないのか?」

「あの時私と言い争ったこと? ……まあ気にしてないわけじゃないけど、そっちにはそっちの、こっちにはこっちの都合があるわけだから仕方ないと思ってる」

「やっぱりな。……そういうドライな切り分け方をする奴だと思っていたよ、お前は」

 

 結局自分が考えすぎていただけか、とひとつため息をこぼし、リーナはメニューに目を走らせた。

 

「……ラーメンと半チャーハンのセット」

「ん、わかった。……私のせいで常連を1人失うのは痛いから、店は贔屓によろしく」

「はいはい。……別にお前のことも嫌いになったわけじゃないから安心しろ」

「ありがとう」

 

 去り際に何気なく向けられた感謝の言葉。タバサがそんなことを言うのかと一瞬呆気にとられたリーナだったが、向こうも多少は気にしていたのではないかということに気づき、まあそれも悪くないと思うのだった。

 

 

 

---

 

 リーナにとって久しぶりの味龍はとても満足できるものだった。やはり行きつけとして数日に一度は食べておきたいという感覚を抱いてしまう。

 このままもう少しお腹が落ち着くまでのんびりしていたい気持ちもあるが、イングリッドは今も事後処理を続けている。「今日はもう休め」とは言われたが、ここに来たことで十分リフレッシュになった。

 

 そう思い、会計のために立ち上がろうとした、その時だった。

 

 ガシャン、と食器が割れる音が店内に響く。とはいえ、それ自体は――本来飲食店では無いに越したことではあるが――珍しいことではない。葉月やシャオレイが食器を落として割ってしまい、春桃から怒られている光景は時折見かけることもあるからだ。

 

 しかし、今日食器を落としたのはタバサだった。

 

 他の客も「またいつものか」と思って音の方へ視線を移したところで、今まで落としたところを見たことが無い相手のミスに驚いているようである。

 

「失礼しました! ……大丈夫? 怪我とか無い?」

 

 咄嗟に扇舟がフォローに入る。

 キッチン側にこの手の常習犯である葉月とシャオレイがいることを確認すると、春桃も調理の手を止めて顔を出してきた。

 

「大きな音を出して皆ごめんな! ……珍しいな、タバサがそんなミスをやるなんて。あのポンコツ2人ならわからないでもないんだが」

「ちょっと春桃さん! ボクたちだって最近は減ってきましたよ!」

「そうだヨー! いつまでも昔の私だと思わないことネ!」

 

 キッチンからブーブーと葉月とシャオレイの文句が飛ぶ。それに対してやれやれといった様子で軽く流してから、春桃はタバサに問いかけた。

 

「まああいつらのことはいいや。……それよりタバサ、本当に大丈夫か?」

「問題ない。……と言いたいところなんだけど。実はここ数日、時々右腕に違和感がある」

「違和感? もしかして握ったり開いたりしてたのは……」

 

 扇舟の問いかけに、タバサは頷いてそれを肯定した。

 

「ん、そう。ピリッって感じで痛んで一瞬力が抜けたりする。気のせいだと思ってたんだけど、ここまで来るとそうとも言えないように思えてきた。それでさっき思わず食器を落とした。……ごめん」

「いや食器はいいんだが……。お前の腕のほうが問題だ。なんなら医者に……」

「割り込んですまない、ちょっといいか?」

 

 そこで会話に入ってきたのはリーナだった。

 

「タバサ、お前もしかしてその痛みが出るようになったのは()()()以降じゃないか?」

「あー……。うん、言われてみるとそうかも」

「リーナちゃん、心あたりがあるの?」

 

 扇舟にそう問われ、リーナはため息をこぼしながらきまりが悪そうな表情を浮かべていた。

 

「……ある。だがすまん、詳しいことは説明出来ない」

「それって、タバサちゃんがリーナちゃんと揉めたっていう日のこと?」

「は!? おいタバサ、お前あの日のことを他人に話したのか!?」

「扇舟だけだよ。……まあ帰り道にひと悶着あったことだし」

「ひと悶着ぅ!? あーもう……」

 

 思わずリーナはガリガリと頭を掻きむしった。

 

「……春桃、すまないがタバサを預かる。腕の件は私の予想が正しいなら、医者に見せた方がいい」

「まあリーナがそう言うなら……」

「春桃さん、私も……」

「ああ、行け行け。どうせピークは過ぎた、店は私たちでも回せる。……それにタバサのことが気になってお前まで食器を割り出しそうで怖いからな」

 

 否定できない、と扇舟は苦笑を浮かべるしかなかった。

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