リーナはタバサと扇舟に先行し、「性格さえ置いておくなら腕は間違いなくヨミハラ一」という魔科医・桐生美琴のラボを目指していた。異世界人であるタバサの体に起きた異変、となれば並の医者では手に余るかもしれない、というリーナの判断だ。
そしてその道中、フュルストの一件を終えたタバサの帰り道に起きた「ひと悶着」を聞いて頭を抱えながら歩いているところだった。
「……二車忍軍の連中は馬鹿か!? あの時確かにお前に対して『放っておけ』と言ったはずなのに、なぜその頭領の命令を無視して、よりによってこいつに襲いかかってるんだ!」
「別にいいよ。独断だったみたいだし、襲ってきた連中全員の命でその分の責任は取ってもらった。……まあ1人は扇舟がやったけど」
「何いっ!?」
思わず足を止め、リーナが振り返る。
「おいタバサ、お前は同じ店の従業員を巻き込むのか!?」
「違うわ。私が自ら望んで巻き込まれたの。タバサちゃんの友達として」
「宿の近くで交戦したから、扇舟が戦闘を目撃したのはたまたまらしいんだけどね。なんか私と一緒に戦いたいんだって。もう待ってるだけは嫌だって。本人の意志も相当固いみたいだから、私が何を言っても無駄だと思う」
「……むぅ」
それきり、リーナは前を向き、無言でズンズンと美琴のラボへと先導して歩き出してしまった。
機嫌を損ねることを言っただろうかとタバサが扇舟を見上げ、一方の扇舟は肩をすくめる。
結局、その後はまともに口も効かないまま、3人は美琴のラボへと到着した。
「美琴、いるか? 入るぞ」
入口に鍵かかかっていなかったからと、リーナは気にした様子もなしに中へと入っていく。タバサと扇舟もそれに続いた。
室内は薄暗く、とても医者がいるような場所には見えない。そういう意味では、病院や診療所と呼ぶよりは確かにラボ、と呼んだほうが的確であろう。
リーナは何度か来たことがあるらしい。どんどん奥へと行ってしまう。
「……彼女、こんなところに住んでるのね」
「知ってるの、扇舟?」
「ええ。何度かお酒を奢ったことがあるから。……ああ、そうか、タバサちゃんは直接は会ってないのよね。あなたが初めてこの世界に来て戦闘した後に倒れちゃったじゃない? その時……」
「その時に異常がないか確認したのが私ってわけ」
ラボの奥から声が聞こえてきた。
やってきたのは対魔忍スーツに似た露出の高いボディスーツに身を包み、明らかに異種族から移植されたであろう異様な右腕が特徴的な女性。到底医者には見えないが――。
「私が魔科医、桐生美琴よ。起きた状態のあなたと会うのは初めまして、かしら。異世界人さん」
当人は魔科医、つまり医者だとはっきりと言い切った。
「で、今日は何の用? リーナが来たってことはノマド関連の何かか、あるいは扇舟も来てるってことは義手のメンテか、それとも異世界人さん絡みで未知の現象でも起きたとか?」
「強いて言うなら3つ目、あと1つ目も若干ある。その異世界人……タバサがここ数日右腕に違和感があるらしい」
美琴を呼び出す形になったリーナが説明する。が、美琴はそれを聞いて眉をひそめた。
「右腕の違和感? そんなのわざわざ私が診るほどのことなの?」
「私の予想が正しければな。……扇舟はタバサから軽く話を聞いたと言っていたし、お前はこれからタバサを診てもらう医者だから話すが、今から話すことは内密に頼む」
そう言うと、リーナは数日前に起きたフュルストの一件について切り出し始めた。あくまで外部の人間がフュルストを倒したということで表向きノマドは関わりがないことになっている。が、実際は自分に加えてタバサもそこにいた、とリーナは説明した。
「そんなのわざわざ断らなくても街じゃなんとなく噂になってるでしょ。二車忍軍が倒したらしいけど、どうせノマドが裏で手を引いてたんだろとかってさ」
「噂になっているのとノマド所属の私が直接口で言うのとは全く別物だ。噂か事実かという決定的な違いがある。……イングリッド様がどうにかノマドの体裁を保とうとして考えられた苦肉の策を私自身が台無しにしているわけでもあるからな。まあ、人によってはヤキが回ったと言った奴もいたが」
ジロリ、とリーナはタバサを一瞥。が、当人は全く知らん顔をしている。どうせ言ったことももう忘れているのだろうと、ため息交じりにリーナは先を続けた。
「つまりフュルストと戦闘したんだが、実はそのときにタバサは右腕を斬り落とされている」
「は!?」
「……へぇ?」
おそらく初耳であったであろう扇舟が驚きの声を上げ、一方で美琴は興味深そうに呟いていた。
「しかし見ての通り、今タバサには右腕がある。戦闘中に無理矢理くっつけたのをこの目で見ている。これは私の予想だが……異世界の力かお前の超回復力か知らないが、そのお陰だろう?」
「大体はそんなところ。ポーションで回復力を引き上げて、同じく再生能力を高める効果のあるブレイドバリアを展開した状態でならなんとかなると思った。それで実際くっついて動いたから、まあ大丈夫かなって」
「ところが、その時に正しく治癒されなかった、あるいは腕の組織が正しく元に戻らなかった。その弊害として腕に痛みが出るようになってしまったのではないか。私はそう推測したんだが……」
「ちょ、ちょっと待って! ストップ!」
ついに堪えかね、扇舟がそこで話を遮った。
「腕を斬り落とされた!? タバサちゃん、そんなこと一言も言わなかったじゃない!」
「だって普通に動いたし。ケアンにいた頃もこのぐらいのダメージはよくあったから。その後の違和感もまあ気のせいかな、って……」
「全然普通じゃない! タバサちゃんの世界のことはよくわからないけど、この世界じゃ部位欠損したら普通はこうなるのよ!?」
言いつつ、扇舟は鋼鉄の義手を見せる。タバサは無表情気味ではあったが、どうしたらいいかわからない様子でいる。
やれやれと、リーナが助け舟を出すことにした。
「そのぐらいにしておいてやれ。……私たちの常識はタバサには通じないからな」
「あ……。そうね、つい心配で熱くなっちゃって……ごめんなさい」
「ん……。こっちこそなんかごめん」
そして今度は空気が重くなってしまった。話が進まないとリーナが強引に先を続けようとしたのだが。
「実際にくっついてるんだから細かいことは置いておくわ。それに、腕を失ってもこういう方法もあるわけだし」
ここまでの会話を台無しにしつつ、自分の右腕を指さしながらそう言い出したのは美琴だ。
彼女の異形の右腕は「鬼神の腕」と呼ばれており、とある魔術師から譲り受けたものらしい。力を解放すれば強力な瘴気を纏い、大地を揺らすほどの力で刀を振るうと言われている。
「とにかくいくつか質問するわね」
そう言うと美琴は今はタバサの服の袖をまくり、腕をペタペタと触り始めた。
「斬られたのはどこ?」
「肘の手前……今触られてる辺り」
「触られて違和感は?」
「特にない」
「じゃあ指を動かしてみて。それで痛みが出る?」
「今は出ない。さっき食器を落とした時も特に指を動かしたわけじゃないけど痛んだ」
「痛みはどんな感じ?」
「ピリッとした痛みが一瞬走って力が入らなくなる感じかな」
なるほど、と言いつつ美琴はタバサの腕から手を離した。
「何かわかった?」
「全然」
思わずリーナと扇舟がずっこける。
「だったら思わせぶりなことを言うな!」
「しょうがないでしょ。相手は異世界人、さっきの話を聞いてる限り私の常識なんて通じない相手なんだから。……ただリーナ、あなたが言った『正しく治癒されなかった』という仮説が合っているようにも思える。繊細な神経系統が正しく噛み合わない状態で治癒された可能性が高い。誤解を恐れずに言うなら……骨折って放っておくと変なふうにくっつくって言われるじゃない? それに近いんじゃないかって気はするわね。……まあ指とかならともかく、腕を切り落とされて神経が勝手にくっつくなんてのは本来ありえないんだけど」
納得しかねるのか、うーん、とうめくリーナを横目に、タバサは再び感覚を確かめるように右手を開いたり閉じたりしていた。
「義手の扇舟ならわかると思うけれど、神経っていうのはものすごく繊細なの。義肢を実際の肉体のように動かすための繋ぎ目に当たるわけで、義肢の接続で最も慎重、かつ時間をかけないといけないのは神経との接続だからね」
「確かに……。肉体にも義肢接続用に手術を施された記憶があるけれど、実際接続して義手がちゃんと思い通りに動くか、予想外のフィードバックが体に返ってこないか、違和感がないかっていうところは入念にチェックされたわね」
「さっきも言った通り、今のタバサはその神経部分がうまく噛み合わないところがあるまま再生されてしまった、というのが私の仮説。ピリッとした痛みとともに握力を失って物を落とした、という証言とも一致する」
「で、どうすれば治るの?」
折角説明したのに何もわかっていないだろう、というツッコミをしかけて、どうにか美琴はそれを飲み込んだ。患者当人としてはとにかく結果だけを知りたいのだろうと思って結論を述べることにする。
「私から提案できる方法はふたつ。ひとつは保存療法……といえるかもわからないけど、ぶっちゃけて言ってしまえば放置する」
「え……? それ治るの?」
「あなたの治癒能力がどの程度働くかわからないからなんとも言えない。もしかしたら痛みがあるのは今一時的なものでこの後治るかもしれないし、このまま違和感が残り続けるかもしれない」
タバサは唸っているようだ。消極的な方法だと感じているのだろう。
「うーん……。もうひとつは?」
「私の本業に則ってメスを入れる。……ただ、一般的な方法からはかけ離れる可能性もあるけど」
「そっちは治る?」
「私にも魔科医としてのプライドがあるから、治してみせる」
「じゃあそっちでいいじゃん。何を迷う必要があるの?」
さも当然のようにそう言ったタバサに、他3人からため息がこぼれた。
「あのな、メスを入れるってことは一応お前の腕を切る、って美琴は言ってるんだぞ。抵抗とか恐怖とか……いや、こいつにはなさそうだな」
どこか諦め気味にそう言い捨てるリーナ。
「無いわけじゃないけど、別に痛いだけで死ぬわけじゃないでしょ? なら確実に治すって言ってるそっちのほうがいいじゃん」
「……そうか、異世界じゃもしかして麻酔もないのかもしれないのか。基本的にオペ中の痛みは無いわよ。ただ後からメスを入れた痛みが少し出るかもしれないけど」
「だったらそっち一択だよ」
やはりタバサは即答だった。
「オッケー。それじゃその方向で話を進めるとして……。私が実際に腕を振るうわけだから、代価の話に移りましょうか。私は聖人君子でも慈善事業者でもない。それ相応のものを支払ってもらうわ」
「わかってるわ。お金は私が……」
「いや、私が声をかけたわけではないとはいえ、今回ノマド絡みの事件で負った傷だ。それにタバサがいなかったら私はどうなっていたかわからない。ここは私……というかノマドが支払うのが筋というものだろう」
「でも……」
「ちょっとちょっとおふたりさん、勝手に話を進めないでくれる? 今回お金はいらないわ」
てっきり金の話になると思って話し合っていた扇舟とリーナが互いに顔を見合わせる。
「私が欲しいのはタバサの体組織よ。勿論臓器をよこせ、とか無茶なことは言わないから。培養できるだけの細胞があればいいかな。ちなみに血液は最初に診た時にもう採取済みだから」
「体組織って……。まさかクローンでも作るつもり!?」
思わず扇舟が食って掛かる。が、美琴はやれやれと言ったように肩をすくめただけだった。
「そんなことしないわよ。する意味もないし。血液からも検出されている未知のエネルギー……イーサーっていうんだっけ? それについて研究したいの。血液だけじゃそれも難しくてね。……本当ならこの街を襲った異世界の化け物であるイセリアルを研究したかったんだけど。再びイセリアルを呼び込む原因にもなりかねないとかって理由で、イングリッドからの厳命があってそれは叶わなかった。でもあなたのものならそれも大丈夫じゃないかな、って思ったのよ」
それを聞いてタバサの表情が露骨にしかめられる。
「……あんまり良い気分じゃないな。自分が実験材料にされてるみたいだ」
「みたい、じゃなくてその通りよ。自分で言うのも何だけど、どちらかと言えば私は医者というよりマッドサイエンティストだもの。でも、あなたにも見返りがあるかもしれない。……元の世界に戻る方法を探してるんでしょ? 可能性としては低いと言わざるを得ないけれど、それでももしかしたら何か発見があるかもしれない」
再びタバサが唸る。が、ややあって「まあいいや」と考えはまとまったようだ。
「よく考えたら五車でも私の検査とかしてたから、今更か。それに私のことで扇舟やリーナに負担を強いなくてもいいわけだし。……で、いつ治してくれる?」
「望むなら今からでもいいわよ。ただ時間はそれなりにかかるかもしれないけれど」
「いいよ。お願い」
あっさりと話はまとまり、2人は手術室へと入って行くのだった。