“乗っ取られ”の少女、対魔忍世界に迷い込む   作:天木武

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Act59 私自身の意志で、私はここにいる

 結局美琴とタバサは今日中の治療を決め、手術室へと入っていった。

 時間がかかるかもしれないと言われたが、店に戻っても仕事が手につかない可能性がある。そう思い、扇舟は終わるまで待つことにしていた。

 だがてっきり帰ると思われていたリーナは「話したいことがある」と、扇舟と一緒にラボの中の椅子に腰掛けていた。

 

「それで……私に話したいことって?」

「さっきここに来る前にタバサが言っていたことだ。あいつと一緒に戦いたい。お前、本気で言っているのか?」

「ええ、勿論」

「わざわざ危険な思いをする必要があるか? タバサは間違いなく強い。こう言っちゃ何だが、お前がいてもいなくてもおそらくは変わらない……。下手に身を危険に晒すだけになるかもしれないぞ」

 

 包み隠さないリーナの言葉だった。彼女なりに自分を心配して言ってくれているのだろうということに扇舟は気づいていた。

 

「……それもわかってる。一言で言ってしまえば、これは私のワガママよ。命の恩人……そして、こんな私を友達と呼んでくれた人と肩を並べて戦いたい。そんなワガママ……」

「タバサに負けず劣らず変わったやつだな。……中途半端な考えならやめるように諭そうかと思ったが、意志は固いんだな?」

「そのつもりよ」

「そうか。なら私は口を挟めない。……まあ、ある人と一緒に戦いたいっていう、理屈じゃない気持ちは私もわかるし、だから納得もできる。今がまさにそうだからな」

 

 おそらくは苦言を呈されるだろう。そんな予想をしていた扇舟だったが、思ったよりもあっさりと理解されたことに驚いていた。同時に、「今?」とリーナの言葉に対して疑問系を口にしてもいた。

 

「ああ。……イングリッド様は私にとって憧れの方だ。今あの方の元で剣を振るえているなど、過去の私が聞いたらきっと驚くだろうな。……いや、あの頃の私は今以上に見栄っ張りだったから、『さすがは私だ!』とか思うかもしれないか」

「へぇ……。リーナちゃんの過去、ちょっと興味があるわね」

「別に面白い話じゃないぞ。そもそも私がイングリッド様と出会ったのはだな……」

 

 そう言うと、リーナは自分の過去を話し始めてくれた。

 

 元々リーナは魔界にある貴族の家で使用人をしていた。しかし、魔界は血統がすべてという世界。生まれすら定かではなく魔力も少ないリーナは「雑種」と蔑まれ、その使用人の中でも最下級の存在だった。

 彼女の主でもあったお嬢様のセルヴィア・ローザマリーは気まぐれ、かつワガママ気味な気質があり、リーナもよく振り回されていたということだった。

 

「あ、でも私はお嬢様を恨んではいないぞ! 確かに今じゃパワハラだなんだという話になるかもしれないが、本当に危ないことは命じなかったし、なんだかんだ私を気遣ってくださっているようにも思えたからな。……まあお嬢様の愛犬である魔犬のジェロに追いかけ回されたり急に吠えられたりしたせいで今でも犬はちょっと苦手なんだが」

 

 十分お嬢様側に非があるようにも感じた扇舟だったが、当人がいいと言うのならまあいいのだろうと思うことにした。

 

 リーナは話を続けた。

 そんな使用人の生活を続けていたある日、そのお嬢様であるセルヴィアが倉庫の隅に眠っていたいらないものだから、と一振りの剣をプレゼントしてくれた。それから、夜な夜な剣を振るのが日課になっていった。

 

 そしてしばらく経った頃、リーナにとって運命の出会いが起きたのだった。

 

「あの日のことは今でも忘れない。晩餐会の日だった。魔界の貴族たちが次々と屋敷にやってくる中、1人の女性に私の目は完全に奪われた」

 

 言うまでもなく、それがイングリッドだった。

 

 さらにはその日の夜、日課となっていた我流の剣の練習をしていた時にたまたまイングリッドが現れ、手ほどきをしてくれたのだ。

 リーナにとっては夢のような一時。さほど長い時間ではなかったが、それがリーナの運命を大きく変える出来事となった。

 

「あの方のような存在に……魔界騎士になりたい。その思いは抑えきれず、私は自分を鍛えるための武者修行に出ることにした。傭兵団に参加してひたすら剣の腕を磨いていたのだが……。その最中、私がお世話になっていたローザマリー家が反乱によって滅ぼされてしまったという話を耳にした。私がいれば、などとうぬぼれたことを言うつもりはないが、私がもっと強くなればそんな悲しいことも防げるかもしれない。そう考えながら剣を振るい続け……。そしてある日、イングリッド様に再会したのだ」

 

 その時にイングリッドは既にエドウィン・ブラックという新たな主に仕えていた。あの気高き魔界騎士が我が身を賭せるほどの存在。その相手がどんな者かはわからないが、そんなイングリッドに自分も付き従いたい。

 結局リーナの思いは受け入れられ、今もイングリッドの下で剣を振るっているということだった。

 

「この方のためならすべてを投げ出せる。私はイングリッド様に対してそうとすら思える。……まあイングリッド様には『命を粗末にするな』と叱られそうだが。ともかく、私自身の経験もあって、そういう理屈じゃない思いは理解できる。だからお前がタバサのために戦いたいと言い、タバサ当人がそれを了承したのなら、私にそれを止めることなどできないだろう」

 

 感心とも感嘆とも取れないような声が、思わず扇舟の口からこぼれた。

 扇舟は見た目こそ美魔女と言われて若く見られることすらあるが、実年齢は相当なものである。にも関わらず、今目の前で話をしてくれた少女のほうが随分大人なように思えたからだ。

 

「なんだその反応は? 馬鹿にしているのか?」

「違うわ、逆よ。……リーナちゃんってハードな人生歩んでたんだなって」

「お前が言うか、元井河長老衆の井河扇舟さん?」

 

 扇舟の顔に驚愕の色が浮かぶ。

 隠し切れることではないというのはわかっている。それでも、リーナが自分の過去を知っているということに対しては、どうしても驚かざるを得なかった。

 

「悪いが、お前と店の外で初めて会った後……イセリアルの騒動の後だな。うちの優秀な調査員がお前の過去をあらかた調べてくれたから大体のことは知っている。……絶対的な力を持つ母親に縛られ続け、そして最後は捨てられた。その後この街に流れ着き、ようやく前を向いて生きようと思った矢先。今度は“呪い”に襲われ、たまたまその時にこの世界に迷い込んだタバサによって救われた。そんなところだろう?」

 

 一瞬間を空けてから扇舟は頷いた。

 

「……ええ、合っているわ。さすがノマドの調査員は優秀ね」

「まあ実のところ、調査員とは言ったがうちのとある奴がふうまとゲーム友達らしくてな。大体のことはふうまから直接聞いたそうだ。それで、時々でいいからお前とタバサの様子も見てやってくれって。そいつはほとんど外に出ないから、よく味龍に行ってる私にお鉢が回ってきた。私が味龍に通っているのは確かにあの店が行きつけだからというのもあるが、その話を聞いて以降はお前たちの様子を伺うって意味合いも一応あったりするわけだ」

 

 それは全く気づかなかった、と扇舟が目を見開く。

 本人曰く見栄っ張り、周囲の評価はどこか抜けてる、あるいはポンコツ。そう言われているリーナだが、そんな風には全く見えなかったからだ。

 

「しかしふうまもわからん奴だ。話によれば、母親に命令されてのこととはいえ、ふうまの父親を実際に手にかけたのはお前なんだろう?」

「……そうよ」

「なのに監視してくれ、というよりも見守ってくれ、というニュアンスで頼まれたとドロレスの奴は言ってたからな。親と不仲だったのか、それとも器がでかいのか……」

「不仲では無いと思う。でも、ふうまくんの父親……弾正は絶大的なカリスマ性を持った男だったわ。そんな男の子供として生まれて、しかも邪眼に目覚めなかったということで、彼なりにコンプレックスはあったのかもしれない。だけど、やっぱりふうまくんもそんな父親の血を引いてるんでしょうね。彼はこの街で変わろうとしていた私を見て『あのクソ親父もそうすると思う』と言った上で“呪い”から護りたいと言ってくれた。さっきリーナちゃんが器って言ったけど、父親を殺した女に対してそう言えるなんて、彼は間違いなく大きな器を持っていると私は思うの」

 

 だから、と言って扇舟はさらに続けた。

 

「こんな私に未来を見てくれた彼をがっかりさせないように、私は生きないといけない。自分勝手な考え方かもしれないけれど、それが私の彼に対する贖罪じゃないかとも思ってる。……母親に縛られ続けた井河扇舟はもういない。ここにいるのは、命の恩人であると同時に友人でもある女の子と一緒に戦って生きたいという、自分の意志を持った井河扇舟よ。私自身の意志で、私はここにいる。今ははっきりとそう言えるわ」

 

 扇舟の独白が終わり、辺りに静寂が広がった。少し傲慢な物言いで、もしかしたらリーナは呆れているのかもしれないと心配になった扇舟はリーナの顔を覗き込む。

 リーナは困ったように小さく唸っていた。

 

「お前の意志はよくわかった。それについて異論は何もないし、おそらくふうまも納得するんじゃないかと思う。……だが、贖罪云々については私はよくわからん。ふうまはそれでいいのだろうが、お前は他にも手をかけたものが大勢いるわけだろう?」

「それは……。そうね……。だから“呪い”を差し向けられたわけだし」

「とはいえ、逆らえない状態で母親から命じられて動いていたとなるとな……。部外者の私は情状酌量の余地ありじゃないか、とか思ってしまうが……。当事者はそんなの関係ないだろうし。……参考にならなそうだが、タバサには相談したのか?」

 

 渋い表情を浮かべ、扇舟が首を縦に振る。やはり参考にならなかったかと思いつつ、それでもタバサなりの答えは知りたいと、リーナは先を促した。

 

「あいつはなんて言った?」

「バッサリよ。『そもそも殺される方が悪い。復讐したいやつには勝手にさせて返り討ちにすればいい』」

「……言いそうだとは思ったがマジで言ったのか」

 

 リーナ自身、フュルストとの戦闘の際にタバサが骸佐の刀に触れた時の異変を目撃している。怨念を力へと変える刀。それにタバサが触れた途端、刀は禍々しい形へと姿を変え、それまでの骸佐の苦労が嘘のようにフュルストの体を貫いた。

 つまり、それほど多くの命を奪ってきたということでもある。異世界の化け物が闊歩する終末世界を生き抜いてきたタバサだ、それも仕方のないことと言えるだろう。

 

「……まあいい。贖罪だなんだについてはすまないが私は力にはなれない。ただ、軽い気持ちでタバサと一緒に戦いたいと言っているなら釘を刺そうと思ったのだが……。思っていた以上に意志は固いし、理由も納得できるものだった。くれぐれも無理をして死ぬなよ。私が言いたいのはそれだけだ」

「ありがとう、リーナちゃん。……優しいのね」

「知った顔に死なれると寝覚めが悪い。それも行きつけの店の店員ならなおさらだ」

 

 どこか照れ隠しをしたかのようにぶっきらぼうに答えるリーナ。そんな姿を見て、扇舟は思わず微笑ましく思っていた。

 

「さて、と。話したいことは話したし、タバサももう少しかかりそうだからな。私はそろそろ帰るぞ。フュルストの件の後処理が残っている。イングリッド様には今日はもう休んでいいと言われたが、あの方が働いていらっしゃるのに私だけのうのうといつまでも休んでいられないからな」

「そんな忙しいのに来てくれたのね、ありがとう」

「別にいい。それじゃタバサによろしく……」

 

 リーナがそこまで言ったところで、だった。

 不意に手術室の扉が開き、中から美琴とタバサが出てきたのだ。

 

 そのタバサの右腕。痛々しく包帯が巻かれ、三角巾で固定されているのが扇舟の目に入る。

 

「タバサちゃん、その右腕……」

「大丈夫。痛みとかはない。私はよくわかってないから詳しい話は……」

「私がするわ。とりあえず扇舟、あなたが保護者ということで説明しておくわね」

 

 折角終わったのならもう少し残ろうというリーナも加えて、美琴は今回の手術の説明を始めた。

 

 まず、事前の予想通りタバサの腕の神経がズレたままくっついてしまったらしい。通常あり得ない事例ではあるが、なにせ常識が通じない相手だ。そういうものだと割り切り、美琴はそれを見事に治療したということだった。

 見た目は痛々しいが、あくまで大事を取っての処置であるそうだ。明日の朝にもう1度ここに来て包帯を取ってみて、異常がなければそのまま仕事に復帰してもいいという話だった。

 

「この子の自然治癒能力が高すぎるからね。正直、あと数時間もすればもう大丈夫な気もするんだけど、一応ね。……というか、メス入れてるのにその先から体が修復しようとしていく様にはゾッとしたわ。まあ対魔忍にはもっとすごいのがいるらしいけど」

「で、治療自体はすぐ終わったみたいなんだけど、美琴は私の体のことを知りたがって、そっちに時間が取られたっていうか……」

 

 要は実験まがいのことをされていて時間がかかったのか、と扇舟の顔に訝しい色が浮かぶ。が、美琴はそんなことに気づいた様子もなしに続けた。

 

「いくつかはっきりしたことがある。確かにタバサの治癒能力は高い。でも、切断された腕をくっつけ直すほどだとは考えにくい。……実際ポーションって呼んでるのを飲んでもらってその効果を見せてもらった。確かに治癒能力は大きく高まるけど腕がくっつくほどかと言われると少し疑問が残る。まあ……それ以前にどこから取り出したんだってツッコミたくはなったけど、もうそういうものだとして諦めたわ」

「いや、考えにくいと言われても現に私はそこを目撃しているし、タバサ自身、過去に何度か似たような状況はあったみたいな口ぶりだった。お前の性格はともかく、腕は間違いなくヨミハラ一だと認めているが、そこは納得がいかない」

 

 リーナの指摘に対し、美琴の顔に悪い笑みが浮かんだ。

 

「フュルストの時の状況はタバサから詳しく聞いた。……さて、その上で今異議を唱えたリーナに質問よ。タバサが元いた世界、あるいはこの間のフュルストとの戦いの時と、今現在のこの場で異なるもの。それは何かしら?」

「何、って……。あ、そうか、イーサーか! タバサが元いた世界は勿論、あの場はフュルストがイセリアルの力を使ったことでイーサーが満ちていた」

「そういうこと。タバサの治癒力はイーサーに比例する。私はそう仮説を立てた」

 

 なるほど、と言いつつリーナは記憶を探る。そういえば、タバサと初めて戦場で会ったのは街にイセリアルが進行してきた時。つまり、イーサーが溢れていたときで、それならば全身を炎で焼かれながらも戦えていた説明がつく。

 

「……つまりこの世界で戦う時、ケアンと同じ考えでダメージを受けると体の回復が間に合わない可能性がある。そういうことでいいんだよね?」

 

 タバサの質問に対し、美琴が頷いて肯定した。

 

「だから、か。それならこの世界に来て初めて戦闘して、終わった時に気を失ったこと。それから、この間フュルストの館から帰ってくる途中の戦闘で雑魚連中相手に体が重いと感じたこと。両方とも説明がつく」

「そういうわけだから、あまり無茶はしないほうがいいわ。そこは『保護者』の扇舟が目を光らせるしか無いかもね。……とはいえ、それでも普通の人間と比べたら再生能力が高いことは事実よ。あと、この子の話によると剣で攻撃すれば体力が戻るっていうよくわからない能力もあるみたいだし」

 

 そこまで説明したところで、「さて」と美琴は締めに入った。

 

「さっき言ったように代価としてこの子の細胞を採取させてもらったから、支払いはそれでいいわ。あとは明日の朝もう1回来て頂戴。……この子の治癒能力ならその前にもう治りそうではあるけれど、まあ一応ね」

「ん、わかった。ありがとう美琴」

「どういたしまして。じゃあ私は未知の物質であるイーサーの研究をしないといけないから。……フフフ、楽しみ」

 

 もはや美琴は興味があることの研究しか頭に無いようだ。とりあえず帰ることにしようと、3人が入口の方へ向かって歩き始めたのだが。

 

「……ごめん、タバサちゃん、リーナちゃん。ちょっと外で待っててもらえる?」

 

 不意に扇舟が足を止めてそう切り出した。

 

「どうかした?」

「ああ、義手の相談じゃないか? あいつは義手のメンテの腕も本物だからな」 

「え、ええ。まあ、そんなところ」

 

 わずかに言い淀んだ扇舟だったが、2人とも気にかけなかったようだ。

 

「ついでだ、見てもらうといい。ただかかりそうなら一言伝えに来てくれ」

「ありがとう。それじゃちょっと行ってくるわ」

 

 先程扇舟がはっきりと言い切らなかったことには勿論意味がある。確かに義手に関して美琴と相談したいことがあるのは事実だ。

 だが、それは()()義手に対してではない。

 

「美琴、お楽しみを邪魔するようで悪いんだけど、ちょっといい?」

 

 ラボの奥、美琴は既に研究モードに入っていた。

 

「何よ、まだ何かあるの? 今日の営業はもう終了ぐらいのつもりでいたんだけど……」

 

 そう言って不満そうに扇舟の方へ視線を移した美琴だったが――。

 つい先程までと違う、覚悟を決めたような扇舟の表情に虚を突かれていた。数度瞬きして相手の様子を悟ったところで、口元がわずかに緩められる。

 

「……なるほど。私に相談したい、深刻な『何か』があるのね」

 

 扇舟は無言で頷く。そして、硬い表情のまま、義手である両手を美琴の前に差し出した。

 

「私に戦うための武器が欲しい……。生活のための今のこの手に変わるもの……戦闘用の義手を作って欲しいの」

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