五車学園、地下訓練場。ここは最新の設備が揃っており、バーチャルシミュレーションによって様々な環境下での任務を想定しての訓練を可能としている場所である。
事前に打ち込んだデータを元に、本物としか思えないような仮想敵を生み出して戦い方の確認をしたり、時には昇級試験の時に使われたり。五車学園の一般生徒の大規模な訓練は校庭で行われることが多いが、ここは言ってしまえばそれよりランクの高い状況、もっと特別な場面で使用されることが多かった。
タバサの情報は現時点ではできるだけ伏せられている状態だ。よって、校庭ではなくこの地下訓練場を使うというのは自然な流れである。
と、校長室を出た後にラボに戻ったリノアがタバサを連れて現れた。まだ仮面はつけておらず剣も手にしていない。表情は相変わらずの無表情で様子を伺うのは難しかったが、小太郎を目にすると「あ」と一言こぼして彼の元へと歩み寄った。
「よう、タバサ。今日はちょっと立て込んでて顔出せなかったけど、元気してたか?」
「うん。鹿之助と蛇子が来て話し相手になってくれたから平気。とりあえずこの実戦形式で私の戦闘能力を見たら一区切り、ってリノアに言われてる」
「そうか。なんか悪かったな、窮屈な思いさせたみたいで」
「構わない。異世界人となれば当然の反応だろうし。……ただ、模擬戦っていうのはどうしても苦手。力の加減に不安がある」
「あー……」
小太郎はタバサが「直感か感受性のたぐいが優れているのではないか」という仮説を立てているし、報告書にもその旨は一応記している。たった1度だけ見た戦闘が、それほどインパクトがあるものだったのだ。
だから今回も模擬戦という形ではあるが、相手に殺意を向けられたら反射的に本気で斬りかかるのではないか、という点は気がかりであった。
アサギクラスの実力者ならその辺りうまくできそうではあるが、そのアサギはいつの間にか対魔忍スーツに身を包み背中に忍者刀を装備してはいるものの、戦うつもりはないらしい。おそらく強引に止める時のことを考えてであろう。
つまり強引に止める可能性がある相手、ということでもある。もしかしたらちょっと面倒なことにもなりかねないと思っていた小太郎だったが――。
「げっ……!」
少し遅れて部屋に入ってきた相手を見て思わずそうこぼしていた。
そこにいたのは小太郎にとっては先輩に当たる対魔忍の
その危ない存在というのが――。
「ねーねー、蛍ー。今日は蛍が遊んでくれるんじゃないのー?」
さきほど小太郎が思わず反応してしまった元凶。蛍の後ろからついてきた、紫色の髪を横にまとめた少女であった。
少女の名は
当初小太郎は米連と関わりのある組織から脱走した彼女の抹殺を依頼されていた。しかし紆余曲折あり、結局は五車で保護するということでその件は一応の決着を迎えている。
沙耶を殺さないようアサギに懇願して五車の保護を取り付けたのは他ならぬ小太郎であるため、彼自身彼女を嫌っているということはない。なぜか懐かれてもいる。
だがその性格は如何せん問題があるとしか言いようがない。
彼女は元々戦闘用に開発された人工魔族ということもあって、倫理観が致命的に欠如しているのだ。
つまり「楽しいから人を殺す」程度の感覚しか持ち合わせておらず、五車に侵入者があった場合は「人が殺せるから」という理由で戦闘に参加するような有様なのだ。
それでも面倒見がよすぎる蛍のおかげか、対魔忍に手を上げるような事態は起こっておらず、沙耶当人も以前と比べると幾分かはマシになっているというのは事実だ。
とはいえ、「本気を出しても平気な人がいっぱいで遊び相手に困らない」とも語っており、つまり殺すぐらいの心積もりで戦っても大丈夫と思っている節もある。言ってしまえば殺意の塊のようなこの相手を、そういうのを読み取るのに敏感と思われるタバサと戦わせたらどうなるか。
(マジに何考えてんだよアサギ先生……。他にいくらでも人選あっただろうによりによって沙耶って……。いや、もしかしてどのぐらい反応するかを確認したいってのもあるのか?)
チラリ、とタバサの方を伺う。今のところ特に変わりはなさそうだ。
「来たわね。タバサ、沙耶、入ってきて」
と、2人が訓練場に来たことを確認し、戦闘ブース内にいたアサギが声をかけてきた。
「呼ばれたから、また後で」
「ああ。……無理すんなよ」
自分の言葉が果たしてどこまで届くか。小太郎としてはやや不安であった。
「もしかして今日はアサギと遊べるの?」
一足先にブースに入った沙耶がアサギに尋ねる。
「私じゃないわ。今日はあの子……タバサの相手をしてもらいたくて呼んだのよ」
「ふーん……。初めて見る顔な気がする。新入り?」
「まあそんなところ」
「じゃあ先輩が色々教えてあげないとねー」
どこでそんなことを覚えたのか。やれやれとため息をこぼしつつ、アサギは釘だけは刺しておくことにした。
「殺しは厳禁。いいわね?」
アサギの有無を言わせない声色に、「ちぇー……」と沙耶は口を尖らせた。
そうこうしているうちにタバサが2人の側まで歩み寄る。
「タバサ、この子が模擬戦の相手をしてもらいたい沙耶よ。今この子にも言ったけど殺しは厳禁。あと、ふうまくんの報告書にあったけどあなた召喚獣も扱えるんですって? それは無しでお願いできる? それから天界の力っていうのも、少し控えめで。ここが壊れるのは避けたいから」
「あ、うん。わかった。じゃあ基本剣技だけで。……いくつか能力を調整する」
「えー。本気で来てよー。じゃないと……負けた時に言い訳されたりしたら嫌だしぃ」
早速沙耶からの挑発が飛び、一瞬空気が凍る。だがタバサは少し相手の顔を眺めただけで、さほど気にした様子もなかった。
次に、原理が分からない方法でインベントリから取り出したのだろう。いつの間にか頭防具を装備して双剣を手にし、準備を済ませていた。
「……いつでもいい」
仮面をつけたタバサが短く呟く。これだけで威圧感が違う。
「フィールドは校庭でいいわ。余計なオプションは一切なしで」
アサギの言葉でブース内の光景が五車学園の校庭へと変わった。
「……シャッタードレルムみたい」
「あなたには馴染みがないかもしれないけど、科学というものよ。あくまでそう見せているだけではあるけど」
「へぇ……」
初めてのバーチャルシミュレーションに興味を惹かれたのか。タバサは辺りをキョロキョロと見渡している。
「キャハッ! 楽しみぃー」
が、その沙耶の声が聞こえると同時に顔を戦う相手へと向けた。
敵意を感じたのだろう。少し前の年相応とも思える気配は一気に消え、戦闘態勢に入ったことがわかる。
「いいから沙耶、早く準備しなさい」
「はいはーい。準備オッケーだよ。……殺しはダメって言われたけど、それ以外ならいいってことだよねえー」
「危なくなったら途中で止めるからね。……埒が明かないから進めるわよ。双方構えて!」
沙耶に付き合っていたら始められないとアサギは判断したらしい。半ば強引に進めようとする。
「じゃあ止められるまでは好き放題遊べるんだぁ。えへへー、止められない程度にグッチャグチャに……」
「はじ……」
楽しそうに独り言を続ける沙耶。無視して開始の合図を出そうとするアサギ。
だがその2人の言葉を切り裂くかのように。
「話はもう十分だ!」
膨れ上がった沙耶の敵意に反応したタバサが、アサギの合図が言い終わるより先に地を蹴って飛び出した。
“呪い”と戦った時に見せた、消えるほどの速度による突進。
喋っていたタイミング、かつアサギの合図より先ということもあって沙耶は完全に虚を突かれていた。
「ちょっ……! フライング! ズルいー!」
しかしそれでも反応はしている。咄嗟にバックステップで距離を稼ぎつつ、背中から飛び出た何かを相手目掛けて伸ばした。
沙耶が人工魔族と言われる所以、機械で出来た触手である。
突進を妨害する形で突き出された触手の槍。このままの速度で飛び込めば尖った先端部によって切り裂かれる。方向を変えて回避するか、一旦武器で切り払うか。
だが、直後のタバサの行動は沙耶の予想の範囲外だった。トップスピードを維持したまま、攻撃の甘いところを目掛けてさらに踏み込んだのだ。
「ハアッ!? 嘘でしょ!?」
左肩を前に被弾面積を減らす姿勢を取りはしたが、当然全てを避けきることは不可能だ。防具の影響もあってか左腕と脇腹は掠めた程度。しかし左足は横の方を抉る形で貫かれ、鮮血が吹き出していた。
にも関わらず、タバサは攻撃態勢に移る。左右の剣による突き。
沙耶は残りの触手を駆使し、どうにかこれを捌きながらさらに下がる。
タバサは退かない。目測をはかるように左の剣を軽く振るって牽制した直後、今度は目にも留まらぬ両手の剣による連続攻撃。
再び触手で防ごうとする沙耶だったが、あまりの速度に数発分防御しそこね、体を浅く斬りつけられた。
「痛っ! 熱……違う、冷たい!? なにこれ気持ち悪ーい!」
まだまだ続きそうな攻撃の気配。その姿勢が、戦闘狂の人工魔族の少女に火をつけた。
「もー怒ったー!」
下がるのをやめ、沙耶もダメージ覚悟で攻撃に転じる。
触手を一気に引き戻し、沙耶の体目掛けて放たれた、挟み込むような斬撃の先を止めるように再び伸ばす。
次の瞬間、金属同士がぶつかり合う不快な音が辺りに響き渡った。
「いったいけど……ざんねーん」
地面に突き立てて防御に回した左右それぞれ2本ずつの触手が、タバサの剣の切っ先を止めていた。
が、その触手にはヒビが入り、勢いを止めきれなかった刃が体を掠めて傷をつけている。
「キャハハ!」
それでも沙耶は笑っていた。防御用に使用した触手は最小限。そして相手は攻撃のために詰めた間合いのせいで、後退しても触手の攻撃範囲外にはまず逃げられない。
「これで終わり……!
タバサを切り裂こうと、背中から伸びた無数の触手が迫る。退路を完全に断った物量による攻撃だ。これは避けられない。ニヤッと笑った沙耶だったが――。
「ハッ!」
仮面の下で気合の声が聞こえたと同時。タバサの周囲に無数の刃が生み出され、迫ってきた触手の勢いを止めていた。
いや、止めていただけではない。一部は先端が凍りついているものまであった。
「嘘っ! なにそれ……」
さらにタバサは回転しながら剣を振るい、それらを弾き飛ばす。
そして出来た決定的な好機。必殺の一撃を打ち込もうと、構えた両手の剣を渾身の力で振り下ろし――。
「そこまでっ!」
一瞬のうちに割って入ってきたアサギの忍者刀によって、2本の剣は止められていた。
---
報告書にあった「敵意への反応」。それがどの程度かは確認しておきたい。
小太郎の予想通り、それがアサギがタバサの相手に沙耶を選んだ理由であった。そして、それが如何ほどのものかは自分の目で見てはっきりした。
(少し……危ういわね、この子……)
沙耶へのとどめの一撃を止めつつ、アサギはそう考えていた。
おそらく沙耶の歪な敵意に当てられたせいだろう、自分の開始の合図よりも僅かに早く仕掛けた。ある程度想定はしていたが、それでも過敏な反応と言わざるを得ない。
さらには己のダメージを物ともせずに飛び込んだ。死や痛みに対する恐怖が薄いのか、それとも感覚が麻痺しているのか。
そして何より、殺しは厳禁、と釘を刺したにも関わらず、決定的な好機で躊躇なく全力で剣を振り下ろしてきた。光速のスピードを生み出す“隼の術”を発動させて割って入ったが、対魔粒子をもって強化しているはずの腕でさえも、最後の一撃を止めるのはギリギリだった。
「タバサ、模擬戦だと言ったはずよ。殺しは厳禁とも」
「殺すつもりはなかった。仮にあなたが止めなくても、おそらく人間じゃないこいつなら致命傷には至らなかったと思う。……まあ決着の一撃になったのは確実だけど」
確かに沙耶の再生力、あるいは桐生辺りの手助けも入れば今の一撃が入ったとして致命傷にはならなかっただろう。
だがそういう問題ではない。先に抱いた懸念事項と合わせて、アサギは改めて危ういと思わざるを得なかった。
双剣が引かれる。終わりを宣言したことで沙耶の敵意が消えたからか。
「あーもう! 悔しいー!」
一方の沙耶は場合によっては命を奪われかねなかったというのに悔しがってるような有様だ。
「あなたの再生力なら問題ないと思うけど、一応診てもらいなさい。……蛍! 沙耶をお願い」
「はい!」とブースの外から蛍が駆け寄ってくる。
「大丈夫だって、全然大したことないし。……あ、そうだ。ねえ、タバサ」
戦闘終了、加えて沙耶の敵意も消え去ったということで既に仮面と剣をインベントリに戻していたのだろう。素顔となったタバサは、ブースの外へと歩き出した声の主へと目を移す。
「今日は私の負けだったけど、楽しかったよ。だから……また
振り返りながらの狂気ともいえるその笑みとともに投げかけられた言葉に、タバサはひとつため息をこぼして小さくつぶやいた。
「うん、ちゃんと狂ってるね」
人のことを言えた口だろうかと一瞬思ったアサギだったが、とりあえずその考えを頭から消した。
「あなたも怪我してるんじゃないの?」
ダメージを顧みない突撃によって沙耶の触手で左足が抉られ、鮮血が吹き出したのを目撃したからの問いだった。
だが当の本人はそんなことは忘れていた、と言わんばかりに。
「あ、うん。
傷一つ無い、どころか、防具まで再生した左足を見せたのだった。
(……紫ほどではないだろうけど、この再生速度か。あるいは防具まで再生していると考えると何か魔法のようなものを使ってるのかもしれない。このことまで計算に入れたから無茶とも思える突撃をやめなかったとも言えるけど……。とにかく、この世界の尺度では計りきれないわね)
ある意味で沙耶より厄介な存在を抱え込んでしまったのではないかとも思える。
「……まあいいわ。タバサ、大丈夫だと思うけど今の戦いで影響がないか、一応チェックをさせてもらう。それが終わったら約束通り制限はつくけど自由にしてもらっていいから」
「わかった」
「じゃあリノアのところに。話は通してあるから」
「ん」
言われたとおりにリノアのところへ歩き出した後ろ姿を眺めつつ、やはりこうして話す分には年相応の、コミュニケーションが苦手な少女にしか見えないなとアサギは改めて思っていた。
沙耶のように常に狂気をはらんでいるのとはまた違う、何かの拍子でスイッチが入った瞬間に戦闘マシーンと化するかのような。
(そういえばふうまくんの報告書にもそんな私見があったか)
あくまで個人の意見ということではあったが、このことで彼は「元の世界でいいように扱われていたのではないか」という懸念を述べていた。彼なりにタバサを気にかけているといえる。そういうことができる、自分の信頼に足る人物だとアサギは考えている。
忍法が使えないながらも、特有の人脈があり、広い視野と柔軟な考え方が出来る若き指揮官。彼のそんな部分に期待を込め、「独立遊撃隊隊長」というポジションを与えたことを改めて思い出していた。
ふうま小太郎には何か特別な力がある。単純な戦闘力の話ではなく、人を惹きつけるような、ふうま一族当主としてのそれが。アサギはそう信じている。
(なんて、いくら言い繕っても結局はまた押し付けるってことに変わりはないかもね……。でもおそらく彼に預けるのが1番確実、他の隊員たちとの仲も良好と聞いたし、まあ無難といえば無難といえる。嫌がりつつも当人も納得してくれることでしょうし)
ああ、我ながら嫌な打算をしている。
アサギはそんな自分に内心で少し自己嫌悪しつつも、「ふうまくん! ちょっと来てもらえる!?」と、部屋を出ようとしたタバサと何か話していた小太郎を呼んだのだった。
属性耐性
火炎・燃焼、冷気・凍傷、雷・感電、酸・毒、刺突、出血、生命力、イーサー、カオスの9種類の属性が存在し、基本の上限は80。つまり受けるダメージから80%カットするという意味であり、ここまで耐性を稼ぐのがほぼ前提条件と言っても過言ではない。それぞれにしっかり耐性を稼がないとあっさり墓が立つ。
ノーマルでは確保した耐性がそのまま適用されるが、2周目に当たるエリートでは刺突から前の耐性に-25のペナルティが、3周目に当たる最高難易度のアルティメットでは刺突から前の耐性にさらに-25のペナルティと出血から後ろの耐性に-25のペナルティがかかる。早い話がアルティメットではそれぞれ130と105は稼がないと上限の80に届かない。
その上耐性を下げてくる敵もいて最低でも20~30程度は余剰耐性が欲しくなってくるため、俗に「耐性パズル」とも言われており、乗っ取られたちは耐性を確保するために今日も頭を悩ませていることだろう。
加えて物理耐性もあるが、これは稼ぎにくいため上限まで稼ぐのは相当厳しい。代わりに防具を装備した際の防御力とも言える装甲で軽減できるので、そことの合わせ技でどうにかするのが一般的と思われる。
他にはCC耐性(Crowd control、ざっくり言うと状態異常)もあるが、これも可能なら確保したいところ。特に気絶耐性はステータスの1ページ目に上記9個の耐性と一緒に並んでいて、つまり使ってくる敵が多いことを意味している。気絶は一定時間行動不能になってしまうことと合わせて他のCC耐性に比べて重要性が高く、上限の80を目標にしたいところ。
他にも凍結や減速など様々なCC耐性があるが、全部を完全に対処しようとするとかなり困難を極めるため、最低でも気絶だけはどうにかしたい。
天界の力
ケアン各地にある祈祷の祠を修復することで得られるポイントを星に割り当てることで受けられる能力。
スキルがある星もあり、ユーザーの間では「星座」や「星座スキル」という呼ばれ方のほうが一般的。
星座スキルは各スキルにアサイン(セット)することで使用可能であり、エナジーなどの消費もなく、マスタリーのスキル同様ビルドの中核を担う存在となる。
スキルの種類は追加火力、耐性デバフ、被打時発動バフ、ヘルス減少時発動バリアなど多種多様に渡り、似たようなビルドでも星座の取り方で大いに差が出ることもあるほど。
Tier1~Tir3までのランクに分かれており、特にTier3には強力な星座が揃っていて取得目標とされることが多い。
ただし取得の仕方に若干の癖があり、仕様を理解すると初心者脱出の第一歩とも言える。