メルメの店で目的の魔草を手に入れた扇舟は、そのまま店の奥の作業スペースを貸してもらって魔草を調合。礼を述べて店を出た後、適当に昼食を取ってから美琴のラボへと来ていた。
数日前に特注でオーダーメイドしていた戦闘用の義手が完成したという連絡は受けていた。味龍が定休日のこの日に元々受け取る予定だったのだ。
タバサがいなくて寂しいのは事実だが、この日に限ってはその方が都合としては良かった。
午前のうちにメルメの店を訪れて魔草を調達し、毒を生成しておく。そして、美琴から義手を受け取り、オーダーメイドで要求した機能をチェックする。そのために魔草、ひいてはそこから作り出される毒が必要だったのだ。
扇舟が望んだのは擬似的な毒手――つまり、毒の容器を義手内部へと装填して指先へと送り出す機能である。
メルメの店で述べた通り、扇舟にとっては忌むべき知識と力。だが、戦うために彼女はそれにすがった。
「かつて血に染まったこの手をまた汚すことぐらい、なんてことはないわ」
扇舟がタバサと共に肩を並べて戦いたいと願った時に言ったその言葉に嘘偽りはない。再び外道へと落ちかねなくても、自身の願いを叶えるための力となるのであれば、再び己の手を毒手紛いにすることも覚悟の上だった。
「美琴? 入るわよ」
鍵が開いていれば入っていい。もうそういうものだとわかっていた扇舟は薄暗いラボを歩き、美琴が研究しているスペースまで足を進める。
そして、そこでテーブルの上に置いてある一組の義手が目に入った。
「悪いけど、もうちょっと待って。今いいところなのよ」
美琴は振り返りもせずに何やら作業をしている。どうせイーサー絡みの何かだとは容易に予想がつく。聞いても無駄だろうし、作業もやめないだろうと、扇舟はテーブルの上の、やがて自分の手になると思われる義手を眺めることにした。
「これ……私の義手よね?」
「ええ、そう。でもまだ触らないで見るだけにしておいて。あなたの声紋やら生体やらの登録作業があるから」
黒鉄色に輝く一対の義手。右手と左手が並んでいるが、右手の方がひと回り大きいようにも見える。特に手の甲の部分はやや盛り上がっているのが目に見えてわかるほどだ。
一方で左手は今の日常用のものと大差ないようである。
「もうちょっとやりたいけど……。しょうがない、ここまでにしておくか。……はい、おまたせ。じゃあ説明に入るわね」
扇舟をしばらく待たせた後、あくまで自分のペースで美琴は説明を始めた。
「まず要望の確認から。戦闘用の機能として爪の部分は伸縮可能で刃になる。手の甲の部分に毒の容器を装填することで爪に毒が塗布され、擬似的な毒手となる。爪と毒の利用、あなたからの要望はこれで合ってるわね?」
「ええ。合ってるわ」
「それらの機能を右手
だからサイズが違うのか、と納得した扇舟だったが、次に当然の疑問に思い当たった。
「ちょっと待って。どうして右手だけなの? 私はどちらかだけにしろとは一言も……」
「でも両方にしろ、とも言わなかった。……まあ揚げ足取りの論議は置いておくとして、理由は2つある。1つは予算よ。今回、私とあなたの関係ということで優待価格に加えて、間接的にタバサを紹介してくれて細胞を入手できたから提示された価格で請け負ったけど、やはり両手に希望された機能をつけつつ強度も保とうとすると予算的に厳しいものがあった。だから、強度の保持を最優先にした結果、右手だけに機能をつけることにしたの」
予算の話をされるとどうしようもない。美琴は「本来の相場で考えると、この価格にあと50%上乗せが適正」と言いつつも受けてくれたのだ。
「もう1つは、日常用と戦闘用を分けたいというあなたからの要望とすり合わせた結果。いくら制御されている前提とは言え、毒手まがいの義手を付けた状態で、飲食物を扱う今の味龍の仕事を続ける訳にはいかない。そんな理由だったわよね?」
「そうね。だからあくまで戦闘のときだけ戦闘用義手に付け替える。そのつもりだったけれど……」
「それだと不意の戦闘の際に両手分付け替える時間がかかって不利になるし、常に義手を両方持ち歩くにしても結構嵩張って荷物になる。……そこで」
とん、と美琴は現在の扇舟の義手と同じ標準サイズの左手に指を当てた。
「この左手を戦闘と日常の兼用にすることを考えたの。それなら特殊機能をオミットすることで予算が削れ、咄嗟の戦闘で右手が日常用のままでも左手を軸に戦うことが可能になり、持ち運ぶのも右手だけでいい。右手だけならハンドバッグとか、なんなら懐に入れての持ち歩きもできるでしょ? そしてなにより、こっちの手は毒を扱うわけじゃないから、これならつけたまま今の仕事をしても問題はないはず。そう考えたの」
理にかなっている、と扇舟は無言で説明を聞きながら考えていた。
毒を扱わないのであれば、今言われた通り戦闘用と日常用を分ける必要もない。元々扇舟の精神的な嫌悪感が大きいことが原因なのだ、確かに問題ないと言える。
「でもその左手、特殊機能を削ったのよね? 兼用って言ったけど、戦闘に耐えられるの?」
「使った素材は右手と一緒だから耐久力は十分よ。むしろ機能を付けてない分、耐久性だけを追求できたと言ってもいい。日常モードにすれば出力に制限がかかって間違えて物を握りつぶすなんて心配も無し。勿論、戦闘モードにすれば右手同様に強力な握力をはじめとして機械仕掛けの恩恵を得られるわ。……これが私の考えなんだけれど、どう?」
さすが性格をさておけばヨミハラ一と名高い魔科医だ、と扇舟は感心していた。
確かに想像していた義手とは少し違っていたが、コストと実用性の問題を見事にクリアしている。この時点では文句のつけようがない。
「左手についてはよくわかった。あとは……。実際に付けてみてどうかってところね。特に右手の特殊機能が正しく動くかが気がかりだわ」
「じゃあ早速テストといきましょうか。……まあ安心していいわよ。この私の謹製ですから。失敗はないわ」
勿論美琴のことを信用してはいる。が、こうも自信満々に言われると逆に不安になるというものだ。そんな心配を極力考えないようにしつつ、扇舟は義手を外して実際のテストに取り掛かるのだった。
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一方、タバサはミニナーサラを連れた亜希と本体のナーサラと共にまえさき市を経由して五車へとやってきていた。
およそ数ヶ月ぶりとなった、タバサにとっての五車への訪問。相変わらずの自然に囲まれた街は、ヨミハラという自然とは無縁の地下都市とは全く違うものだった。
それは亜希にとっても同じなのかもしれない。大きく息を吸い込み、感慨深けに口を開いた。
「うーん、ずっと地下にいるとたまにはこういう自然もいいなって思っちゃうな。……ってか、私が最後にここに来たのいつだったかな」
「……亜希って対魔忍でしょ? アサギに定期的に報告に戻ったりとかしなくていいの?」
「あー、緊急で呼び出されたりしないと戻らないかな。定期連絡とかの方は静流さんが苦労しながら担当してるし。今回みたいな特殊な状況とか、あと年末年始に小太郎の顔を見に一応戻ったりはする感じ」
フリーみたいなもの、と以前言っていた気がしたが、本当に自由だとタバサは思う。もっとも、自由度で言えば一緒に来たもう1人の方がより上かもしれない。
「亜希の故郷、自然たくさん。山で虫、川でお魚、探したい」
「あー……ナーサラちゃんにそう言われると断るのが心苦しいんだけど……。あくまで今回は小太郎からの呼び出しが最優先だからなあ……。あと、季節を考えると虫はあんまりいないかも。ってか、ナーサラちゃん寒くない? もう11月だけど、その格好で大丈夫? 私が人肌で温めてあげようか?」
ナーサラは普段ヨミハラを散歩している時と同じ、白のワンピース姿だ。冬に入りかけのこの季節には不釣り合いな衣装とも言える。
とはいえ、言ってる亜希も亜希でかなり肌を露出させている対魔忍スーツだったりするのだが。
「平気。ナーサラ、気温はあまり気にしない」
「……変わってる」
「いや、それを言うタバサちゃんも大概だよ?」
「そういう亜希も人のことを言えない」
漫才のようなやり取りをしているうちに、目的地であるふうま本家へと段々と近づいていく。が、そこでふとタバサが足を止めた。
「ん? タバサちゃん、どうかした?」
「……2人は先に行って、ふうまに私はちょっと遅れるって言っておいて。稲毛屋に寄ってから行く」
「え!? アイスなら私たちも一緒に食べに行くよ!」
「違う。アイスはふうまの用事が終わってから皆で行こうと思ってた。ただ持ち帰る方は時間がかかるらしいから、早めに言っておいたほうがいいなって」
そう言いつつ、タバサは肩に下げたクーラーボックスを小さく揺らした。
「ああ、そういうことか。確かにそれはその方がいいかもね。じゃあ私とナーサラちゃんは先に行って、小太郎から話を聞いておこうか。稲毛屋の場所は大丈夫?」
「ん。ここにはしばらく住んでたし」
じゃあ後で、とタバサは2人と一旦別れ、稲毛屋の方へと歩き出した。
勿論、タバサが言ったことに偽りはない。が、それが全てかと聞かれれば、そうではなかった。
(……ふうまの家の前から殺気がダダ漏れなんだよなあ。思い当たる節はあるからまあしょうがない)
やれやれとため息をこぼしつつ、タバサは稲毛屋へと向かった。
稲毛屋の軒先には長椅子があり、憩いの場としても知られている。タバサも初めてアイスを食べた時はそこでだったが、主に五車学園の生徒がいてアイスや駄菓子を食べていることもある。
しかし今日は誰もいないようだった。その方が都合がいいと、タバサは店内へ入っていく。
「おばあちゃん、いる?」
店の奥、
やはり隠された実力を読み取れず、タバサとしては自分との実力差を痛感せざるを得なかった。
「うん? おや、タバサかい。久しぶりだね。ヨミハラに行ってたんじゃなかったのかい?」
「なんかふうまがまた厄介事を抱えたらしいから呼び出された。だったら扇舟にアイスを持って帰ろうと思って、これ持ってきた」
ゴトン、と持ってきたクーラーボックスを地面に置く。
「ワッフルコーンを焼くのは少々手間なんだけどね……」
「下の部分? いつものもいいけど、あっちの方がおいしかったよ。お店でも出せばいいのにって思った」
「ほほう、そんなにかい。……そこまでいうなら追加料金で選べるようにしてみようかね」
商人としての魂に火が着いたのか、夏は小さく笑った。
「まあそれはそれとして。アイスなら作っておくよ。いつ帰るんだい?」
「わからない。ふうまの厄介事が早く片付けば今日中だけど、場合によっては明日までいるかも」
「そういうのが1番困るんだけどね……。早めに作って冷凍しておくとするか。……で、コーンは好評だったようだけど、この間持って帰ったアイス自体はどうだったい?」
「冷凍したせいか食感は少し違ったけど、味はここで食べるのと一緒でおいしかった。扇舟も喜んでたよ。……あ、そうだ。扇舟から手紙預かってきたから。なんかおばあちゃんにすごく感謝してた」
タバサが扇舟から預かってきたという手紙を夏へと手渡す。それを受け取りつつ、年相応のしわくちゃな笑顔が夏の顔に浮かんだ。
「……感謝、ねえ。あの子は不器用で、その上環境も悪かった。だからあんなことになっちまった。私が手紙に書いたことなんて当然のことばかりだっただろうに」
「あの手紙もきっかけになったのかな。扇舟、吹っ切れたみたいだよ。なんか私が戦ってるのに待ってるだけなのは嫌だから、友人として私と一緒に戦いたいんだって。今回は追放された五車だからってことで諦めてたけど、近いうちに多分肩を並べることになると思う」
ほう、と夏が意外そうな声を上げた。
「結局戦いに身を投じるか。でも……やりたいことが見つかったならそれもいいかもしれない。……タバサ、あの子の方が年上ではあるけど、無理はしないようにしてやってほしい」
「それは勿論。私のおかげで命を拾ったらしいけど、だからって私のためにその命を捨てるようなことをされたら……はっきり言って気分悪いし」
今度は夏は満足そうに頷いていた。
「……やっぱりお前さんはいい子だね。あの子のこと、頼むよ。アイスは用意しておくから、ふうまの坊っちゃんの厄介事を解決してきな」
「あー……。うん、そうなんだけど……。ふうまの家にちょっと行きにくいんだよなあ……」
「なんだい、ケンカでもしたかい?」
「ふうまとちょっとね。でもふうま本人とは少し気まずいかな、って程度なんだけど……。どうやらふうまは私と揉めたことを鶴に言って、それが彼女の気に障ったみたい。ふうま家の前から私に対する剣呑な空気が漂ってるのが、結構離れた距離からも伝わってくる」
やれやれ、と言った様子でタバサと夏のため息が重なった。
「アイスのこともあるだろうけど、それもあってうちに先に来た、ってわけか。……あの娘はわからず屋で盲目的なところがあるからねえ。以前、『ふうまの坊っちゃん』、って言っただけで噛みつかれたよ。ありゃ狂犬だ」
「同感。私のことを狂犬って言ったやつがいたけど、私は噛みつく相手は見極めてるつもり。……でもあの番犬をどうにかしないとふうまに会えないし。気が重いけどそろそろ行くね」
「ああ。まあ頑張るんだね。アイスは作っておくよ」
軽く顎を引き右手を上げて感謝の意思を示しつつ、タバサは稲毛屋から外に出る。
やはりふうまの屋敷の方からは殺気がひしひしと伝わってきていた。
(ほんとめんどくさいなあ……。私は別にそんなに鶴のこと嫌いじゃないんだけど。でも……ずっとそんな殺気飛ばしてケンカ売ってる方が悪いか。どうせ口で言っても効果ないだろうし、実力行使で無理矢理黙らせよう)
タバサ当人は狂犬ではないと言い張っているが、十分に暴力的な思考である。だが、タバサにとってはケアンで当たり前の答えの出し方でもあった。
屋敷が近づいてくる。それと同時に殺気もより深く、濃くなっていく。
やはり、家の前には鶴が立っていた。放つ気配とは真逆の、優雅な動作でスカートの裾をつまみつつ軽く頭を下げる。
「お待ちしておりました、タバサさん。……さて、いらして早々申し訳ないのですが、お尋ねしたいことがございます。何やら、ご主人様と口論になったと耳にしたのですが、それは本当でしょうか?」
「口論とまではいっていない。ただ意見がぶつかっただけ。その件については私が妥協というか、ふうまの主張を全面的に飲むことでもう終わった話」
「ご主人様の主張が通るのは当然の話です。なので、そこは気にしておりません。私が不満なのは、あなたがご主人様に意見した、という点です」
「それすら許されないって言うなら、誰がふうまに助言するの? それこそ私があの場で言ったことそのものだよ。……あなたを含めて、周囲の人間がふうまに対して苦言を呈せない状況にあるのはよろしくないんじゃないかってね」
完全に火に油を注ぐ発言だが、これだけ真正面から執拗に敵意をぶつけられて黙って受け流せるほど、タバサは温厚な人間ではなかった。少なくともケアンならば、問答より早く斬りかかっていただろう。これでも彼女からすれば我慢したほうなのである。
だが、そんなタバサのことなど知らない鶴は顔を引きつらせるしかなかった。据わった目でタバサをにらみつける。
「……ご主人様に意見するなど恐れ多いことです。あなたもご主人様のご厚意でここに居候させていただいた身、そのような口を利ける立場でしょうか?」
「立場だ何だは関係ない。確かに骸佐の件は指摘すればふうまに嫌な思いをさせる形になるし、当人が自分でなんとかしなくちゃいけないと言っている以上、余計なことを言うべきじゃないってのはわかる。でもそうやって遠慮した結果、ふうまもそれに甘えて問題を先送りにしてるんじゃないかとも思えてくる。……ふうまはふうま家当主としての器を持っているとも思うけど、周囲が何から何まで全部正しいって盲信しすぎるのもどうかと思うよ」
「あなたがふうま家のことを語るなど片腹痛いですね。少しの間居候していただけの部外者だと言うのに」
「部外者だからこそ客観的に見える部分もある。少なくとも今の鶴よりは視野は広い」
もはやタバサも鶴も敵意を隠していない。完全に一触即発の状態。
「それは私に対する宣戦布告と取ってよろしいでしょうか?」
「ケンカを売ってるのはそっちでしょ。ずっと私に対して殺気と敵意を向け続けてさ。……私は鶴のことはそんなに嫌いじゃない。以前居候させてもらってた時、作ってくれた料理やお菓子はおいしかったし。でも、やるっていうならいいよ、望み通りにしてやる」
タバサがインベントリから
一方で鶴もサイボーグの両腕を剣状に変化させていた。“
「そうですか。ではご覚悟を。手加減はできかねますので……」
「そのまま返す。……その手足なら斬り飛ばしてもまた作れそうだから遠慮はいらないな」
装備されたタバサの仮面越しに視線が交錯、直後に地を蹴る。
共に狂犬と呼ばれたことのある者同士、煽られたらそのまま殴りかかる者同士が衝突した。
なんかこっそりとGrim Dawnのバージョンが1.1.9.8にアップされました。某ハクスラゲー発売に対抗したのかな?
目玉になるような変化はあまりないようですが、細かく手が入ったようで、元にしたビルドのヘルスが2000弱ほど強化されてました。それでもSR75-76回ってみたらいつも通りアルケインのバフ消しで即死したりヒーローパック相手に綱渡りギリギリで気を使いながらクリアしたって感じなので強化された感ほぼ無いです……。
あとユゴールの星座スキルの持続時間が延びたらしいですよ。相変わらず地味エフェクトで発動してるか全然わからんけどな!
個人的には真面目な見張りの冷気耐性がカオス耐性に変わったのが嬉しかったり。船乗りの指針と一緒に取ると冷気だけ跳ね上がっちゃうなーっていつも思ってたんですよね。その指針も実質火炎耐性追加のエレメンタル耐性になってて地味に嬉しい。
なんかまだアプデ予定あるらしいんで、今後も「あーここ変わったのかー」みたいな感じで楽しめるといいなと思います。ってかアーリーからそろそろ10年になるのにいつまでアプデするんだこのゲーム……。