巨大ロボットの手に乗っての遊覧飛行は、それほど長い時間ではなかった。
五車の中にある、遮蔽物が無い平原。小太郎はそこをケートスを狩る場としたらしい。
ゼクスが着陸して手の上でワイワイ騒いでいた面々が地面に降り立った頃、単独で飛んできたラティクールがケートスを呼び寄せる餌を空へと撒き始めていた。
宙返りをしたかと思えばジグザグに飛んでみたり、その後今度は唐突に螺旋を描く。
あの動きに意味があるのかその場のほぼ全員が疑問に思っただろう。代表する形でゆきかぜが小太郎に尋ねると、次元や条件によってケートスを呼び出す条件が異なるために散布の仕方が違う、とのことだった。ただ。一族の秘伝ということで詳しくは教えてもらえなかったそうだ。
「餌を仕掛け終えた。あとはケートスが来るのを待つ。ただ、今回は人工餌だからやや不安はあるが」
しばらくするとラティクールが地面へと降り立ってそう言った。
それから小太郎は全員に今回の作戦を改めて確認し始めた。
まずは空を飛んでいるケートスへと攻撃を仕掛けて、頃合いを見計らってマヤがゼクスでケートスを地面へと押し付ける。次に次元間のワープができないよう、理論は不明だが効果は間違いないナーサラの特殊フィールドによって別次元への逃亡を防ぐ。後は集中攻撃で一気に撃破、という実にシンプルな流れだ。
これから戦闘が始まるとあって、皆緊張感をもったまま待機状態へ移る。が、それに反して小一時間ほど経過しても何も変化は表れなかった。
「……何かが来る気配はまったく無いけど」
万全を期し、既にフル装備のタバサが仮面越しにポツリと呟く。その声が聞こえたのだろう、空を見上げているラティクールが答えた。
「人工餌とはいえ、大量に撒いたんだ。今日中には現れるだろう」
「……まあ釣りみたいなもんだしな。ずっと気を張っていざという時に疲れてては元も子もない。異変があるまでは皆適当にリラックスして過ごそう」
指揮官である小太郎の提案でフッと弛緩した空気が流れる。タバサも武器をしまい、頭防具は脱ぐことにした。
「よろしければお茶などいかがでしょう? 手作りのお菓子もございます」
「本当か? 鶴、いつの間にそんな準備を……」
「メイドの嗜みですので」
鶴はシートを広げ、お茶の準備をし始めた。手作り、といったものであろう。スコーンもそこに並ぶ。
「マヤ様もどうですか? ずっとゼクスの中では疲れるでしょうし。お口に合うかはわかりませんがこの世界の紅茶やお菓子がありますよ」
ゼクスとの連絡用の無線に小太郎が声をかけると、明るい返事が返ってきた。
『ありがとうございます。ではお言葉に甘えて』
「ラティクール、お前もどうだ?」
「不要だ」
マヤがウキウキした様子でゼクスのコックピットから出てきた一方、ラティクールは変わらず餌を撒いた空を見上げたままである。
「もう! これから一緒に戦うんだから親睦を深めるとかあるでしょ!」
この世界の文化的にもっとも近い異世界人の咲がラティクールを無理矢理にでも輪に加えようとした。……のだが。
「嫌がってるのを無理にってのはあまり良くないと思う。特にそいつは異種族なんだから、こっちの文化を押し付けるだけになりかねない」
そう言ったのは、これまた異世界人のタバサだった。それから立ったままスコーンをひとつつまむ。
「同じ異世界人でもそこの人間は話がわかるな」
「元の世界に似た感じの友達がいたからね。……それに私自身、不必要に群れたくないって思うときもあるし」
言いつつスコーンを食べ終え、タバサはひとつ頷いた。
「ん、やっぱりおいしい。……さっきも言ったけど、私は鶴のこと嫌いじゃないよ。こうやっておいしい料理作ってくれるし」
「一応礼は言っておきます。ですが、その程度で私のあなたに対する評価は変わりません」
「そ。まあいいけど」
そう言うとタバサは腰を降ろさずに輪から抜けようとした。
「えっと、タバサさん……でしたっけ。まだきちんと話したこともありませんでしたし、よろしければあなたの世界のお話も伺ってみたいと思ったのですが……」
それを止めたのはマヤだった。まっすぐにタバサを見つめ、タバサもその目を見つめる。
しばらく視線が交錯した後、ため息とともにタバサが先に視線を外していた。
「……私の世界のことはふうまからでも聞いて。ろくな世界じゃないから、聞いても面白いことは何もないと思うけど」
結局タバサはその輪の中に入らず、かといってラティクールの側に寄るわけでもなく。輪から離れた草むらに腰掛け、ぼんやりと空を眺めていた。
「あの……もしかして私、何か失礼なことを聞いてしまったんでしょうか……?」
「タバサはちょっと気難しいところがある奴ですし、それにあいつの世界はかなり散々なんで言いたくなかったってのはあるかもしれないですね」
「気になるようでしたら、私がフォローしてきましょう」
マヤ、小太郎、ライブラリーのそんな会話がかすかにタバサの耳に入ってくる。別に放っておいてくれてもいいのに、と思ったタバサだったが、やはりさっきの言葉通りライブラリーが近づいてきたようだった。
「君にしては珍しい。敵意を放つ相手から距離を取ることはあるが、姫様はそんな気配は微塵も見せてはいない様子だった。なのにどうしたんだい?」
予想通りやはりライブラリーだった。その手にはトレイが乗せられており、2人分の紅茶とスコーン、それからジャムが用意されている。
「……別に。ただ、なんか話しにくいな、って思っただけ」
「ふむ……」
ライブラリーも座り込んで地面の上にトレイを置くと、タバサはスコーンにジャムを付けて口の中へ放り込んだ。ライブラリーもそれを口に運ぶ。
「鶴のこのスコーンは妻の味を思い出す。一緒に紅茶も飲むといい」
「紅茶もおいしいとは思うけど、炭酸の方が良かった」
「炭酸はもっとジャンクなものを食べる時の方が合うと思うのだが……。ヨミハラでの生活ですっかりこの世界の食べ物の味に馴染んだようだな」
「食べ物がおいしすぎて元の世界に帰ったらどうしようかって思う程度にはね」
タバサジョークが飛んでくる。ということは不機嫌なわけではない。ではなぜマヤを避けたのだろうか。ライブラリーがそんなことを考えていると。
「……マヤだっけ。あの人だけは明らかに異質だから、どう話したらいいかわからなくなった」
「異質? ラティクールではなく?」
「あれは人間じゃないから外見こそ違うものの、中身はなんとなく理解できる。でもマヤだけはなんというか……。私が接したことのないタイプの人間だからかな。うまく説明できないけど、話し方がわからない」
「……そうか」
マヤは元の世界では箱入り娘の姫君、ということだった。つまり生まれながらにしての貴族、現代社会ではあまり縁のない身分の話である。
タバサのいた世界では貴族制度はあったのかもしれないが、人類滅亡の危機に瀕したとあれば身分がどうこういっている場合でもないのだろう。他の者たちとの1番の違いはそこかもしれない。
「あ、この話で説明できるかな。ちょっと長くなるけど」
「是非聞かせてほしい」
「……道を歩いていると、跪く女の頭に銃を突きつける男がいた。男はこの女の頭が吹っ飛ぶところを見たくなければ鉄片……お金のほうがわかりやすいか。とにかくそれを出せと言っている。額は大体味龍で5回ほどご飯が食べられるぐらい。どうする?」
味龍の食事代の相場はわからないが、大衆食堂と考えれば要求しているのは大金ではないだろう、とライブラリーは推測した。脅迫に屈する形にはなるものの、支払うにしても懐的にはさほど痛くない。何より、下手に血を流す必要もない。そう考えをまとめ、ライブラリーは口を開く。
「その程度の金額なら渡すから女性を解放するように要求する」
「……いい人だね、ライブラリー。まあいいや、続き。男が金を受け取ったのを見た女は感謝の言葉を述べて、
要は狂言だったということか、とライブラリーが小さく唸る。考えている間にタバサが紅茶を口に運び、「やっぱ炭酸には敵わないな」とポツリと呟いてカップを置いたのを見てから答えた。
「無理に取り返すほどの金額でもない。が、そんなことをしていればその2人はいずれは破滅を呼び込みかねない。一言忠告ぐらいはしておくかな」
「……なるほど」
「それで、今の質問とタバサがお姫様相手に話しにくかったという件、どう繋がる?」
「今の話において、まず男の方に対して私が考えられる選択肢は2つ。金を渡すか、殺すか」
それ以外にも説得するなり無力化させようとするなりあるだろうとツッコミ入れたかったが、ライブラリーはどうにか我慢した。「それで?」とその先を促す。
「次に騙してきた女の方に対しての選択肢も2つ。見逃すか、殺すか」
「……タバサ。君は少し考え方が極端だし、何より物騒過ぎる」
「敵意を持って接してきた見ず知らずの相手を生かしておいても基本的にいいことはない。ケアンじゃこの対応で丁度いいぐらいだよ。それに心が苛立つせいで色々考えることもできないし。……まあいいや、それは置いておいてマヤとの話に繋げる。これは私がマヤを見て想像したことだけど、おそらくあの人はどちらも前者の平和的解決を選択しつつも、さらにそれ以上のことをやるように思えた」
今ひとつ話が見えない。反射的に「それ以上というと?」とライブラリーは口にしていた。
「どう言ったらいいのかな……。さっきライブラリーは忠告するって言ったけど、それ以上のこと。具体的なことは私にはわからないというか、思いつかないというか……」
「例えば今後こんなことをしなくていいようにと要求された以上のお金を渡したり、働き口を斡旋したり、そういうことかな?」
「あ、うん、そうそう。そんな感じ。私は見ず知らずの相手にそこまでしようって考えにすら至らない。でもマヤならそういったことをやりかねない。私と根本的に違う人間、そう感じた」
ようやく、ライブラリーはタバサが言った「異質」という意味が少しわかったような気がしていた。
片や化け物の侵略によって人類滅亡の危機に瀕した終末世界で、生きるために敵を殺し続けた少女。
片や文明の発展によって人類が宇宙へと進出した超未来世界で、姫君として後に為政者となる少女。
文明レベルも境遇も決定的に異なる2人。おそらくタバサにとっては出会ったことがない人物。ケアンではもちろんのこととして、その世界ほどでないほどにせよ歪であることに変わりはないこの世界においても、そこまでの高貴な人物というのは見つけ出すのが難しいともいえる。
「……そうか、ノブレス・オブリージュか」
「ノブレ……何それ?」
タバサは言葉の意味はわからないようだった。が、言葉はわからなくても大まかな意味は本能的に理解しているとライブラリーは予想する。そうでなければ「それ以上のこと」という考えに至らなかっただろう。
「直接の意味合いとしては『高貴な者の義務』。姫という身分ならば何かと特権も多い。が、その地位には責任が伴う。よって庶民を良き方向へと導かなくてはならない。この世界の中世……それこそ、タバサが来たような世界の文明ぐらいの時に生まれた言葉だ」
「じゃあケアンでもあるにはあったのかな。まあ“私”という存在はグリムドーンの後に生まれてるからわからないけど。……とにかく話をまとめると、マヤからはそのノブレス・オブリージュ……だっけ、それを感じて私と別な人間って思うから話しにくいのかもしれない」
「……要は相手の高貴さに気後れしてしまっている。そういうことかな?」
ぐいっと首を動かしてタバサが真正面からライブラリーを見つめた。無表情に見えるその顔にどこか不快感が浮かんでいるように思える。
「気後れ、って表現は聞いててあまり良い気分じゃない」
「図星を刺された、ということだな」
「娘と一緒でそういうところはムカつくな。……まあとにかく、気後れしてるとは思いたくないけど、マヤは私と根本的に別人種だから話しにくいってこと。見ず知らずの人に優しく、なんて到底無理だし」
「だが知っている相手にはそんなことはないのでは? 現に、今話題に上がった私の娘への最後の一撃、あれは私が止めに入らなくても止まっていただろう。鶴との仲が良好とはいい難いが、止めた辺りそこは君の優しさかと思ったが」
はぁ、とタバサがひとつため息をこぼした。
「気づかれてたか。確かに私は
「憐れみ……?」
「殺意はともかくとして、鶴の私に対する敵意と戦意は本物だった。最後の一撃を打ち込むチャンスのきっかけになった
ああ、そうかとライブラリーはひとり納得していた。
かつて鶴は殺人鬼に囚われて四肢を切り落とされている。
普段は気丈に、そんな過去をまるで感じさせないように振る舞っているが、そのトラウマは容易には消えないだろう。たとえ本物の脚とは違う義足だと頭ではわかっていても、また脚を失うとなればその恐怖が心をよぎってもおかしくはない。
「確かに……それは憐れみかもしれないな。しかし、憐れみと優しさは思いやりという点で共通しているとも言える。相手は立派だ、自分はそうじゃない。そんな風に気後れする必要は……」
「だから、気後れって言い方は気に入らないって言ってるんだけど。……まあいいや。要は私がマヤ相手に変に意識し過ぎだって話でしょ? 普通に話すように努力してみる」
「……それがいいかもしれないな。異世界漂流という出来事を経験して、今の彼女は我々庶民と近い目線で物事を見ようとしているようにも思える。元の世界に戻ることができれば、将来的に彼女のためになることだろう」
ひとまず、タバサとマヤの件はこれで大丈夫だろう。そう思ってライブラリーが立ち上がる。
「タバサの心の整理がついたようだし、私はそろそろあちらに戻るとしよう」
「ん、わかった。……すぐにマヤと話すのは難しいかもしれないから時間が欲しい。この後のケートス狩りで共闘すれば、相手も同じ人間だって再認識できるってこともありうるし」
「確かに。戦いに身を置き続けた君としては、下手な言葉よりもその方が通じ合える部分があるかもしれないな」
そう言ってその場を去ろうとしたライブラリーだったが、ふと何かに思い当たったように足を止めた。
「……そういえばタバサ、ひとつだけ聞きたいことがあった」
「何?」
「さっきの道端の男と女の話。最初は例え話かと思ったが……。あれはもしかしたら、君が元の世界で体験したことだったりするのかな?」
「そうだよ」
「やはり、か。それで、君はどういう選択をしたんだ?」
「決まってるでしょ。私が路上で偶然出会った者のことを気にかけると思う?」
さも当然のようにタバサはそう言った。だからこそ、マヤのことを異質と感じたのだろう。
「……君の世界でのことだ。私はとやかくは言わない。とにかく、この後ケートス狩りだ。コンディションは整えておくように」
本当は何か言いたかったであろう言葉を飲み込んでライブラリーが去っていく。内面を読み解き、何が言いたかったかをタバサはうっすらと感じ取っていた。
(……まあ今この世界で同じ状況になったら血を流さず、相手の要求を飲むこともない解決ができるかもしれないけどさ。当時の私に、しかもケアンでそれをやれ、って言うのは無理な話だよ)
だからタバサは仕方のないことと割り切っている。悪夢としても見たマルマスでの件は彼女なりの後悔はあるが、この件に関しては一切ない。そういうドライな割り切り方もまた、タバサの特徴と言えた。
とりあえず、今さっきライブラリーに言われたようにコンディションだけは整えておこうとタバサは考えた。空を見上げ、大きくため息をこぼす。
もう少しスコーンを食べたい衝動にも駆られたが、ライブラリーが持ってきた分はなんだかんだで喋りながら食べてもう無くなった。向こうの輪の中に入るのはまだ抵抗がある。と、いうより、ナーサラがかなりの勢いで食べているので向こうも無くなっている可能性もある。
(いいや。もうしばらく待ってみよう)
そんな風にタバサが考えた、その時。
彼女の直感が戦闘の気配を感じ取った。
立ち上がりつつ
「来るぞ! ケートスだ!」
ラティクールの声が響いたのは、タバサの準備が終わるのとほぼ同時だった。
空が割れて歪む。その隙間から巨大なクジラ――魔獣ケートスが現れた。
「え……」
その大きさに思わずタバサは言葉を失う。
ついさっき移動の時に乗せてもらったゼクスは全長約18メートル。それでさえタバサからすれば見たことのない巨大な存在だったと言うのに、目の前のクジラはそれよりも二回りほど巨大なようにさえ見えたからだった。
「……でかいだけであることを祈ろう。ケアンの敵にもそんなのはいたし」
自分に言い聞かせるようにそう呟き、戦闘準備に入った小太郎たちの元へとタバサは駆け出していた。
跪く女の頭に銃を突きつける男
Grim Dawnのミニイベント。イーサークリスタルをぶっ刺した狂人のダリウス・クロンリーに対して「そうかもな、死ね!」をした後、彼のアジトの洞窟を抜けてしばらく進んだ道の先で発生する。
強制でもなんでも無く、話しかけなければイベントが起こらず、また話しかけたとしても仕切り直しの選択肢がある上に離れれば会話自体をキャンセルできる。
内容は本編中にある通り、「鉄片(要するに金)をよこさないとこの女の頭を吹っ飛ばす」というもの。
わずかばかりの鉄片を男に渡してから女に話しかけると狂言であることを自白し、「ちょっと申し訳ない気分になっちゃった」みたいなセリフを発する。
それでもなお許す選択肢を選んだ場合、最初にお世話になるコミュニティのデビルズクロッシングへリフトでワープさせて上げることも出来る。
ただし、話を聞くのは乗っ取られなので、男と話した時点で4つある選択肢のうちの2つが(攻撃)である(残りは鉄片を渡す、と仕切り直しの選択肢)。
(攻撃)の2つはそれぞれ「構わんさ!」と「まるで私が路上で偶然会った者のことを、気に掛けるみたいなことを言うじゃないか。死ね!」。本編中のタバサのセリフはこれの2つ目にちなんだ形になっている。
また、女に話しかけた時もご丁寧に騙したことにキレて(攻撃)する選択肢が用意されている。乗っ取られ凶暴過ぎるよ……。
ちなみに、この2人が三文芝居を打っている場所は蜂の巣の近くであり、場合によっては会話中に蜂にターゲッティングされて襲われることもある。
(攻撃)を選択するまではこの2人は戦闘NPC扱いにならないので蜂から攻撃されることはないが、やる場所をもう少し考えたほうがいいのではとツッコミを入れたくなる。