“乗っ取られ”の少女、対魔忍世界に迷い込む   作:天木武

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Act68 私だって全く普通ってものはわかる

 ケートスの討伐に成功し、五車ではふうま邸で打ち上げとして食事会が行われていた頃。

 ヨミハラでは、扇舟が宿泊所の自室で戦闘用義手の感触を改めて確認し、それを終えて日常用義手に付け替えたところだった。立ち上がると上着を羽織り、その懐へ今外した義手を忍ばせる。そのまま部屋を後にした。

 

 行先はこの建物の1階、つまり静流が店長を務めるバーである。

 この時間になってもタバサが帰ってこないということは、用事が長引いて向こうで一泊する形になったのであろう。静流なら五車から連絡を受けている可能性があるためにそのことの確認と、ついでに一杯引っ掛けつつお腹を満たし、そしてアサギへの伝言を頼むためであった。

 

 地下にあるために朝も夜も関係なさそうなヨミハラだが、店の営業時間は地上同様に決められているところが多い。静流の店も夕方からの営業であり、まだ飲むには少し早い時間ということもあってか、店内にはやや空席も目立っていた。

 それでも気の早いヨミハラの住人たちは既にアルコールが入っている者もおり、話し声や笑い声も聞こえてくる。

 

「いらっしゃい。……あら、扇舟さんひとり? 珍しいわね」

 

 と、店長の静流が店内に入ってきた扇舟に気づいたようで声をかけてきた。

 

「ええ。タバサちゃんは亜希さんとナーサラちゃんと一緒にちょっと五車に行ってて。……あなたなら知ってると思ったけど」

 

 静流の顔に困ったような色が浮かぶ。

 

「私だってヨミハラのことをなんでもかんでも周知してるわけじゃないわ。探偵事務所のことはあそこの主に任せてるし、その中でも特に亜希は自由すぎるから、彼女が主導なら私の預かり知らないことのほうが多いわよ」

「なるほど……」

 

 つまり静流はタバサのことについて連絡を受けているどころか、ヨミハラを離れていたことにすら気づかなかったということになる。1つ目の目的はハズレとなったが、まあ仕方ないかと扇舟は考えを切り替えた。

 

「もしかして今日来たのは、タバサちゃんがまだ帰ってきてないからどうなってるかを聞くため?」

「それもある、って感じかな」

「彼女が五車に行ってたこと自体知らなかったわ。それに、向こうから何も連絡も来てない。……まあ逆に言えば、特に急いで連絡してくるようなことがないというわけでもあるけど。心配なら、聞いててみましょうか?」

「いえ、それならその件に関して()大丈夫。元々明日までかかるかもしれないっては聞いてたし、春桃さんにも明日の仕事に出られるかわからないって前もって伝えてたから」

 

 そこまで話すと扇舟は上着を脱ぎ、カウンター席へと腰掛けた。

 

「タバサちゃんの件はついでというか、なんというか。帰ってこないなら久しぶりに1人だから、ちょっとお酒でも飲もうかと思って。夕食もまだだから、何か作ってもらえたりするかしら?」

 

 つまりは普通に客として来た、ということに静流は気づいた。「ええ、わかったわ」と眼鏡の奥から笑顔を覗かせる。

 

「赤ワインをもらえる? ……できるだけ安いので」

「かしこまりました。じゃあ……食べ物はトマトソースベースのパスタでいいかしら?」

「任せるわ」

 

 静流は早速ワイングラスとボトルを持ってきて注ぐ。それを扇舟が一口呷り、やっぱり缶チューハイとは違うなとグラスを置いた。

 

「さて、と……。さっきタバサちゃんの件はついで、と言ったけど。実はお酒と食事もついで。本当のところは……静流さん、あなたにアサギに報告して欲しいことがあって来たの」

 

 扇舟の表情に硬いものが浮かんでいる。雰囲気から察してもこれから話すことが本命だったか、と静流はワインボトルを置いて扇舟と顔の距離を近づけてから尋ねた。

 

「……何か重要な報告があるのね?」

「ええ」

 

 扇舟は脱いでいた上着の懐から、ついさっき受け取った完成したばかりの戦闘用義手を取り出し、机に置いた。それから不思議そうに数度目を瞬かせた静流へと説明を始める。

 

「これは私の新しい義手……戦闘用の義手よ」

「戦闘用……?」

「アサギに伝言をお願いしたいの。……井河扇舟は戦闘用の義手を作った。勿論対魔忍に歯向かうつもりはない。でもその言葉が信じられない、あるいは将来的に害をなす可能性があると考えたのなら……。私はアサギが下す判断に従う。処断されるのも辞さないつもりよ」

 

 

 

---

 

 ケートス狩りの翌日。昼前にタバサは五車学園を訪れ、図書室へと足を運んでいた。

 勿論紫水と会うためである。バニーの日に共闘して以来の再会に、話は盛り上がった。

 

 特にフュルストとの戦い、それから昨日のケートス狩りの話は大いに紫水の興味を引いたらしい。

 

「……そっか。お館くんはフュルストを倒したんだ」

「あいつのこと知ってるの?」

「まあ……一応。あ、でもさっきの話だと倒したのはタバサか」

「表向きには二車骸佐ってことになってる。……別にそれ自体はどうでもいいんだけど、あいつが大手を振って自分の手柄みたいに言い出したら腹立つな、っては思ってる」

 

 相変わらずのタバサの物言いに紫水は小さく笑ったようだった。

 

「それも驚いたけど、もっと驚いたのはケートスの話かな。30メートルの空飛ぶクジラは……ちょっと想像がつかないや。しかもミサイルに乗って攻撃だとか、お館くんの作戦は予想がつかない」

「ふうまの頭の中がどうなってるのか一度見てみたいよ、ほんと」

「えっちなことしか考えてないかもよ。……異世界の姫様の対魔忍スーツを見て喜んでたんでしょ?」

 

 そういえばそうだった、とタバサが相槌を打つ。

 

「ああいうところはふうまだな、って。でもまあ……それも話題にできたおかげか、苦手かなって思ってたマヤとは戦闘後に普通に喋れたから助けられた部分もある」

「そっか、タバサって内面を読める分、そこで判断しちゃうことが多くなっちゃうのか。……でもお館くんはどこでそんなお姫様と会ったんだろう?」

「一応ふうまから話は聞いたんだけど、どうやって知り合ったかが今ひとつわからないんだよね。仮想空間で起きたことが現実で起きてた……みたいなことを言ってた気がするけど、私にはなんのことかさっぱり」

「結局はお館くんだから、って感じか。お館くんの周りには不思議と色んな人が集まってくるし。異世界人が同時に3人とか普通集まらないよ」

「あ、確かに」

「その3人は今後どうするの? 帰れるの?」

「それなんだけどね……」

 

 ケートスを倒せばマヤと咲とラティクール、元の世界の次元座標がわかっているその3人が帰れるだけのエネルギーを得られる。当初はそういう話だった。

 しかし、ラティクールがケートスの攻撃を受けた際、彼女が所持していた次元移動装置もダメージを負ってしまったのだ。結果、3人ともすぐに元の世界に戻るということは出来なくなってしまったのだ。

 

 昨日のうちに小太郎はその事態を把握し、ケートス討伐の報告と同時にアサギに相談したところ、ひとまず3人は五車で預かるという話になった、と打ち上げの食事会のときに報告していた。

 

「そうなんだ。じゃあ私が3人を見る機会が今後あるかもしれないね。異世界のお姫様とブレインフレーヤーは気になるし」

「咲だけ漏れてるけど、まあ仕方ないか。あの3人の中じゃ1番話しやすい普通の人って感じだったし」

「……タバサって普通って感覚知ってたんだ」

 

 冗談っぽく紫水がそう言ってクスッと笑った。

 

「失礼な。私だって全く普通ってものはわかる。それに、その言い方だと普通じゃない人とばっかり知り合ってるってことになる」

「実際今話してる私は普通じゃないからね」

「……言われるまで忘れてた。そういえばそうだった」

 

 また紫水が小さく笑った。

 

 と、そこでタバサが時計を見上げる。

 

「時間?」

「ん。この後アサギに呼び出されてる。昨日のケートス関連で何かだとは思うけど」

「そっか。あの人が指定してきた時間に遅れるのはまずいもんね」

 

 タバサが立ち上がった。どこか名残惜しそうに、紫水は座ったままタバサを見送る。

 

「じゃあ、また五車に来た時は寄るから」

「ありがとう。待ってるね」

 

 手を振る紫水に対し、軽く右手を上げてタバサが答える。そのまま、タバサは図書室を後にした。

 

 

 

---

 

 紫水との話を終え、タバサは図書室から校長室へと移動してきていた。そういえば五車に来るたびにここに足を運ぶことになっているな、と思いつつ、ノックをして返事を聞いてからドアを開ける。

 

 部屋の中にはアサギと教師の方のさくらと紫が待っていた。が、一様に表情が強張っている。てっきり昨日のケートスか異世界人3人の件で何か、かと思ったが、違うかもしれないとタバサは直感していた。

 

「来たよ。ケートスかあの3人絡みで何かかと思ったけど……。その様子、どうも違うっぽいね」

「ええ。昨日の件は既にふうまくんから報告を受けて彼に言ったとおりよ。あの3人は少し強引だけど転入させることにした。現時点でそれ以上打てる手はないわ。……あなたをここに呼んだのはそれとは全く別な話」

「別っていうとヨミハラでの話? 私は特に何も……。あ、襲われたとはいえ裏切り者の二車の連中を殺してるか。その時に扇舟も1人始末しちゃってるんだけど、もしかしてそれがまずかった?」

 

 アサギの眉がわずかに潜められた。

 

「初めて聞いた報告だけど……。それ自体はさほど問題ではないわ。フュルストの件は、災禍が現場の判断であなたに救援を頼み、結果的に奴がイセリアルの力を使ったことで、あなたがいなかったら全滅もありえたという報告を受けている。それに、二車忍軍に関しては既に五車を離反した身。そのことで責める道理はない。たとえ、扇舟が手を下したとしても、ね」

「じゃあ……」

「でも、その扇舟に関わる話でもある。……昨日、静流から連絡が入ったわ。彼女が戦闘用の義手を作ったそうよ」

「あ、やっと完成したんだ」

 

 軽くそう言ったタバサの言葉に思わず3人が顔を見合わせた。

 

「ちょい待ち! じゃあ何、戦闘用の義手の件は知ってたってこと!?」

 

 教師のさくらの質問に対し、タバサが首を縦に振って肯定する。

 

「ん。扇舟自身、特に隠しておくことじゃないからって味龍の皆には言ってた。その調整があるから、休日の鍛錬に出られなくなることも多くなる、って」

「井河扇舟はアサギ様の温情で五車追放のみで済んだとはいえ、かつては五車に攻め込んだこともある身だ。そんな人間が戦闘用に義手を新調した。その意味がわかっているのか?」

 

 紫が強い口調で問い詰めてくるが、タバサは知らん顔だった。

 

「私から言わせてもらえば、それは扇舟の問題だから私の知ったことじゃない、って感じ。でも扇舟もそんなことをしたら五車からあまり良くない目で見られるってことはわかってたんじゃないの? だから事前に……って言っても完成してからではあるけど、静流を通して、やましい気持ちはないってアピールも込めてわざわざ連絡してきた。違う?」

 

 アサギは小さく唸っていた。

 タバサの言わんとしていることはわからなくもない。アサギ自身はもう扇舟はかつての彼女と違うと思っている。が、五車に再び牙を剥く可能性のある行動は事情を知る者の不信感を生む危険性も孕んでいる。だからタバサが言った通り、そんな意志は無いという意味でも連絡をしてきた、とも取れた。

 連絡を受けた際、アサギは静流から扇舟が言ったとされる言葉を一言一句はっきりと聞き取っている。「処断されるのも辞さない」。つまり、それ相応の覚悟を持っているということでもある。

 

「……タバサ。ひとつだけ教えてほしい。あなたを呼んだのは、主にそれを聞くため」

 

 あの伯母をそこまで突き動かしたものは何か。アサギはそれを知りたかった。

 

「私は、あの人はもう自ら戦うようなことはしないんじゃないか。そう思ってた。母に捨てられたとわかった時、それだけ大きなショックを受けていたから。でも、それは違った。……あの人を再び戦闘へと駆り立てたもの、それは何かわかる?」

「私と一緒に肩を並べて戦いたい。私だけが戦ってて、自分は待っているだけというのはもう嫌だ。そう言ってた。正直私にはあまり良くわからない感覚だけど」

 

 ああ、そうかとアサギは1人納得していた。

 

(命の恩人であると同時に友人でもある。そんなタバサのために戦うことを願った、というわけか……。母の言いなりになるしかなかったあの人が、自ら見つけたやりたいこと……)

 

 ふう、とひとつ息を吐くとアサギはまっすぐにタバサを見つめた。戦闘時は頭防具の中に隠れる、くりっとした大きめの特徴的な目と視線が交わる。

 

「……いいわ。扇舟の義手の件については容認する。手に入れたその力の使い方は扇舟に任せる。私からは特に口は出さない」

「アサギ様!? しかし、それでは……」

 

 反論しようとした紫をアサギが手で制する。

 

「ただし、手に入れた力をまた五車に向けて使うというのならその限りではない。そう扇舟に伝えてほしい。……同時に、勝手なお願いかも知れないけれど、あなたも扇舟がそんな凶行に走らないよう、友人として見守ってあげてほしいの。勿論、タバサ自身も私たちに刃を向けるようなことは無いように願いたいわね」

「私はこの世界に来たときに対魔忍……特にふうまに助けてもらった恩がある。それを仇で返すつもりはないよ。だから私からここと対立するつもりは全くないし、扇舟にもそうさせない。……ただ、今さっきの言葉を返すようだけど、そっちからこっちに敵対してこない限り、あるいは私に不信感を抱かせるようなことをしてこなければ、だけど」

「そう。少なくとも五車としてはあなたと敵対するつもりはないわ。デメリットがあまりにも大きすぎるもの。……まあ個人単位での細かいいざこざまではこちらとしては対処しきれないかもしれないけど」

 

 おそらく昨日の鶴のことを言っているのであろう。一晩経っても関係は相変わらずだったが、ヨミハラまで追いかけてきて命を付け狙うとかでなければまあいいか、とタバサは思うことにした。

 

「とにかく、後のことは、あなたと扇舟に任せるから。……改めて、だけど。伯母のこと、よろしく頼むわね」

「ん、わかった。……話はそれだけ?」

「ええ。……五車に来るたびにここに呼び出すような形になって悪いわね」

「あ、気づいてたんだ。まあ別にいい。怒られてるわけじゃないし。じゃあ私はもう行くよ」

「さっき言ったこと、くれぐれもお願いね」

 

 「ん」と了承の言葉を残し、タバサはさっさと部屋を後にする。その背中を見送りつつ、アサギは心の中でひとり呟いていた。

 

(タバサ、間接的にではあるけれど、近いうちにまたあなたの力を借りることになるという予感があるわ。……今度はあなたと肩を並べて戦いたいと言った伯母も一緒に。もしそうなれば、あの人にとっては皮肉なめぐり合わせが起きる……。同時に、さっきあなたが口にした不信感……。私に対してそれが生まれるかもしれない。その時は甘んじて受け入れる。だからどうか、あの人の支えになってあげて……)

 




全く普通の○○

Grim DawnのDLCであるFG(Forgotten Gods)を導入すると特定の場所で入手できる武器のシリーズ。原語だと「Totally Normal ○○」。
カテゴリは片手メイスで6種類存在する。
入手場所が被っている物があるので1キャラでコンプリートは不可能なものの、確定入手出来る割に性能は良好で、各装備ごとに2つのマスタリーの全スキルレベル+1というなかなか優秀な効果がついている。
しかし特筆すべきはその見た目。
武器カテゴリは確かに片手メイスではあるのだが、なんと盾なのである。盾でぶん殴れということである。
ちなみに名称は「全く普通の盾」「全く普通のバックラー」といった具合。
ぶっちゃけ性能といい見た目といい全く普通ではない。
本編中でタバサは「私だって全く普通ってものはわかる」と言っているが、これ基準の話であるので実のところはわかっておらず、冗談っぽく言っている紫水の指摘は的確ということになる。
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