水城不知火。薙刀と水遁の術を得意とし、特に水を操って本物そっくりの幻を生み出す“幻影陣”の使い手として、その名を馳せた対魔忍だった。長年アサギの右腕として彼女を補佐し、現在の対魔忍体制の大元――五車の礎を作った功労者でもある。
しかし数年前の任務中に失踪。以降、アサギも探し続けていたものの、その足取りは全く掴めていなかった。
「……不知火が淫魔族の幹部……それどころか、今は女王になろうとしている。……災禍、あなたはこのことを知っていたの?」
手を抑えたまま、扇舟が尋ねる。その口調は少し前までの遠慮していた様子のものとは違って厳しさを帯びていた。
「私が彼女に会ったのは、この儀式を始める直前である3日前……。タバサちゃんに連絡を入れた日のことよ。それまでは淫魔族とは敵対関係にあって、対魔忍……アサギでさえも迂闊に手を出せない状況だった。ところが、エレシュキガルが復活して死霊卿と同盟を結んだことに対抗するため、アンブローズとイシュタルが手を結び、対魔忍にとっても死霊卿が絡んでいる以上無視できないということで共通の脅威とみなして共同歩調を取る方針を取った。そこでようやく淫魔族との接触に成功。大幹部のアンブローズは私を信頼に足る者だと判断してくれて、不知火への面会が実現したのよ」
災禍の答えを聞いても、扇舟の表情は変わらない。明らかに不快感を見せていた。
「……扇舟、大丈夫? なんだか怒ってるような、戸惑ってるような……。すごく心が不安定っぽいけど」
「それは怒ってるでしょうね」
タバサの問に答えたのは、扇舟本人ではなく災禍だった。
「彼女の両手を斬り落とした張本人。それは不知火なのだから」
「えっ……」
黒鉄色に光る、今は戦闘用の義手となった扇舟の両手へとタバサが視線を移す。それで無意識のうちに自分で自分の手を握り締めていたことに気づいたのだろう。扇舟はようやくその手を離していた。
「……確かに井河長老衆の反乱の際、私の毒手を斬り落としたのは不知火よ。でもそのことはもうそこまで気にしていない。怒っているのは別な部分で。……というか、むしろ五車にいた時の話を聞く限り、タバサちゃんが怒ると思ってた」
「私が? ……少し前に言った通り、アサギへは不信感を抱いた。でも、失踪してた対魔忍が淫魔族の女王になろうとしてる、っていうなら、災禍1人に密命をくだすのもわからなくもないって少し納得しかけてるけど……」
「そこじゃないわ。不知火のフルネームは
「水城……?」
タバサが災禍の方を仰ぎ見る。扇舟が言わんとしていることを察し、静かに口を開いた。
「……水城不知火は、水城ゆきかぜの母親よ」
その言葉を耳にし、タバサの特徴的な大きな目が一瞬見開かれ、それから細められる。明らかに不快感を覚えている、とわかった。
「ゆきかぜは任務中にいなくなった母親を探している。確かそう言ってたはず。その相手が今目の前にいる。それで合ってるの?」
「合ってるわ」
「でもアサギは他の対魔忍に情報が漏れないよう、災禍にだけ密命を下している。つまり、ここでゆきかぜの母親を見たことはゆきかぜ本人にも言うな。そういうこと?」
「……そういうことよ」
不意に、タバサの右手に
「ひっ……!」
部屋中に響くほどの大きな音とともに床がえぐれるようにめくれて凍りつく。思わずミーティアが身を縮こまらせた。
「た、タバサちゃん……」
「……ごめん、扇舟。多分……大丈夫。今、懸命に気持ちを抑えてる」
タバサとしてはどこに怒りをぶつけたらいいのかわからないのかも知れない。
友人であるゆきかぜがずっと探していた母親をようやく見つけた。しかし、そのことはゆきかぜに言ってはならない、と釘を差されている。もどかしさからくる怒りなのだろう。
「……気持ちはわかる、なんて軽々しく言えたものではないけれど。アサギにはまだこのことを報告してはいない。でも、おそらくさっき言ったように口止めがかかるでしょう。それに、儀式を始める直前に少し話す時間があったのだけれど、不知火自身も娘に伝えることは望んではいないようだった……」
「どうして? “私”は家族というものを知らないけれど、母親が取るべき行動とは思えない、ということはわかる」
「おそらく、だけれど……」
災禍とタバサの話に扇舟が口を挟んできた。タバサほどではないにしろ、彼女も感情が昂ぶっている様子が窺える。
「淫魔族の女王になるということは人間を捨てるということ、だからじゃないかしら。それも元対魔忍が魔に堕ちた、となれば裏切り者と呼ばれかねない。そんな母の姿を見せたくなった、あるいは娘にも迷惑がかかると思った。そんなところじゃないの? ……子を持ったことのない私に言えるセリフじゃないけれど、私もそんなの母親としてはどうかと思うわ」
「あ、あの! 魔女様を悪く言わないでください!」
吐き捨てるように言った扇舟に対し、我慢できずに今度はミーティアが擁護の声を挙げた。
「人間でもない私にどうこう言う資格は無いかもしれません……。でも、魔女様は私たち皆に優しくしてくれるんです! だから……」
「だから何? 異種族である淫魔族に優しくしてる、いいことだと思うよ。でもね、その前に自分の娘のことを蔑ろにしすぎてるんじゃないか、ってことに対して私は腹が立ってる」
冷たい口調でピシャリとタバサにそう言われ、ミーティアは思わず気圧されて口を閉じるしかなかった。次いで、タバサの鋭い視線が災禍の方へと移される。
「災禍、さっき儀式の前に少し話したって言ったよね? ゆきかぜの母親……不知火は、どうしてそこまでして淫魔の女王になることを望んでるの? そもそもこの儀式、もしかしたら命を落とす可能性もあるものじゃない? なんとなくでしかわからないけど、不知火の体の周囲にある紅い魔力の奔流……。あれ、ものすごく危険なものだと思うんだけど」
チラリ、と災禍がミーティアの方を見た。儀式についてはそちらのほうが詳しいということだろうか。
「え、えっと……。おっしゃるとおりです……」
タバサと扇舟からの圧に怯み気味ではあったが、ミーティアは説明を始めた。
今、不知火が行っているのは、先代の幻夢卿・カーマデヴァが蓄えていた魔力――「死の力」を自分のものとするための契約の儀式である。
カーマデヴァは力の殆どを1人の我が子へと捧げた。子の成長とともに彼の力は失われていき、とうとうそれが尽きて命を落とすこととなった。
だが、彼は子に幻夢卿の座を継がせることを良しとせず、代わりに大幹部の幻影の魔女――不知火に継がせたいと思っていた。子へと与えずに残された死の力だけは、次の幻夢卿へと引き継がせることとしたのだ。
不知火はそれを了承した。そしてカーマデヴァ亡き後、死の力を己のものとするべく、この儀式に挑んでいる、ということだった。
「私が魔女様から聞いた話は、このぐらいです……。この儀式は、成功した場合2日か3日程度で終わるものとされています。でも、もう3日を過ぎるぐらいになってしまって……」
「死の力、といっているぐらいだから、失敗してしまえば不知火は命を落とすことになる……。タバサちゃんはさっき、不知火の周囲にある紅い魔力が危険に思える、と言ったけれど、危険どころじゃない。あれこそが死の力そのものとも言えるわね」
説明を終えたミーティアに続いて災禍が補足をする。それでも、タバサも扇舟も厳しい表情のままだった。ややあって、扇舟が口を開く。
「……災禍、さっきのタバサちゃんの質問を繰り返すようになるけれど、なぜ不知火はそこまでしてこんな危険な儀式を行おうとしているのか、あなたは知らないの? ……いえ、この儀式だけに限らない。娘が待っているにも関わらず淫魔族の幹部となって、さらには幻夢卿の座を継ごうとまでしている。彼女をそこまで突き動かそうとしている理由は何?」
扇舟の質問に対し、災禍は目を伏せ、首を横に振るだけだった。
「……そこまではわからない。儀式の直前で話す時間がない、と教えてはくれなかった。ただ……」
「ただ?」
「アサギとの友情だけは裏切らない。そう言っていた。そして、もしかしたら目を覚まさないかもしれないから、アサギに伝えてほしいとも。……自分で五車に来て伝えなさい、って私は返したけどね」
「……そこで出てくるのがアサギ? ゆきかぜについては何もないわけ?」
苛立った様子のタバサの声だった。
「勿論、ゆきかぜさんのことについても尋ねられた。『あの子は元気にやっているかしら』って。若様をはじめとした友人たちのことや、あのお城のような家に一緒に住んでるクリアちゃんやカラスちゃんのことを教えてあげた。それを聞いて不知火は『そう……』と、どこか安心したような顔を見せていたわ」
「いい話っぽく言ってるけどさ、それって結局不知火の独りよがりな自己満足じゃない? 今も母親の行方を心配してる、残されたゆきかぜ本人の気持ちを何も考えてない。娘のことから目を逸して、ただ安心したいだけの自分勝手な行動にしか見えない。私から言わせてもらえば仁義に欠ける行動だと言わざるを得ないんだけど」
「た、タバサちゃん! 流石にそれはちょっと言いすぎじゃ……」
「扇舟はそうは思わないわけ?」
止めようとしたが逆に痛いところを突かれ、扇舟もそれ以上たしなめることが出来なくなってしまった。事実、今タバサに言われた通りの思いが無いわけではなかったからだ。
それは災禍も同じだったらしい。どう話したらいいか悩んだ様子の後で口を開いた。
「……私としては多少なりとも不知火を擁護してあげたいところだけど、この状況じゃ難しそうね。もしかしたら重大な理由があっての行動かもしれないけれど、今はそれがわからないし。……わかったとしても、ゆきかぜさんの友人としてタバサちゃんは納得しないかもしれない」
「そうだね。本当に相当な理由じゃないと納得はできない」
ふう、とため息をこぼし、災禍は未だに目を閉じたままの不知火を見つめた。
「全ては彼女が目を覚ましてくれて、話を聞いてからってことになるかしらね。……早く戻ってきなさい、不知火。あなたは私に必ず戻ってくると言ってくれた。私はそれを信じてる。だから……」
災禍がそこまで言った、その時。
突然、轟音とともに館が揺れた。
「て、敵襲!?」
「でしょうね。……大幹部でこちらの最大戦力でもあるアンブローズとイシュタルが魔界へ行き、ここ最近は幻影の魔女が姿を見せていない。つまり、何かしらの理由で動けないと予想できる。だとするならば、攻め込むのは今だと相手が踏んだんでしょう。……だからこそ」
チラリ、と災禍はタバサと扇舟の2人へと視線を移した。
「こちらもそれを見越して助っ人を呼んだわけだけど。……タバサちゃん、扇舟。不知火の件で色々思うところがあるのはわかる。でも、一旦そのことを忘れろ……というのは難しいかもしれないけれど、改めてお願いするわ。力を貸してほしいの」
「わかってる。そのために私たちを呼んだんだろうから。そもそも、不知火が目覚めてくれないとゆきかぜのことをどう思ってるのかとか、どんな理由があったのかもわからない。それに……」
床に突き刺したままだった
「今は暴れたかったから丁度いい。ケアンでもそうだったけど、戦ってる時はこういうイライラする感情を抑えられるし」
相変わらずの物言いに、思わず災禍の顔に苦いものが交じる。ついで、彼女はタバサ同様に協力を頼み込んだかつての怨敵へと視線を移した。
「私も問題ない。あなたのテストを受けてまでこの場にきて、タバサちゃんと共に戦うことを望んだんですもの。その目的を果たす。……私だって不知火に聞きたいことはある。儀式を終えて帰ってきてもらわないと困るわ」
2人とも戦意は十分なようだった。そのことで安堵のため息をこぼした災禍だったが。
「でも災禍、何か変な感じがする」
タバサのその一言で、顔が強張った。
「変……?」
「ちょっと前にフュルストと戦った時、あいつが空間を切り離したみたいなこと言ったの覚えてる?」
そういえば、と災禍が記憶を探る。その時に最初に気づいたのはタバサだったはずだ。
「ええ。それが?」
「今この一帯が似た状況になってる感じがする。敵がそんな術を使ったのかもしれない」
「なんですって……!?」
災禍とミーティアが目を合わせる。ミーティアは明らかに動揺している様子だ。
「この館から少し距離を置いて、周辺に伏兵を隠していたはずですよね……? もしかして……」
「いきなり策をひとつ潰されたかもしれないわね……。加えて、本来戦闘は禁止のこの区域で外部に知られずに戦闘を行える……。外部からの協力も頼れそうにない。この場にいる私たちでどうにかするしかないか……」
「大丈夫だよ。要は敵を殺せばいいんでしょ? 行こう、災禍」
そんな災禍の心配に反し、タバサは既に戦闘モードに入っていた。扇舟も初の実戦投入となる右手の戦闘用義手の具合を確かめつつ、手の甲の部分に緑色の液体が入った透明な容器を装填して戦う気は十分である。
襲撃を予想していくつか策は講じている。だが、この2人をここに呼び寄せられたことが、もしかしたら1番の対応策になるかもしれない。災禍には、そんな予感があった。
「災禍さん! あと……タバサさんと扇舟さんも、必ず帰ってきてくださいね!」
不知火のお世話係としてこの場に残るミーティアが心配そうに声をかけてきた。それに対し、各々手を上げて応えたり頷いたりと了承の意思を示しつつ、3人は戦場となっているであろう館の外を目指して駆け出した。
オカルティスト
マスタリーのひとつで、毒酸・生命・カオス属性とペットの扱いを得意とする。
その名の通り呪いや不気味な力を主に扱う純キャスター。アルカニストが陽ならこっちは陰といった感じ。
「三神」と呼ばれる、再生と毒を司る神のドリーグ(毒酸成分)、業火と破壊を司る神のソレイル(生命、カオス成分)、主従関係を司る神のビスミール(ペット成分)の力が根源となっている。
Grim Dawnでは味方勢力の魔女団とコルヴァンの面々がこのマスタリーに分類されるため、魔女という単語を聞いてタバサが連想している。
特筆すべきは何と言ってもデバフスキルの「カースオブフレイルティー」とその後続スキルである「ヴァルネラビリティ」、それからバフスキルの「ドリーグの血」とその後続スキルである「アスペクトオブザガーディアン」であろう。
前者は耐性を下げるのだが、カースが物理と出血、ヴァルネラビリティがエレメンタル(火炎、冷気、雷)と毒酸と生命という凄まじい範囲の属性デバフを担当してくれる。おまけでカースに移動速度、ヴァルネラビリティにDAの低下つき。
さらに毎秒判定が発生するために星座スキルのアサイン先としても優秀な上に、カース本体はマスタリーレベル1で取得可能、後続のヴァルネラビリティでさえマスタリーレベル10というおかしいことになっている。
後者はドリーグの血がヘルスの即時回復、OA強化、ヘルス再生強化、実数の酸ダメージ追加、酸報復追加。アスペクトオブザガーディアンが割合で毒酸・生命ダメージ強化、物理・毒酸耐性強化、全報復ダメージ割合強化とこっちもとてつもなく強力。
特に物理耐性は稼ぎにくいにも関わらず、担当しているアスペクトオブザガーディアンを12まで振るだけでお手軽に14%も稼げてしまうヤバさ。毒酸耐性もこの時点で驚愕の100%なので、アルティメットのペナルティ分を引いてもまだ50も残るため、意識的に毒酸耐性を稼ぐ必要がなくなるほど。
しかもこれを範囲で適用するため、召喚してるペットやパーティプレイをしているなら味方にもかかるというぶっ壊れっぷり。
おかげで「オカルトの本体はカースとドリ血」「カースとドリ血以外のスキルが無くなってもサブに選ばれるレベル」とまで言われてしまうほどで、実際サブマスタリーとしてこの2つのスキルツリーを取るだけでも十分なため、ほとんどのマスタリーと高いシナジーが生まれる柔軟性を持つ。
他にもペット召喚に加えてパッシブの強化スキルも持っているため、ペットを取り扱う場合に中核となりうる。先に挙げたドリ血が回復手段として使えるので、能動的にペットの回復ができるのはかなりの強み。
一方で防御面は多少スキルで補えるとはいえヘルスの延びは悪い。純キャスターのアルカニストと組み合わせたりするとヘルスはかなりのもやしである。
また、本体の攻撃スキルはややクセが強いために扱いにくく感じるかもしれない。
そして何より、カオスが得意な割にそのままではカースがカオス耐性を下げてくれないと言った欠点もある。まあカオスは耐性の高い敵が少なめなのが救いではあるが。
デモリッショニストと組み合わせたクラスは「パイロマンサー」、ナイトブレイドと組み合わせたクラスは「ウィッチハンター」となる。