“乗っ取られ”の少女、対魔忍世界に迷い込む   作:天木武

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Act76 自分の目で見て、耳で聞け

 館の外、扇舟と災禍のコンビとワイトとの戦いは佳境を迎えていた。

 

 死霊騎士である以上、本来ならば毒が効かない体質にも関わらず、ワイトの動きは明らかに戦闘開始当初より鈍くなっている。少しずつでも爪の攻撃を命中させ続けた扇舟の努力が実を結んだ形だ。

 それでも変わらず、扇舟は前衛で大振りをせずに着実に攻撃を続けている。基本的に勝負を決定づけられるような強烈な一撃は狙わない。その分隙が生まれるとわかっているからだ。

 無論、そんな消極的な戦い方では相手にプレッシャーを与えられないこともまた、よくわかっている。その役割は――。

 

「左へ跳んで!」

 

 扇舟の背後から聞こえてきた声の主――災禍の担当だった。

 今もワイトの攻撃を扇舟が防御し、押し込まれる可能性があると見るやそう声をかけ、扇舟を壁代わりに使用して攻撃を読みにくくしている。低い姿勢を取って手で体を支えつつ、大きく踏み出して右からの回し蹴り。扇舟とのテストの際に最後に放ったものと同じ要領の蹴りだ。

 

 たまらずワイトは飛び退く。かろうじて防御した災禍の強烈な一撃を見ている以上、警戒しないわけにはいかない。災禍が打ち込んだ楔は知らず知らずのうちに効果を発揮していた。

 ここしばらく、戦闘はこんな具合だった。扇舟は決して無理をしない。逆に押されると災禍が援護に入る。一進一退の攻防、と見えなくもないが、数の利と僅かながら効果のある扇舟の毒の影響で、ワイトの方は段々と息が上がりつつあった。

 

 そろそろとどめの射程圏内に入った、と扇舟は考えていた。大きな隙さえ生まれれば、勝利を決定づける一撃を放つことも可能だろう。

 しかし相手は腐っても死霊騎士、先程扇舟が撃破したハデスシスターとは格が違うようだった。苛立ちを見せながらも感情に任せた攻撃を仕掛けては来ないし、大振り後も決定的な隙は見せない。

 ふう、と扇舟はひとつ息を吐き、この戦いはまだ終わらないだろうと気を入れ直した。

 

「こうなれば我慢比べね」

 

 どうやら災禍も同じ考えらしい。背後からポツリと呟く声が聞こえてきた。

 

「どちらかが音を上げるか、あるいは予想外の展開が起きるか。……さっきの私は予想外の展開の方に賭けて長期戦を狙ったわけだけど。いい加減、そろそろ目覚めてくれてもいい頃合いだと思うし」

 

 予想外の展開。言うまでもなく、不知火だ。

 

 確かに幻夢卿の力を受け継いで目覚めてさえくれれば、状況を丸々ひっくり返せるのではないかという希望はある。そのためにも、まずはここで2人とも倒れないよう戦うべきだ、と扇舟は考えた。そうして目の前の相手を見据えた、その時だった。

 

 突如、館の中から轟音が響いてきた。次第に近づいてきたその音はやがて壁をぶち抜き、正体をあらわにする。

 紅い濁流。そう形容するのが相応しいものだった。

 

「ぐっ……ぐおおおおおっ……! お、おのれ……!」

 

 その荒れ狂う紅い波の中、これまでの冷静さがウソのように感情を剥き出しにして狼狽しながら押し流されてくるシックスティの姿があった。

 

「これだけの凄まじい力……まさか……!」

 

 そう口走って災禍が視線を移した先。館の中から人ならざる姿をした者が現れた。見た目こそ変わっているが、数日前に実際に言葉を交わした災禍にはわかる。あれは――。

 

「不知火……!?」

「あれが……死の力、幻夢卿の力を受け継いだ、魔女としての不知火ということ……?」

 

 十数年前に自分の両手を斬り落とした相手。記憶の中にあるその女性と似ても似つかぬ青肌の存在を見て、扇舟も思わずそう口走っていた。

 

 不知火が地べたに這いつくばるシックスティ目掛けて右手を突き出した。その掌から先程壁を破壊したものと同様の紅い濁流が現れ、津波のようにシックスティを、さらには残っていた襲撃部隊を飲み込んでいく。

 それでも勢いは止まらず、やがては館の周囲を覆っていた結界へと命中。それをぶち破っていた。

 

 館の周囲を覆っていた瘴気が薄れていく。結界の破壊に加え、病による毒を振りまいていたシックスティの戦闘不能。これでほぼ戦況は決した形だ。

 

「ワイト、撤退だ」

 

 自身の自慢の結界を破られたとあって、アヌビスの判断は早かった。いつの間にか同じ死霊騎士のワイトの元へと駆け寄っている。相手をしていたはずのアンブローズは無理をして深追いはしないらしい。

 

「チッ……。いいわ、今日のところは見逃してあげる。……覚えておきなさい、対魔忍!」

 

 形成的には不利だったにも関わらず、ワイトは精一杯の虚勢を張り、同時に捨て台詞を残して去っていく。

 

「見逃してあげたのはどっちだか。ねえ?」

 

 そう言って災禍は同意を得ようと扇舟へと声をかけた。が、返事がない。

 扇舟は不知火を呆然と見つめていた。魔人化を解いたらしく、青かった肌は本来の彼女の肌の色に戻り、頭から角も消えている。今は「魔女様ー!」と嬉しそうに抱きつくミレイユやアレッキィを、どこか困ったように抱きしめているところだった。

 

 そこへ、館の中から見知った姿が現れた。不気味な仮面に二刀流、タバサだ。

 戦いが終わったことを確認し、頭防具を外して剣をインベントリへとしまう。それから不知火へと近づいて何やら話しているようだ。

 

 その不知火の視線が扇舟と交わった。両手を斬り落とされたあの戦いから十数年振りとなる、起きた状態の不知火との再会。意図せず、扇舟の方からその視線を外していた。

 

「お疲れ、災禍、扇舟。無事生き延びてくれてよかった」

 

 その間に近づいてきたのだろう。タバサが2人へと声をかけてきた。

 

「ええ、タバサちゃんも。それに、不知火も目覚めてくれたみたいだし」

「……さっき彼女と話してたみたいだったけど、何か言ってた?」

 

 平常通り接した災禍に対し、扇舟はかつてのことが気になるのか、どこかぎこちない。

 

「話がしたいってことを伝えただけ。扇舟のことは驚いてたみたいだけど、特に悪い感情は持ってないみたい。……っていうか、扇舟は手を斬り落とされた被害者なんでしょ? もっと強気な態度に出ていいと思うんだけど」

「さっきも言ったけど、そのことはもう気にしてない。でも……どうも居心地が悪い感じがして……」

「そんなの気にすること無いよ。災禍に協力した形ではあるけど、結果的に扇舟はここにいる連中を助けた。不知火も助けてる形になる。私達は助っ人なんだし、それで何か問題があるって言うなら呼んだ災禍のせいにすればいいんだよ」

 

 こういうところだけは相変わらず神経が太い。思わず扇舟も、責任をなすりつけられる立場になってしまった災禍も苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「とにかく館に行こう。不知火には聞きたいことが山ほどある」

「確かに……そうね」

 

 タバサの言っている通りだ。そう思い、扇舟は後に続こうとする。

 

「待って、扇舟」

 

 と、そんな扇舟へと背後から災禍が声をかけてきた。振り返って見つめた表情は、どこか固く見えた。

 

「若様があなたを許しても私は許すつもりはない。あなたを試し終えた時、私はそう言った。その気持ちは今も変わっていない」

「……ええ、わかってる」

「だけど……」

 

 フッと災禍の口元が緩む。それから、軽く握った右の拳を扇舟の方へ突き出してきた。

 

「今日、タバサちゃんと一緒にあなたを呼んだのは正解だった。心からそう思ってる。……さっきここの人たちと不知火を助けた形になった、ってタバサちゃんは言ったけど、私も助けられた。あなたがいなかったら、ワイトにもっと苦戦……あるいは、命を落としていたかもしれない。……そのことは感謝してるわ」

 

 一瞬、虚を突かれたような表情が扇舟の顔に浮かんだ。すぐにそれは緩んだものへと代わり、照れ隠しのためか少しうつむいた後、扇舟はまっすぐ災禍を見つめた。

 

「どういたしまして」

 

 かつての怨敵同士、ふうま災禍と井河扇舟。互いを称えて、その右と左の拳が軽く突き合わされた。

 

 

 

---

 

 戦いが終わり、災禍とタバサと扇舟の3人は館の中でも被害が少なかった応接室へと通されていた。不知火と話したい、というのは全員の要望でもある。雑務を終えるまで待って欲しいということで、先に3人が部屋に来た形だ。

 3人が座った前のテーブルに、ミーティアが紅茶を持ってくる。

 

「ねえ、他の人は館の修繕とか負傷者の介護とかやってると思うんだけど、私達こんなのんびりしてていいわけ?」

 

 と、紅茶を置かれたタイミングでタバサが誰に聞くでも無しにそう言った。それに対してミーティアが答える。

 

「3人はお客様ですから。気にしなくていいですよ」

「ふーん……。じゃあ言葉に甘えるか。……あ、あともうひとつお願いがあるんだけど」

「はい。私にできることでしたら」

 

 元々不知火の世話係ということでこういうことは得意なのだろう。タバサからの申し出を受けようと、紅茶のカップを置き終えたミーティアはトレイを横に抱えながらそう言った。

 

「紅茶も悪くないんだけど、炭酸はない?」

 

 しかしこれは予想外だったらしい。思わず顔に苦いものが浮かんでいた。

 

「タバサちゃん、あんまり困らせないであげて。ジュースは宿の冷蔵庫に入ってるから、帰ってから飲みましょう」

「んー……。まあしょうがないか」

 

 扇舟になだめられ、タバサはまだ熱いであろう紅茶を少し口に含む。それから「まあ、おいしいとは思うよ」と一応のフォローを入れていた。

 そこで部屋の入口の扉が開いた。入ってきたのは先程同様に魔人化を解いた不知火とアンブローズの2人。

 

「お待たせしてごめんなさい」

 

 不知火の形式上の謝罪とともに、3人と机を挟む形で腰掛ける。入れ替わるように飲み物を取りにミーティアが部屋から出ていった。

 

「まず自己紹介いいかしら? そちらの2人のことも知りたいし」

 

 早速話を始めようとした矢先。そう切り出したのはアンブローズだ。

 

「知っているかもしれないけれど、私はアンブローズ。美の探求者よ。ついでに一応大幹部なんても呼ばれてるけど、まあそんなの肩書だけだからあまり気にしないで。それでそちらの助っ人2人が……」

「タバサちゃんと井河扇舟。タバサちゃんは異世界から迷い込んできた異世界人。扇舟は五車を追放された元対魔忍、といったところかしらね。2人とも特にどこの陣営にも属していなくて腕は確かだから呼んだの。今は味龍で働いてる」

 

 当人の代わりに災禍がまとめて紹介する形となった。それを聞いて「まあ!」とアンブローズは驚いた表情を見せる。

 

「味龍! ……いつも持ってくるのはトラジローだったけど、あなたたちも働いていたのね」

「え、トラジローと面識あったんだ。……あ、そういえば私も面識ってほどじゃないけど、以前見かけたことあったっけ」

「あら。異世界の子猫ちゃん、いつ会ったかしら?」

 

 独特の言い回しでアンブローズが尋ねてくる。タバサは特に気にした様子もなく、淡々と答えた。

 

「海に行った時に遠目に見ただけ。すごい格好の人いるなーって」

「海? ……ああ、そういえば天音が連れて行ったとか言ってたわね」

 

 災禍の補足にタバサは頷いて肯定する。

 

「ん、そう。……よくよく思い出すとイシュタルって人もその時見た気がする。で、そのイシュタルが見当たらないんだけど」

 

 タバサの質問に対し、アンブローズがため息混じりに答えた。

 

「後処理の雑務の指揮を執るから来ないそうよ。……本音としては、あの女は人間が気に食わないから避けたんでしょうけど。おそらく不知火が先代幻夢卿様の力を受け継いだことも、あまり良くは思ってないんでしょうし。元々皇女を探し出して後を継いでもらうべきだって主張だったから。まあ、いるせいで話がこじれるよりマシよ」

 

 ふうん、とタバサが相槌を打つ。それを待っていたように「さて」と不知火が切り出した。

 

「アンブローズの自己紹介はもういいかしら? 私の方は災禍とは数日前に会っているし、タバサちゃんとは館の中で顔を合わせたし、そちらのもう一人の方とは……昔からの因縁浅からぬ仲だから、省かせてもらうわ。……まずお礼を言わないといけないわね。災禍、協力してくれてありがとう。それから、助っ人として2人を連れてきてくれたことにも」

「私としては、あなたが儀式の前に交わしてくれた『必ず戻ってくる』という約束を果たしてくれただけで満足よ。ただ……この2人はあなたに聞きたいことがあるみたいだけれど」

 

 チラリ、と不知火の視線が扇舟の方へ注がれた。

 

「……そうでしょうね。きっと私への恨み言もあるでしょう。まさかあの井河扇舟が目の前にいるなんて、想像もできなかった。それもかつては敵同士だった災禍が連れてきた。……とても驚いたわ」

「その恨み言っていうの、もし私が手を斬り落とされたことに対して、だと思っているのならば間違いよ。確かに以前はそのことを憎みもした。でも今は……忌むべき毒手を失うきっかけになった、と考えられるようにもなった……」

 

 ふと、意外そうな表情が不知火の顔に浮かぶ。

 

「……ねえ、災禍。彼女は本当にあの『毒の女王』と呼ばれた井河扇舟なの? かつて戦場で『鬼神』と恐れられていたあなたもそうだけど、以前とはまるで別人じゃない?」

「今や淫魔族の女王になった存在が言ったところで、説得力がないわよ」

 

 災禍からの鋭い指摘に「違いないわね」と不知火は肩をすくめた。と、そこで「ちょっとごめん」とタバサが口を挟んできた。

 

「何?」

「話を切ることになるけど、確認したくて。不知火と扇舟はかつては敵同士。扇舟の手を不知火が斬り落とした。これは合ってるよね?」

 

 不知火と扇舟が共にうなずく。

 

「次。災禍と扇舟もかつては敵同士。災禍の主人、ふうまの父親に当たる人物の死に扇舟が関係してる。これもわかってる。最後。災禍と不知火、2人はどういう関係だったの?」

「……敵同士よ。以前はね」

 

 そう答え、災禍は3人の背景を正確に補足し始めた。

 

 かつて、災禍はふうま家、扇舟は井河の中でも長老衆という派閥、不知火は井河の中でもアサギの派閥に属していた。

 まず、ふうま弾正の反乱によって井河とふうまが対立する形となる。災禍は反乱の際には主人である弾正の元を離れていたものの、それまでは井河に属する扇舟と不知火とは敵として戦っていた。

 その反乱の後、今度は井河の内部で長老衆とアサギによる派閥争いが起きる。その際に扇舟と不知火が激突。さっきの話の通り、不知火が毒手である扇舟の両手を斬り落とした、ということだった。

 

「いくら昔のこととはいえ、ほんと対魔忍って仲間内で不毛な争いしてるな……。まあそれは置いておくとして、じゃあかつて敵同士だった3人が、今回手を組んだってことか」

「まあ、そういうことね」

「昨日の敵は今日の友。あぁ、友情って美しいわねぇ……」

 

 タバサが納得したように声を上げて災禍が肯定したところで、なぜかアンブローズは感動しているようだった。当人以外の全員が思わず白い目で見つめたところで、タイミングよくミーティアが紅茶を持ってくる。

 

「お待たせしました、魔女様、アンブローズ様。お茶になります」

「あら、ありがとうミーティア」

 

 不知火は母性を感じさせるような笑顔でミーティアをねぎらっていた。が、それを見たタバサの顔に不機嫌そうな表情が浮かぶ。

 

「……その笑顔は、娘であるゆきかぜに見せてあげるべきだと思う」

 

 他の人間なら躊躇するであろうことを、タバサは包み隠さずまっすぐにぶつけてきた。意図せず受けた不意打ちに、思わず不知火が動揺した様子を見せる。

 

「私がしたい話っていうのは、主にそのこと。ゆきかぜは今も母親を探してる。で、その相手が今目の前にいる。にも関わらず、このことは内密にしろって圧力がかかるっぽいし、不知火本人もそれを望んでるって聞いた。そもそも、どうして対魔忍の不知火が淫魔族の女王になってるのか。そんな感じで聞きたいことばかりある」

「……あなたはあの子の友達と言ってたわね。ならば話さないわけにはいかない、か。とはいえ……さて、どこから話したものかしらね」

 

 憂いを帯びた表情のまま、不知火は目の前に置かれたティーカップを口に運んだ。それを一口飲んでから、ゆっくりと切り出す。

 

「私はね、力が欲しかったの。たとえ外道に落ちてでも、大切なものを守れるだけの力……」

「力ですって……? そんなものが無くても、あなたは幸せだったじゃない!」

 

 そこで声を荒らげたのは扇舟だった。

 

「確かに私にはあなたに対して恨み言がある。でもそれは以前に手を斬り落とされたことに対してじゃない。あなたが家庭を捨てたことに対してよ! ……あの戦いの時、幸せそうに家庭について話すあなたに、私は激しく嫉妬した。家庭というものを知らない、我が子を愛する喜びも経験できない。なんて私は惨めなんだろうって。そんな私に持てないはずの幸福を持っていたあなたが、力を求めるために家庭を捨てた……。それは一体どうして……!」

「扇舟、落ち着いて」

 

 タバサが興奮する扇舟を冷静になだめる。指摘されてようやく取り乱していたと気づいたのだろう、「……ごめんなさい」と乗り出し気味だった体を椅子の背もたれに預けながら、扇舟は謝罪の言葉を口にしていた。

 

「今の話に対する不知火の答えの前に、ひとつ扇舟に言っておきたい。……力は全て、とまでは言わないけど、『そんなもの』と切り捨てることはできないと思う。私のいた世界の話になるけど、力が無い者は抵抗する手段がなかった。あったところで、中途半端なものなら意味をなさなかった。そういう人達は皆殺されたよ」

 

 人類の敵に襲われるという天変地異(グリムドーン)によって、滅亡の危機に瀕した終末世界(ケアン)。その世界から来たタバサの言葉には説得力があった。扇舟は完全に口を噤むしか無い。

 

「だから力を求めるという考え方には理解は示せる。でも、不知火は昔の時点でかつてアサギの右腕とまで呼ばれていた実力者だったんでしょ? それなのにさらに力を求めて、しかも家庭を捨ててまでってなると、ちょっとやりすぎじゃないかって思っちゃう。何より、ゆきかぜの気持ちを考えてやれ、って」

「……家庭を捨てたって言うけどね、半分はもう壊れてしまっていたのよ」

「半分? 壊れていた?」

「私が愛した夫は数年前に任務中に命を落としたわ」

 

 意図せず「あ……」と扇舟が声を漏らすのがわかった。迂闊な発言だったと気づいたのだろう。

 

「気にしなくていい。あなたは私に敗れて井河長老衆のクーデターが失敗に終わった後、アミダハラ監獄に収監されていたんでしょうから。……でも夫を失ってからよ。同じようにいつか娘も失うんじゃないかと恐れるようになったのは」

 

 闇の存在に対抗するために、正道を歩まんとした存在である対魔忍。しかし、不知火はその力に疑問と限界を感じていた。そして、愛する娘と、娘のいるこの世界を守るためにある結論に達したのだ。

 

「正道だけでは魔を討つことはできない」

 

 たとえ外道に身を落とすことになろうとも、闇から不義を討つ存在となる。その思いで、不知火はカーマデヴァから力を受け継いだのだと話してくれた。

 

 初めて明かされたその理由を耳にし、ここまでそれを知りたがっていた3人は思わず黙り込む。不知火が紅茶を口に運び、カップを戻し終えたのを見て、まずタバサが口を開いた。

 

「……不知火の言ってることは、まあ理解はできるよ。さっき言った通り、力が無くちゃ何も守れない。そのことはわかってるつもり」

 

 そこまで言ってから、一度言葉を切った。それから、「……だけど」と先を続ける。

 

「理解はできても納得はできない。ゆきかぜは今も生きてるのか死んでるのかさえわからない母親を心配し続けてる。会ってあげるべきだ。……不義を討つと言ってたけど、私から言わせてもらえば、お前のゆきかぜに対する態度そのものが不義だ」

「た、タバサちゃん!」

 

 相手は自分たちより遥かに強大な力を得た存在。さらにはここは淫魔族のアジトの中。もしも相手の機嫌を損ねれば生きてここから出られる保証はない。

 そう思い、思わず扇舟が止めようとしたが、それを不知火が手で制していた。

 

「いいの。彼女が言ってることは正論よ。何も言い返せない。……でも逆に言うと、娘にはここまで心配してくれる友人がいる、ってことでもある。それに、災禍から聞いた話では他にもたくさんいるそうね。だからもう、あの子は大丈夫よ」

「大丈夫じゃない」

 

 タバサは止まらなかった。無表情ながらも、明らかに語気は怒っていた。くりっとした特徴的な目で不知火をまっすぐに見つめながら、心の内に燻っているものを包み隠さずぶつけてきた。

 

「確かにゆきかぜは強がりだから、きっと大丈夫だって言うだろう。でも私の存在や、人の話だけで判断するな。自分の目で見て、耳で聞け。娘に、ゆきかぜに会ってやれ。お前がいなくなってからどんな思いで過ごしてきたのか聞いてやれ。そして、自分は生きているってことだけでも伝えてやれ。……“私”は親という存在を知らないけど、きっとそうすべきだ」

 

 不知火は黙り込み、うつむいてしまった。タバサの言っていることは正論だとわかっている。本心でもそうしたい。だが、修羅の道を歩くと決めた矢先、いきなりその決意が揺らぐことにもなりかねない。

 

「あなたの負けね、不知火」

 

 不意に、アンブローズが口を挟んできた。

 

「たとえ己の身を貶めることになろうとも、娘を守るために手段を選ばない。あなたのそんな気持ちは美しいと思うわ。でも、友人のことだけを心から考え、淫魔の女王を相手にしてもなお、思いの丈をまっすぐぶつけてきたこの子の方がもっと美しいと私は感じた。……一度会ってあげなさい。たとえそれがあなたの弱みになるかもしれないとしても。その方があなたが守りたいと言っている娘のためだと、私も思うわ。友としての進言よ」

 

 アンブローズにまでそう言われ、不知火はため息をこぼすしかなかった。

 

「……私の負け、か。確かに、あなた達の言っていることはよくわかる。でも、私は今や対魔忍としての道から外れた存在。直接顔を合わせるようなことになれば、あの子に迷惑をかけることにもなりかねない」

「うーん……。ゆきかぜのためではあるけど、当人に迷惑がかかるとなると私もやれとは言えないし……。まあふうまに聞けばその辺の案を出してくれるかもしれない。あとは科学を使えば解決できるかも」

「科学……テレビ電話とか? でも感動の再会としては少し野暮ね。こういうのは直接顔を合わせるべきだろうけど、でもそれがまずいとなると……」

 

 タバサと扇舟が唸っていた、その時。「あ、あの……」と、お茶を出した後にずっと部屋の隅に立っていたミーティアがおずおずと手を上げていた。

 

「僭越ながら、発言してもよろしいでしょうか……?」

「ええ。どうしたの?」

「実は、以前魔女様の娘さん……ゆきかぜさんにお世話になったことがあるので、私も力になりたいと思って。……あります、いい案。魔女様とゆきかぜさんが直接顔を合わせないで会う方法です」




イーサークリスタル

一口に「イーサークリスタル」と言っても、実は原作であるGrim Dawnのゲーム中には3種類が存在する。

1つ目はそのまま、イーサークリスタル。イラストは緑色の石でサイズは小さめ、インベントリでも縦横1マスに収まる。
主に低級品のクラフト素材として使われる他、星座のポイントを振り直す際にも要求される。
数は多く必要になるが、その分ドロップも多くなっている。

2つ目はイーサーのかけら。イラストは大きめの緑の石でクリスタルよりサイズが大きめ、実際インベントリでは縦2マス横1マスのサイズとなっている。
こちらもクラフト素材だが、より上級のクラフトに使われる傾向が多い気がする。
また、鍛冶屋にクラフトしてもらうことでイーサークリスタル3つからかけら1つを作ることも可能。
クリスタルよりドロップしにくくなっている。

3つ目はイーサーの塊。イーサーのかけらが複数集まったようなイラストで、サイズはかけらと一緒の縦2マス横1マス。
これだけは特殊でクラフトの素材ではなく、消耗品としてアイテム使用する形となる。
使用すると8秒間という短い時間ではあるが、75%ものダメージ軽減と100%のスキル妨害耐性が確保できる。
ただしリチャージに90秒という厳しい条件が設定されており、イーサーまみれで無敵もどきのゴリ押しは出来ない。
さらにクラフトも不可で敵からのドロップ率も低いため貴重品となっている。
それでも非常時には頼れるアイテムのため、SRを潜る時はこれをショートカットに登録している乗っ取られもいると思われる。
……まあ貴重品ゆえ、ラストエリクサー症候群の自分はやってないけど。

本編中でタバサが砕いたもの、さらにはフュルストが取り込んだものは3つ目という解釈をしており、タバサは乗っ取られとして正しい使い方をしたことで原作ゲーム通りのバリア効果を得られ、死の力から身を守った、ということになっている。
一方フュルストは無理な使い方をした結果、原作のダリウス・クロンリー同様半イセリアル化したという形を取っている。
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