ゆきかぜにとって、久しぶりに母と話した時間は文字通りの夢のような時間であった。五車での生活のこと、新たに「家族」となったクリアやカラスのこと、そしてふうまや蛇子や鹿之助、最近ではタバサを始めとしてマヤや咲やラティクールといった異世界人まで含めた友達のこと。
「本当にいろんな人達と会ったの。お母さんにも紹介してあげたい。きっと驚くと思う。タバサは荒廃した異世界から来た女の子で、マヤ様は超未来世界のお姫様で私と声が似てるとかって言われてて、咲はタバサ同様に荒廃した世界だけどこっちはこの世界の未来から来たってことで、ラティクールにいたってはもう人間ですらないっていうすごい組み合わせなの」
楽しそうに語る娘を見て、不知火は自分の心も嬉しくなるのがわかりつつ、同時にタバサが言っていたことも正解だったと気づいていた。
(自分の目で見て、耳で聞け……。言われた通りだった。この子は……)
無理をしている。親としての直感か。そうわかった。
話を聞いた限りではもう大丈夫。そう思っていた。だが実際に、夢の中の世界ではあるが、久しぶりに会った娘は年相応の少女であった。
現実の世界でも娘を抱きしめ、また一緒に暮らしたい。幻夢卿との儀式の際に一度は断ち切ったはずのその思いが、また脳裏によぎってくる。
しかしそれはできない。今の自分は人ならざる者。そして、たとえそうなってでも、娘を守るために闇から不義を討つ。そう決めたのだから。
「ゆきかぜ」
まだまだ話したいことはたくさんある、と言った様子の娘を、不知火は名前を呼ぶことで止めた。
「あなたももう気づいているんでしょうけど、これは夢……。もう、目覚めなくちゃならない時間なの」
「そんな……」
「でも夢の中ではあったけれど、あなたと話せて楽しかった。……今の私にはやることがある。だから訳あって姿を現せない。表立ってあなたと会うことも出来ない。そのせいでこんな方法を取るしか無かったの。……今日のことは私とあなただけの秘密。誰にも話しちゃダメ。いい?」
「うん……」
どこか寂しそうにゆきかぜは頷いた。
「だけど忘れないで。あなたの母親……水城不知火は今もこうして生きている。……全てが終わったら五車に戻る。約束するわ。その時まで、さっき話してくれたお友達と一緒に頑張れる?」
少し間を置いてから。
「……うん、大丈夫」
弱々しいながらも、はっきりとそう言い切った。が、それを聞いてまたも不知火の心にタバサの言葉が思い出される。
(あの子が言っていた……。「ゆきかぜは強がりだから、きっと大丈夫だって言うだろう」。……本当にその通りだったわね)
反射的に不知火がゆきかぜを抱きしめる。それでもゆきかぜは母に甘えること無く、今度は力強く続けた。
「私は大丈夫だよ。よくわからないけど、お母さんにしか出来ないことなんでしょ? だったら、やるべきことをやってほしい。私は待ってるから」
「あぁ……。こんな母でごめんなさい……。でもあなたを愛してる。それだけは間違いなく本当よ」
抱き合った親子の目から涙がこぼれる。それでも笑顔のまま、夢からの目覚めを知らせる光が溢れてくる中で、ゆきかぜは本心を口にしていた。
「私もだよ。……ありがとう、お母さん」
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「……客様……お客様……!」
体を揺すられながら聞こえてきた声に、ゆきかぜはまぶたを開けて上半身を起こした。同時に、目から溢れた液体が頬を伝う。
「す、すみません……! 時間になって術を解いたはずなのですが、お目覚めにならなかったので体を揺すってしまって……。って、もしかして悪い夢でも見たんですか!? 涙を流していらっしゃるようで……」
「え? あ……」
戸惑うエレーナの指摘で目元に触れ、夢の中同様に現実でも涙を流していたことにゆきかぜは気づいた。
「も、ももも申し訳ございません! お客様に安眠を提供するはずの当店で悪夢を見せてしまったなどと……」
「ううん、悪い夢じゃなかった。すごく良い夢だったよ。……これは、嬉しくて流れた涙だから」
目元を拭ってゆきかぜはベッドから降りる。安眠効果があったからか、それとも夢とは言えずっと望んでいた再会を果たせたからか。体は少し軽くなっているような気がした。
「本当に申し訳ございません。良い夢だった、というのはせめてもの救いですが……。術を解いたのにお目覚めになられなかったという時点でこちらの不手際です。今回はお題は結構ですので……」
「え!? そんな、逆に悪いわよ」
「いえ、どちらにしろお客様は初めてですし、お試しという意味でも……。そんな有様でこんな事を言うのも心苦しいのですが、もし今後不眠に悩まれるようなことがありましたら、またいらしていただければと思いますので……」
上着を着てマフラーを巻きつつ、ヨミハラには随分と似つかわしくない腰の低い態度だとゆきかぜは思っていた。深読みすれば、そうやってまた客を来店させて噂に上がっていたようなことをしていないとも限らないが――。
(まあ、ないわね。やったところでメリットもなにもないし。それに……ここに来たおかげか、夢の中とはいえまたお母さんに会えたことになるわけだから)
不思議と夢の内容ははっきりと覚えている。というより、夢という感じはしなかった。
母・不知火にはやることがある。それを終えた時いつか帰ってくる。この夢は誰にも言わない。その夢の中の約束を信じるし、自分も守るつもりだった。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。機会があればまた寄らせてもらうわね」
もっとも、次ヨミハラに来るのはいつになるかわからない。嘘をついたようで少し悪い気もしたが、とにかく悪い店でないことは間違いないようだ。
「あ、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
そんなことを考えつつ、エレーナの声を背に受けながらゆきかぜは安眠屋を後にした。
ゆきかぜの背中を見送ってから、エレーナは大きくため息をこぼす。それから従業員用のバックヤードへと足を運んだ。
「今退店されました。えっと……これで良かった……ですか……?」
そう言った彼女の視線の先。2人の女性が従業員控室の椅子に腰掛けていた。今回の件の提案者でもありゆきかぜの夢を操ったミーティアと、その夢と中で娘と再会を果たした幻影の魔女こと不知火だった。
「ええ。ありがとうございます、エレーナさん」
「私からもお礼を言わせて。とてもいい時間だったわ」
ミーティアに続いて不知火からも感謝の言葉を述べられたエレーナだったが、元来の気の弱さのせいか、思わず恐縮してしまっていた。
「そ、そんな! 噂に聞く魔女様からお礼だなんて恐れ多いです……。でも、私の力が誰かのためになれたなら……それは嬉しいな、って思います」
その言葉に不知火は満足そうな笑みを浮かべていた。それからミーティアとともに立ち上がる。
「とにかく、今回は助かりました。これはお礼、ということで……」
「い、いえ! 大したことしてないですし、頂けないです!」
「お試しということで彼女からお金を貰わなかったんですから、無茶な頼みをした私達が代わりに支払うというのが道理ですよ。それに、親しき仲にも礼儀あり、と言いますし」
結局押しに弱いこともあり、エレーナはミーティアから謝礼を受け取ることとなった。
「では私達はこれで。あ、裏口使わせてもらいますね」
「はい。どうぞ」
「本当にありがとう。助かったわ」
不知火の感謝の言葉と共に向けられた妖艶な笑みに、思わずエレーナは同性でありながらもフリーズしてしまった。それほど魅力的、あるいは蠱惑的だったということだろう。
そんなウブ気味な相手の反応に笑みをこぼしつつも、店を出たところで不知火の顔は引き締められていた。
「……あの子はもう大丈夫だと思っていた。でも、タバサちゃんの言う通り、実際に……とはいえ夢の中だったけど、会ってみないとわからないこともあるものね」
「魔女様……」
不安げに声をかけてきたミーティアに対し、大丈夫と言いたげに不知火は少し表情を崩した。が、その顔はすぐに決意を秘めたような色を帯びる。
「心配しないで。あの子には無理をさせてしまうことになってしまうけど、私もあの子も大丈夫よ。……同時に、今回あの子に会えたことで改めて決心がついた。私は幻夢卿の座を継ぐ。そして……闇の中から不義を討つわ」
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「ん、ゆきかぜ出てきたかな」
今回の件、さらにはその元となった淫魔族の事件を小太郎が3人から聞いて時間を潰していると、不意にタバサがそう言った。
「何? ……遠くてはっきりとは見えないがそうっぽいな。お前の相変わらずの探知能力に驚くよ……」
「じゃあ私と扇舟は行くね。待ってるから、是非味龍に寄って行って」
「ああ、わかった。……でもなあ、災禍には悪いことしちまうな、って」
そんな小太郎の声を受け、災禍は複雑な表情を浮かべていた。
彼女は今回の件を見届けたいという思いもあり、小太郎の警護を申し出た。内密な話であるために、この役割をこなすことの多いライブラリーをはじめとして、必然的に他の者には務められないという理由もあった。
しかし表向きはゆきかぜによる安眠屋の調査、である。基本的には距離を取り、さらにはワイト戦で破損した後に修復されたスーツの迷彩機能を時折使って姿を消し、ゆきかぜに悟られないように後をつけてきていた。
そのため、姿を見せることはできない。味龍に小太郎とゆきかぜが入っても、彼女は入れないということになる。
「気になさらなくて大丈夫ですよ。……本音を言えば食べたいですけど。滞在中に食べた時はそれは美味しかったですし」
「どこかで待つ? 出前で持っていけるよ。または春桃に事情を話して裏口とかバックヤードって手もあるけど」
タバサの提案に災禍は首を横に振った。
「またの楽しみに取っておくわ。……そういうわけで若様、ゆきかぜさんとのデートの邪魔はしませんから、お二人でゆっくり召し上がってください」
「デートって……。うーん……」
もしゆきかぜがショックを受けて戻ってくるようなことがあれば、そこのフォローは小太郎の仕事だ。そのためにデートなどという考えは彼の頭の中にはまったくなかった。
「とにかく行くから。またお店で」
「頑張ってね、色男」
タバサに続いて、扇舟が冗談っぽくそう言う。と、そこで腕を組んだままジロリと視線を送ってきた災禍と目が合った。からかったようなことを言ったせいで怒られるかと思ったが、災禍は軽く口の端を上げて鼻を鳴らしただけだった。あの件をきっかけに、自分に対する態度も少し変わった。そんな風に扇舟は感じていた。
「では若様、私も姿を消しますね。ゆきかぜさんのことはお任せしました」
「おう」
スーツの機能をオン、災禍の姿が消える。それから気配が遠ざかっていくのを小太郎は感じていた。
そうして角にいた3人がいなくなってしばらくしたところで、ゆきかぜが近づいてくる。
「お待たせ。……誰かと話してなかった?」
「いや。気のせいじゃないか? それより調査の報告だ。どうだった?」
「あ、うん。証拠とかは見つけられなかったから……私の感想でいい?」
「ああ。思ったことを言ってくれ」
「多分シロだと思う。店員はいい人でヨミハラ住人とは思えないほど腰が低かった。実際短時間の睡眠にも関わらず体は軽くなったように感じたし、それに……。いい夢も見られたから」
この様子だとどうやらうまくいたようだ。心の中で安堵のため息をこぼしつつ、それを表に出さないように小太郎は尋ねる。
「いい夢? どんな夢だ?」
「内緒。……それよりお腹空いちゃった。ねえ、何か食べたりしない? この街で安全面を考えれば報告ついでに静流先生のお店だろうけど……」
「報告は後で俺がやっておく。元々俺が受けた話だし、勝手に協力を頼んだわけだからな。だからあの人の店よりもっといいところに行くぞ。……ゆきかぜ、お前忘れてないか? 胃袋を掴まれてここに住むまでになっちまった奴のこと」
「胃袋……。あ、タバサ! そっか、タバサのバイト先に行けばいいんだ!」
「そういうこと。あそこの飯は絶品だ。手伝ってくれたお礼に奢ってやるよ」
「ほんと!? ……でもいっつも金欠なふうまが太っ腹なときってなんか裏があるんじゃないかって疑っちゃうんだよね」
失礼な、と文句を言いつつ、小太郎は続ける。
「その後はまえさき市をブラブラするか? さっき別の街が良かったとか言ってただろ?」
「それは言ったけど……。ほんとに裏も何もないの? 変に勘繰っちゃうんだけど」
「だからお礼だって言ってるだろ。……まあ嫌ならいいんだが」
「ごめんごめん、嫌じゃないから。じゃあタバサのところのお店でご飯食べたら、ここを出てまえさき市ってことで」
今日は頼みを受けてよかったと、ゆきかぜは心から思っていた。夢の中とはいえ母親と再会し、小太郎とはデート気味にお出かけ。そんな風に心少し心が浮つくのがわかる。
闇の街の大通り。そこを腹ごしらえのために味龍へと向けて、一組の男女が楽しそうに歩いていったのだった。
「女王の誕生」に関連した話はここで一区切りとなります。
原作対魔忍RPGで「女王の誕生」がメインチャプターとして公開されたのは2022年の11月21日から。
そこから1年近く経ちますが、2023年9月3日現在、ゆきかぜと不知火は未だ対魔忍RPG内で再会すらしていません。
直後(12月に公開された次のメインチャプターの「桜の騎士と白の暗殺者」だったはず)に小太郎は幻影の魔女=不知火であると知ることにはなるものの、別な事件が舞い込んできていたこともあって「今はそのことより」と後に回してしまっています。
加えて、不知火が幻夢卿を継ぐ儀式の時、娘のことよりもアサギとの友情を優先しているように見えてしまって、その辺りがモヤモヤしたことを覚えています。
おそらく今後その辺りのことは原作でも描かれると思います。
ゆきかぜはメインクラスのキャラで、不知火とどうなるかという話が描かれるとすれば、大きな山場になることは間違いないでしょうし。
ただそこまで我慢できなかったので、せめてひと目だけでも母娘の再会を、と思って改変改竄して描いてみたい欲求に従うことにしました。
ちなみに今回のタイトルは、原作メインチャプター45のタイトルである「ありがとう、お姉ちゃん」のオマージュ。
(別世界線の未来ゆきかぜですが)言われた側を、言う側にしてみました。
次回更新は投稿開始から丁度1年になる9月14日の22時3分の予定です。
章分けをしているわけではないですが、実質新章突入です。
原作に沿わないオリジナルな展開で、ここまで未登場のキャラや、以前少しだけ顔を見せたキャラも登場していくお話となります。
ちなみに、この話の終了時点で総文字数がキリのいいところを狙える範囲内にあったので色々調整してみたところ、ピッタリ綺麗に50万字となりました。