アミダハラ。本州西部に位置する人工島都市である。
かつては日本第3の都市として栄えたが、過去に起きた米連と中華連合の代理戦争の際、煽りを食う形でミサイルが着弾して壊滅。以降は“廃棄都市”という異名にふさわしく、日本最大級のスラムと化している。
特に廃墟地区はヨミハラ以上の治安の悪さという噂もあり、それを肌で体感してもらおうと観光ツアーまで組まれるほどでもある。もっとも、参加者の命までは保証されていないといういかにも廃棄都市にふさわしいものではあるが。
そんな廃墟地区の一角。ボロの衣服に体を、ガスマスクに顔を包んだ数十名の武装難民たちが、明らかに動揺した様子で手にした銃を発砲していた。まだ陽が昇っている時間だというのにお構い無しである。
「なんなんだよあいつは!? まるで弾が当たらねえ!」
一般的な服では無いものの身なりの良さそうな格好に、2本の背負った剣。危険な相手かもしれないが、その分実入りはいいに違いない。そう考えた武装難民たちは、自分たちのテリトリーに侵入した獲物を狩ることにした。
だが、今泣き言が出たように失敗だったかもしれない、と思い始めていた。獲物はまるで姿を消すかのごとく、尋常ならざるスピードで動き回り、自分たちが放った銃弾を回避していたのだから。
「ぐあっ!?」
その上、反撃まで行ってくる。今も飛来したナイフが武装難民の1人の腕と銃に突き刺さっていた。そのナイフは特別な力で作り出されたのか、そのまま消えていく。が、傷口はそうはならずに血が溢れていた。
お返しとばかりに銃弾を浴びせようとするものの、やはり消えるような速度で獲物の男は移動し、物陰へと身を潜めていた。
「そろそろやめないか? 私はこの街についてよくわかっていない。もし君たちのテリトリーに入ってしまったというのであれば謝罪しよう。私はただ話を聞きたいだけだ」
その物陰から男の声が聞こえてくる。
「ふざけるんじゃねえ! これだけコケにされてるのに『じゃあやめます』なんて言えると思ってんのか!?」
「プライドやメンツが傷つくのはわかるが、命には変えられないと思うがね。幸い、まだそちらの命は奪っていないはず。やめるなら今だ。……互いに取り返しがつかなくならんうちにな」
「うるせえ!」
物陰で当たらないとわかってはいるが、怒りに身を任せて武装難民たちは発砲を繰り返すしかなかった。
「やれやれ……。
男の声が響いた瞬間。突如、4体の人影が物陰から飛び出してきた。それ目掛けて銃が発砲されるが――。
「なっ……!? 影!?」
それは、文字通りの「影」であった。実体のない影であるために銃弾は命中もしない。にも関わらず、両手に持った剣は武装難民の銃を斬り裂いていた。その4体の影が襲いかかってきたことで、集団は大混乱へと陥る。
「最後通告だ」
いつの間にか、先程のように消えるほどの速度で間合いを詰めてきていたのだろう。男が武装難民のリーダーと思しき相手を武装解除し、背後から羽交い締めにして自分の盾にした上でそう言葉を発していた。
「確かにそちらに怪我は負わせたが、こちらは降り掛かった火の粉を払っただけのこと。もう一度言うが、やめるなら今しかない。もし断るというのなら……。ここまで使わなかったが、背中の剣を抜くとしよう。呼び出した『影』たちにも本気で暴れてもらう。すなわち、ここまでは死人を出さないように応戦してきたが、以降は一切手加減をするつもりはない」
彼によって呼び出されたという「影」もまた、既に武装難民たちに刃と思われるものを突きつけている。
もはや選択肢はない。力が違いすぎる。間違った獲物を選んでしまった。ようやく、相手はその事に気づいていた。
「聞きたいことはさっき述べた通り。私はこの街についてよくわかっていない。だから詳しい者を探している。ただそれだけだ」
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アミダハラは闇の街とも呼ばれているが、全てが廃墟地区のような無法地帯というわけではない。ヨミハラ同様に地下深くに魔界の門があるとされており、魔族の流入も少なくないが、「魔術師協会」という組織がその門を管理。独自の秩序形態を保っているため、中心地や町地区はそれなりに治安が約束されていた。
そんな比較的治安が良い一角に佇む古びた店。「魔法堂」と書かれたその店内で、美女と老婆が話をしていた。
「ハロウィンの時はおばあちゃんの頼みだからしょうがなく着たけど、もうあの衣装は絶対着ないからね!」
美女の名はアンネローゼ・ヴァジュラ。魔族の父と人間の母を持つハーフであり、ここアミダハラで魔女剣客兼探偵として生業を立てている。伝説の魔刀“金剛夜叉”の使い手として、アミダハラでは名の知れた存在だ。
「まあまあアン嬢ちゃん、そう言わずに。結構評判良かったんだから」
そんなアンネローゼを「嬢ちゃん」扱いしている老婆はノイ・イーズーレン。この店の店主であると同時に、魔術師協会の重鎮中の重鎮でもある。
要するに、この店の中はアミダハラで屈指の実力者2人が雁首を揃えている状態と言える。街の人間ならただでさえノイのいるこの店に来るのはのっぴきならない事情の時だけだろうが、そこにアンネローゼまで加わるとなると可能な限り避けようと考えるのは当然の道理であろう。
よって、今のこの店に近づくような馬鹿はこの街にはいないと決めつけ、アンネローゼは少し前のハロウィンの時にノイによって着せられた小っ恥ずかしい衣装について文句をつけているところであった。
「他に着せられる子なんていくらでもいるでしょ? あんなヒラヒラチャラチャラした衣装をなんでわざわざ私に着せるのよ。どうせ面白がってなんでしょうけど。……ちょっと、おばあちゃん聞いてる? そうやって私から視線を逸らして聞いてないフリをしても……」
そこまで文句を言ったところでアンネローゼは言葉を切っていた。ノイの視線の先、店の外。そこにただならぬ気配を感じ取ったからだった。
「やっと気づいたかい」
「……私としたことが。私とおばあちゃんがいるのに正面切って乗り込んでくる馬鹿は、何も知らない観光客以外ではこの街にはいないと決めつけてたわ」
「いや、ひょっとしたらこの街の住人じゃないのかもしれないねえ。それに……嬢ちゃんに気づかせるのを遅らせるほどとなると、かなり腕も立つようだ」
アンネローゼの右手が愛刀の金剛夜叉にかかる。
そんな店の中の緊張感を知ってか知らずか。ゆっくりと入口の扉が開かれた。
立っていたのは中年の男性であった。温和そうな表情と相まって彫りの深いナイスミドル、といった顔立ちだが、纏っている空気はまさしく剣呑そのもの。背中から覗く二振りの剣からして、ただものではないというのは明らかだ。
「失礼。この街のことについて尋ねたい。こちらの店にいるという魔女に聞けばわかると聞いたのだが……」
男の言葉に対し、ノイより先にアンネローゼが反応した。
「確かにおばあちゃんは魔女とか言われてるけど、見ての通りここはただのお土産屋だよ。観光で来たなら、いい土産屋を紹介してもらったね」
「観光ではない。だがここの住民には
「お前……!」
「おやめ」
金剛夜叉を抜こうとしたアンネローゼだったが、不意にノイが止めに入る。
「でも!」
「店で暴れるのはご法度。向こうさんもそれはわかっているようだ。殴り込みに来たってわけじゃなく、あくまで情報が欲しいって感じだね」
「おっしゃるとおりです、ご老人。私に争う気はない。……ただ、火の粉が降りかかるとあらば、先程のように我が身は守らせていただく」
ビリビリと男の殺気が膨れ上がるのがわかる。負けじとアンネローゼも対抗しようとしたのだが。
「だからやめなって言ってるじゃないか、アン嬢ちゃん。それじゃ話も聞けやしない。刀から手を離しな」
結局ノイの鶴の一声で、アンネローゼは渋々戦闘態勢を解くこととなった。
「それで、この街のことを尋ねたいとか言っていたね。何が聞きたいんだい?」
「人を探しています。女の子です。年は10代後半程度で身長は低め。髪型は肩にかからない程度の短く黒い髪。顔の特徴は目が大きめで大体の場合は無表情。……そして、戦闘の時は二刀流で、
「名前は?」
「彼女に名前はありません。私は友と呼んでいました。あるいは、“
名無しの相手を探している、ということでアンネローゼとノイに怪訝な表情が浮かぶ。そのまま示し合わせたでもなく互いに視線を交わしてから、アンネローゼは先程男が言ったことをオウム返しに口にした。
「……名前がない? 乗っ取られ?」
「理由を説明すると長くなるので。とにかく、何か心当たりはありませんか?」
「……知らないねえ。嬢ちゃんは?」
「さあ? あんたの娘さん?」
「いや、先程言ったように友人だ」
目の前の男はどう見ても中年だ。それが名前もない少女を探しており、しかも友人だという。思わずアンネローゼは訝しげな視線を送っていた。
「この街にいるのは確かなの?」
「実はそれも定かではなく……。ただ、おそらく
「この世界。やっぱりそうか」
ノイが得心がいったというような声を上げた。
「この街の場所が場所だからね。最初は魔族かと疑ったがどうも違うらしい。そこから導き出される答えは……お前さん、異世界人だね?」
ずばりそう言ったノイに対してアンネローゼは思わず驚愕の表情を浮かべた。が、当の男の方は目を細めただけだった。
「おっしゃるとおりです。私はこの世界の者ではない……。おそらくこの世界へ迷い込んだであろう友人を探してやってきました」
「そうなると話は別だ。お前さんにここを紹介した奴は正解だよ。これは私でもなきゃどうしようもない問題だろうからね」
「ではもしかして心当たりが?」
「ああ。異世界人が迷い込むという話はいくつか耳にしている。少し前に五車で複数人確認されたのは聞いてるが、その連中は戻る宛があるって話だったかな。だとすると……そのさらに少し前、ヨミハラに現れた方という可能性が高い。魔女仲間であるリリノーエ、あと本人は直接顔を合わせてないけど同居人は会ってるってミリアムから聞いてるよ」
おそらく男にとって、この世界に来てから初めての有益な情報だったのだろう。思わず目を見開き、乗り出すようにして尋ねていた。
「ヨミハラ!? そこに行くにはどうすれば……」
「まあ落ち着きなさい。あそこはここと変わらないかそれ以上に物騒だし、距離もある。異世界人が1人で行って聴き込むには少々厳しいだろう。……アン嬢ちゃん、案内してあげな」
話としては面白いけれど自分は関係ない、と静観を決め込んでいたアンネローゼだったが、ここで突然ノイに話を振られて思わず慌てたようだった。
「は!? なんで私が! っていうか、ヨミハラまでなんて遠すぎるんだけど!」
「その分の交通費と報酬は、私が後でこの紳士の代わりにまとめて出してあげるよ。その代わりと言っちゃあなんだが、私も魔女と言われる存在だ。異世界の物には非常に興味がある。もし目的の人物に会うことができたら、何か異世界の珍しい物が欲しいねえ」
「いえ、おそらくあなたは信頼できる。先払いしましょう」
男は懐から宝飾品のようなものを取り出した。灰色のブローチのように見えるが、真ん中の部分に描かれた何かの紋様らしき部分が鮮やかなオレンジ色に染まっている。
「宝飾品? 模様の部分の色は綺麗だけどなんか不気味だし、それ以外は地味だし……」
「おや、これは……」
アンネローゼを経由してそれを受け取ったノイの表情が固くなるのがわかった。
「さすがご老人、ただの宝飾品の類ではないと看破されましたか」
「……確かにこいつは珍しいけど、少々危険なものかもしれないね。おそらく、異界の化け物を操るための装具……」
感心したように男が口の端を僅かに上げた。
「お見事です。その宝飾品は“クトーンの捕縛印”と呼ばれるもの。今おっしゃられた通り、異界の化け物を呼び出して操るため、私がいた世界の狂信者たちが持ち歩いているものです」
「ちょっと! そんな危ないものをおばあちゃんに渡すとか何考えてんのあんた!」
「大丈夫だよ、嬢ちゃん。その化け物はおそらくこの世界ではほぼいない。魔界の連中ともまた違うようだ」
改めてしげしげと不気味な宝飾品を見つめ、「ふむ……」とノイは小さく唸った。
「面白いね。これなら魔女としての研究材料にもなる。……が、お前さん、こいつをあと1つか2つぐらいは持ってるんじゃないかい? 数があるに越したことはないからね」
ここまで自分のペースを貫いてきた男だったが、顔に苦笑が浮かんでいる。さすがに叶わない、といったところだろうか。
「やれやれ……。私が知っている魔女とは貫禄も交渉術も桁違いだ。……わかりました。今あと2つ持っていますから、この時点であと1つだけお譲りいたしましょう。最後の1つは私の目的が達成された時にそちらのお嬢さんを通して手渡すということで」
「ああ、了解だよ。それじゃアン嬢ちゃん、こちらの紳士をヨミハラまで連れて行ってやっておくれ」
「はいはい。……ったく人使いが荒いんだから。ミチコは置いていくから、おばあちゃんから説明しておいてね」
そう言うとアンネローゼは愛刀である金剛夜叉を手に立ち上がった。
「ではよろしく頼むよ、お嬢さん」
「アンネローゼ・ヴァジュラよ。お嬢さん呼びはやめて頂戴。……ところで、あんたの探し人は名無しらしいけど、あんたも同じ? なんて呼べばいいの?」
「これは失礼。……そういえば警戒するあまり自己紹介もまだだったか。私の名は――」
ウルグリム。
本当の名ではないと断りつつも、男は自分の名前をそう告げた。
クトーンの捕縛印
異界の化け物であるクトーニックを呼び出し制御するために、狂信者であるクトーン教団と呼ばれる集団の連中が持ち歩いている宝飾品。
ゲーム中では主にクラフト用の素材として使われる。
ただ、クトーン系のモンスターは落とさずにクトーン教の人間だけがドロップすることに加え、クラフトしようとする物によっては結構な数を要求されたりするために不足気味になることもある。
そのためにクトーン教信者の集まるマップに定期的にカチコミをかける乗っ取られもいるとかいないとか。
クトーニアン
クトーニックやそれを呼び出そうとするクトーン教団の狂信者たちからなる敵対派閥。
イセリアル同様にグリムドーンを引き起こした2大原因のひとつ。
クトーン教の信者で血の契約を結んだ者は「血に誓いし者(ブラッドスウォーン)」と呼ばれ、契約を続けるために人間の生き血を贄を捧げる必要がある。
そのため、秘密裏に暗躍して気づけば村まるごとクトーン教団が支配し、村人が虐殺された末に生き血を捧げられるなどという事態も発生している様子。
元々クトーンは古き創造の神であったが、裏切られて虚無の中に打ち捨てられたらしい。
生命やカオスビルド御用達である星座の「瀕死の神」はクトーンであるとされている。
ミチコ
アンネローゼとノイが出ているリリスのゲーム、「鋼鉄の魔女アンネローゼ」に登場するヒロインの1人。フルネームはミチコ・フルーレティ。
普段はメイドの格好をしているが、アンネローゼと契約した悪魔(厳密には異世界生物であるらしく、ナーサラに近い存在らしい)で、外出の際はトランクに化けてアンネローゼに持ち歩かれている。
アンネローゼは対魔忍と別作品ではあるものの姉妹作のような扱いで、対魔忍作品と世界を共有しているという特徴がある。
アミダハラも初出はアンネローゼだが、逆輸入されるような形で決戦アリーナの頃から登場している。
……でも多分敵キャラの
ミチコ自体は決戦アリーナの頃からアンネローゼと共に登場しているが、まだシーン付きでユニット化されたことが一度もないという少しかわいそうなキャラ。本編でもお留守番で出番無し……。