ふうま家の人間は面白い。
この家に居候するようになって数日。タバサはそんなことを思いながら、貸してもらったトレーナーにジャージという非常にラフな格好で縁側に腰掛け、ぼうっと青空を見上げていた。
家についた時に最初に出会った人物、
小太郎の執事であるふうま
もう1人の執事らしいふうま
ふうま
もう1人の居候、井河さくらについては驚きだった。学園にいた教師と同一人物、ただし別な平行世界から連れてこられたらしく、年齢は小太郎と同じぐらい。帰る方法がわからないのに明るい性格で色々なことを教えてくれる。この世界の人間では無いという点では似た境遇かもしれない。
そして、この家の中でもっとも評価に困る人物。何を考えているのかわからず、心の中をまるで読み解けなかった男――全身サイボーグのふうま御庭番である対魔忍・ライブラリー。
「退屈かね?」
その男の声が横から聞こえてくる。タバサはチラリと庭側へと視線を移した。
「そうかもしれないけど、嫌じゃない。この世界では心がざわつかないから」
それきり関心を無くしたように彼女はまた空を見上げる。
「ふむ……」
ライブラリーが短くそう呟いた次の瞬間――弾け飛んだかのようにタバサは座っていた縁側から飛び出し、フル装備の状態で彼に正対して臨戦態勢を取っていた。
強烈な敵意を感じ取り、反射的にそれに反応したのだ。
「いや、すまない。戯れと思って忘れてくれ」
しかしそれも一瞬のこと。少し前の気配は嘘だったとでも言いたげに敵意は完全に消えている。
これがタバサに評価を困らせている原因であった。
初めて会った時、小太郎が彼に何かを相談した後で、ライブラリーはタバサに木剣での模擬戦を提案してきた。
あまり乗り気ではなかったタバサだったが、ライブラリーの敵意に当てられ、数度剣を打ち込んだ。だが彼はそれだけで「なるほど、わかった」とだけ言い、一方的に終了を宣言していた。
以後、何度か彼は先程のように一瞬だけ敵意を見せる、という行為をしていた。その度にタバサは反応するが、その時以外は全く普通であるためにどう対処したらいいかがわからない。
「どういうつもり?」
そのために苛立ちが募りつつあったタバサは、相手が敵意を消した後でも臨戦態勢を解かずにいた。
「私をからかってるの?」
「そう思われたのなら謝罪しよう。だが、君はおそらく私が明確に敵意を持っているわけではないということに気づいているのではないかな? 初めて剣を合わせた時も、自己防衛の延長線上で剣を振るっているように感じた。だから今も攻撃をしてこない」
「それはあるかもしれない。でもそれ以上に、あなたが本気を出したら敵わないという予感もあるから」
戦闘態勢を取ったために自然と被ることとなった仮面の下で、タバサはそう答えた。
「そうか……。私の力についてはいささか過大評価かもしれないが、やはり君の察知能力は素晴らしいものがある。私の予想だが、相手の内面を読む力にも優れているのだろう。だが、その感度が高すぎるが故に、さっきのように敏感に反応してしまう……」
「この世界で生きたいなら、その感度を下げろとでも言いたいの?」
ネックスとオルタスをインベントリへとしまう。戦闘態勢を解除したようだ。そのままナマディアズホーンも外しながら、タバサは尋ねる。
「いや、それは違う。確かにこの世界で生きるならそうした方がいいかもしれない。だが、それでは君が元の世界に戻った時に困ることになりかねない。……そのぐらいの感度がなくては生き残れない世界なのだろう?」
「……そうと言われれば、そうかもしれない」
ライブラリーがさっきまでタバサが座っていた縁側へと腰掛ける。全身サイボーグが黄昏れるように縁側に座る光景というのはやや珍妙ではあったが、彼は特に気にした様子もなく、隣をポンポンと手で叩き、タバサを招いた。
一瞬警戒した彼女だったが、頭以外の防具もインベントリへとしまい、先程までのトレーナーとジャージ姿になって、少し間を空けてではあるがその隣へと腰掛けた。
「私が提案しようと思っていることはさっき君が口にしたことの逆。感度を下げるのではなく、上げるのはどうかと思っていた。かと言って、ただ上げるだけではない。質、あるいは精度を上げるということだ」
「……どういう意味?」
「先程私が敵意を見せた瞬間、君は戦闘態勢を取った。その時どういう心の動きでそうなったか、説明できるかい?」
タバサはしばらく考え込んだようだった。ややあって、口を開く。
「……敵がいる、戦う準備をしないといけない。多分それだけ」
「うむ。その判断は間違えてはいない。が、正しいとも言い切れない。さっきの私は確かに強めの敵意を発したが、戯れと述べた通り戦うつもりは無かった。つまり……」
「そういう中身まで見通せるようにすればいい、ってこと? でもそれじゃ判断が遅れる。感度を下げるのと変わらない」
「最初のうちはそうかもしれない。しかし、君の直感や感受性の類が優れていることはお館様から聞いているし、私自身もその意見に同意する。慣れれば判断時間を変えないまま、より深く相手の内面まで見通せるのではないかと思っている。そしてそれはこの世界に適応しやすくなるというだけでなく、戦闘面においても有利に働くのではないか、というのが私の考えなのだが……」
そこで一旦言葉を切ってライブラリーはタバサの方を伺った。
先程まで空を見上げていた視線は大地へと落とされ、彼女なりに悩んでいるようにも見える。
「……もしあなたの言う通りうまくいったとして、結局私の本能が止まってくれない気がする。この間だって模擬戦でアサギの合図より先に沙耶に仕掛けちゃったし」
「沙耶の気配に当てられたのなら……まあ仕方ない。戦いを『遊び』と言うような子だ。直感が危険を訴えかけるのは当然のことと言える。……私も時々面倒を見ているのだが、根本は治ってくれそうにないからな」
「じゃああの狂ってるのは例外ってこととして。それ以外のまともな人……例えばあなたや鶴とかが相手の場合は、向けられた感情をより正確に読み解けば戦闘衝動を抑えられるってこと?」
「私の推測によれば、だが。ただつまるところは君次第としか言いようがない」
タバサは今度は先程のように空を見上げた。やはり考え込んでいるらしい。
「……時に、ひとついいかな?」
「何?」
「なぜ、今例を上げた時に私と鶴と言ったのだ?」
「この家に来た時に私に敵意を向けてきた人。あと……さくら以外の人はふうまと気配が似てたけど、あなたと鶴だけはふうまとじゃなく、
やはり自分の予想は間違えていなかった、とライブラリーは表情を伺えないそのサイボーグの顔の下で意図せず息を呑んでいた。
(この子は、
一度は離別し、もはや再び顔を合わせることは無いと思っていた親子2人。だが数奇な運命を経て、今はふうま小太郎という新たな主に仕えている。
ただ、このことは対魔忍なら誰でも知っているということではない。無論タバサも知らないだろう。ライブラリーが予想した通り「直感的に見抜いた」のだと思える。
「だけどあなただけはどうしてもそれ以上深く読めない。……訓練すれば読み取れるようになるのかな?」
「それは君次第だが、おそらく可能だろう。しかし……私の腹の中など、読んだところで何も面白いことは無いと思うがね」
「面白いか面白くないかは私が決める。……じゃあやろう。あなたのことに興味はあるし、何より……戦闘衝動を抑えたいと思ったことは何度もあったから」
やはりこの子も訳ありか、とライブラリーは考える。
もっとも、想像もつかないような異世界からの来訪者だ。それはある意味当然なのかもしれない。
「こういうときの決まり文句は『私の修行は厳しいぞ』だが……。これからやることは非常に地味だ。そして君にとっては退屈で苦痛かもしれない」
「ん。かまわない。やるといったのは私だから」
タバサが縁側から降りる。そのまま装備を整えようとして――。
「ああ、そのままでいい。装備はいらないし、何ならしばらくは体もさほど動かさない。さて……それでは、地味で退屈で苦痛な訓練を始めよう」
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タバサがふうま家に居候するようになってからひと月近くが経過していた。
相変わらず元の世界に戻るための情報は何も無し。だが当人は特に気にした様子もなく、時折小太郎、鹿之助、蛇子、ゆきかぜと遊びに行ったり、稲毛屋でアイスを食べたりしつつ、モニタリングのために定期的に学園のラボに顔を出すという日々を送っていた。
そしてそれ以外の空いている時間はライブラリーと過ごすことが多くなっていた。彼女自身の「特訓」のためである。
「ふうま、今日も学校?」
朝食のために小太郎が起きてきたところで、一足早く起きて食卓についていたタバサから質問がとぶ。
ライブラリーがタバサに何か訓練のようなことをしていることは、小太郎も薄々気づいていた。傍目には何も変わっていないように見えるが、どこか刺々しかった彼女が少し丸くなったような、余裕ができたような。
ついでに、日に日に箸の使い方がうまくなっていっていることにも気づいていた。これもライブラリーの特訓の成果だろうか。とはいえ、焼き魚は骨だろうが内臓だろうがお構いなしに頭からバリバリ全部食べてしまうワイルドさを見ると、本当に成果があるのかちょっと怪しく思えるところもあったりはする。
同時に、ここ数日は朝に顔を合わせると必ずこの質問が飛んで来ていることから、何がしたいのかもなんとなく予想がついていた。
「いや、今日はバイトだ」
「お、この時を待ってた」
「なんだ、ついてきたいのか?」
多分そうなんだろうなという小太郎の予想通り、彼女はコクリと頷く。
「邪魔でなければ、だけど。ちなみにライブラリー師匠から免許皆伝をもらってるから大丈夫」
「……師匠? 免許皆伝?」
思わず小太郎は朝食の手伝いをしていたライブラリーの方を伺った。全身サイボーグのはずなのに趣味のレベルを越える料理の腕前を持つ男。そんな彼の見えないはずの顔が、どこか渋い色になるような錯覚が見えた気がした。
「私じゃありませんよ。さくらです」
「あいつ……面白がってタバサに変なこと吹き込んで……」
「ですが、タバサがそろそろ里の外に出ても大丈夫だというのは私の判断でもあります。反応が敏感なことに変わりありませんが、その精度を高めつつ、本能に流されるだけという状況を改善する訓練をしましたので」
へぇ、と小太郎は感心の声をこぼしていた。
アサギから「ライブラリーならアドバイスができるかもしれない」と言われてはいたが、まさか本当になんとかしてしまうとは思ってもいなかったのだ。
「ですので、この通り」
ライブラリーは小太郎ですら総毛立つ程の敵意を放ってみせた。作り物だと頭ではわかっていても無意識のうちに本能が反応してしまうレベルだ。
タバサもやはりと言うべきか、一瞬強張った表情でライブラリーの方を向いた。が、直後。
「……うん、わかった」
そう言うと、何事もなかったかのように彼から視線を逸らしたのである。それを確認してからライブラリーは気配を元へと戻す。
「いかがでしょう?」
「確かに少し前と比べたら雲泥の差だけど……。相手が見知ったライブラリーだから、ってのは無いか?」
「多少はあるかもしれません。が、彼女は見知った相手であってもそんなのお構いなしかと」
「そう言われると……そうかもな」
自分でさえ本能が危険を告げるほどだ。少し前までのタバサなら文句無しに戦闘態勢を取っていたに違いない、ということに小太郎は気づいていた。
「じゃあタバサは今の敵意の本質を理解した上で問題ないと判断した、と?」
「見せかけはすごいけど、中身が伴ってない。さくらから『自分をデカく見せたがる奴は無駄に敵意をデカくしたがる』ってアドバイスも受けたし」
「……あながち間違えてはいない気もするが、あいつが言ってることに対しては今後は半分ぐらい聞き流してくれ。とはいえ、これだけ変われたってことはかなり厳しい訓練とかしたんじゃないのか?」
気軽そうにそう尋ねた小太郎に対して、普段無表情のタバサは珍しく顔色を曇らせた。これは聞いてはいけなかったかと思う小太郎だったが。
「……地味で退屈で苦痛だった」
「お、おう……」
これ以上聞くのがためらわれてしまった。
「大げさですよ」
だが一方でライブラリーはどこか愉快そうに軽くそう答える。
「やったことは主に座禅と瞑想です」
「ざ、座禅……?」
「まあ最初は立った状態で深呼吸からスタートしましたけど」
それは確かに受け取った感情のままに戦うスタイルのタバサにとっては地味で退屈で苦痛だっただろうと小太郎は思うのだった。
「その後はずーっと座らされて心を落ち着けさせられて……。今まで私がやってきたことと正反対、初めのうちは全然ダメだった」
「だがすぐ適応した。元々直感や感受性同様に適応能力も高いと思っていたが、見事だった。ついでに箸の使い方のような日常の作法や、明らかに格下な相手に絡まれた時用の護身術なども少し教えたらすぐにマスターした。やはり学習能力も高いのだろう」
「この世界だと心のざわつきがないからかな。多分ケアンでこれをやろうとしたら到底無理だった。それに比べたら箸だの護身術だのは簡単だったよ。……と、いうわけで」
珍しくタバサが体を乗り出しながら話しかけてくる。
「邪魔でなければ私も一緒に行きたい」
一瞬考え込んだ様子の小太郎だったが。
「……まあいいか。ライブラリー的にも実際に外に出てみてどうか、っての興味あるんだろ?」
「そうですね。しばらくのマンツーマン指導の効果は気になりますし、彼女のためになったかどうかというのも気になるところです」
ここまで言われてしまっては断れない。
「わかったよ。今日のバイトは運び屋だし、俺以外に誰かいても問題ないからな」
「やった。ついでに私もバイト探そう」
「いや、なんでそう……」
そこまで口にしたところで、小太郎はそんなことを吹き込んだであろう張本人に思い当たった。
「……それもさくらか?」
「うん。さくらもバイトしてるし、お金もらえるから稲毛屋のアイスたくさん食べられるって」
「ったく、あいつはほんと……」
呆れてしまってそれ以上の言葉は出てこなかった。とりあえずさくらにはタバサに変なことを吹き込ませないようにしよう。小太郎はひとりそんなことを思うのだった。
モンスター固有アイテム
その名の通り指定されたモンスターしかドロップしない固有アイテムのこと。通称MI(Monster Infrequent)。
装備箇所によってはスキルや属性を変化させるといったような特別な効果があり、またドロップする相手も決まっているということで敵を絞ってトレハンしやすいという特徴がある。
その特別な効果故にビルドの根幹を成し、前提装備となることも多い。
しかしMIは装備の前と後ろに接辞がついて性能がランダムで変わるため、極上のMIを求めて今日も乗っ取られたちはトレハンを続けるのである。
ただ、一部MIは店で買うことも可能であり、画面を切り替えて20秒程度経過させることでラインナップが変わるため、それを利用してひたすら店の前を行ったり来たりして装備厳選する乗っ取られも存在する。
接辞
装備品の前と後ろににつく言葉で、装備にランダムな効果を追加させるもの。Affixとも呼ばれる。
前につくのが接頭辞(Prefix)で後ろにつくのが接尾辞(Suffix)。
「接頭辞 アイテム名 オブ 接尾辞」という名称になり、例えばナマディアズホーンなら「オーバーシーアズ ナマディアズホーン オブ バイタリティ」といった感じとなる。
接辞のレアリティにマジックとレアがあり、レアのほうが多く効果が追加される代わりにつく確率が低い。
例えば武器の冷気強化のマジック接頭辞「チルド」だと物理から冷気ダメージへの変換と実数冷気ダメージがつくだけだが、レア接頭辞の「フロストボーン」だとチルドの効果に加えて割合冷気と凍傷ダメージ強化、DA増加、凍結時間短縮、さらに攻撃時に追加攻撃するアイテムスキルが付くといったような差がある。
武器の場合はダメージの追求、防具の場合は不足分の耐性やOADAの補完といった役割で使われやすく、防具は接辞で最終的なバランス調整をされたりもする。
接頭と接尾両方にレアがついたものをダブルレアと呼び、望んでいる効果がついている場合は超究極の逸品となる。
が、逆に言うとそもそもダブルレア自体がほとんどドロップしないため、これを前提に装備を組むのは結構厳しい。
一応アップデートで冷気武器なら冷気関連の接辞が付きやすいといったようなテコが入ったので多少はマシになったが、それでも狙ったものをピンポイントでドロップさせるのはやはり至難の業である。
ナマディアズホーン
「金切り声のナマディア」というモンスターがドロップするMIの頭防具。
本編中で描写している通り頭巾つきの仮面に角がついている不気味な防具で、戦闘時のタバサのトレードマーク。
特筆すべき点として約25%火炎を冷気に変換する効果がついている。
が、本命はスキル変化であり、サバターの常駐スキルを変化させて物理耐性を合計10%上乗せ、45%の火炎→冷気変換(つまり前述の約25%の変換と合わせてこの防具だけで約70%もの火炎→冷気変換が可能)、冷気の実数ダメージ追加、反撃スキルの冷気ダメージ追加と冷気化など凄まじい強化をもたらす。
特に物理耐性は重要にもかかわらず稼ぎにくいため、この部位だけで10%、レア接頭辞「オーバーシーアズ」を引き当てれば15%を一気に稼げてしまうのはまさに破格。
しかし望む接辞を求めてトレハンを繰り返さないといけないというのは勿論のこと、友好関係を結べる派閥と敵対しないとナマディアが出て来ないという最大の欠点が存在する。
この派閥自体はやってることがやってることなだけに割りと敵対したいぐらいの存在ではあるのだが、売っている物の中に他の派閥のものでは代用が効かない物があるために基本的に敵対しない方が無難であり、ナマディアトレハン用のキャラを作ってもいいかもしれない。
ゲイルスライシズマーク
「冷酷なるゲイルスライス」というモンスターがドロップするMIのメダル。
冷気・凍傷の割合ダメージがおいしいが、それ以上に常駐スキルで50%火炎とカオスを冷気へと変換する点が重要。
これによって、ナマディアズホーンと合わせることで火炎の冷気変換が100%となる。
なおベルトにも50%火炎→冷気変換のものがあるので、そちらと組み合わせて100%にすることも可能。
欠点は対象の敵がリフトからやや遠いためにトレハンが少々面倒なところ。