“乗っ取られ”の少女、対魔忍世界に迷い込む   作:天木武

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Act86 無理じゃないでしょ

 7人が乗り込もうとしている貨物船は、海の表面からその巨体を突き出して不気味に佇んでいた。

 運転を担当する銃兵衛の部下が慎重に操舵してボートを寄せる。そこで銃兵衛は船に積んでいたあるものを手にした。縄の先に鉤爪がついたもの、忍者の七つ道具のひとつとしても知られる鉤縄だ。

 

「こういうクラシカルな侵入方法もいいと思わねえか? たまに忘れそうになるが、対魔忍は一応忍者だからな」

「馬鹿を言ってないで早くしろ。……さっき緊張感を持てと言ったのはお前だぞ」

 

 鋭いツッコミは紅だ。どうやらさっきの状況からは立ち直ったか、あるいはこれからのことを考えて一旦それを忘れたか。いずれにしろ、本来の彼女に戻ったと、銃兵衛は小さく笑みを浮かべた。

 それから鉤縄を貨物船の上部目掛けて放り投げる。流石は忍者であるはずの対魔忍といったところだろう、一発で引っ掛けるのに成功し、体重をかけても大丈夫なことを確認してから全員の方を振り返った。

 

「確認の意味も込めて全員インカムのスイッチを入れてくれ。特にタバサとウルグリムさん、使い方はわかってるな?」

「問題ない」

「同じく。……こんなものがあれば戦闘の方法自体が変わりそうだという驚きはあるがな」

 

 早くもフル装備に身を包んだタバサと、インカムを手渡された時は物珍しそうに眺めていたウルグリムが答えた。

 

「通信手段が確立されてない世界なら、まあそうなるわな。……とにかく、まず俺が1人で登る。上に着いたら指示を出すから、それまで待機だ」

 

 銃兵衛は至極真面目な雰囲気でそう言うと、慣れた様子でロープをするすると登っていく。

 

『フッ……。まるで猿だな』

「聞こえてんだよ。……調子が戻ったみたいで安心したが、それは調子に乗りすぎだ」

 

 紅のジョークに、通信機越しに銃兵衛の抗議が飛ぶ。そんな話をしているうちに銃兵衛は貨物船の甲板部へと到達。周囲を確認した上でインカムへと話しかけた。

 

「見張りはいない。ロープの強度的に2人ずつなら登れるはずだ。さっさと上がってきてくれ」

 

 まずは海面を少々気にした様子を見せながら紅が、続いてそんな彼女を下から声で安心させようとあやめが登っていく。それから篝、扇舟、ウルグリムと続き、最後にタバサが登り切った。

 

 全員が貨物船へと侵入できたところで、銃兵衛はここまで運んでくれたボートの部下に船から距離を置いて待機するよう指示を出す。そして、改めて7人を集めて声をかけた。

 

「事前の打ち合わせ通り二手に分かれるぞ。紅、機関室までの道のりは……」

「頭に入っている。……さっきは内輪揉めみたいなことをしてしまったが、もう引きずるつもりはない。そっちは任せたぞ」

「おう。何かあったら連絡を頼む」

 

 小さく頷き、紅は従者2人を連れて機関室へと向かった。

 

「さて、俺らはブリッジだ。行くぞ」

 

 銃兵衛の指示で3人があとに続く。

 

「……紅は真面目すぎるよ」

 

 と、その最中にタバサがポツリとそう言った。

 

「さっきの話の間、私に対して若干の嫌悪感を向けてはいたけど、それ以上に……なんていうか、失望感みたいな方が大きかったように感じた。ウルグリムは美化しすぎ、みたいなことを言ってたと思うけど、おそらく私達を悪い目で見たくないって思ってのことなのかな、って。今もわざわざ最後に一言残していったことを考えても、いい人だとは思う。でも、そういう『いい人』はケアンじゃ長生きできないな、って思った」

 

 現在は絶賛隠密行動中だ。本来ならばそういう無駄話を含め、注意されても仕方のないことである。だが銃兵衛はそうするより先に、訳あり気味にひとつ鼻を鳴らしただけだった。

 

『……マイクがオンになったままだ。こっちに筒抜けだぞ。銃兵衛、指揮を執るならちゃんとしろ』

 

 聞こえてきたのは紅の声だった。思わず「あ」とタバサが間の抜けた声を上げる。

 

『しかし……私の意図を汲もうと考えてくれたことには感謝する。無用な衝突を避けてくれたことも。ただ、私を『いい人』というのは、私がお前たちを美化していたように、お前も私を美化していると思うけどな』

「あいつなりの照れ隠しだ。ま、特に反応せず聞き流しておけ。一応俺はちゃんとしろと怒られたわけだしな」

 

 銃兵衛はマイクを切った上で背後の3人にそう言った。が、その表情はどこか嬉しそうでもある。

 再び顔を前へと向け、「ついてこい」とハンドシグナルを送って足を進めた。

 

 足音を極力消しての隠密行動故に、聞こえてくるのは波の音と、船体から響いてくる音ぐらいだ。目的の場所であるブリッジの近くまで進んだところで、物陰に身を隠しながら銃兵衛はマイクをオンにし、3人に顔を寄せるよう合図した。

 

「……妙だ。静か過ぎる」

「私も思っていた。この世界の船についてはよくわからないが、人の気配があまりにもない。普通は見張りを立てておくものじゃないのか?」

 

 ウルグリムの指摘に銃兵衛は頷く。

 

「まあ元々は貨物船だ。見張りがいないのはそんなもんと言えなくもないんだが……。だとしても、ここまで誰も見てないってのは不気味だぜ。この規模の貨物船なら最低でも30人程度は乗員がいるはずだからな」

「30!? こんなに巨大な船なのに、その程度の人数で済むのか!?」

 

 科学技術の発達していないケアンでは到底信じられないことなのだろう。ウルグリムの声のトーンが意図せず上がっているようだった。

 

「船の機能のほとんどはブリッジに集約、制御されている。だから俺たちはまずブリッジに向かおうってわけだからな。……とりあえず話を戻すぞ。少なくとも、俺たちはここに来るまで見張りの類を見ていない。人の気配も感じていない。これはどうも引っかかる。……紅、そっちはどんな感じだ?」

 

 インカム越しの問いかけに、答えが返ってきた。

 

『もうすぐ機関室だ。しかし、同じ感覚は私も抱いていた。まるで無人の幽霊船のように感じられた。どうも嫌な予感がする』

『私の風読みで把握している限り、乗員はほとんどが部屋にいるみたい。さすがにこの船すべてを把握はできないけれど、1番人が集まってるのはどうやらブリッジね。おそらく10名前後……。具体的な数まではわからない』

 

 紅に続いて風遁をレーダー代わりに使用できるあやめの声も聞こえてきた。

 

「船員のほとんどが部屋にいる? 呑気にお休み中か? ……いや、その前にブリッジに10人ってのが引っかかる。あそこは5,6人もいれば十分なはずだ。ブリッジで何か起きてるのか……?」

「ねえ銃兵衛、ブリッジってのはこの上のこと?」

 

 と、そこでタバサが会話に入ってきた。

 

「ああ。そうだが、どうかしたか?」

「それなら数は12人。うち5人が残りの7人に対して恐怖を抱いている……。多分、脅されてるか何か、言うことを聞かされてるような感じがする」

 

 あまりにも平然とした報告だった。ギョッとしたように銃兵衛が彼女を見つめる。

 

「何!? わかるのか、この距離で!?」

「このぐらいまで近づけて集中できる状況なら、まあ一応」

「これは驚いた。確かに友はケアンにいた頃から気配を敏感に感じ取ることができてはいたが……。言っていることが合っているという前提にはなるが、明らかに精度が上がっている」

 

 長い付き合いのはずのウルグリムもこの評価だ。が、特に気にしていない当人と驚く2人とは対象的に、扇舟は難しい顔をしていた。

 

「……でも今タバサちゃんが言ったことが正しいとすると、私達は海賊じゃなくなるかもしれないわね。代わりに、よりまずい状況になりかねないけど」

「あん? それってどういう……」

 

 そこまで言ったところで、銃兵衛もその意味に気づいたようだった。ブリッジにいる7人に脅されている5人。すなわち――。

 

「……俺たちは場合によっちゃこの船のジャックを考えてたが、この船はとっくにジャックされてたってことか!?」

「そういう可能性は高いと思う。でも、その場合はなんでいつまでも沖合に停泊させていたかがわからなくなる。仮に荷物のうちの何かが目的だとして、奪ったらさっさと逃げるのが普通だろうし。あるいはこの船を交渉材料に使うというのもあるけれど、相手側から何かを要求する連絡もないどころか、途中から通信すら拒否されたのよね?」

「ああ。あったのは輸送費のつり上げと契約見直しの要求だけ。普通、この手の要求は制限時間を決めたり一定時間ごとに催促を入れてきたりするものだがそれにも当てはまらない。それにジャックした連中のプラスになることも何もない。加えて、なぜ1回しか連絡をよこさないんだ? わけがわからねえ……」

 

 考え込む扇舟と銃兵衛。そこにさらに疑問を膨れ上がらせる報告が紅から届いた。

 

『銃兵衛、機関室についた。あやめは中に誰もいる気配がないと言っていたんだが、本当に誰もいない。……いくら停泊状態とはいえ、ここに誰もいないなどありえるか?』

「普通はありえねえ。……やっぱり妙だな。とにかく紅たちはそこを抑えておいてくれ。何かあったら連絡を頼む」

『了解した』

 

 ふう、と銃兵衛がため息をこぼす。人が多すぎるブリッジ、一方で誰もいない機関室。何かが起こっているのは間違いない、という確証めいた予感が彼の中に生まれつつあった。

 

「考えてても埒が明かないでしょ。もうブリッジに行って直接行って聞いてくればいいじゃん。もしこの船が奪われてた場合は戦闘になるわけだし、そうじゃないなら銃兵衛が話して終わりになるかもしれない。とにかく行動を起こさないと何も始まらないと思うんだけど」

 

 そんな悩める彼を救ったのはタバサの身も蓋もない発言だった。

 言い方に若干の問題こそあれど、言っていることは正論だ。そう思った銃兵衛は「よし」とひとつ気合を入れた。

 

「じゃあご要望通り俺がこれからブリッジに乗り込むとするか。タバサ、作戦会議中に説明したが、俺のボディカメラの映像をお前のスマホで受信して見る方法、覚えてるよな?」

「ん」

 

 言われた通り、タバサはスマホを取り出して慣れた手付きで操作し始める。本来ならばそのような機械に触れたことすら無かったはずの同郷人の行動を、ウルグリムは目を見開いて眺めていた。

 

「これでいいんでしょ?」

 

 そう言ってタバサが手に乗せて差し出したスマホのディスプレイ。そこに銃兵衛が肩に装着したボディカメラの映像が映し出されていた。スマホのライトによって不気味に浮かび上がる仮面姿のタバサである。

 

「ああ、オッケーだ。……今の映像はちょっとばかりホラーだったけどな。とにかく、俺はこれから1人でブリッジに入る」

「危険じゃないの?」

 

 扇舟の質問に対し、「まあ、そりゃあな」と銃兵衛は軽い様子で返した。

 

「だが目的も何もはっきりしてないとどうしようもないからな。それにさっきタバサが言った通り、動かないと何も始まらないってのも事実だ。……ひとまずこの船をジャックしたらしい7人に話を聞いてみる。が、当然船員を人質にして来ることも考えられる。俺が装着してるカメラを通して敵の位置や装備などの情報を得てくれ。場合によっては強行突入もありうるからな」

「でも数で不利よ。船員が人質にされたと仮定しての話だけど、被害が出るかも」

「人質とか無視すれば?」

 

 これまた人道を踏み外したようなタバサの提案に、他の3人はため息をこぼすしかなかった。

 

「……ウルグリムさん、こいつはあんたらの世界にいた時からこうなのか?」

「こうだ。人質に配慮した結果、自分が命を落とす可能性が高まるぐらいなら人質など無視して敵を殺すことを最優先にする。それが彼女の思考だ」

「だって自分が死んだら元も子もないじゃん。それに極論を言えば人質なんかになるやつが悪い」

「……タバサちゃん、この世界に来てから考え方がかなり柔軟になったとは思うけれど、そういう根本的な部分は本当に変わらなかったわね」

 

 保護者役でもあるウルグリムと扇舟が再びため息をこぼしたところで、銃兵衛は咳払いして話を続けた。

 

「被害はなるべく出したくない。うちとの取引先だからな、人質最優先だ。数の不利はこのメンツならなんとかなるだろうとは思ってるんだが……」

「そうしろっていうなら、できなくはない。というか、数の不利ぐらいならウルグリムがなんとかしてくれる」

「友よ、私の力を買ってくれるのは嬉しいが、あまり無理難題を吹っかけられるのもな……」

「無理じゃないでしょ」

 

 仮面越しにタバサは至極真面目な声でそう言い切った。

 

「銃兵衛が中に入ればカメラを通して中の様子がスマホに映し出される。つまり、どれが狙うべき敵か、さらにはその立ち位置までわかる。そこまでわかれば“影”を的確に操れるんじゃないの?」

「……そうか。君が言わんとしていることはわかった。私が得意とする天界の力を使って数の不利を補えというのだな。……我が先達、偉大なる名もなき戦士たちである“生きた影”――“リビングシャドウ”を」




ログホリアン

Grim DawnのAct4のボスであり、ベースゲームのラスボス。ケアン破滅の元凶ともいわれている。
クトーニアンによって召喚された巨大な異形の化け物であり、中央に縦に大きく裂けた口と、その周辺に無数の目がついたでかいタコかイカといった出で立ち。詳しくないけどクトゥルフにこういうのがいそう(というか、実際クトゥルフにクトーニアンってのはいるらしい)。
大ボスということもあってか、ログホリアンの部屋に入るとダンジョンの外で待機していたはずのウルグリムがいつの間にか合流し、気合の声を上げながら参戦してくれる。
NPCとの熱い共闘シーンではあるのだが、ログホリアンに一定ダメージを与えるとウルグリムは虚無に飲み込まれて戦線離脱してしまう。
また、大ボスにも関わらず確か昔はBGMが無音だった。今ではかっこいいBGMが流れるようになっている。

こいつを倒せば晴れてベースゲームはクリア、DLCを導入していればこの戦いで消えたウルグリムを探すのが目的のAct5に進むことができる。
このせいもあってか、ウルグリムはヒロイン呼ばわりされたりもする。
……のだが、現実世界で倒したログホリアンはあくまでクトーニアンの世界である虚無界に送り返されただけらしい。
しかし同じく虚無界に飲み込まれたウルグリムが送り返されてきたこいつを倒していた、ということが合流後に明らかになる。
ログホリアンとの決戦直前に「私1人で世界を救うことになるかと思ったぞ」とか冗談っぽく言ってたけど本当に世界救ってるじゃないか!

その合流の際、長い間虚無界にいたこととログホリアンとの死闘の影響でウルグリムは精神に異常をきたしており、本来の彼からは聞けないような過去を垣間見ることもできたりする。
また、会話の他にも力尽くでぶん殴って正気に戻すといういかにも乗っ取られな選択も可能。しかも倒すと実績解除もされる。
ただし、手負いにも関わらずウルグリムはネメシスクラスに強いので注意。本編中にタバサが述べている「本調子じゃない時なら優位になる」というのがここ。ベストコンディションだとどれだけ強いんだと思ってしまう。
「ケンカ吹っかけたはいいけどヘルスがなかなか削ない……」と焦ることもあるかもしれないが、50%程度削ると正気に戻って武器を収めてくれる。

なお、本編84話でウルグリムの剣について少し触れているが、ログホリアン戦で虚無に飲み込まれて以降、ウルグリムは種類の違う剣を背負うようになる。
Act4までのウルグリムは同じデザインの剣を2本(ゲーム中で確認できる限りだとおそらくアサルトブロードソード)背負っているが、ここで再会して以降は片方が肉切り包丁のようなファルシオン形状の剣(おそらくプリザーバーブッチャー)に変わっている。
虚無界での戦いで愛剣の片方を失ったために変えざるを得なかったのではないかと予想しているが、メタ的なことを言えばプリザーバーブッチャーはAct5とAct6が該当する拡張DLCのAoMから追加されたモデルなので、新しいのを背負わせたという可能性もある。
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