侵入者がいる。だがそれは想定内のことだ。むしろ遅すぎたぐらいだ。
目的は達成している。さっさと引き上げてもいい。だが戯れるのも悪くはない。
だから待った。そしてようやく獲物が来た。少し楽しませてもらうとしよう。
その“女”はそう考えをまとめると、不気味な笑みを浮かべて椅子から立ち上がった。
灰色の肌に緑の目。頭には角のようなものも生えている。そんな“彼女”の動きに同調したように、周囲に巨大な蝿のような何かが浮遊した。
「さあ、行くわよ。私のかわいいしもべたち」
“女”の声に、船室のベッドからのそりと人影が起き上がった。
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「タバサ! 今の紅の通信は……」
「聞いてたよ。……残念だけど本当っぽいな。さっきまでは船室に人の気配があったはず。でも今はそこから出て徘徊しているみたい。気配を探るだけじゃなんとも言えないけれど、どうもその動きが人間とは思えない」
「ちょ、ちょっと待ってください銃兵衛さん! 今の話じゃ船員たちは……」
輸送船のキャプテンの悲痛な声に、思わず銃兵衛は目を伏せる。
「……まだそうと決まったわけじゃない。だが……最悪の事態は覚悟したほうがいいかもしれねえな」
銃兵衛は絞り出すようにそう答えつつ、苛立たしげに舌打ちをこぼす。それでも動かなければ何も変わらないと、懸命に頭を切り替えようとした。
「3人は紅のサポートに向かってくれ。ここが船の脳だとするなら、機関室は心臓だ。もし取り返されるようなことがあるとまずい」
「それはいいけど……。あなたはどうするの?」
扇舟の問に答えるまでもないとばかりに銃兵衛は鼻を鳴らす。
「そっちを陽動にまたここが狙われる可能性も否定できない。俺はここに残る。何かあったら通信するから、扇舟さん、指揮を頼む」
「わかった」
突然の指名だったが、扇舟は了解の意思を示してブリッジを後にする。2人が後に続いていることを確認しつつ、紅へと通信を入れた。
「紅さん、銃兵衛くんの指示で今からそっちに向かうわ。状況はどんな感じ?」
『井河扇舟か? 打って出ることも考えたんだが、忍法で外の状況を把握したあやめに数が多すぎるから無理だと止められて今は機関室の扉を閉めて籠城している。しかし……クソッ! 押し破られかねない!』
「さっき生気を発していないって言ったわよね? 敵はゾンビ? アンデッド?」
『そういう類だとは思うが、詳しくはわからない。とにかく急いでくれ! いつまでもつかわからないが、そっちが来てくれて扉の前にいる敵の数を減らせれば挟撃する形を取れる!』
通信越しにも扉を叩く音やら、うめき声やらが聞こえてきている状況だ。紅の声の感じからしても余裕が無くなっているように感じられる。
「わかった、急ぐわ!」
そう答えて通信を切った扇舟だったが。
「ねえ、扇舟。今ゾンビとアンデッドを同じ区分にしてたみたいだけど、この世界だとそうなの?」
後からついてくるタバサは呑気にそんな質問をしてきた。「今はそれどころじゃない」と止めようかと思ったものの、文句を言っても状況は変わらない。どうせ無駄話をしていても敵が来れば瞬時に戦闘スイッチが入ることだろう。
何より、ゾンビはアンデッドに区分することに何の疑問も抱かなかった扇舟としてはどうしても今の質問が引っかかり、好奇心に負けてしまった。
「普通はそうじゃないの? タバサちゃんの世界では違った?」
「まあ区分できなくもない。でも、ゾンビ……まあウォーキングデッドだけど、あいつらは基本的にイセリアルによって操られているから、アンデッドというよりはイセリアルかイーサーコラプションって認識だった」
「でもアンデッドはいたんでしょう?」
「いた。アーコヴィアの連中。大体スケルトンやゴーストって感じかな。……もうちょっと詳しく話してもいいんだけど敵が近づいてきた」
やはり予想した通りのスイッチの入り方だと扇舟は思いつつ、警戒度を高めると同時にその足を速めた。
「ああ、確かにこりゃまずい。紅も焦るわけだ」
そして機関室へと続く通路の途中。不意にタバサはそうポツリと呟いた。
狭い通路には明らかにアンデッドと化した、かつて船員だったと思しき者たちがひしめき合っていたのだ。
ふむ、とひとつ息を吐いてウルグリムが背の剣を抜く。タバサもいつの間にか両手に
「私と友で道を切り開こう。君は周囲の警戒や援護を」
「え、でも……!」
「ウルグリムの提案に賛成。こいつらに毒は通じないと思う。だから……」
「ちょ、ちょっと待って! ……銃兵衛くん、聞こえてる!? さっき言ってた最悪の事態よ、船員がアンデッドにされてる……! おそらくこうなってしまってはもう救う手立てはないし、紅さんたちにも危険が迫ってる……。強行策に出るわ、いいわね!?」
インカムへと扇舟が叫ぶ。通信機越しに銃兵衛が船長と何かを話すのと悲痛な叫び声が聞こえてから、重々しい返事が返ってきた。
『……頼む。せめて安らかにしてやってくれ』
「わかった。……2人とも行くわよ!」
明らかに怒気を孕んだ声で扇舟が叫ぶ。
おそらく無関係だったであろう船員が巻き込まれた。あるいは、ブリッジを占拠した特務機関Gの連中は当人たちも気づかないうちに陽動を担当させられ、最初からこちらが目的だったのかもしれない。
いずれにしろ、船員はアンデッドへと変貌させられた。このことに扇舟は怒りを覚えていた。おそらくこの状況を引き起こした張本人は、人の命を命とも思わない存在なのだろう。かつての唾棄すべき自分を見ているかのような錯覚に陥る。
「扇舟、さっきウルグリムが言った通り周囲の警戒と援護をお願い。あいつらは私とウルグリムがやる。……今のあなたは感情に任せて無理をしかねないから、できれば戦ってほしくない」
だがそんな彼女の心の中を読み取ったらしい。タバサがそう言いつつ、いきり立つ扇舟を諫めるように肩に手をおいて一歩前へと出た。
「タバサちゃん……」
「一応断っておくけど、足手まといだなんて微塵も思ってない。この場で私達の指揮を執るのは扇舟が一番適切だと思う。だから冷静でいて欲しい。……そういうわけで、行くよ、ウルグリム」
「了解した」
タバサとウルグリムの姿が消え、次に目その姿を確認できたときにはアンデッドたちが斬り刻まれていた。ここからはケアンの世界を生き抜いてきた二刀流の戦士2人の独壇場だ。
同じ流派、とでもいうのだろうか、似たようなスタイルで2人の剣が振るわれていく。タバサの剣は荒々しく、一方のウルグリムの剣は淀みのない流水のように。
進むことすら不可能と思えた通路から、次々にゾンビが消えていく。これならば紅たちが籠城する機関室に行くのも時間の問題だろう。
そんな風に考え、扇舟も周囲を警戒して異常がないことを確認した上で2人の後に続こうとしたのだが――。
「待って扇舟! 止まって!」
不意にタバサの叫び声が聞こえてきた。指示通りに足を止めると、2人がその位置までバックステップして後退しつつ会話を交わし始めた。
「ねえ、ウルグリム。私の気のせいじゃないよね?」
「ああ。……アンデッドが少し前より明らかに強力になった」
「え……!? どういうこと!?」
思わず扇舟が問いかける。
「理由ならこっちが聞きたいぐらい。今ウルグリムが言った通り、突然強くなった」
「先程まで簡単に刃が通っていたが、それが止まった。友も感じた以上、間違いない。……おそらく強化された、と考えられる。だとすればリアニメイターに似た者……使役者の類が、アンデッドの中に紛れている可能性が高いな」
「使役者……。もしかして、特務機関Gの連中が言っていた、一緒に乗り込んだっていう魔族の女……!?」
ウルグリムがまとめた考えを受けて扇舟がそう予想を立てた、その時。小馬鹿にしたように手を叩く音が前方から響いてきた。
「正解。下等な人間にしては頭が回るようね」
高圧的な女の声だった。灰色の肌と緑の目から、明らかに人間ではないとわかる。胸元や腹部を大胆に露出した衣装を身に纏い、美しい青緑色の剣を手にしていた。
「あいつが、ブリッジを占拠した連中が言っていた魔族の女……!」
「んー……。なんだろ、雰囲気がこの間戦った奴……ワイトとか言ったっけ、あいつに似てる気がする」
「ワイト……!? それじゃああいつも同じ種族……。確か、
へぇ、と魔族の女は感心したような声を上げる。
「ワイトのことを知ってるの? ますます面白い人間だわ。確かに私はワイトと同じ、死霊騎士よ。名はウィスプ」
ウィスプと名乗った死霊騎士の女は不気味に笑みを浮かべる。それを目にし、思わず扇舟の背に冷たいものが走り、口を開いていた。
「気をつけて! ワイトは強敵だった。しかも、姿を変えられる能力を持っていた。あいつも似たような力を持っている可能性は高いわ!」
扇舟のその言葉を聞いてなお、ウィスプは不敵に微笑んでいるままだ。
「ワイトの能力まで知っているのね。……彼女はその力を使う時に黄色い瘴気を放つことから“黄夜叉”と呼ばれている。そんな潜入向きの能力持ちのくせに好戦的だから、全く困ったものだわ。でも、私は戦闘そのものが好きじゃないの」
そう言うと、ウィスプから銀色の瘴気が放たれ始めた。
「見ての通り、私の瘴気は銀色。それ故に“銀夜叉”とも呼ばれている。その効果は……説明するまでもないでしょう?」
瘴気を浴びたアンデッドたちが吠える。雄叫びとも、怨嗟の声とも取れないような不気味な慟哭だった。
「……さっきこの2人はゾンビたちが突然強くなったと言っていた。原因はお前の瘴気ね?」
扇舟の解答に対し、ウィスプは満足そうに「御名答」と返した。
「戦闘そのものが嫌いなんじゃないの?」
「私自身が戦うことはね。でも……かわいいしもべたちが戦う分にはその限りではない。この私を待たせたのだから、少しは楽しませてもらわないと割に合わないもの。……さあ、死霊の軍隊よ! 下賤な人間どもを蹂躙しなさい!」
銀の瘴気を撒き散らしつつ、ウィスプは楽しそうにそう叫んだ。使役主からの命令に応じ、かつては船員だったアンデッドが3人に襲いかかろうと迫りくる。
「ウルグリム、数で押されるのが一番まずい。“影”を召喚して。私も出せる限り頭数を増やす」
言うなり、タバサはネメシスと2体のブレイドスピリットを呼び出した。
「了解した。影よ!」
指示を受けてウルグリムも得意のリビングシャドウを召喚する。
「私も援護に入る。頭数が欲しいって言ってるんだから、今回は止めても戦うわよ!」
扇舟も右手のギミックである爪を展開して戦う気は十分のようだ。
「勿論」
返事をしつつ、タバサは先頭の敵目掛けて左手を振るった。生み出された
狭い通路で先頭が強引に止められたことによって敵の侵攻が遅れる。渋滞が発生し、目に見えてアンデッドの迫る速度が落ちていた。
「なるほど、ブレイドトラップで先頭の足を止めたか」
「ん、そう。……じゃ、さっき言った通り数で押されるのだけは避ける方向で。背中は任せた」
そう言うとタバサは駆け出していた。ブレイドトラップで捕縛した敵目掛けて跳躍。さらにそれを足場に、一足飛びにウィスプに飛びかかろうとする。
このタイプはリアイメイターをはじめとして散々戦っているために、彼女はどうすればいいのかをよくわかっている。要は召喚者や使役者の類を叩き潰せば、残りは烏合の衆と化す。ならば最初から頭を狙うという考えだ。
「ウソでしょ!?」
「まったく無茶をする……!」
その考えを扇舟とウルグリムの2人は瞬時に汲み取っていた。即座に援護の体勢に入ろうとする。
一方のウィスプは完全に虚を突かれた形になった。この狭い通路を配下のアンデッド軍団で埋め尽くせば敵は進行することができない。よって自分は絶対的に安全だ。そんな甘い考えは一瞬で吹き飛んでいた。
「くっ……! しもべたち!」
低い天井スレスレを跳ぶタバサを引きずり降ろそうと、かつて船員だったゾンビが腕を伸ばす。が、その腕目掛けてナイフが飛来。
ウルグリムが放ったファンタズマルブレイズだ。威力こそ低いものの、妨害には十分だった。
「さすがウルグリム。でも……どちらにしろ距離が足りないか」
敵の本丸まであとわずか。だがそこに到達するには明らかに高度が足りていない。
やむなくタバサは両手の剣を振りかぶり、前方足元のゾンビ目掛けて
さしものアンデッドの群れもこの連続攻撃で押し止められる形となった。その間にタバサは前方の標的をロックオンする。ここまで無数にあるように見えたアンデッドによる壁は一気に飛び越えたことで残り数層。押し切れる、と判断して突撃を敢行し始めた。
「しもべたちよ! この小娘を殺しなさい!」
させまいと、ウィスプから銀の瘴気が溢れてゾンビたちの動きが活性化する。だがタバサはお構いなしだ。強化されたと言っても結局はゾンビだと言わんばかりに高速斬撃で雑兵を斬り払っていく。
しかし前後が敵に挟まれた形に変わりはない。さらには扇舟とウルグリムもまだタバサに近づき切れていないために援護にも限界がある。前に進もうとするタバサを止めようと、背中からゾンビたちが群がり、爪による引っかきや殴打を仕掛けてきた。
それでもタバサは止まらない。範囲攻撃であるリングオブスチールやホワーリングデスに加え、天界の力のユゴールの黒血も発動。不気味な黒い塊が敵の足を絡め取っていく。
あくまで攻撃は最小限。妨害を振り払うだけでいい。前方の目標目掛け、とにかく前へ。
「なんなのよ、あの人間……! 私自身は戦いたくないというのに……!」
ウィスプはボヤきながら、背後のゾンビたちと入れ替わるように後方へ逃げていく。そうしつつも、彼女の周囲を浮遊していた砲塔を背負った巨大な蝿のようなもの――彼女の力を具現化したゴーレムにも攻撃指示を出していた。
前後からのゾンビの攻撃、さらにはウィスプのゴーレムからの射撃。ウィスプの必死の猛攻に晒されつつも、タバサは敵が自分から離れていくのを確認した上でインカムのスイッチを入れて語りかけた。
「相手の嫌がることをして、時には騙せってふうまに教わったんだけど。こういう戦い方も紅の中では卑怯になるの?」
インカム越しに小さく笑った声がひとつ。
『ならないな。それを否定すれば、あいつを否定することにもなりかねない。……このことに関してはさっきのお前の言い分通りだ。見抜けないほうが悪い』
次いで、どこか愉快そうな紅の声が聞こえてくる。
『さて、反撃開始といこうか』
ウィスプがやむなく後退していった、その先。これまで突破されないように固く閉じられていた機関室の扉が、ゆっくりと開き始めていた。
Grim Dawnに大型アップデートの1.2.0.0が来たようです。
ただ、追加されたサンダーが賛否あることと、翻訳が本体内蔵で今までと違う感じになっているということでしばらく様子見かなと思っています。
一方でダブルレアが出やすくなってるとか鉄片が溜まりやすくなってるとか、何よりSRの次チャンクへのポータルが近くに出るとか改善点もあるみたいです。
ってか、SRが90までのウェイストーンが追加されたらしいけど行ける気しない……。
アーコヴィアのアンデッド
Grim Dawnの敵対派閥のひとつで、その名の通りアーコヴィア(主にAct2のエリア)と呼ばれる地域を徘徊しているアンデッド。
アーコヴィアにいるスケルトンや実体を持たないゴースト系の敵が該当する。
いわゆるゾンビ系は一般的にはアンデッド扱いになると思われるが、本編中でタバサが述べている通りイセリアルによって復活・使役させられているということでGrim Dawnにおいては派閥的にはイセリアルに分類される。
アーコヴィアはかつて「ローワン」という優秀な王が収める栄えた帝国だったが、ある時神から国の崩壊の予言とそれに対する助言を聞き、王位を捨てて野に下った。
それでも予言は覆らなかったか、あるいは王が退位したことが原因か、それともそういったことと関係なく起こったか。その後の権力者は富と名声だけでなく永遠の繁栄のために永遠の命まで求め始め、不老不死の技術を知るネクロマンサーである「ウロボルーク」という男を拷問してその技術を聞き出そうとする。
だがそれがウロボルークの逆鱗に触れた。
彼は約束通り帝国の民たちを不老不死とした。肉体を失ってもなお死ぬことすら許されないアンデッドと化し、さらには生まれてくる子供がハーピーとなる呪いをかけて。
この呪いによってアーコヴィア帝国は一夜にして滅んでしまった。
だが、野に下っていたローワン王の一族は結果的に逃れることができたため、今もその血は続いていて「ローワリ」と名乗るようになっている。これが友好派閥の放浪民に当たる。
なおローワンの名はエレメンタルビルド御用達星座の「ローワンの王冠」や、メイス限定星座の「ローワンの王笏」など、星座にも名前が残っている。よほど優秀な王だったのだろう。
アーコヴィア全体で見れば「空位の玉座」や、さらには信仰していた神々として「ウルトス」「アタークセル」「イシュターク」など、関連する星座が多く存在しており、これでDLC1本作れるんじゃないかと思えたりもする。
悪評を上げた時に現れるネメシスは「冷風のムージラウク」。青く巨大なスケルトンゴーレムといった出で立ちで、その名の通り冷気攻撃と巨体から繰り出されるメガトンパンチを得意とする。
特に行動を阻害される凍結攻撃が厄介。凍結耐性が低いと一方的な嬲り殺しにあってしまう。どうしてもきついビルドの場合は凍結時間短縮効果のあるホアフロスト軟膏の使用を推奨されたりもする。
ヘルスを削り切って「やったか!?」と思っていると突如復活して第2形態へ移行。さらにパワーアップして襲いかかってくる。
ただ、シャッタードレルムでは最初から第2形態で登場する。しかし似た姿であるスケルトンゴーレムのイルゴアは形態変化をして遅延行為をしてくる。ここの差はなんだろう……。