“乗っ取られ”の少女、対魔忍世界に迷い込む   作:天木武

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Act94 ホラーかと思ったらそっち方面かよ……

「私がいた世界……ケアンにはアスターカーンっていう地域があってね。北のネクロポリスと南のダークヴェイルやホームステッドを隔てるように険しい山道で遮る形になってる。ネクロポリスは早くから邪教徒であるクトーニアンの連中が勢力を伸ばしていたことに加えて、ホームステッドは土地としても豊かだからというこで移住を決めた人も少なくないみたい。これは、そんな家族の妻がアスターカーンで遭遇したことを書いた話」

 

 ジャーナルの書き手である妻のヌアナは、一家の大黒柱のジョンと9歳になる娘のシルヴィーと3人で、ワゴンを引く馬車とともに治安が悪化したネクロポリスを離れて新天地を求める旅に出ていた。気候の厳しいアスターカーンを抜け、ダークヴェイルで食料を調達する。そんな予定だった。

 不安な大人2人の心を暖めてくれたのは娘のシルヴィーだった。微笑みながら話してくれたり、花を摘んで駆け寄って来てくれたり。そびえ立つ山に雪が降る前に通り過ぎることができるように祈りながら、3人は南の旅の道を進んでいった。

 

 だがヌアナの嫌な予感は的中する。山を抜ける前に雪が振り始めたのだ。

 

 旅路は苦しいものとなり、移動のペースも落ちる。それでもどうにか3人はダークヴェイルの砦のふもとにある平原まで到着した。

 しかし不幸は続く。先に到着していた旅行者たちがダークヴェイルへの道が閉鎖されたと伝えてきたのである。

 

 引き返そうにも降雪が始まった山脈を再び抜けることは不可能だった。八方塞がりとなった3人は、先に到着していた者たちと共にキャンプをせざるを得なかった。

 やがて、荷物を引いてきた馬が死んだ。食料として活用できたが、キャンプの他の者たちにも分け与えなければならず、消費が早くなってしまった。もし分けなければ何をされるかわからない、というジョンの考えからだった。

 

 旅の始まりからひと月近く、キャンプを始めてから2週間程度。馬肉はとうに無くなっており、食料は底をついた。木の実や、食べられるなら虫でさえも探すような有り様となっていた。

 そんなある日、キャンプ内の男がシルヴィーを襲おうとする事件があった。ジョンは娘を守るためにその男を殺した。

 翌日、ジョンは肉を持ってきた。その肉が何かとは言わず、またキャンプの他の男たちも彼の娘が襲われた事件のことだけを聞くと、何も言わずに受け取っていった。

 

『え……。ちょっと待って……。もしかしてそれって……』

 

 自身も悪霊の類のはずなのに、ここまでどこか怯えた様子で聞いていた雪だるまが思わず口を挟んだ。それだけでタバサも何を言いたいのか察したのだろう。ひとつ頷いて答える。

 

「この世界の武装難民だっけ、あいつらの中にも()()()()連中がいるらしいけど、つまりはそういうことだよ。ケアンには()()自体を習慣的に行う集団すらあった。まあ今話してる場合は飢えに耐えきれなくなって、だろうけど。……あ、私は勿論まったくやったことないよ」

『ひ、ひぃ……』

「ホラーかと思ったらそっち方面かよ……。でもこの話、それで終わりじゃないんだろ?」

 

 おそらくは寒さのせいだろうが、もしかしたら怖さのせいもあるかもしれない。体を震わせながら、小太郎が尋ねた。

 

「ん。というより、おそらくこの件がきっかけになっというか、これでタガが外れたというか。……とにかく続けるね」

 

 一度一線を踏み越えてしまえば、もう止まることはできない。

 

 やがてジョンはキャンプの中の男に「娘を差し出す」と、甘い言葉を投げかけてテントへと呼び込んだ。

 

 当然嘘である。

 

 妻と娘の目の前で、ジョンはその男を殺した。だが耐え難い空腹は、人が目の前で殺されたという事実よりも深刻だった。

 そうしてモラルに反する方法を取りながらもどうにか生き続けた3人だったが、ある時ジョンが獲物に反撃されて大怪我を追った。おそらく長くはもたない、とヌアナにはわかった。しかし、妻の心の中には確実に近づいてくる夫の死に対する悲しみはまるでなかった。

 やがて彼は息絶え、代わりにしばらくの食料が手に入った。

 

 気づけば、キャンプ地にはヌアナとシルヴィーの親子以外誰もいなくなっていた。飢えが収まることは無く、それ以外のことを考えられない。

 ヌアナはシルヴィーに獲物をおびき寄せることを提案し、シルヴィーは喜んでそれを受け入れた。もはやシルヴィーは狩人となっていた。

 

 獲物を追いかける。食べることは気持ちいい。寒さも感じない。髪も抜けた。それでも空腹は収まらない。

 さあ、もっと見つけろ。獲物を追いかけろ。恐怖が肉を甘くする。もっと肉を。もっと、もっと……。

 

「……私がジャーナルから読み取れたのはここまで。あとはもう文字とも言えないような理解不能な記号が並んでた。これが私が知る怖い話なんだけど……。眠気は覚めた?」

 

 淡々と話しながら、それでも火は切らさないようにタバサはブラックウォーターカクテルを投げ続けていた。その炎と雪の悪霊の力のお陰で寒さは多少紛れているはずだが、小太郎は身震いしている。

 

『人間怖すぎ……。作り話だとしても怖いし、本当ならもっと怖い……』

 

 ついでに雪だるまのくせに悪霊の方も体を震わせているようだった。

 

「なんで悪霊のお前までビビってるんだよ……。お前だって人間の怨念の集合体なんだから似たようなもんじゃないのか?」

『いやいや、全く別。それ人間と猿が同じっていうぐらい間違ってる。名前が先行してるせいでイメージ悪いけど、オレはそんなに悪いやつじゃないから』

 

 確かにこいつ自身はそこまで大きな問題を起こしたわけではなかったか、と思いかけた小太郎だったが、それでもリア充を妬んで一方的に狙ってきた時点でそんなことはなかったと思い直さざるを得なかった。

 

「とりあえずひとつ話してみたけど、まだ必要? それならそれで何か思い出すけど」

『あ、いやそれはもう十分ってことで……。それよりも普通に話したいかな』

「普通ってのはどういうことを話せばいいの?」

 

 そして気づけばまた怖い話の前段階へと会話が戻ってしまっている。

 

(あぁ……。静流先生、早く助けに来てください……。寒さもだけど、それ以上に別なもので俺は今とても辛いです……)

 

 思わず小太郎はそんな風に思わざるを得なかった。

 

---

 

 

 

 一方その頃。

 

 味龍の面々もこの異常事態を感じ取っていた。地下であるはずのヨミハラに雪が降るというだけでもおかしなことである。

 それでも店に関係がなければ静観を決め込んでいただろうが、出前に出ているタバサとトラジローの2人が戻ってこないとなれば話は別だ。

 

「トラジローとは話ができた。出前先に電話を掛けたら、雪に巻き込まれたって言ってた。無理はさせないほうがいいと思ったからもうしばらく出前先で待機してもらって、雪が収まったら戻ってくるように言っておいた。ただ……」

「タバサちゃんには連絡がつかないのね?」

 

 この雪で店に来る客足も減っている。そのために暇を持て余した扇舟が厨房にやってきて、状況を確認しているところだった。彼女の問いかけに、電話の受話器をおいた春桃が重々しく頷く。

 

「今ヨミハラで起きてる何かに巻き込まれた可能性が高いと思う。あたし自身はあまり首を突っ込みたくないんだが……」

「なら代わりに私が行く。どうせこの状態じゃいてもいなくても変わらないようなものでしょうし」

「店長代理、すまないが私も友が心配だから扇舟に同行したい。もし荒事になった場合は戦力が多いに越したことはないだろう。それに異世界で友に何かあったとなれば、今この世界にいる私の責任問題にもなりかねない」

「わかった。じゃあ扇舟とウルグリムはタバサを探しに行ってくれ。店の方は私達でもなんとかなるから、頼んだぞ」

 

 真剣な表情をした春桃の言葉に2人は小さく頷く。それからエプロンを外して自分のロッカーから装備品を取り出して身につけ、店を後にした。

 

「さて……。出てきたはいいけれどどこから探しましょうか」

「……向こうだな。戦闘の音が聞こえる」

 

 神経を集中させた様子を見せてからウルグリムはそう言って指さした。

 

「私には何も聞こえないのだけれど……。いいわ、信じる。行きましょう」

 

 タバサとはそこそこ付き合いが長いため、彼女が大概人間離れしていることを扇舟は知っている。そのタバサが認めているほどなのだから、目の前のこの男も同列で語ってしまっていいのだろう。よって疑うようなこともせず、扇舟は素直にその言葉を信じることにしていた。

 

 雪が降るヨミハラの街を疾走し、少し経ったところでウルグリムが言ったことは間違いないと扇舟はわかった。

 

「あれは……!」

 

 サンタコスの女性が2人戦っているのが目に入る。金髪に眼鏡、コスチュームからこぼれんばかりの胸から1人は静流だとすぐにわかった。もう片方のグレーの髪をした格闘スタイルで戦う少女の方は初めて見るが、おそらく対魔忍だろうと扇舟は予想を立てていた。

 そんな2人は相当数の死霊たちを相手にしていた。が、如何せん数で分が悪い。圧倒的不利、というわけではないが、決定打を欠いているように見える。さらに死霊たちの背後にはより強力な存在であるレイスが数体控えていた。

 

「戦っているのは宿の下にある酒場の女店主か。もう1人はわからないが……。相手は銃兵衛たちと乗り込んだ船の中で戦った連中に近いようだな」

 

 ウルグリムも静流の酒場の上にある宿泊所で生活している。元々アンネローゼと共に初めて訪れた際、扇舟を通して紹介してもらっていたことも影響しているのだろう。そのため、まだあまり話してはいないものの静流とは顔見知りの関係でもある。

 

「それで、加勢でいいのかな?」

「勿論。死霊たちをお願い。奥のレイスは私がやる」

「構わないが……。君はその右手の爪に毒を塗布する戦い方が得意だと聞いた。だが死霊にはその毒の効果が薄いという話だったのではないか?」

 

 フッと扇舟は小さく笑う。そうしつつ、懐から透明な液体が入った容器を取り出し、戦闘用である右手の義手の甲へとセットした。

 

「おっしゃる通り。でもここ最近、死霊卿の手のものと思われる連中と戦う機会が増えたとも感じていた。だから、連中に効く特性の毒を用意しておいたのよ」

「今装填したのはそれ、というわけだな。わかった。奥の厄介そうなのは任せよう」

 

 背中の二振りの剣を抜き、ウルグリムがさらに加速。タバサも得意とする消えるほどの突進(シャドウストライク)で切り込む。遅れまいと扇舟も続き、前方で戦う対魔忍たちの援護に入ろうとしていた。




南の旅

タバサが本編中で語った内容が記されたジャーナルのタイトル。3人の家族の妻であるヌアナが記す形となっている。
内容はおおよそ本編で述べた通りであり、幸せな家族が旅で行き詰まり、主人であるジョンを失い、生き残ったヌアナとシルヴィーはやがて食人を生きるための手段から目的へと変えていき、次第に怪物と化していく様子を描いた衝撃的なジャーナル。
ダークなジャーナルが多いグリドン内においても屈指のダーク&ホラーな内容であり、徐々に正気を失っていく日記はかの有名なかゆうまを連想させるものがある。
また、拡張版DLCであるAoMを入れると2人の名前がついたモンスターが追加される。Act5で見かける敵の容姿をしている。
しかしいくら化け物になったとはいえ所詮は有象無象のモブ敵扱い。乗っ取られの相手ではないので、意識していないと「なんでこのモンスターがここにいるの?」って感じであっさり倒してしまって気づかなかったりもする。
それにしてもなんでわざわざAct5の、主にバロウホルム周辺で見られるモンスターをここに追加したんだろうなあ……(すっとぼけ)。

なお博識乗っ取られによるとこのジャーナルにはリアルの元ネタがあるらしく、「ドナー隊事件」という19世紀半ばに起きたアメリカ開拓民の遭難に端を発した一連の事件ではないかとのこと。あのホラー映画の「シャイニング」でもドナー隊については軽く触れられてるとか。怖いから見たこと無いけど……。
ただし、あまりにも衝撃的な事件であるため、調べる際は非常に注意して欲しい。リアルでこれが起きていたと思うとゲーム内の内容以上にかなり怖い。
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