こちら、ニコニコ海上放送局!   作:就鳥 ことり

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久しぶりの更新なので前回のラストを振り返ります。
 
「ヒナ! 埒が明かない! 1度二手に別れて撒いてから、みのりんとこで落ち合お、管制室」
 
「わかた! 私上行く!  捕まっちゃダメだよ!」
 
「大丈夫、追っ手はすぐに居なくなるよ」
 
「……? そっか、気を付けてね?」
 
 ヒナは真意が分からず、キョトリとしたまま走り去って行った。何も伝わってないシワシワの眉間を思い出して、ハルトは笑う。
 
 口の中で、オレンジ色の錠剤が噛み砕かれた。



9話 咆哮

 

「さてと。どこ行こうかな」

 

 ヒナと別れたハルトは、大人達をたっぷり引き付け、ヒナを確実に逃がしてから左へ回り突き当たりまで走る。なるべく広い部屋が良かった。

 

「運動場……36425978」

 

「馬鹿め……手こずらせやがって。部屋に逃げ込むなど愚策だ、モルモット……? な、なぜだ! 」

 

 バンっとガラス戸を叩くが、弾丸をも通さぬ設計である。その程度の衝撃など何処吹く風。強化ガラスは素知らぬ顔で、伸びをする小悪魔を映していた。

 

 マスターキーの権限で部屋にロックをかけたのである。

 

「クソッ、メインルームに行った奴らはまだ戻らないのか!!」

 

 顔を赤くした大人たちを背に、ハルはバランスボールに腰掛けてのんびり前髪を弄る。

 

「んー。もっとたくさん集まってからにしないとね」

 

 ハルトは身体の中に異物が溶け込んだことを感じていた。先程までは自分になかった衝動が、早く暴れたいと疼く猛獣が、熱く血管を駆け巡っている。

 理性でなだめて時を待つが、待ち遠しく思うハルトはもう、悪魔に魅入られているのかもしれない。

 

 舌なめずりをしたのは無意識だった。

 

 指で髪の毛を遊ばせて暇を潰していると、サイレンが響く。

 

『エマージェンシー9(ナイン)、レベルα。総員、最優先に対処せよ。繰り返します……』 

 

 まぁ、考えるまでもなく十中八九子供達のことだろう。子供達はこの研究所の宝そのもの、最優先事項だからだ。

 

「……海賊のおかげかな。情報統制に遅れがあるみたいだ」

 

 海賊が来ようとも、隠し部屋と暗証番号のレプリカ、子供達は暗証番号と強化ガラスの中。それぞれ2段構えに閉じ込めて安心していたというのに。さぞ、上層部は驚いたことだろう。

 

「あ。」

 

 上層部と言えば。ドクターはそろそろ見つけて貰ったかな。

 

 -ピピッ

 

 数分も待たずに電子音が解錠を告げる。

 

「あまり大人をナメるなよモルモットが!!」

「麻酔班、きっちり首を狙えよ。奴らは薬に耐性がある」

 

 わらわら大人たちが押し入って来た。

 

「ボク、やっぱりさ。彼奴は殺した方が良かったなぁって思うんだ」

 

 あの中で1人だけ震えてなかった。重ねた手がふたっつ共、震えていたからやめたけれど。ハルトだけは何時でも引き金を弾けた。

 

「ミノリがしたくないなら、させない。ヒナちゃんには見せない」

 

 1番強く握って、1番汗をかいていたのはミノリだった。

 1番僕らを鼓舞しながら、1番震えていたのはヒナだった。

 

「僕にはできるから、2人は僕が守る」

 

 ハルトの細い喉が獣の音を立てる。抑えていた衝動を解き放つように白い服を脱ぎ捨てた。血の巡りが早くなる、興奮物質に脳が染まるのを感じる。

 猛る衝動のまま咆哮をあげた。上半身が獰猛に盛り上がり、脚は細く瞬発力に特化させるため筋肉を圧縮させた。美少年の陶器の身体は無惨にも消え失せる。丸く小さな獣の耳、揺れる細い尾、王者の赤い(たてがみ)は未発達。

 

「おま、お前その姿……! せ、成功したのか!!」

「素晴らしい!!!」

 

「レプリカNO.9。ネコネコの実、モデルライオン!!」

 

「グルルルル……ガァァァァァァァァァ」

 

 そこからの記憶は曖昧だった。銃口をへし折って、麻酔銃を無効化して。それから、どうしたんだったか。科学者という生物は、己の頭脳の結晶に目を輝かせたまま。1人、また1人と倒れ、自分達の飼育場(ゲージ)だった地下は自分の狩場になっていた。

 本能に任せて噛みちぎって、切り裂いて、逃げる科学者未満を追いかけて。気が付いたら自分1人だけが廊下に立っていた。

 

「……こまった」

 

 身体から湯気が出て萎んでいく。白青磁の美少年は、まるこい声を出してポリポリ頬をかいた。

 

 -2人には内緒にしたいんだけどな。いやぁ、こまった、こまった。

 

 廊下はサブ管理室で仕留めそこねた数人の死骸やら、血やらがゴロゴロ。どこを見ても惨劇の爪痕しか残っていないのである。

 

 ……あれ。これは存外マズいんじゃないか。『いやぁ、こまったこまった』とかそんな悠長な状況ではないのでは。

 ようやっとトランスから帰ってきたハルトの脳が、ここで初めて気がついた。

 

 興奮冷めやまぬ頭がポケーと惨状を眺めていたのだが、現状を理解しダラダラと冷や汗が白い背中を伝う。

 殺すのはやめようとみんなで決めた手前、2人には何としてもバレたくない。

 

「わーっ! どうしよう!!」

 

 -隠さなくちゃ!!

 

 子供がおねしょを隠すように。ハルトは目をバッテンしながら、大慌てで証拠隠滅に取り掛かった。幸い汚した廊下はそれほど広くない。選んだ部屋が地下の最奥だったのが良かった。

 2人の目に触れそうな場所だけでも綺麗にしなきゃ! ハルトは慌ただしく死骸を載せたワゴンで廊下を爆走し、モップを握って走り回るのである。

 

 

 **

 

 

「は、はわ……」

 

 ヒナは激戦区に足を踏み入れてしまった。地下と地上を隔てる重たい扉……床板に擬態している扉を開けると弾丸の雨が飛び交う戦場であった。ロボット兵と海賊共、それと白衣の屍があるばかり。

 既に地下に帰りたかった。

 

 マスターキーもノーマルカードキーもそれぞれハルトとミノリが持ってるのでヒナには部屋に逃げ込むこともできない。しかし、後ろからは追っ手が来ているはずなので、戻ることも許されない。消火栓の影に隠れて、必死に頭を回す。どうしよう。

 

「ん、あそこ。ガキがいないか」

「ハルトか!?」

「あっ、副船長!!」

 

 頭も目もキュルキュル回していたヒナの前に現れる、閃光。目の前がチカチカして、びっくりしている間に持ち上げられていた。

 

「こんにちは」

 

 急に高い高いされてびっくりしたヒナは、きゅっと目を開いて固まった。しっかりセットされた赤褐色の髪に、青い目のナイスミドルである。しかしヒナにとっては知らないオジサン(おとな)でしかなく、即ち、敵である可能性が高い。直ぐにハッとして全身の毛を逆立てて警戒を顕にした。

 

「むーーっ!  離して!!」

 

「驚かせてすまない」

 

「フーーーッ」

 

 急に持ち上げられた野良猫と同じ動きだった。

 ハルオミは両腕を引っかかれながらなるべく優しい声を出して尋ねた。

 

「お嬢さん。ハルトという男の子を知らないか」

 

「……知らない」

 

 寸前まで顔をクチャクチャにして仔猫のようにジタバタ暴れていたというに、急に動きを止めて無になる。

 ナイフを突き立てられたような剣呑さ。ハルオミはこれに覚えがあった。腹を決めた、なりふり構わぬ男と同じ気迫だった。

 

 ハルオミのそれは悪手であった。

 彼女の警戒レベルが最高値を振り切れたのだ。エネルギーの大半を思考に費やすことになった結果、スイッチが切れたみたいに表情が抜け落ちたのである。

 だがマァそれでは、知っていると言っているようなものだった。

 

「知らないよ。全然知らない」

 

 真顔でバレバレの嘘を吐く。ヒナは全神経を尖らせて見聞色の覇気を使っていた。しかし圧倒的な力量の差に考えを読み取ることは出来なかった。周囲の雑兵の音ばかり拾い上げてしまい、頭が割れそうだった。そうなれば己のその他五感に頼るしかない。鉛の瞳はハルオミの僅かな機微も見逃すまいと、静かに睨んだ。

 

 一方。さっきまでピカピカしていた子供の目が急激に色を無くすものだから、ハルオミは冷静にならざるを得なかった。

 ゆっくり床に下ろしてやり、目線を合わせる。

 

「そうか。急に聞いてごめんね。驚かせたね」

 

「うん。いいよ」

 

 真っ暗な目をして、瞬きもせずに彼女はハルオミを見ていた。

 

「ここは危ないのはわかるね」

「うん」

「おじさん達が助、いや。君のお手伝いしてもいいかな」

 

 ハルオミは助けるという言葉を避けた。頼まれてもいないのに、助けるとは彼女に対して失礼だと思ったからだ。

 

「……ごめんなさい。大人は信用出来ない」

 

 ハルオミの誠意を受け取ったヒナは、少し剣呑さを緩めて、ハルオミの目を見て断った。

 

「じゃあ、僕の銃をあげる。これは特別な銃なんだ。片手は僕と手をつなごう、これで逃げられないだろう。騙されたと思ったら僕を撃ってくれ」

 

 周囲のクルーは副船長の言葉に固唾を飲んだ。

 言いたい事は沢山あった。歪んでそうな子供に命を預けたこと。3億ベリーのピストルと1発2700万ベリーする8弾しかない海楼石の弾丸を、ガキの信用のために渡してしまったこと。ロギア(自然系)の能力者なんだから、とりあえず普通のピストルを渡すでも良かっただろうに。そこまでするのか。口を出したかった。

 

 しかし、みんな何も言わなかった。それどころか呼吸音すら立てまいと言った具合で大人しくしていた。それほどまでに2人の空気は重く鋭いのである。ひとつ間違えたら逃げられてしまうような。野良猫と触れたい人間とが間合いを詰め合うのと同じくらい真剣だった。

 

 黄金のピストルを手にしたヒナはまじまじと眺め、モチモチ握って観察した。そして小さく聞いた。

 

「ちゃんと撃てるか試してもい(い)?」

 

「あぁ」

 

 ヒナの小さな指がグリップを包む。それからゆっくり、構える。初めてなので、少し緊張しているのだ。何を撃とうか少し迷って、ハルオミの少し後ろを狙ってエイっと思い切って力を込めた。

 

「わっ」

 

 思ったより大きな音が出たので、びっくりして肩に力が入る。足を踏ん張ったのは意地だった。あんまり弱いとこを見られたくなかった。

 監視カメラを殺した青い鉛に納得して、ヒナはハルオミを見上げた。

 

「分かった。じゃぁね、肩車して。いつ頭を撃たれても良いなら、ちょぴっと信じます」

 

「いいとも。どこへお連れしたらいいのかな?」

 

 厳しい答えだったが、少女のそれは確かな歩み寄りだった。壁をほんの少し開いてくれた。それが分かったから、ハルオミは命を握られても迷わず是と答えたのだった。

 

「わたし、はぐれちゃって……2階のお部屋に行きたいの。でもわたしは鍵を持ってないから、階段のシャッター開けられないんだ。オジサンたち壊せますか?」

 

 ヒナは別に2階に用事はなかった。

 ミノリの待つ管制室も1階の奥にある。ただ、兎に角この男を遠くにやりたかった。こうも1階に海賊達が居られては2人が危ない目に逢うかもしれない。特にハルトなんかは絶対にダメだ。連れてかれちゃう。

 

 ここはもう、見つかってしまってたヒナが何とかするしかないのである。

 

「任せなさい。ボクはハルオミ。君の名前を聞いてもいいかな」

「わたし、えと。40622番。ヒナです」

 

 そのためには科学者共が立てこもる2階へと海賊共をまとめて放り込むのがよろしい。

 

「よろしくね、ヒナちゃん」

「うん。少しの間お世話になります」

 

 肩に乗せてもらいながら少し思った。

 

 -あ。シジマさんには会いたくないな。

 

 ちょっぴり気まずくて

「あのね、ハルオミさん」

「何かな?」

「わたしと会ったことはシジマさんにナイショにしてね。意地悪しちゃったので……」

 

 でも、謝るべきことじゃないと思うから、ごめんねってできないのだ。アセアセ、ひそひそ可愛く内緒話をされて

 

「あぁ、分かったよ。ナイショだね」

「おんにきます」

 

 ハルオミは少し笑った。




被検体番号の読み方は40622(よんぜろろっぴゃくにじゅうに)番と読みます。
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