1話 色を知らない子供達
温度のないものしか与えられたことがないのだと思う。ミノリはサプリメントをエネルギーゼリーで飲み干しながら考えた。
与えられた本に書かれた物語が、今ひとつ想像がつかないのは、きっと想像し得る情報があまりに欠落しているから。
視線を床から天井へと移して、それから三方を囲う壁も見回した。白。温度のない色だ。
ガラス越しには白い衣を引っ掛けた、顔色の悪い大人達がこちらをじっと見る目と目が合う。温もりのない、そういう視線だった。
「みのりん、何見てるの」
「どしたの」
左右から覗き込むふたつの頭。ヒナとハルト。
無機質な白と機械だけだった視界を桃色と赤色が埋め尽くす。パチパチと瞬く緑。ミノリが唯一知っている、温かいもので色だった。だからミノリの好きな色は2人の赤系の色だった。
それはヒナとハルトもそう。知っている色はお互いの色だけ。
彼らは空の色も、花の色も、炎の熱さも、何も知らない。
「おはよう諸君、バイタルチェックの時間だ」
「……はい」
被検体40111、ミノリ。8歳。ヒト族。空色混じりの白髪と、花浅葱の瞳。大人しい個体である。
「111番、少し痩せてきたな。お前は1番の適合体だ。健康体でいてもらわねばならん。タンパク質と糖質の量を増やす。前回の投薬の経過観察のため、お前は今回は見送る」
「わかりました」
「ね、先生。今日わたしにお薬ある? 緑のはいいんだけどね、紫のは美味しくなかったな」
「たわけ。味に気を遣う時間もカネも無い」
「じゃあ、お口じゃなくてお注射にしよ。んーとなんて言うんだっけ。お薬がこう、あって。管の着いた針で……」
「点滴か?」
「そーっ! 流石みのり。点滴にしよ。美味しくないのヤッ」
40622、ヒナ。8歳、ヒト族。珊瑚から毛先にかけて山吹に色変わりする髪と、萌黄の瞳。溌剌とした個体。
「……考慮する。今日の投薬試験は810番、お前だけだ」
「うへぇ。僕も美味しくないの嫌なんだけどなぁ」
40810、ハルト。8歳。くすんだ椿の髪はよく跳ねるので伸ばして纏めることにした。エメラルドオーシャンの瞳。被検体より売った方が良いかと思う程の美しい個体である。
研究成果が出た暁には広告塔にする予定だ。
800年続くパンクハザードの極秘研究機関、その442期に集められた1000人の子供達の生き残り。沢山居た友達はみんな5年かけていなくなった。
「それから、111番と622番。新しい本とパズルだ」
「ありがとうございます」
「やったぁ。先生ありがとうございます」
「810番の本は3日後届くから、待つように」
「はぁい」
4万人以上費やした中、3人ぽっち残った適合体は貴重だった。
「いいか、お前たちが私と共にある限りは、私もお前たちの欲しいものはなんでも与えよう」
たった3人ぽっちになったその日、初めてご褒美を貰った。質素ながら玩具を与えられるようになった。
「お前たちは特別な子供たちだ。死んで行った愚図どもとは違う。優秀で選ばれた子供たちだ。お前たちが世界を変えることが出来る。世界のヒーローになれるんだ」
この子供特有の万能感を刺激するような、自分たちは特別であるという刷り込みも始まった。
「あの愚かな125番のように、一時の苦しみから崇高な使命を捨てようなど、逃げだそうなど考えてはいけないよ。今は辛いかもしれないが、それが終わればなんだって叶えられるんだ」
特別優秀だった被検体40125をその反抗により失ったからである。そこで初めて被検体のご機嫌取りの必要性に気がついたのだ。
奇跡のような過去最高の適合体3体。800年の研究成果が、稀代の大偉業が掛かってる。大天才の名誉と富が目の前にあるのを、手放すわけにいかないのである。
「あいつの死に様を覚えているな。お前たちは私なしでは生きられないというのに、私の手を離れようとするからあんな悲惨なことになるのだ」
子供たちは、元の姿が分からない程の黒ずみのミイラになった大好きな友達の姿を鮮明に覚えていた。
「先生、分かってます。俺らとあいつは違う」
「そーそー。血圧あがっちゃうよ。そんな馬鹿なこと考えてないから大丈夫だって」
「先生、わたし達がんばるよ」
暑く語るドクターの手をちょんと子供たちが握ってたしなめる。その気遣うような手つきに満足そうに頷くと、先生はハルトを連れて出ていった。慕われていることに納得がいったからである。
「……」
ドクターは被検体の餓鬼どもを舐めていた。
その後ろ姿に中指立て、顔をシワシワにして「んべぇっ」と舌を出しているというのに。全く気がついていなかった。
彼らはこの大嘘付きが大嫌いなのである。
「俺らの中で1番賢いんだ、セイヤは絶対生きてる」
「
子供たちは知っている。
本当は40125番、セイヤは死亡ではなく失踪しており見つかってないこと。
自分たちが戦争を止めて世界平和をもたらしたり、病気の子供を救えるどころか、精々奴等の金になるかもしれない程度なことも知っている。
1から10までダウトである。バレてないと思うなよ。
子供たちとは大人が思うよりずっと賢いものだということを、自分の頭脳を過信している研究者諸君は知らなかった。
「みのり、新しい本読み聞かせしてあげる」
「……」
それは全部知ってる子供たちの作戦会議の合図だった。