ホグワーツ入学許可証に記載された名前を見た瞬間、ドラコ・マルフォイは記憶を取り戻した。そして思わず二度見した。
ホグワーツ魔法魔術学校校長アリアナ・グリンデンバルド。
待て、何が起こっている。本当に何が起こっているというんだ。
そう、彼もまた、逆行者であった。
ドラコ・マルフォイはそれなりに大往生した。死喰い人という過去は拭い去れなかったものの愛する息子と可愛い孫に恵まれ、癒者としてもそれなりに認められていた。元死喰い人にしては幸せすぎる人生だっただろうと思う。
さて、何故自分は幼くなっていて、ホグワーツの校長はアリアナ・グリンデンバルドなどという名前なのか。原因など一つしか思いつかなかった。
ハリー・ポッター。
魔法界の英雄であり、大人になってから息子たちを通して癒者と患者との関係になり、友人関係にまで発展した人物である。しょっちゅう事件に巻き込まれる彼ならこれくらいしてもおかしくない気がする。ドラコはとりあえずプリペット通り方面に殺気を送っておいた。届くかどうかは別として。実はハリーがいるのはゴドリックの谷なので、プリペット通りに殺気を送っても意味がないことを彼は知らなかった。
「ドラコ? どうしたのですか……まあ、入学許可証? 」
部屋に入ってきたナルシッサにドラコが返す言葉を見つけられないでいるうちに、彼女はドラコが持っている入学許可証に目を止めた。
「ドビー、ルシウスを呼んできなさい。」
「はい、奥様! 」
元気よく返事をしてバチンと姿くらましをしたドビーを見送りながらドラコは周りを見渡した。ウィルトシャーのマルフォイ邸である。
「ドラコ、ホグワーツから入学許可証が届いたと聞いた。」
ドビーが呼びに行ってからものの一分もたたずにルシウスが現れる。はい、とドラコは何十年かぶりに見る父に感慨にふけりながら返事をした。
「ホグワーツは良いところだ。寮はもちろんわかっているだろう、スリザリン寮だ。」
「はい。」
スリザリン以外に行く気はないが。マルフォイの存続のためには何をどうするにしろスリザリンに行くことは必要である。あえてグリフィンドールに行き、ドラコとルシウスで光と闇に別れ対立しながらどちらが勝ってもマルフォイを存続させるという手もあるがルシウスは11歳の子どもにそんなことを要求するような父親ではない。
「ドラコはアリアナ先生にあったことはあるか? 」
「……アリアナ先生、ですか? 」
アリアナ・グリンデンバルド。ドラコはもう一度頭の中でそれを反芻した。アルバス・ダンブルドアの若き日の友人はゲラート・グリンデンバルドであり、妹はアリアナ・ダンブルドアだった。それはリータ・スキーターの信用できるのかできないのかよくわからない本で読んだし、ハリーはどこをどうやったのか一応裏付け的なものはとってあるといったから確実だろう。だがしかし、アリアナ・グリンデンバルドとは何事か。一体何が起こっているんだ。頭を抱えるドラコを尻目にルシウスは言葉を続ける。
「この時期なら、ダイアゴン横丁に行けばアリアナ先生には会えるだろうか。」
「ええ、ルシウス。アリアナ先生のところにもドラコと同い年の子がいたはずですからね……それに、先生ならマグル生まれの子の案内もしているかもしれませんし。」
両親の会話がさっぱり理解できない。ドラコはとりあえず思考を放棄することにしておいた。
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「あら、ルシウス。元気にしていた? 」
品の良い白いブラウスにネイビーのロングスカート。薄青のショールも上品で趣味が良い。その青との対比かのような鮮やかな赤毛はよく映えるし、落ち着いた青い瞳も衣装とよく合っている。30代か40代といったところだろうが、老成した雰囲気もある。つまり年齢不詳である。
―――しかし。ドラコは目の前の女性を見た。見れば見るほどいつぞやに見た写真の若きダンブルドアに見えてくるのは何故であろうか。頭が痛い。
そして、彼女が腕を絡ませている隣の男性。こちらも金髪にオッドアイ、その特徴はどこをどう見てもゲラート・グリンデンバルドである。何かの本で読んだ写真にそっくりだ。頭が痛い。
「アリアナ先生、お久しぶりです! ええ、先生こそ元気にされていますか? 」
「ええ、もう100歳を超えたはずなのだけどこの通り。今日はドラコのお買い物かしら。」
「はい、今年、ドラコはホグワーツで―――ほらドラコ、挨拶を。」
ルシウスの声が弾むのを見て、ドラコの目は死んだ。未だかつてこんなに嬉しそうな父上見たことない。
「マルフォイ家嫡子、ドラコ・マルフォイと申します。初めまして、ミセス・グリンデンバルド。」
「そんな堅苦しい挨拶はいいわよ、顔をおあげなさいな。本当は初めましてではないのだけど、あなたは小さい頃だったから覚えていないかしら? 」
首を振ればそれもそうよね、とアリアナは微笑んだ。
「それよりルシウス、私に構っていて良いのかしら。純血貴族の当主様? これでも半純血よ。オリオンといいアブラクサスといい、まったくあなたやシリウスまで純血二大巨頭の示しがついていないんだから。」
どこかからかうような声音である。くすくす笑うアリアナにルシウスが眉を寄せた。
「アリアナ先生、そうやって自分を卑下するのはやめてください。祖母に叱られますよ? 」
「あら、オリヴィアも元気にしているのね? 近々会いに行くとでも伝えてくれるかしら。」
「わかりました。祖母に伝えておきます。」
ドラコは目の前で繰り広げられる会話を呆然と見やった。結局死ぬまで純血主義を曲げなかったルシウスが、半純血の魔女を慕っている。一体この世界は何がどうなっている?わけのわからないことだらけだった。
「ドラコ、どうしたのですか? 」
「母上……。」
父上がおかしいです、などと言えるはずもなく。精一杯の無邪気なつもりの笑顔でごまかしたのは有効だったようで、はじめて会う人に緊張してしまったのですね、と都合よく解釈してくれた。
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ダイアゴン横丁から帰ったあと、家の書庫をひっくり返し日刊予言者新聞を漁って得た情報を書き連ね、ドラコは溜息を吐いた。ここは一体何という世界であろうか。
まず、アルバス・ダンブルドアはいない。ダンブルドア家に生まれているのは長女アリアナ・ダンブルドアひとりであり、彼女がまたすごい。半純血でありながらスリザリン寮に組み分けされ、入学早々同級生であるブラック次男と次期マルフォイ夫人と親しい仲になる。スリザリンの純血貴族も早い段階でそれなりに掌握し、それを見込まれて次期マルフォイ夫人を差し置いて監督生に選ばれた。ホグワーツの賞を総なめにし、ホグワーツ始まって以来の天才と称された“スリザリンの女帝”。女性ということとスリザリン寮ということを抜きにすればダンブルドアにしか見えない。
そして、シリウス・ブラック。彼はアズカバンに投獄などされておらず、ブラック本家当主になっていた。レグルス・ブラックも生きている以上、勘当されたわけではないということだ。妻はアリアナ・グリンデンバルドとゲラート・グリンデンバルドの曾孫に当たるグリンデンバルド直系の姫。現在男女の双子の子どもがいる。レダ・ブラックとプロキオン・ブラック。同い年だったので慌ててナルシッサに頼んで小さい頃の写真を見せてもらえばシリウス・ブラックに面立ちの似た見覚えのない黒髪の美形がふたり、自分と一緒に映っていた。幼なじみらしい。まあ、つまり、今回はブラック家は死に絶えていないということだ。ちなみにオリオンとヴァルブルガも存命である。そう、存命といえば龍痘と別の流行病で死んだはずのドラコの祖父母と曽祖母も生きているのだ。そしてこの曽祖母こそが、アリアナ・ダンブルドア―――現在はアリアナ・グリンデンバルド―――と同級生で親友なのである。
さて、とドラコは気を取り直した。次はトム・リドルについてである。それに着いて仕分けた資料に目を通し、ドラコは遠い目をした。闇の魔術に対する防衛術教授にしてスリザリン寮監。闇の魔術の権化のような帝王が防衛術教授とはこれいかに。妻はこれまた例のグリンデンバルド夫妻の直系の孫娘であるヴィクトリア・リドル、旧姓グリンデンバルド。有り余る優秀さから在学時より寮監に目にかけられ、卒業してすぐに当時の闇の魔術に対する防衛術教授であるメリィソートの補佐に入り、スラグホーン教授が寄る年波を感じてきたということで20年ほど前にスリザリン寮監を引き継ぐ。副校長を打診されたこともあったが断り、ミネルバ・マクゴナガルにその座を譲ったという。加えて、週刊魔女のゴシップまで確認したドラコはふらりと目眩を感じた。恐妻家トム・リドルって何だ。闇の帝王を尻に敷く妻ってどこまで最強なんだ。一体何者だ。あ、グリンデンバルドの孫娘か。
―――そう、グリンデンバルド。極めつけはグリンデンバルドなのである。ダームストラングを放校になりながら闇祓い局長、魔法執行部部長を経てイギリス魔法大臣の座を長いこと保持しているゲラート・グリンデンバルド。そんな彼の妻はホグワーツ校長。ブラック家にもその血を混ぜているグリンデンバルド閥があるのが、最大の違いだった。
純血の定義は三代以上魔法使いが続いて生まれた家系であること。週刊魔女によればゲラート・グリンデンバルドは半純血の妻と駆け落ち同然で電撃結婚したらしいが、その曾孫はブラック家に嫁入りしているのだから純血の定義は三代以上で構わないのだろう。
まあ、そんなことはどうでもいい。ドラコは天を仰いだ。50年以上に渡り、イギリス魔法界最大勢力であり続けるグリンデンバルド閥。闇の帝王もいないしハリーはただのポッター家の嫡男であるし平和な世界といえば平和な世界であるが、これはあまりにも変わりすぎではないか。
「ドラコ、書庫にこもってどうしたのですか? 」
「いえ、お気になさらないでください、母上……。」
ドラコは乾いた笑みを浮かべた。まさか、逆行したなどと言えるわけもないのだから。
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早々にキングス・クロス駅に着いたドラコは、前回と今回の違いについて頭に叩き込んでおかしな発言をしないようにせねばならぬと人除け呪文をかけ、ひとりコンパートメントに引きこもった。
引きこもったはずなのだが。
「ドラコぉぉ~! 」
さっそくコンパートメントに来客があった。トランクを抱えてコンパートメントに転がり込んできたのは鳥の巣頭の眼鏡、つまりハリーであった。
「……人除け呪文はかけたはずだよな? 」
思わず確認したドラコに抱きついたハリーはトランクをその辺に転がして頷いた。
「うん、かかってたよ。未来でグレードアップされてた人除け呪文。僕以外にも逆行者がいるってわかった時どれだけ安心したかわかる?! 何なのこの世界?! そりゃ父さんと母さんが生きてるのは嬉しいし額に傷もないけどどうして?! 」
「こっちが聞きたいわ! 情報収集はどこまでした?! 」
「誕生日祝われてる時に思い出してそれからずっと放心状態だったのに情報収集なんてする暇あると思う?! 」
「お前の事情なんて知らん! ほら資料! 」
「わあさすがドラコ……って分厚い。無理。読みたくない。要約して。」
「ダンブルドア家の三人兄妹は存在せず、パーシヴァルとケンドラの夫妻に生まれたのは長女アリアナのみ。ホグワーツの賞を総なめにし首席を突っ走り、ホグワーツ始まって以来の天才と称されブラック家の次男と次期マルフォイ夫人を懐柔し“スリザリンの女帝”の名をほしいままにしたのが彼女。ホグワーツを卒業した夏にゲラート・グリンデンバルドと電撃結婚、二男二女をもうけている。」
「ああ、なるほど、ホグワーツの入学許可証の名前ってそういうこと……アリアナ・グリンデンバルドって見間違いかと思ったよ。それでさ、父さんのスリザリン誹謗中傷聞きまくってちょっと心折れた……。にしてもスリザリンの女帝って……。」
「さて、次はトム・リドルだな。現在闇の魔術に対する防衛術の教授として教鞭をとる傍ら、スリザリン寮監もつとめている。飛びぬけて優秀で在学中よりスリザリン寮監アリアナ・グリンデンバルドに目をかけられ卒業後すぐ教授輔佐になり、スラグホーンが寄る年波を感じてきたということで20年ほど前にスリザリン寮監も兼任するようになったらしい。ちなみに週刊魔女によると恐妻家。」
「え、結婚してるの? ちなみに奥さん誰? 闇の帝王尻に敷くってよっぽどだよね。」
「ヴィクトリア・リドル、旧姓グリンデンバルド。アリアナ、ゲラート・グリンデンバルド夫妻の孫娘。」
「……いわゆる“前世”で言うダンブルドアの立ち位置のひとの、孫娘? とうとう血迷ったか、リドル……。」
「魔法界にはグリンデンバルド閥があるからな。ホグワーツ校長と魔法大臣は夫婦だ。」
「最強じゃん。イギリス魔法界をほぼ完全に掌握してるってこと? ああ、でもグリンデンバルドは前なんて欧州全体とか掌握しかけてたっけ……ちょっとはましになったのかな。」
「……まあ、ということだ。くれぐれも失言には気をつけろ。ちなみに寮はどこに? 」
「え? スリザリン。あ、そういえばスネイプ先生はどうしてるの? 母さんの話題に出なかったから今回も喧嘩別れしたのかと思うといても立ってもいられなかったけどどうやって調べればいいかと思って。」
「“セブルス・スネイプ”はいない。」
「……え? 」
鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた顔をするハリーにドラコは肩をすくめた。意地悪な言い方をした自覚はある。
「いるのは“セブルス・プリンス”だ。」
「……何だ、驚かせないでよ。スネイプ先生が生まれてないかと思っちゃったじゃん……。」
「さて、ここで一つ。諸事情が重なってアイリーン・プリンスの結婚が早まったらしく、先生の生年は1960年ではなく1944年になっている。」
「16年早まってるの? 早まりすぎでしょ、っていうかアイリーン・プリンスって結構な高齢出産だったわけ? 」
「……そうかもしれないがそれは置いておこう。」
「置いておいちゃうんだ。」
「さて、シリウス・ブラックだが。現ブラック本家当主で既婚、一男一女がいる。ちなみに相手はグリンデンバルド一族のお姫様だ。」
「え、シリウス結婚してるの?! そういえばシリウス、ポッター家に来なかった気がするけど……何がどうなってるの……。」
「シリウス・ブラックの出身寮はスリザリンだ。これですべて解決だろう。」
「……嘘でしょ。」
「嘘じゃない。週刊魔女によるとブラック兄弟の仲はとても良好だそうだ。」
「ねえ嘘って言ってよ!? ほんとどうなってるのこの世界!? 父さんとシリウスが仲悪いって何事なの! 」
「だからそれは僕が聞きたい! 心当たりはないのかハリー! 」
「ないよ! 」
ホグワーツ特急でひたすら怒鳴り合ったふたりがあと五分で着くという段階になって慌てて着替え始めるのは、もう少しあとのことである。彼らはとにかく混乱していた。
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「君たちも同じなんだよね?! やっと仲間を見つけた! 会えて嬉しいよハリー、ドラコ! 」
スリザリン寮監室にて。ガバッとハリーとふたりまとめて闇の帝王に抱きしめられたドラコは遠い目をした。どうしてこうなった。