注意
・ネタバレ防止のため詳しく書きませんが、私に専門知識はないです。
・"気"で保温効果…?
・捏造。
ー 前回のあらすじ ー
キング「明日の夜、自作露天風呂に入らないかと招待されたわ。行きたい人」
エル・グラス・スカイ・スペ『はーい!!!』
ーーーーーーーー
「とうちゃーく」
午前六時。
いつだったかセイウンスカイと共に遊びに来た山を前に、悟空が地に降り立つ。
そこは人が寄り付かない場所のため、汚れを知らない白銀の世界を作り上げていた。
「わーい、雪だぁ!」
悟空の背中から降りると、まっさらな雪の上にダイブするウマ娘、ハルウララ。
"気"で覆われていたため凍える事はなかったが、空の旅からの開放感で、雪の中を駆けずり回る犬と化している。
「おーい、ウララ。オラ達は遊びに来た訳じゃねぇんだぞ」
「えーっ、ちょっともダメ?」
容量四十リットルを超える大型のリュック。中には飲食料に着替え、テントや防寒具、その他小道具を収納。
機能性、防寒防水に優れた羽毛のズボンとジャケット。
今日がキャンプや息抜きではなく、紛れもないトレーニングだという事はウララも理解している。
だからこそ、これらの装備を集めた。
もっとも、装備集めに奮闘したのはキングヘイローであるが。
「うーん。……………まっ、一から十まで修行すんのも持たねぇだろうし、準備運動ついでに遊ぶか!」
「やったぁ!それじゃあ何する? 雪合戦は悟空さんとやるのは怖いから他の遊びね!」
「なら雪だるまなんてどうだ?」
「さんせーい!」
悟空はお腹側にあったリュックを背中に回した。
ウララと似たり寄ったりの装備だが、恰好は道着の上にロングコートを羽織っているだけだ。
そのコートですら防水機能がどうとか言って、キングヘイローが悟空をモール内引きずり回して用意した物だ。
「こんなにいっぱい雪があるんだから、すっごーく大きな雪だるま作ろうね!」
「おう。こっから山の入り口まで転がしていけばかなりデカくなりそうだ」
「うんっ!そう、だ…………ね」
いざ、腕をまくってやる気を出す悟空の横で、ウララは真顔だった。
さっきまでは違った。ワクワクとキラキラ。喜楽の権化と呼んでも過言ではない笑顔が、今や無だ。
「………悟空さん」
「ん?」
「ほんとに、ここから転がしていくの?」
「おう。大きくもなるし準備運動にもなる。けど、時間も余ってる訳じゃねぇから、ちゃっちゃと行こうぜ!」
「…………、」
もこもこと白い球が大きくなる一方、ウララはその場に立ちつくした。
(………五十じゃないよね。百メートル?)
およその距離。転がしていくにつれて増す重量。
想像出来た時、準備運動と言う名の筋肉トレーニングになる事が分かった。
これからまた死の淵に行ってしまいそうなトレーニングが待っていると言うのに、なぜ自ら余計な体力を使ってしまう案をしたのか。
別に後悔している訳ではない。しかし喜べないのも事実。
だが、
「なにしてんだよ、ウララ! 置いてっちまうぞー!」
「!………は、はりきって行こーっ」
悟空は意地悪をしていない。本当に遊んでいるつもりなのだろう。
だからウララは、遊びとして捉える事が出来るように、笑って雪玉を転がして行くのであった。
ーーーーーーー
「ね、悟空さん」
「何だ?」
すでにウララの体と同じくらいまでに膨れた雪玉。
足場が悪くてもウマ娘にはまだ余裕でいられる重量。
「なんでトレーニング場所をここにしたの?」
「変か?」
「変、じゃないけど。………やっぱり変かな」
何だそりゃ、と言って悟空は笑った。
「だってさ、ここじゃあウララ走れないよ? 有マ記念だって近いし、今はフォームの確認とかした方が良いんじゃないのかな……?」
彼女に不安が押し寄せる。
いくら成長したと言ってもライバル達にはまだ並べていない。
慣れない環境下でおこなうトレーニングが、どうやって0.01秒でも速く走れるようになるのか疑問でしかない。
「筋肉トレーニングだって学園の道具使った方が早いじゃん。雪で膝まで埋まるから足腰の運動にはなるけど………って、なんで笑ってるの!?」
特別、悟空から笑い声が出ていた訳でも、満面の笑顔を浮かべていた訳でもない。
目や口の僅かな緩み。
子供扱いされているみたいだと、恥ずかしさを感じたウララの顔が赤く染まる。
「へへっ、わりぃわりぃ。…………いやぁな、おめぇもずいぶんと様になってきたなって思ってよ」
「さま…?」
「ああ」
よっ、と声を発して悟空は雪玉を押した。
それは崩れる事はおろか、側面が凹む事もなく、十メートルほど転がって行った。
短い距離でも進んだ分だけ大きくなった雪玉を見て、悟空は腰に手を当てた。
「おめぇが修行をおかしいと感じるのも、他の修行方法を提案して来んのも、初めてだ」
「ッ、ご、ごめんなさい! 悟空さんのトレーニングが嫌って訳じゃなくてっ、」
「分かってる。オラは怒ってねぇ、嬉しいんだ」
「え」
「言われるがままじゃなくて、ちゃんと自分のするべき事が分かってきてる。…………強くなってんなあ、ウララ」
「………………うひ、くふふっ…!」
「どうした? そんな気持ちわりぃ声出して」
「あーっ、ひどい! 嬉しいから笑ってるの!」
「そっか。何でも良いけど手ぇ止まってんぞ」
「………もぉー」
あまりの温度差に不貞腐れながらもニヤけるウララ。
雪玉を先へ転がしたが故に、悟空は手ぶらで歩く。
「で、修行場所をここにした理由だけど」
「うん」
「根性を鍛えるためだ」
「……….うん?」
何となくは分かるがもう一つ説明が欲しいと、首を傾げて訴えた。
「ようはサバイバルっちゅーやつだな。 この雪山で、自分の力だけで一日を越す」
「面白そう!!!」
感情のままにそう叫ぶウララだが、
「でも…………、なんの意味があるの? すごく力を使いそうではあるけど、それならやっぱり学園で筋肉トレーニングした方が、」
「違う違う。筋トレはおまけだ」
「……あ、根性、だったっけ?」
「そうだ。 有マ記念での走り方は絶対な心の強さが必要になる。心を強くすんには過酷なナニカを乗り越える事だとオラは思う」
少し、ウララの雪玉を押す速度が弱まった。
すでに彼女の体を超えている球体。 雪というのは大きくなるにつれて密度が増し、見た目よりもずっと重い。
民家の屋根の上に積もった雪は1トンを超えるという。
だが別に、力負けしている訳ではない。 むしろその逆。力を込めると壊してしまうから、加減に手こずっている。
「心を強くするには過酷ななにか……、………?」
思考を巡らせてみたが、しっくり来る答えが彼女に訪れなかった。
「例えばさ。『自分は昔、めちゃくちゃ辛い事を乗り越えたんだ』とか『自分はあんなにとんでもねぇ敵を倒したんだ』みてぇな過去があったら、『それに比べりゃあ今回だってへっちゃらだ!』って、思わねぇか?」
「んーーーっ、思う!!」
「だろ?」
龍球ステークスにてセイウンスカイに敗北をした時、それまでに頑張っていた事が全て無意味だったと考え、絶望を味わったウララだが、今は悟空の言う事に共感している。
「そんな状況をわざと作るんだ。何も特別な事をするつもりはねぇ。ただ生き延びる」
「なーるほーどね。分かったよ! 分かったんだけど……ウララ、過酷って思うのかな?」
「ん?」
手を止め、足を止め。
不安そうな顔で悟空を見た。
「だってさ、今まで悟空さんに付いて来たんだよ? 辛いとかキツイとか………、そんなのもう数え切れないくらい思ってきた。 いまさら外で一日過ごすだけって、たぶんウララは平気なんじゃないかな」
「…………、」
せっかくの野外トレーニングを無駄にして申し訳ないと思ったのか、話しているうちに俯いてしまう。
そんな彼女を見て、悟空は声を出さず笑った。
先程のような優しい顔じゃない。
温かみなんて一切ない。
イタズラ成功を確信したかのようなクソガキフェイス。
だがそれは一瞬の事で、
「ははっ、それならそれで良いじゃねぇか!悪い事なんて全然ねぇぞ」
「ほんと…?」
「ほんとほんと! まっ、やるだけやってみようぜ!」
「うんっ!」
豪快に笑い飛ばすとウララもつられて笑顔を見せた。
安心したのか、停滞していた時間を取り戻す勢いで、力強く雪玉を転がして行く。
そして悟空は思う。
(辛ぇだけじゃ済まねぇぞ、ウララ)
ーーーーーーー
山の麓に転がし続けた雪玉を重ねて置いた。 上下の球体が同じ大きさだから雪だるまとは呼べない。
だが、北海道のさっぽろ雪まつりでも展示出来そうなほどに存在感のあるオブジェとなった。
山の中へ入って行く二人だが、ウララは名残惜しそうに何度も振り返る。
「……悟空さん」
「どうした?」
「あの子、置いてきちゃったけど寂しくないのかな?」
「………、」
不恰好ながらに目と口、手を付けたのは失敗だったかも知れない。
オブジェとして残るだけでなく、愛着としてウララの心にも残ってしまった。
「…………大ぇ丈夫なんじゃねえか?」
「そう、かなぁ……」
「…………、」
悟空は横目でウララを見た。
どうにも後ろ髪を引っ張られている様子。真剣に考えているのが伝わるため『雪なんてどうせ溶けるから気にすんな』とはとても言えない。
だからといってこのまま無視するのもリスクがある。山の中での油断は怪我に繋がるのだ。可能なら気持ちをスッキリさせたい。
そこで彼は助けを求めてテレパシーを飛ばす。
こういう時にどうするのかを知っている人物…‥否、ウマ娘。
訳を話すと簡潔な答えが返って来た。
「………よしっ、ウララ! あいつが寂しくねぇようにもう一体作ってやろうぜ!」
「!!!」
言うと、分かりやすく満面の笑顔を見せた。
悟空なりに組んでいた予定が大幅に遅れてしまうけど、この際は仕方ない。
先程の物よりかなり小さいが、ささっと作り上げて悟空が運び込んだ。
戻って来ると両手をあげて喜ぶ彼女。
再び山の奥へ歩を進める。
「大体の予定なんだけどよぉ」
「うん」
「日が暮れる前までにテントを張る。 とりあえずそれが目標ってとこかな」
「はーい………ん? たくさん雪が積もってるけどテント張れる場所ってある?」
「それは心配ぇすんな。何度か下見に来てっから考えがあんだ」
「ほへー……、じゃあ今はそこに向かって歩いているんだね!」
「そうだ」
言いながら悟空は足を止めた。 止めざるを得ない状況に直面したのだ。
「………悟空さん。しょーじきに言って良いよ」
「?」
「迷子になっちゃったんでしょ!?」
木々を越え、目の前にそびえ立つのは巨大な壁。右が左にしか選択肢がない。ちなみに左右どちらも道と呼ぶ事は出来ないほど草木で覆われている。
「ん、迷子じゃねえぞ」
今度はウララが疑問符を浮かべた。
だがすぐに理解した。
悟空が崖のてっぺんを見るように顔を上げているのだ。
「あ、そういう事ね…!」
飛んでいく事が分かると、ウララは悟空の背に回った。
しかし、いつまでも背にはリュックがある。空を飛んでいた時のように悟空が前側で持ってくれないと、背中に乗れないのだが。
「ウララ。これだけは言っとくぞ」
「………なにかな」
振り返り、声色が一段と低くなった悟空。
思えばウララは本当の意味で理解していたのかも知れない。ただ認めたくない、受け入れ難い事だから、脳内選択肢から自然と排除した可能性がある。
「おめぇがこの修行で死ぬ事はもちろん、走れなくなるような怪我はしねぇ。オラが絶対に守る。約束する」
「うん」
「でも、ちっせぇ怪我ならいくつかする。過酷な道のりを無傷で乗り切ろうってのは甘ぇ考えなんだ」
「………、」
「オラについて来れるか? ウララ」
「………………ウララは悟空さんの弟子だもんっ、ついて行くよ!!」
ほぼやけくそ気味に手袋を外す。一気に冷たくなった手が向かうのは断崖の岩。 一つの出っ張りを鷲掴みにしながら深呼吸をすると、ゆっくり崖を登り始めた。
ウララが悟空の身長を超えたあたりで悟空も後をついていく。
「ウララ! 下にはオラがいっから安心して落ちてこいよ!」
「もっと違う言い方で応援して!」
「応援って、…………フレー、フレーってやつすれば良いんか?」
「う、ううん……、やっぱり大丈夫」
「そうか。………あ、言い忘れてた。オラは"気"を使うつもりねぇから、落ちる時はなるべく手の届く所にしてくれ。 じゃねぇと二人揃って落っこちちまうからな!」
「だぁかぁらぁっ! 悟空さんそういう所だよ!」
彼は全て本心だ。必ず守ってくれるとウララは心底信じきっている。
だが不安がなくなった訳ではない。
命綱も無く、重量のあるリュックを背負い、かじかんで思うように動かせない指先。
落ちるビジョンが頭をよぎる中、期待するのは彼の言葉だったのに。
何故だか『頑張れ!』の言葉が出て来ず、焦燥感煽る事ばかり言って来る。
(根性トレーニングだからあえてプレッシャーかけてる、とか…?)
と、なんだかんだと考えていたが、ここでウララは思考を放棄した。
集中力の欠如は落下に繋がる。
あとどれくらい登れば頂上なのか。一体どれくらい登って来たのか。
心が揺れないように、気になるけど上も下も見てはならない。
その事を感覚的に理解していたウララは、落ち着いて足場をしっかりと作り、次の出っ張りに手を伸ばす。
その時、
がこっ…! という軽快な音と共に、ウララの掴んでいた岩が取れてしまった。
走るという動き以外に、身体の使い方を教えていた悟空のお陰か、彼女は経験者顔負けのロッククライマーだった。
故に、彼女の行動にミスは無かった。
強いて言うなら、ロッククライミングというスポーツの事をウララが知らなかっただけだ。
まさかこんなにも簡単に岩が取れるなんて、思いもしていなかった。
「ーーーーッッッッッ!!!?」
片手が外れた拍子に崖から体が離れる。無我夢中で手を振っても空を切るのみ。
もはや叫び声すら出ない。
「ほいっ、と」
対して悟空は冷静だった。
落ちる寸前のウララの手を掴み取った。
「ッッ……は、はぁっ、はあっ…!」
手首に圧力が加わり、宙ぶらりんのまま止まる。
ウララは今、体中からおびただしいほどの汗が流れ出ていた。
いくら悟空に助けてもらえると分かっていても、崖から手が離れた瞬間に細胞の全てが死を悟った。
呼吸がままならない。頭の中が真っ白になっている。
「ウララぁ、気ぃ抜いてる場合じゃねぇぞ」
そんな彼女に悟空が言った。
「はっ、はぁ、はぁ……、…………?」
頼みの綱である悟空の手を力一杯握りしめて、ふと思う。
自分の手首を持つ悟空の指は全部で十本。つまり両手で掴まれている。
「ウラ、ラ…、早く、しろって…!」
「え?」
てっきり空を飛んでいるものとばかり思い込んでいたが違った。
ウララが上を見ると、正面には悟空の顔。
悟空は逆さ吊りになっていた。
「………ど、どーなってるの、それ…?」
「つま先を、崖に、突き刺してんだ。 思ったより、おめぇが遠かったから、体を伸ばしきらなきゃ届かなくて…!」
悟空の顔が歪んでいく。彼に限ってウララが重いなんて事はないだろうに。
すると、崖から石ころが少しずつ落ち始めた。
「ウララぁっ、早く戻れ! 足が抜けちまうのも時間の問題だ!」
「いや飛ぼうよ!!!」
「"気"は使わねぇって言ったろ!」
「っ、わ、分かった!」
少し揺れる事になるが、軽い助走をつけて手を伸ばす。
ちょうどいい所を掴めはしたが、ここには足場がなかった。
「悟空さんっ、足を置く所がないよ!」
「作れ!」
「うええっ!?」
「全部用意されてると思うな! 必要な物がねぇなら自分の手でやるしかねぇんだ!」
「はいっ…!」
ウララは、悟空のつま先が突き刺さっている箇所を見た。
これを出来るのは悟空の持つ桁外れな力だけ、とは限らない。
ウマ娘である以上、足の力は絶大なんだ。
左手は悟空に、右手は崖を掴み、
心臓に悪い浮遊感に焦らされながら、足を振るった。
「ッ!」
一撃を強く。
ゴッ、という音がなると、つま先のほんの一部が入った。
「よしっ。悟空さん、手離すよ!」
「おう!」
いち、に、さん、という合図でウララは崖にへばりついた。
すぐに手や足を動かして安全圏に向かう。
ようやく、意図的に呼吸が出来た。
今まで息を止めてたんじゃないのか、というくらいに酸素が巡るのを感じる。
「ふぅ………、疲れた時こそ呼吸するんだったよね。ちゃんと出来るようにしないと」
そう話しかけたウララだったが、
「あーーーっ、オラのお菓子!!!」
彼女の背後をものすごい勢いで落下していく悟空がいた。
「……、………、……………………」
もう言葉が出ない。理解も出来ない。
いや、悟空が落ちていった意味なら分かる。恐らくだが、逆さまになったせいでリュックのポケットに入れてあったお菓子が落ちてしまったのだろう。
そのお菓子一つを求めて地上五十mから飛び降りる彼を、ハルウララは無言で眺めている。
地面は見えない。
無数の大木の上に雪が積もっていて、悟空が着地した所が分からない。
すると、
何かが下から飛んで来た。
その何かをウララが把握する前に、彼女の下で陽気な声が聞こえてくる。
「ひゃーっ、あっぶねえ! もう少しで失くしちまうとこだった!」
「……………、」
"気"を使わないと言った彼は、足場の悪い雪原からジャンプして来た。
崖にしがみついて、口の端でお菓子の袋を噛み切り、へへっ……と笑いながらチョコレートスティックを食べ始めている。
「………………き、キングちゃああああん!! ウララねえっ、もうどんな顔して良いのか分からなくなっちゃったよぉおおおおおおおおおおお!!!!」
我慢の限界が訪れた。
彼女の心の底から出た叫び声は『なっちゃったよぉぉぉぉ……』と、綺麗なやまびことなって語尾が繰り返された。
「ははっ、すげ。ぃやっほーっ!!!」
「やっほーじゃないよ!」
ーーーーーーー
(ま、まだつかないの…?)
悟空の後ろについて山の中をひたすらに歩く彼女。
人間よりも遥かに優れた運動機能を持つウマ娘といえども、雪で覆われて起伏が激しい上り坂を何時間も歩いては、疲労というものが出て来る。
「悟空さん、休憩しようよー」
「休憩? さっきしたばっかじゃねえか」
「ご飯を食べた時の事を言ってるならぜーんぜん休憩した気分にならなかったよぉ……」
崖を登り切ったところで突然の食事タイムがあった。
昨夜の内に作り置きをしていたお弁当を出し、悟空は学園のおばちゃんに頼んでいた大盛り弁当を取りにわざわざ瞬間移動までしていた。
問題なのは食事スペース。
周囲はまんべんなく雪が積もり、腰を下ろす大木すら見当たらない。
そんな時、悟空は雪を崖下に落とした。そして崖っぷちに座り込み、足を外側へ投げ出したまま食事を始めたのだ。
「崖のギリギリの所でしか座れなかったっていっても、怖すぎて味なんて分からなかったもん」
「んでもおめぇ、途中から景色きれーとかなんとか言ってたよな?」
「言ったねぇ……」
「そん時は怖がってたんか?」
「慣れちゃってたからあんまり、かな?」
「メシ、うまかっただろ」
「うん!とってもおいしかった………です」
「んじゃちゃんと休めただろうし、休憩はなしだ」
「ぁぁ………ぁぁぁ…………」
「ははっ、まぁメシを調達しないだけマシだったって思うんだな。寒い時の山ってのはなんにもねぇからよ」
確かにこれまで山の中を歩いて来てそれらしいのは一つもない。 仮にあったとしても見つけるのはかなり難しいだろう。
ウララは興味深そうに『へー、そうなんだぁ……』と辺りを見渡した。
「ねぇねぇ」
「ん?」
「悟空さんは小さい頃冒険してたんだよね?」
「ああ。してたぞ」
「じゃあさ、冒険をしていてすーーーっごく困った事とかあった?」
前を歩く悟空の背中を見て、ウララはふと思った。
こんな頼もしすぎる彼にも、パニックになってあたふたと騒ぎ散らす過去があったのかと。
「そりゃあ色々あったぞ。すっげぇ困った時っつーのは大体手遅れになったけどな」
「どゆこと!?」
「偶然寒い所に行っちまった時は対策する前に凍えて固まっちまったし、腹が減ってる時にヤベェ奴を相手にしてボコボコにされたりした」
「困った事っていうかすっごく大変じゃん!! 大丈夫だったの?」
「そこでは死んでねぇから一応大ぇ丈夫って事になんな」
「あ、うん……。そうだよね」
「それよりウララ。 オラとしても話してやりてぇんだが、ちょっとばかし急がねぇと」
「えっ、もうそんな時間なの!?」
あわてて太陽を探すウララ。
この場所から太陽は見つけられなかった。しかし空の色と体内時計が言っている。
「まだお昼頃、だよね?」
「ああ。そんくれぇだと思う」
「日が暮れる前にテントを張るって言ってたけど……、まだまだ何時間もかけて歩くの?」
「いんや、歩くのはもう少し。けどテントの前に一仕事があっ、て………………あれ?」
「悟空さん……?」
ぴたりと止まる悟空の足。首を真横に向けて何やら凝視している。
視線を追いかけた先には川があった。
やけに一際強い寒気を感じると思っていたウララは納得するが、川の真ん中で動く"黒い塊"に目を奪われた。
「あいつ、なんで寝てねぇんだ?」
悟空の声は左耳から右耳に突き抜けた。
頭の片隅の方では理解しても、脳の大部分では危険信号が埋め尽くしている。
「ご、ごごくさっ、だ、だめだよ。しぃーね?絶対にしぃーだからね?」
早く行こうとコートを引っ張る。
しかし悟空はウララの事を気にせず片手を上げて、
「おーいっ! ヤジロベェ!!」
会ったのは数回だが呼び慣れた名前を口にした。
「なんで呼んじゃったの……ってどちらさま!?」
一人慌てるウララ。
彼の声に応えた黒い塊は首が捩じ切れんばかりに振り返り、川の真ん中をものすごい勢いで突っ走って来た。
「ははっ! 最近来れなくてすまねぇなあ!」
悟空がわずかに前に出る。
平然と話す言葉はヤツに通じているのだろうか。
理解の有無は不明でも、ヤツはこう返す。
「ガアアアアッ」
重く轟く獣の声。
ヤジロベェと呼ばれたヤツ。動物で言うなら熊。
四百キロ前後の体重が悟空にのしかかった。そして無我夢中で顔を悟空に擦り付けている。
「わひゃーっ!おめぇ冷てぇぞ!」
黒い毛に染み込んでいる川の水は、触れる悟空の手が赤くなる程だ。
ブルンブルン!と体を振って水気を飛ばすヤジロベェ。 大量の水滴が悟空とウララの体を濡らした。
「わぷぷっ…!」
「ったく、こんな近くでやりがって。乾かしてやっから大人しくしてろよ?」
そう言いながら、悟空は"気"を放出した。
ヤジロベェの体を覆い尽くす光。 ぬくもりを感じたのか、ヤジロベェは座って毛繕いを始めた。
「ちゅーかおめぇは何やってたんだ? この時期は食う物が少ねぇんだから静かに寝てなきゃダメだろ」
「ガウ……」
「あぁ、食いそびれたんか。ドジだなぁ」
「フン」
「…………、」
妙な会話をしている一人と一匹を見ながら、ウララは動けないでいた。
恐れて足がすくんでいる訳ではない。 悟空がいるから安心しきっている、という訳でもない。
「ヤジロベェ、ちゃん…?」
ただ、その名前に聞き覚えがあった。
あやふやな記憶を確信付けるのは、熊の右腕に巻き付けられた白いシュシュ。
大きさはまるで違うが、雲のようなモコモコとしたデザインは、セイウンスカイが耳に付けている物と酷似している。
「セイちゃん……。熊とお友達ってほんとだったんだね」
ぼそりとウララは呟く。
「なあ、ウララ」
「ん、なぁに?」
「オラ、こいつの食う物買ってくっからさ。わりぃけどちょっと待っててくれ」
「うん。分かっ、………………その間、ヤジロベェちゃんはどうするの?」
「? おめぇと一緒にいてもらうつもりだけど」
「………んーとねぇ」
えへへ、と彼女は渇いた笑いをこぼす。引き攣った頬をポリポリと掻きながら、
「セイちゃんのお友達っていうのは分かってるけど、ちょっと、怖いかなぁ、なんて……」
たどたどしく本心を言った。
熊が可愛いというのは動物園の檻の中でありテレビの中だけ。
しかもだ。
万が一が起きた時にウマ娘の足を使って逃げる事は出来るかも知れないが、装備に加え雪の上だと捕まってしまうのが目に見える。
「まぁ、そりゃそうか。ならオラと一緒に行くか」
「うんっ、んんんんっ!!?」
ウララの顔が驚愕に染まる。
悟空の横から動き出した黒い毛玉が、ゆっくりとウララに近付いて行ったのだ。
「あ、あの、ごめんね? こんなに近くで熊を見た事ないから怖くて、でもいつかちゃんと慣れるから、遊べるように頑張るからっ、だからね、今じゃないのぉっ!!」
必死に訴えるもヤジロベェには届かない。
手を伸ばせば触れるくらいまで距離が縮まると、
(…………マズいやつなんか、これ?)
実は不安に思っていた悟空は、すぐ助けに行けるように身構えていた。
「悟空さんっ、もしかしてこれも根性トレーニングなの!?」
「ん?……あ、そうそう!」
「絶対うそじゃん!!」
助けが来ないと悟ったウララは手でバリケードを作った。現実を直視しないように顔を背けて、ギュッと目を閉じる。
もふ。
「………………ぇ…?」
手のひらに伝わった感触。反発がありつつ柔らかい。まるでターフの芝に触れているかのよう。
「お………、ぉお…………」
何度か手を押しながら恐る恐る目を開ける。
分かっていたが至近距離にいるのは熊だ。ウララよりも遥かに大きく、単純な力ならウマ娘以上。
「ガウ」
ぺたん座りをしたヤジロベェは吠えて、頭頂部をウララの方に傾けた。
自然とウララの手が伸びる。
耳と耳の間を数回、犬や猫を撫でる時と同じように往復させて、
「……………ぅ」
口の隙間から小さな声がこぼれたその時、
「ウララはハルウララって言いまぁす!よろしくね、ヤジロベェちゃん!!」
彼女はヤジロベェの懐に飛び込んだ。
大切な人と何年か振りに再会した時のような力強い抱擁。全力で両手を広げても背中まで届かないという楽しさ。
先程まで恐怖の対象になっていたヤジロベェは、今はもう等身大の熊のぬいぐるみだ。
「あははっ!大きいねぇ、ヤジロベェちゃん! ちょっとゴワゴワしてるけど、それがなんか良い!」
もみくちゃにされてるヤジロベェはと言うと、なにやら一生懸命匂いを嗅いでいた。
フン、フン、と記憶にインプットさせるかのようだ。もしくはセイウンスカイと似た種類の匂いに興奮しているのだろうか。
なんにせよ、最悪の事態は起こらなかった訳だが……。
「おーい、早ぇとこ食う物買って来ようと思うんだけどよ」
「うひひ、くすぐったいから舐めないでよぉ…………あ、そうだよね、行ってらっしゃい!」
「おめぇは行かねぇんか?」
「うん!ここでヤジロベェちゃんと遊んでる!」
「……オラがいなくなったら噛んでくるかも知んねぇぞ?」
「ヤジロベェちゃんはそんな事しないもんっ、ねー?」
「ガアッ」
「……………ふーん、じゃあオラ行くかんな」
「はぁい!」
楽しそうなウララの声を聞き、悟空は瞬間移動をした。
ーーーーーーー
「ふぇーん……」
「なんだよ、まだ落ち込んでんのか?」
「だってぇ……」
彼女がこうなったのは、生肉を頬張るヤジロベェを置いて来た時からだ。
「もっと遊びたかったのにぃ」
「明日にはスカイが風呂入りに来る事伝えたし、寝てなかったら来んだろ。そん時に遊べば良いじゃねえか」
「それ、通じたの…?」
「どうだろうなぁ…………ははっ! 分かんね」
「ううっ、悟空さんが適当すぎる」
新たな友達との楽しいひと時が、再び雪山を歩くという苦行に変わった。
短い時間でも気分を一転出来たお陰だろう。ウララは動きが軽やかになっているのを感じていた。
しかし息が切れる。
先程よりどう考えても、体力の消費が激しい。
「ご、悟空さん? なんだか歩くの速くない?」
周りの景色を眺めている暇がないくらいテンポの速い歩きだ。
足が雪に埋まる前に片足を出さないと間に合わないから、ほとんど力づくで動かしている。
転びそうになっても、手で雪をもがいて前に行く。
残りの体力を考えた時、ウララの額には疲労とは別の汗が流れた。
「さっきのでかなり時間を使っちまったからなぁ。 そりゃあ速くもなるさ」
「でも、ずっとこのペースならもうすぐ体力がなくなっちゃうよ」
「何言ってんだ。それを乗り越えてこその修行だろ。 レース中でも疲れたっつって休むつもりか?」
「っ、そんなことしないよ!」
「だよな。 ま、もうちょいで着くから頑張れ!」
「うん」
ーーーーーーー
「ん、お…?」
「?」
おそらく獣道だったであろう所を通り、大木の横から顔を出した悟空は声を上げた。
「おっし! 着いたぞ、ウララ」
「はぁ、はぁ、…………えっ、ほんと!?」
その知らせで笑顔になる彼女。
一体どんな場所なんだろうと勢いよく飛び出したが、わずか三歩進んだくらいでピタリと止まる。
「………なにこれ」
「オラが考えていた場所だぞ」
「じゃあ、ここにテント張るんだよね?」
「そうだ」
「……………………へー」
そこは平面な地。 木は少なく、見通しの良い所だった。
だがその分、雪が大量に積もっている。足を踏み入れたら膝までは簡単に埋まるだろう。
とてもテントを張れる環境ではない。
「なに、やってるのかな?」
ウララの隣ではリュックを地面の置いて中を漁る悟空の姿があった。
「んー、探しもの……………あった!」
嬉しそうな声を出してリュックから取り出したのは、二つの折りたたみ式スコップ。
本日何度目かによる嫌な予感がウララの脳をよぎる。
「ほい。ちょっと持ってろ」
「うん……」
「テント二つに焚き火をする所。風呂も用意してぇから………」
不安満面な顔のウララをおいて悟空は歩き出す。
真っ白な雪の上に大きな円を描くような動き。 彼が通る道に窪みが出来上がった。
「よし。んじゃウララ、オラが線を引いたとこまで雪をどかすぞ!」
半径十メートル弱の円。膝下までの積雪。規模の割に合わない小さめなスコップ。
装備一式収納してあるリュックに加えて、偽物のゴールだと分かった時にドッと襲いかかった疲労。
「う……そ、でしょ…?」
ハルウララの声は蚊の羽音よりも小さかった。
だが本心。
目を逸らしたい現実がそこにある。
「ほらほら。ボサっとしてる暇はねぇぞ。暗くなったらテントどころか火だって起こせねぇからな!」
ズボズボと円の中心に向かう悟空。
たまらずウララは声を張り上げた。
「"気"!! 悟空さんっ、"気"を使えば雪なんて簡単に溶かせるでしょ!?」
「おう、そりゃあもう一瞬だぞ!」
「ッ…!!」
彼は言う。
ウララに背を向けて、あっけらかんとした口調で。
「す、スコップ! スコップはなんでこんなに小さいの!?」
「折りたたみのしかリュックに入らなかったんだよ。 もう少しデカけりゃあ楽勝だっただろうにな」
全力で叫ぶウララだが、彼は振り返らない。
円の真ん中にたどりつくとスコップを動かし始めた。
ウララとは反対側へ雪を放る。
一回、二回。
どんな生物よりも強い彼でも、数回スコップですくった程度では地面が見えない。
まるでプールの水抜きを桶でやっているかのような、途方もない作業。
(悟空さんはずるいよ……。悟空さんは疲れなんて知らないから、そんなに頑張れるんだ)
スッ……と、ウララの手からスコップが落ちる。
そして、
すぐに拾い上げると彼女は走った。
残りの体力なんて考えず、無駄な動き上等だと言わんばかりに雪の上を走る。
足を止めると、そこは円の中心。
悟空を背にして、雪をすくい始めた。
「ーーーーッ!」
一瞬とはいえくだらない事を考えてしまったと、恥ずかしさを掻き消すように無我夢中で手を動かす。
(ちがうっ)
孫悟空は幼い時から山で暮らしていた。
便利な道具なんてない。
自分の手で掴み、足で歩き、目で見て、音を聞き、経験から知識をつけた。
孫悟空は世界中を旅した。
自分の足だけで歩いたのだと言った。 地球の反対側から海を泳いだのだと言った。
その時の彼といえば自慢気に語る様子はない。
ただ平然と事実を語り、そのお陰で強くなれたと笑っていた。
(悟空さんは………、ずっと頑張って来たからこんなに凄いんだよね)
彼女の疲労は吹き飛んだ。
一種の脳内物質が溢れ出ただけかも知れないが、ドクンドクンと心臓が大きく鼓動し、スコップを動かす手の速さが増す。
(出来るよ、ウララなら出来る! まだまだもっともっともーーっと頑張れる!!)
ーーーーーーー
ふとウララの手が止まった。動かす必要がなくなったのだ。
拠点にする際に邪魔だった雪は全て取り除けた。
「お疲れさん。こんだけやりゃあ充分だ!」
悟空はすっかり土だけになった地面の上にリュックを降ろした。 まだ日暮れ前だし、一応は予定通り。
「おめぇスゲェじゃねえか。全然スピード落ちてなかったーーーーー」
「よしッッッッッッ!!!!」
「!?」
突如、咆哮のような気合いが空気を揺らした。
続けて『よしッ!よしッ!』とガッツポーズを決めながら叫び散らす彼女。
「ウ、ララ…?」
ボソリ、と彼にしては覇気のない声が出た。
その瞬間、彼女はぐるんと首を捻じ曲げて、悟空の目の前までダッシュした。
「悟空さん!」
「お、おお……、どうした、腹へったか?」
「ご飯なんて食べてる場合じゃないよ! 次はなにするの!?」
「えっ、と、次はテントだな」
「テント!! 準備しなくちゃ!」
そう言ってウララはリュックを漁る。
あれやこれやと小道具が出て来たが目的の品はまだ現れず。
(あれ? こいつは……)
ふと悟空が感じ取った違和感。
頬をポリポリと掻くと、
「ウララ、ちょっとこーい」
「ッ! はいはいはーい!!!」
「なんつーか、やる気があんのは良い事だし、あんま水を差すようなのは言いたくねぇけどよ……」
「?」
「おめぇ、掛かってんぞ」
「へ…?」
端的に言うと、どんくさかった。
勢いのわりに行動が遅く、一つ一つの動作が大きくてジッパーを開けるだけでもたついていた。
けれども熱意があるのはギラギラした目が物語っていた。
つまり、
気持ちが昂って動作が雑になるというーーー掛かり。
「……が」
「が?」
「頑張ったら掛かるって、あんまりだよぉおおおお!!!」
ぬかるんだ地面に両手両足をつけての絶叫。
これに対して慰めや励ましなどは不要。ウララ自身が克服しなければいけないため、悟空はただ見守った。
「ぉ、ぉぉ…………、」
「…………、」
「…………、」
「…………、」
「……………………ごめんね、落ち着いたよ」
程なくすると、力が抜けた状態でありながらも、彼女は悟空の前に戻って来た。
彼は一言『おう』と返すが、
「ウララ、良く聞いてくれ」
「ん? うん」
「今日の分の修行はテントを建てて終わりだ」
「そうなの? 木を使って火おこしとか、お風呂のために川まで水汲みとか言われるのかと思った!」
「それは明日だな。 今日はこれ以上気力使っても得られるもんは少ないだろうし。 それどころか飯とか風呂はひとっ飛びして店に行っても良い」
「おおおおっ!」
輝く瞳で歓喜な声を出すウララ。
『ただなぁ…』と悟空は続けて言う。
「オラ、テントの建て方知らねぇからさ、さいあく雑魚寝になっちまうかも」
彼はバツが悪そうに笑った。
日没までまだ時間はあるが、初めての作業にどれほどかかるのか想像つかない。
これが悟空の不安要素であった。
「あっ、じゃあウララが教えるね!」
『へ…?』と悟空は目を丸くして、テキパキとテントの準備を始めるウララを見た。
「おめぇ、出来るんか…?」
「うん。テント使うことが分かってたから教えてもらったの」
「そ、そうか。ははっ、やりぃっ! んじゃ頼むぜウララ!」
「はーい!」
ウララは教えると言ったが、厳密には悟空がウララの真似をする。
収納袋から分解されたテントの部位を取り出して、ウララが手に持つのと同じような形をした物と物を組み合わせていく。
「ちゅーか、キングのやつはほんと何でも出来るんだな」
「そうだね! でも、なんでいきなりキングちゃんなの?」
「いや、あいつがテントって意外っつーか。外で泊まる時とか変に高そうな建物のイメージがあって」
「?…………あっ、テントの組み立て方はキングちゃんに教えてもらったんじゃないよ」
カチン、カチン……と、分裂したポールを繋げていくウララ。
「あり、そうなんか……。でもまぁそうだよな。キング以外にも教えてもらう友達はいるか」
「うん、アヤベちゃんっていう子にね」
「ふーん。初めて聞く名前だ」
「もうねぇ、すっごーーく美人さんなの! 足なんてスラってしてて綺麗だし、スズカちゃんと似た感じのクールビューティー!!」
「へえ。そいつ速ぇんか?」
「もぉー……、悟空さんすぐそれ」
げんなりしつつ、アヤベと呼ばれたウマ娘の事を思い出して、ウララは笑みを浮かべた。
「とっても速いよ。デビューしたばかりなんだけど一着とってたし、クラシック戦の有力候補って言われてるくらい!」
「おお、すげぇなぁ……って、おめぇ今どうなってんだ?」
「ん? あ、えーとね、組み立てたポールをそっちのシートの穴に通してるの」
「シートの穴だな、よし」
「急いでやっちゃうと破けちゃうから気をつけてね」
「はは、そんなヘマはしね……………………破けたらマズいんか?」
「…………、」
ウララは無言で移動する。 固まってこちらを見る悟空の元へ行き、首を伸ばした。
本来ならば屋根の役割を果たす所のシートが一部分薄く削れている。 穴というほど大きくはないが隙間風が入って来るだろう。
日が落ちるにつれて気温も下がる。
中々致命的な事だが、ウララはリュックからテープを取り出して貼り付けた。
「上からもう一つシート被せるから、これでだいじょーぶ……って訳じゃないけど、マシにはなったかな?」
「おぉ、わりぃな」
「もぉ。キングちゃんにありがとうしないとだよ? 何かあると大変だからテープ持って行くようにって、くれたんだから」
「さすがキングだ!」
シートにポールを通して形を整えると、ドーム状のテントが現れた。
それから先程ウララが言っていたもう一つのシートを上から被せて、シートの四隅の端を地面に固定させる。
「シートの端に輪っかがあるでしょ? そこに杭を通して地面に打ち付けるの」
「オッケー」
「テントが飛ばないために打つやつだから杭は根本までしっかりと。カナヅチとか石みたいな固い物で叩いて打つと良いらしいよ」
「なるほどな。んじゃカナヅチあるか?」
「んーん。準備してる時に、かさばるからいらないだろうって、キングちゃんが……」
「そっか、つっても周りには石なんて落ちてねぇしなぁ」
「うーん……」
ウララは目をつむり、こめかみ周辺をリズミカルに叩いた。
記憶を探っている。
何かあったのだ。代用出来るなにか。
表面的には不必要だと思われるテープを渡したくらいだ。キングヘイローならば、道具がなくて出来なかったという状況を作らないはず。
「んー………………あっ! そうだ!」
「?」
「悟空さんにグーで叩いてもらえば良いんだって!」
「………………ま、良いんだけどよ。ほんと雑になったよなぁ、あいつ」
言いながら拳を固める悟空。 この程度に"気"を使う必要はない。
というより"気"を使ってはならない。 逆に加減をしなくてはいけないのだ。
彼の修行のように仮想の敵に向かって放つ拳ならば、杭が破裂する可能性がある。
とは言っても、力加減が下手くそという事でもないため、彼は至って普通に杭打ちをおこなった。
「こういう固ぇ物で打てば良いってのも、そのアヤベっちゅーヤツが教えてくれたんか?」
「うん!」
「親切なヤツなんだな」
「そうだよ。でもね、アヤベちゃんが教えてくれたのは、ちょっとびっくりしちゃった」
「? おめぇから聞いたんだろ?」
ウララは緩やかに首を振った。
「最初はトップロードちゃんに聞いたの。 ライスちゃんに聞ければ早かったんだけど、お出かけしちゃってたからね」
次々に知らない名前が出て来るが、悟空は続きを待った。
「そしたらトップロードちゃんもテントの組み立て方は知らなくて、アヤベちゃんなら多分って教えてくれた。 よくテントを張って星を見てるんだって」
「ふーん。 ……でもよ、どこにびっくりする所があるんだ? めちゃくちゃケチだから簡単に教えてくれねぇ、みてぇなもんか?」
「違うよっ、親切な子だってばぁ!」
「わりぃわりぃ、そうだったな。 そんで?」
「うん。……アヤベちゃんはね。親切で優しくて綺麗なんだけど、おとなしい子なの。他の子と喋ってるのはあんまり見たことないんだ」
なるほどな、と悟空は理解した。
「んで、ダメ元で聞いてみたら教えてくれたってわけか」
「そう! それにね、ほんのすこーしだったけど笑ってくれたの! 前に、苦しそうなお顔して走ってるのを見た事あったから心配だったんだよ」
「苦しそうな、かぁ……。そいつにも色々あるんだろうけど、良かったじゃねえか、笑ってくれたんならよ」
「うんっ! 悟空さんにも紹介してあげたいなぁ」
「いやぁ、そんな気難しいヤツなら向こうが困んだろ。それに知ってるヤツを今から増やしたら何かと大変だしなぁ」
「分かってるよーだ。言っただけだもん!」
「にしてもアヤベって変な名前だな。 ゴールドシップでゴルシってヤツならいたけどよ」
「一緒だよ」
「ん?」
テントの組み立てもあと僅か。残り二箇所の杭打ちで終わる。
ウララの方のテントはすでに完了した。いま彼がやっているのは自身のテント。
固めた拳を振り下ろす……が、
「アヤベちゃんはね、アドマイヤベガって言うんだよ」
ぴたりと手が止まった。
「アドマイヤ、ベガ………?」
「うん」
彼は杭から目を離してウララを見た。 首を傾げると、彼女は首を縦に振る。
「そいつが教えてくれて、笑ってたんか…?」
「そうだけど…、どうしたの?」
「…………いや、なんでもねえ」
アドマイヤベガ。
悟空は彼女と会った事がある。
一回だけだがタイムを測定し、一緒にご飯を食べて、そして本心を聞いた。
それからは絶対に会わないようにしていたため、彼女がどんな様子なのかは一切知る由もなかった。
(アヤベ………、なんだよ、ずいぶん面白ぇ名前で呼ばれてんじゃねえか)
彼女は独りで戦う事を決めていた。それが全てだと言っていた。
だが呼び名で分かる。彼女は思った以上に親しまれている。
孤独で終わる事を、ウララを含めて周りが放っておかないだろう。
(アヤベ………アドマイヤが、アヤベ…………。だめだ、全然似合わねぇ…!)
仏頂面が脳裏に浮かぶ。
ここで吹き出したらウララに怪しまれてしまうと考え、悟空は笑いながらこう言った。
「っし!完成だ!!!」
ーーーーーーー
「ふぁぁぁ………、気持ちいぃぃ」
満天の星の下で、ウララはドラム缶風呂に入っていた。
「湯加減はどうだ?」
「ちょうど良いよ!ありがとね!」
火加減の調整が終わった悟空は、腰掛けに用意した大木に座る。
目の前には焚き火があった。
「今更言っても遅ぇけどよ、この風呂で良かったんか?」
「うんっ! しゅぎょーしてるって感じがするし、ウララ結構好きなんだぁ」
「そっか」
テントが張り終わった後で調達した新品のドラム缶。 その中に投入した固形の入浴剤でウララが遊んでいると、
「あ、しまった」
彼は呟いた。
「どうしたの?」
「ほら、明日はあいつらが来る予定だろ?」
「うん」
「だとしたらドラマ缶を置ききれねぇや。もっと雪をどかさねぇと」
「あー…………」
やる気に満ちたとはいえ、苦行には変わりない。
弱弱しい声がウララから溢れた。
「じゃあ、朝起きてすぐに動かないとだね。他には何するの?」
「………いま言って良いんか?」
「こわっ、なんだかすごく怖いけど、聞かせて」
「まずは雪をどかすだろ?」
「うん」
「そしたらオラは風呂の底に沈める木を作る」
「あ、これだよね」
ウララの足元にある円状の木。やけど防止のために置いてある。
「そんでおめぇは水汲みだ。五、六個のドラム缶に川の水を入れる。ちゃんと綺麗な所のやつな」
「……え、それって、出来るの?」
川と言えばヤジロベェがいた所だろう。
距離は不明だが、十五分から二十分はかかったはず。
頑張れば出来るという根性理論を超えていないか、とウララは不思議に思う。
「さあな。ただ出来なきゃ………、誰かが風呂に入れねぇ」
「悟空さんのオニっ! 何が何でもやらなきゃダメじゃん!」
「ははっ、そうだな。ま、頑張れ」
「む、うぅ……」
ぶくぶくぶく……と、湯に息を吹きかけて不満を表す。
そして、パチパキパキという枯れ木が音を立てて燃えているのをBGMにして、沈黙が訪れた。
ただボーっとしてるだけなのに退屈がない。
見上げたら輝く星。耳を澄ませたら自然の音。
だがちょっと見渡せば木々の向こうは闇で、背すじが寒くなる。
「そ、そろそろ上がろうかな」
「ちゃんとあったまったんか?」
「うん! 悟空さんはこっち見ちゃダメだからね!」
「分かってるって」
しかしバスタオルを用意するのは悟空だ。
リュックから取り出して放り投げる。 風の抵抗を受けて不自然な軌道を描くが、バスタオルは無事にウララの手に渡った。
「ありがと!」
そう言ってウララは、ドラム缶風呂の傍に置いてある台座に足を下ろすと、急いだ。
体を拭くのと同時にテントに駆け込まなければ体温が急低下してしまう。
しかし、
「あれ、寒くない…?」
ふと思い、呟いた。
「へへっ、驚いたか?」
「悟空さんが何かしてるの?」
「ああ。この辺りを"気"で覆ってんだ。寒さをしのげれば良いって思ってたけど、上手い具合にいったな」
「すごい……、そんな事まで出来るんだね。でも平気なの? 疲れちゃうんじゃないの?」
「ぜーんぜん。こんなの修行にもならねぇさ」
「そうなんだ…」
「つっても、ずっとそこいたら風邪引いちまうぞ」
ドラム缶の傍から動かないウララの"気"を読んで言う。
「ほへ…? うわっ」
だが彼女はその事を知らない。
なぜ居場所が分かったのか、理由を決めつけた。
「わーんっ、悟空さんが見たぁっ!!!」
「えっ…?」
バスタオルを全身に巻きつつ彼女は走った。
よほど慌てたのだろう。テントが激しく揺れている。
「………見てねぇんだけど、キングに言われたら大変だな、こりゃあ」
そう言って悟空は買い込んだ食料に手をつける。
晩御飯は街まで飛んで店で食べたにも関わらず……。
ーーーーーーー
深夜。
テントの中で眠っていた彼の瞳が突然開く。
「………ウララか、どうしたんだ?」
入り口のジッパーが少しだけ開けられていて、その隙間から顔だけが出ている。
「あのね、ウララもここで寝て良いかな?」
「ここで? そりゃあ狭いし難しくねぇか? どうしたんだよ、寝る時は楽しみだって言ってただろ」
「だってね、なんかね、ゆ、幽霊が出そうなんだもん…!」
「幽霊っておめぇ……」
半ば呆れ気味に彼は言う。
「なに言ってんだ。おめぇの前にいるヤツは幽霊なんだぞ?」
「ぇ」
「ほら、オラ死んでるし」
「…………もっ、もうダメ!今ので一人で寝れなくなっちゃった!! 絶対にここで寝るもん!」
勢いよく入り口を開けてウララは飛び込んだ。
悟空が言った通り狭い空間。比較的小さめな体のウララだからギリギリ寝られるといったくらいだ。
「分かった分かった。なら寝袋持って来い」
「無理っ!もう出れない!悟空さんが取って来て!」
自身の寝袋の顔を押し付けるウララを見て、悟空は言う。
「……………、だめだこりゃ」
がっくりと大きく肩を落とす。
もしかすると修行の時より厄介だと、心の奥でため息をついた。
劇場版を楽しみにしていただいている皆様へ。
朗報と悲報です。
まず、ネタは思い付きました。 仕上げる事は可能です。
ですが、話の展開上、投稿するのは完結後になってしまいます。
こんな流れでいつ完結するんだ、とお思いでしょうが、すみません。待っていてください。