すみません。もうちょっと纏められたら良かったんですけど、感情がぐちゃぐちゃになって変な文章になってしまったかもしれません。
番外なので最悪読まなくても大丈夫です。
「まだだ…………まだ速くなれるはずだ!」
曇天の空、止まない雨に全身を打たれながら私は首から下げたストップウォッチを握りしめた。
荒れた練習場、重バ場を超え最早池や沼と形容した方が良い有様のターフの上で見つめる数字は先ほどから殆ど変わらない。
濡れた髪が重い。雨を吸って重くなったジャージが私の動きを阻害する。グズグズに濡れたトレーニングシューズが私の一歩を阻もうとする。けど……それでも私は走るのを止めない。何度目か分からないストップウォッチのリセットボタンを押して、表示されていた数字を消去した。
「もう一度、再チャレンジだ。」
私は振り向いて練習場のスタートラインへと歩く。パシャン……パシャン……と歩く度に足元に大きな波紋を作り、土砂降りの雨粒の中へと消えていく。
スタートラインで走る体勢に移る。雨音が邪魔な騒音を消し、ただ私の荒れた呼吸音だけが雨音に紛れて練習場に響いている。
「フッ!」
ストップウォッチのスタートボタンを押したと同時に私は走り出す。雨が視界を塞ぎ張り付いた髪が不快感を醸し出すが、それらを一切合切無視して私は走る。ただどんなに雑念を振り切ろうとも、大切な後輩の悲しそうな顔だけが脳内に張り付いて離れない。
(何故私はあそこで声をかけなかった!何が先輩だ…………後輩に悲しそうな顔をさせて何様のつもりだ!)
笑顔を浮かべる顔、プレゼントを貰って泣いて喜ぶ顔、私を心配そうに見つめる顔…………
浮かんでは消えていく大切な後輩の顔。けどやはりあの展示レースの悲しそうな顔だけは消えることは無い。
「もっとだ!もっと速く!」
脚に力を込める。沼の様なターフを踏みつける度に大きな水飛沫がまるで乗用車が踏んだ水たまりの様に重力を無視して立ち上がるが、それすらも今の私には満足するほどでは無い。
無駄の無いコーナリングを意識して内ラチギリギリを強引に曲がる。重い脚をひたすらに前へと運び、荒い息と霞む視界の中で瞳だけはゴールへと向け続けた。
最後の直線。残して置いたスタミナと、溜めていた脚を爆発させる。先ほどよりも更に大きい水飛沫…………最早水柱を上げながら加速する。
何時もより前傾姿勢に変え、雨粒と風から顔を守りつつ空気抵抗を減らす。
「足りない…………これでは追いつくことは出来ても追い抜けない!」
いつの間にか過ぎていたゴールライン。無意識に押したストップウォッチの数字は先ほどと殆ど変化は無い。
(クソッ!)
内心で自身の不甲斐なさに悪態が出る。
私が見た
しゃがみ込み、握りこんだ拳をターフへと叩きつける。緩くなったターフは私の拳を傷つかせることは無くただ包み込むように受け止めるだけ。
水飛沫だけが虚しく私の顔に飛び散った。
「やっと見つけたぞ…………シンボリルドルフ。」
雨音の中から聞こえた私を呼ぶ声。振り向けば、黒い傘を差し出しながら私を見つめる見知った顔があった。
「沖野トレーナーですか。何か用ですか?」
そう返した私に、沖野トレーナーは呆れた様に私を見て、腕時計を指さしながら私の問いに答えた。
「シンボリルドルフ、お前リギルの集合時間とっくに過ぎてるぞ?」
そう告げる沖野トレーナー。そうだった、今日はリギルのミーティングの日だった。すっかりその事を失念していた私は少し気まずかった。
「すみません、時間を忘れていました。」
「だろうな。おハナさんが心配して俺ん所まで探しに来てたぞ。」
おハナさんには悪い事をしてしまった。あとで謝らなければ…………
「すみません。着替えて直ぐにリギルに向かいます。」
沖野トレーナーにそう告げると、彼はちょっと意地の悪い笑みを浮かべながら私を見ている。
「その必要はない。俺がおハナさんに伝えた。おハナさんはお前を休ませる様にだってさ?」
「な!?」
なに勝手なことを!と少しばかり思ってしまったが、そもそも時間を忘れていた上に無理なトレーニングをしていた自覚はある。此処でそれを沖野トレーナーにぶつけるのは筋違いなので、私は大人しく従うしかなかった。
「どれ、場所を移して少し俺とお話でもしようか。」
そう言って笑う沖野トレーナーに、私は大人しく頷いた。
チームスピカの部室、来年ネイチャが所属する場所。やっぱり同じチームが良かったとまでは思わなくは無いが、ネイチャの為にはスピカの方が良い事も頭ではきちんと理解している。複雑な事には変わりないが。
着替えた私を、沖野トレーナーはここに連れてきた。ネイチャは今日は少ないけど仲のいい友人と買い物に出ているらしい。会えないのは寂しいが、今は会いたくなかったので丁度良かった。
「すまんが、俺はネイチャみたいに紅茶なんて淹れれないんでな。インスタントコーヒーで我慢してくれ。」
白い湯気を立てながら沖野トレーナーから差し出されるマグカップ。私は受け取ると一口飲んだ。
インスタントコーヒー独特の苦みと酸味、そして温かさが、雨に打たれ無理なトレーニングをしていた為に疲れ冷えきった体に心地よかった。
「有り難うございます。」
「ちゃんと体をあっためろよ?風邪なんて引かれちゃ俺がおハナさんにどやされる。」
おどけた様に笑いながら、沖野さんはもう一杯のマグカップにコーヒーを注いだ。
お互いに無言になりながら、ゆっくりとコーヒーを啜る音と外の雨音だけが、無言の私達の間で部室を支配した。
「シンボリルドルフ、1つ聞きたいんだが?」
「何でしょう沖野トレーナー?」
マグカップの中身が半分ほど無くなった時、唐突に沖野トレーナーが私に話しかけてきた。
「お前があそこまで無理をするのは、やっぱりウチのネイチャの為か?」
沖野トレーナーがそう口にした瞬間、私は体がビックリして飛び上がりそうになった。
「別に叱りたいとかそういうんじゃねぇ。ただ気になっただけだ。」
「…………そうです。私はネイチャの悲しい顔を見たくない。」
堰を切ったようにとはいかないが、私はポツポツと沖野トレーナーに口を開いた。多分、ネイチャが信用しているから無意識に信用したんだと後になってそう思った。
「展示レースのネイチャの走りは凄かった。とても1年生とは思えない走りで驚きました。」
「そうだな。ネイチャは凄かった。」
「あの時私は彼女に…………ネイチャに声を掛けてあげる事が出来なかった。レースに圧倒されたと言えば聞こえは良いですが、ただ一言おめでとうや頑張ったね。そう言ってあげればネイチャはあんな悲しそうな顔をする事は無かった。」
今でもネイチャの悲しそうな顔が頭から離れない。もし時が戻るのであれば直ぐさま戻って自分自身を殴り飛ばしてでもネイチャに声を掛けただろう。
「あの場で少なくとも誰かネイチャに声を掛ければあの場の雰囲気を少しでも緩和出来たでしょう。ですがそれはもう結果論です。私は出来なかった。」
「だが、例えそうしてもあの場に居たウマ娘はネイチャを怖がっただろうさ。上級生に勝ってしまう同期とクラシックで競わないといけないのかと。」
私の言葉に、沖野トレーナーはそう返した。確かに、例え私が声を掛けたところで焼け石に水。なぜなら私はネイチャの同期では無く先輩なのだから。
雨に濡れた部室の窓から曇天の空を見た。重く圧し掛かるあの空模様が、まるで私の心の心象風景の様だった。
「今のネイチャは小学生の頃の私です。今は良いですが、何時かその強さ故に人から避けられるようになってしまう。」
「勝てないから…………か?」
そう、勝てないレースほど楽しくないし、期待されないレースほど悔しい物は無い。
私が小学生の頃、確かに最初は友達と呼べるウマ娘が居た。しかし1年が経ち、2年が経って次第に実力が出てくるようになると私の周りから人は居なくなった。
何故なら勝てないから。面白くないから。
頑張って勝っても、誰も褒めてくれることは無い。ただ遠巻きにこそこそと見られるだけ。最初は悲しかった。どうしておめでとうとか、せめて頑張ったねと褒めてくれないのか?と。
何時からか、私は勝つことに嬉しさを感じることが出来なくなった。ネイチャ風に言うならキラキラする事が無くなって、学校に行くことも無くなった。
トレセンの中等部に入っても同期では敵なしだった。けど私はマルゼンスキーと出会い、初めて負けた。
今までの自分の全力を出してそれでも届かない悔しさ。そして強敵と競い合う事の出来る喜びを私は思い出せた。
「ネイチャは昔の私です。何時かきっと彼女は自分がキラキラする事が出来なくなってしまう。レースに楽しさも、悔しさも何もかも感じることの無い作業の様に走ってしまうかもしれません。きっとそれは、彼女の夢とは全く方向が違う形でしか叶わなくなる。」
「ネイチャの夢はトレーナーになる事だ。ネイチャ自身もレースを実績作りの踏み台と思ってるぞ?」
「ではなんでネイチャはトレーニングを積んでいるんですか?今のままでも本格化してしまえば同期では敵なしでしょう。トレーナーの勉強にしても頑張り過ぎだ。」
私は思い出す。夜遅くまで勉強し、真剣に早くなる為にトレーニング計画を作っているネイチャは真剣そのもの。
「…………誰かを幸せにするには、まず自分が幸せで無ければならない。」
「?」
「ネイチャが寝言で言っていた事です。多分ネイチャ自身は覚えて無いでしょうが。」
それは、ネイチャがまだ展示レースを走る前の時だった。私が夜中につい目覚めてしまった時に彼女はそう寝言を言って笑っていた。寝ていたけども。
それを聞いて何故か私は頭を殴られた気がした。『誰かを幸せにするには、まず自分が幸せで無ければならない』という言葉はまるで私に向けられている様に感じたから。
私の夢は全てのウマ娘の幸福。私が他者を幸福にするには、私自身が幸せを感じていなければならない。そう思った時から、私はなるべく素直に生きようと思った。
大切な後輩が褒められれば我が事の様に喜んだ。脚を無理やり触られたと聞けばOHANASHIしたし、バ鹿にされれば私はネイチャの代わりに怒った。
不思議と、違和感は無かった。寧ろ毎日が楽しく、これが幸せなのかと実感することが出来た。
「ネイチャは多分、無意識に自分もキラキラしたいと思っているんだと私は思います。でなければ幾ら夢の為とは言えあそこまで自分を律してトレーニングや勉強に費やすなんて出来ません。」
「つまり、ネイチャは無意識に理性で本能を抑えている状態ってことか?」
「に近いとは思います。」
マルゼンスキーが最近ネイチャに良く並走トレーニングを誘っているのも、きっとキラキラさせてあげたいからだろう。彼女は今でこそ実質引退しているが、かつて強すぎるあまり競争相手が出走取消をしてレース自体が中止になった過去を持つ。
他にも持ち込みバ問題等もあってダービーに出れなかったが、その所為か彼女は他者の走りたい感情に敏感だ。自分が楽しく走ることが出来なかった分、ネイチャには楽しくレースして欲しいのだろう。
…………まぁやり方はともかくとして。
「このままでは、ネイチャはマルゼンスキーと同じ事になると思います。クラシック三冠には出れるでしょうが、出走取消によるレース中止もあり得るでしょう。」
「だからシンボリルドルフがネイチャに勝てる事を証明すると?」
「そこまでは言いません。ただ、私にとってのマルゼンスキーの様にネイチャに私がレースは楽しい物だと教えたい。ただ走る作業では無く、誰かと競い合い一喜一憂するあの楽しさを。
何度だって負けさせて、悔しい思いを忘れず勝利を目指してキラキラして欲しい。
彼女が支えたいキラキラってそういうモノじゃないんですか?他人をキラキラさせたいならまずネイチャ自身がレースでキラキラしないと始まらない。」
思っていたことがぐちゃぐちゃになって上手く言葉が纏まらない。言いたい事の半分も伝えられていない気がしてもどかしい。
「いいと思うぜ。」
「え?」
沖野トレーナーにそう言われて私は戸惑ってしまった。
「確かにネイチャは少し自分より他人を優先する性格がある。自分自身に対する欲が殆ど無い。
そう言う意味じゃ、おハナさんと相談してネイチャとお前の模擬レースを企画してもいいかもな。」
「しかし、今の私ではまだネイチャに勝てる自信がありません。」
「トレーナーが最もウマ娘が成長すると思う場所はなんだと思う?」
「?」
「レースさ。実際に走って、こいつには負けたくないあいつには勝ちたいって想いがウマ娘の今の限界を超えさせる。
もし、お前が本当にナイスネイチャに勝ちたいって想うんなら」
「意志の力で超えて見せな」
「シンボリルドルフなら、それぐらいやってのけるだろう?」
沖野トレーナー、彼はやはり生粋のトレーナーだ。
「いいだろう。勇往邁進、私の走りを見せつけてやるとも。」
彼は実にウマ娘を焚きつけるのが上手い。
冷めてしまい湯気も出なくなったコーヒーを一気に飲み干し、私は笑みをこぼす。
いつの間にか雨は止み、空は久しぶりに蒼さを少しだけ顔を出していた。
シガーネイチャのジュニア期以降の進路
-
ルドルフ先輩に続け無敗三冠
-
いやいや、トリプルティアラこそ至高
-
もっと上を目指そう海外クラシック挑戦
-
良いパワーしてるね?国内外ダート挑戦
-
その他