キラキラの一等星   作:ミヤフジ1945

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第28話

 

 

 

「私が…………負けた?」

 

 

ゴール板を走り去り、脚に負担のかからない様にゆっくりと歩みを止めた私の後ろから、そう呟くようなシリウスシンボリの声が聞こえた。

私が振り返ると同時に、呆然と立ち止まっていたシリウスシンボリはその膝をターフへと沈める様に崩れ落ち、両の手で何とか体を支えている様な体勢で荒い息を吐いていた。

 

私も流れ出る汗を運動服の袖で拭い、ゆっくりと呼吸を整える。さてと、これでシリウスシンボリに膝をつかせることは出来た。ここからが第2ラウンドだと、シリウスシンボリの元へと歩きながらそう自分自身に叱咤する。どうやってシリウスシンボリが歩みを止めない様に促すか…………諭すか、もしくは発破をかけてみるか…………どうしようか。

 

全く、普段はそうでも無いのに変にスイッチが入ると後先考えずその事にのめり込んでしまうのは前世()から私の悪い癖だと、走り終わって冷静になって来た頭が注意するかの様に私にそう語り掛ける。前世()から上司や同期に注意されてきた悪癖に少しだけ後悔を憶える。尤も、今回はウマ娘の闘争心(武器)も合わさって前世より更にたちが悪いけども。

 

ターフには私の歩く音とシリウスシンボリの荒い呼吸音しか聞こえない。普段はうっとおしい蝉の鳴き声も、ぬるく不快な夏の風の音も、何故か今だけは空気を読んだかの様に聞こえては来なかった。

 

 

「…………私を笑いに来たか?」

 

 

膝を突いたシリウスシンボリの目の前まで私が歩いて来た時、シリウスシンボリはちらりと私を見上げてそう呟いた。

アプリで知っていた自信満々の彼女の姿は欠片も無かった。けれど、それも無理も無いと思う。今私の前に存在して居るシリウスシンボリは0と1で作られたデータ(ウマ娘)の塊じゃ無い。まだまだ本格化前で、精神的にも不安定で、笑いもすれば怒ったり悲しんだりそして傷ついたりと、ちゃんとした感情を持つ一人の生きた人間(ウマ娘)なんだから。

 

 

「ねぇシリウスシンボリ?自信満々で勝負を仕掛けて負けた気分はどう?」

 

 

「お、おいネイチャ…………」

 

 

私の煽りの様な言葉に、同タイミングでやって来ていたルドルフ先輩が少し戸惑いながら止めようとして来るが、私は右手をルドルフ先輩に向けてそれ以上言わない様に静止した。

私はすっかり存在を忘れていたアロマシガーをポケットから取り出した。忘れてポケットに入れたままレースをしてしまった為に箱はグニャグニャで、中のシガーもすっかりよれてしまっていたけどかまわず1本咥えてジッポで火を着けた。

 

 

「負けて悔しい?自分が不甲斐ない?それとも仕方ないと諦めた?」

 

 

白煙を吐きながら、私はそうシリウスシンボリに尋ねる。唸れ私の語彙力。頑張れ私の演技力。思っても無い事を悟られない様に、嘲笑という慣れたくも無い顔を頑張ってくれ私の表情筋。

 

 

「聞かせてよシリウスシンボリ。貴女が今何をどう思ってるのかをさ?」

 

 

やっぱり他者を貶めるというのはたとえ演技でも心が痛い。良く比喩で『心を鬼にして』って言葉があるけど、この言葉を実践する事は金輪際したく無い。

ルドルフ先輩は私の言葉に口をはさんでこない。私が静止した事もあるかもしれないけど、最初は私の言葉に戸惑っていたルドルフ先輩が今は薄っすら微笑んでいる事から何となく私がやろうとしている事を見抜いている気がする。

 

 

「…………私は。」

 

 

自惚れるなよ小娘。お前程度の実力者は世界には沢山いるんだ。」

 

 

シリウスシンボリが掠れる様に呟いた言葉に、私はアロマシガーを咥えたまま畳みかける様にそう口にした。いつの日かテンポイントさんに言われた言葉と同じ意味の言葉。歴戦の名バ(テンポイント)に比べれば私には迫力なんて欠片も無いけど、前世を含めれば私はシリウスシンボリよりも倍以上生きているんだ。迫力の無さは年季と煙草っぽいアロマシガーで少しでもカバーだ。

 

 

「シリウスシンボリ。レースでは貴女から逃げ切るウマ娘がいる。貴女の先を行くウマ娘がいる。貴女を差し切るウマ娘がいる。貴女を追い抜くウマ娘がいる。」

 

 

私の同級生、メジロライアンやエアグルーヴ、サイレンススズカを思い浮かべる。皆シリウスシンボリに負けず劣らずの名バ達だ。

確かにレース中他のウマ娘を気にしないウマ娘だって居る。

例えばサイレンススズカ、まだ会ったことは無いがアグネスタキオン。彼女達も先頭の景色が見たいだとか脚の限界に挑戦したいとか、言わば自分自身と戦っているウマ娘だが今のシリウスシンボリの様にレース以外も周りを見ていない訳では無い。寧ろ周りと話し、競い、糧として挑戦し続けるウマ娘達だ。

もしそんな彼女達が居る中で今のシリウスシンボリがレースをしたとして、果たして勝てるのか…………答えはNOだろう。

 

 

「私を見ろシリウスシンボリ。そして周りを見ろ。貴女のライバルはシンボリルドルフだけじゃ無い。」

 

 

私の言葉に俯いていた顔を上げたシリウスシンボリ。走る前のあの自信満々の表情は無かったけど、先ほどまでとは違いシリウスシンボリの私を見るその瞳は漸く私を映してくれた。

 

 

「漸く私を見てくれたねシリウスシンボリ。」

 

 

そう言って私は半分以上残っているアロマシガーを早々に携帯灰皿に押し込んで膝をついた。目線をシリウスシンボリに合わせて、先ほどまでと違ってなるべく優しい笑みを心がけて。

 

 

「さっきまでの貴女は私を見ていなかった。いや、私以外の他のウマ娘も見ていなかった。貴女が見ていたのはただ1人、シンボリルドルフだけ。違う?」

 

 

私は優しくシリウスシンボリの手を取って両の手で包み込んだ。

 

 

誰かに勝ちたい。誰かを超えたい。それは競い合うウマ娘にとっては当たり前の事。貴女がシンボリルドルフに勝ちたいと思っているのも、シンボリルドルフを超えたいと思っているのもそれは素晴らしい事だと思う。」

 

 

「…………お前に何が分かる。」

 

 

「分からないよ。私は貴女じゃ無い、私はナイスネイチャ()。私はシリウスシンボリ(貴女)には成れないもん。」

 

 

「ッだったら!「でもね」!?」

 

 

私はシリウスシンボリの声を遮ってそっと立ち上がった。まだ昇り切っていない太陽が逆光となって私の影を伸ばし、シリウスシンボリを暗く染めた。

 

 

「でもね、シリウスシンボリ。貴女が本当の貴女()を見失っている事だけは私にも分かるよ。」

 

 

「…………本当の夢だと?」

 

 

「そう。確かにシンボリルドルフは強いよ。私も負けちゃったしね…………

そのシンボリルドルフに勝つのも凄い夢だと思うけど、貴方の本当の夢はシンボリルドルフに勝つ事?

 

シリウスシンボリの夢はたかだかシンボリルドルフに勝つ程度で満足するちっぽけなモノなの?」

 

 

夢というのはそのウマ娘にとっての原点(オリジン)だと私は思っている。ウマ娘はその時の気持ち、感情、コンディションが大きく走りに影響する。アプリのやる気システムなんて要らないとか前世では思っていたけど、私もウマ娘になった事で何となくだけどその意味が分かった気がする。

 

非科学的だけど、想いが強ければそれだけウマ娘は壁を越えて強くなる。これは沖野さんもおハナさんも、南坂さんも…………というかトレーナー全員が共通認識として把握している。それだけ科学的根拠も無いのに認識されている思いの強さ。その根源にあるのが原点(オリジン)

 

なんて、ちょっとカッコつけて言ってみたけど実際の所はなんて事は無い。『おっきいレースで勝ちたい』とか『日本一になりたい』とか…………

人で言えば『サッカー選手になりたい』とか『アイドルになりたい』みたいなそんな小さくて青臭い、けど微笑ましい夢。

 

トレセン学園に来たウマ娘はそんな夢を現実にする為にやって来たウマ娘達。現実と自分の限界を知って去って行く仲間がいる中でそれでも頑張って登って行った頂に見えるのが『G1』というエベレストに登る為の切符。

アプリでは何気なく出走していたG1レースは現実ではそれほどまでに困難で切り立った存在。メイクデビューが出来る時点でエリートとは正しくその通りだと思う。

 

シリウスシンボリも同じはずだ。歪んだ末に忘れてしまったとしても、心の何処かに存在する小さくて青臭い、けど微笑ましい光輝く原点があるはずだ。

 

 

「………………」

 

 

無言で何かを考えるかのように視線を泳がせるシリウスシンボリを私は黙って見守っている。微かに残るアロマシガーの甘い残り香が鼻腔をくすぐる。

 

 

「…………言ってくれるじゃねぇか。」

 

 

暫くして、答えを見つけたのか一度目を瞑ったシリウスシンボリはレース前に浮かべていた不敵な笑みとは違う獰猛な笑みを浮かべた。獲物を狩る獅子を連想させるその笑みに、やっぱりシンボリルドルフの親族だなぁと私は思わずそう思ってしまった。

 

 

「てめぇが初めてだぜ。たかだかシンボリルドルフに勝つ程度だなんて言ったヤツは。一度でもシンボリルドルフに関わったヤツは大抵そんな事思わねぇし言わねぇのによ。」

 

 

「私には私の夢があるから。その為ならシンボリルドルフだろうがテンポイントだろうが勝ちに行く…………でも、それはシリウスシンボリ、貴女も同じでしょう?」

 

 

「ああそうだ…………そうだった。なんで忘れていたんだろうな。私が目指していたのは、私が憧れていたのはたかだかシンボリルドルフに勝つ程度なんかじゃねぇ。」

 

 

「改めて聞くよシリウスシンボリ。貴女は今何をどう思ってるのかをさ?」

 

 

獰猛な笑みを浮かべたまま、シリウスシンボリはゆっくりと芝の上へと立ち上がった。そこにはレース前のシリウスシンボリは居ない。

 

 

「いいぜナイスネイチャ。お前には教えてやる…………私は世界を目指す。ちっぽけな島国を出て、世界に私が居る事を教えてやる。

 

シリウス()こそが最も明るい星だ。

 

 

自信満々に答えるその言葉は正しく名馬シリウスシンボリの生き様そのもの。その魂を受け継ぐ彼女は言葉通り一等星の様に光り輝いて見えた。

 

 

「とても良い夢だと思うよ。少なくともさっきまでのシリウスシンボリよりも、今の貴女は遥かに一等星の様に光って見える。」

 

 

「何時かその素晴らしい素質も一等星が喰らってやるからな。首を洗って待ってろよ?」

 

 

「ウマ娘だったら脚じゃないかなあ?」

 

 

「フフッ…………確かにな。」

 

 

お互いに冗談を交えながら、私とシリウスシンボリは一番最初に出来なかった事をした。お互いに右手を出して相手の右手を握る。単なる握手だけど、握手をするという事はシリウスシンボリが確かに私を見ているという事に他ならない。

 

 

「シリウスシンボリ、私の事はネイチャで良いよ。」

 

 

「だったら私もシリウスでいい。シンボリだとそこのウマ娘と被るからな。」

 

 

「「よろしくシリウスシンボリ(ナイスネイチャ)次も勝つ(次は勝つ)。」」

 

 

お互いに微笑んで、そう口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後でルドルフ先輩のお父さんに聞いた事だが、どうやらシリウスの家庭は父子家庭との事。シリウスのお母さんは小さい頃に病で亡くなったらしい。お父さんはURAの重役らしく、忙しい仕事の中でもシリウスの事を頑張って育てた結果、シリウスのあの男勝りな口調になっちゃったらしい。

 

流石に今回の事はシンボリ家としてケジメはつけると、シリウス自らルドルフ先輩のお父さんとシリウスのお父さんに報告したのだけど、ルドルフ先輩のお父さんからは一応当主として注意を貰ったけど結果丸く収まったので子供の遊びとして特に何かある訳では無いとの事。

 

シリウスのお父さんは聞いた通り厳格な人の様で、ウマホでシリウスが連絡した際にははっきりと音が聞き取れるくらいシリウスを叱っていたのだけど、何故か私がシリウスのお父さんの謝罪を受ける事になってしまった。

 

シリウスからウマホを受け取り、ついうっかり自己紹介で『シリウスの友達のナイスネイチャです』と私は言ってしまった。そうしたらシリウスのお父さんのさっきまでのお叱り様は何処へやら……

 

 

シリウスに友達が出来たぞおおおおおお!!!!

 

 

電話越しに大はしゃぎしてしまった。

何だろう、シンボリ家って本家も分家もこんな感じなのだろうか。そう思ってしまいついついシリウスを見てしまった私と、頭が痛そうにしていたシリウスとルドルフ先輩の2人。

 

BGMの様に未だ電話越しで聞こえるはしゃぎ声と共に、中々にカオスな空間だった。

 

 

 

 






ネイチャのトレーナーとしての片鱗を入れたかったのだけど、なんか詐欺師っぽくなってしまった…………

あとカツラギエースどうしよう。あそこまで熱血ライバルキャラだとは思ってんかったので前話含めて修正するか悩み中です。

シガーネイチャのジュニア期以降の進路

  • ルドルフ先輩に続け無敗三冠
  • いやいや、トリプルティアラこそ至高
  • もっと上を目指そう海外クラシック挑戦
  • 良いパワーしてるね?国内外ダート挑戦
  • その他
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