『流星の貴公子 テンポイント』
アプリしかやってない、競馬を知らない私でもその名は知っている。
18戦11勝、重賞8勝うちG1を3勝の名馬。クラシックこそG1を勝利してはいないが、同期でありライバルの
『天馬 トウショウボーイ』
『緑の刺客 グリーングラス』
この二頭と共にクラシック、古馬戦線で激戦を繰り広げ、彼ら三頭の頭文字を取って『TTG』、もしくは『TTG世代』と呼ばれるほどの強い競走馬。
特に、1977年の有馬記念はライバルのトウショウボーイと激戦を繰り広げた末に勝利し、競馬史に残る名勝負の一つとされるほどだ。
そして何よりも、彼の最後は涙なしには語ることは出来ない。
1978年日本経済新春杯にて、テンポイントは左後肢を骨折し競走を中止した。この怪我は折れた骨が皮膚から飛び出す開放性骨折で血が噴き出すほどの重症だった。
本来、これほどの重症を負った場合はせめて馬が苦しまない様にと安楽死を行うのだが、数千件に及ぶ多くの競馬ファンからの助命を願う電話や、馬主、調教師の『種牡馬になってほしい』という願いにより異例の大手術が行われた。
脚を切開し、折れた骨を特殊合金製のボルトで固定し、その上からアルミ製のギプスで固定するという手術がおこなわれ、手術は一応の成功。一時は体温も心拍数も落ち着いていたのだが、テンポイントが脚に体重をのせた際にボルトが耐えきれず変形、骨がずれたままギプスで固定されてしまった。
患部が腐敗し、そこから様々な病気を併発してしまい事故から43日後、獣医師や調教師が懸命に最善を尽くすも虹の向こう側へと渡って行った。
当時のニュース番組が昼のトップニュースで報道する等、彼がどれだけ日本中から愛された馬であるかわ分かる。
流星の如く煌めき、多くのファンに愛された名馬、それが『流星の貴公子 テンポイント』なのだ。
そして、私の目の前で微笑む彼女もまた
「………………」
言葉が出ない、とはこの事を言うのだろう。思考停止した頭の片隅でそんな言葉が思い浮かんだ。
確かに、
アプリでも実装されてない為
「まぁ、レース中に怪我をしてから半ば引退していたからな、君が私を知らなくても仕方があるまい。
今はこうやって後輩たちの為に生徒会長と言う似合わん役職を頂いている。」
しかも日本経済新春杯、今は日経新春杯だったかな?その後なんですね。良かった生きていてくれて。
「も、もしかしてさっき言ってたショウさんやグラスさんって…………」
「お、知っていてくれたか!副会長にはトウショウボーイとグリーングラスが立候補してくれてな?
現役時代のライバルが手伝ってくれるのは気恥ずかしいものもあるが嬉しいものだ。」
やっぱりTTGのトウショウボーイさんとグリーングラスさんですかそうですか。
えっと?
シンボリルドルフは?カイチョーは?
テンポイントさんのおかげでアプリ版じゃないのは分かったけど脳が追い付かない。え?もしかしてアニメ版やコミック版の更に前なの?
と、取りあえず
「あ、有マ記念は凄かったです。」
「嬉しい事言ってくれるね。あの時はクラシックではやられっぱなしだったがシニアで借りを返せて満足だったよ。ついショウと一緒にグラスを煽って煽り返してお互い笑い合ったものだ。」
そう言って笑うテンポイントさん。多分史実のタッケ騎手の父でテンポイントさんと同じ有馬記念で戦ったトウショウボーイの騎手だったタッケ父騎手のインタビュー
『3着?グリーングラス?来てたの。知らなかったよ』
が由来でトウショウボーイさんと一緒に言ったんだろうけど、こうして本人?本バ?から聞くと良いライバル関係で良い友人関係だったんだなぁとしみじみと感じてしまう。
ウマ娘からちょいちょい史実馬を調べてたニワカでこれだから、多分ガチ競馬勢だったらどうなるか分かんない。
「さて自己紹介も終わったところで、改めて用件を聞こうか。
君も大分緊張もほぐれただろう?」
「い、いえ。そんな大した要件とかじゃ無くて…………
今日入学したばかりで、まだトレセン学園の何処に何があるのか全く分からないので覚える為に敷地を散策してた時に生徒会室を見つけたので、その……今後お世話になるしご挨拶でもしたいなぁ、でもお仕事の邪魔になるかもだし……って部屋の前で悩んでた次第でして……」
嘘は言ってない。散策してたのは本当だし、生徒会に来たのは故意だが挨拶したいと思っていたのも噓ではなく本当の事。
ただ、流石にバ鹿正直に話せば私は直ぐにでも病院の隔離病棟(精神科)かカウンセラーに連れていかれるかもしれないのでそこは言わないだけ。
私の言葉を聞いたテンポイントさんは一瞬きょとんとした顔をして、そして直ぐに笑い出した。
「ハハハ!そうかそうか、いや大丈夫だ問題無いよ。
実は生徒会というだけで中々雑談しに来てくる生徒等来なくてね。ほら、ここの廊下も人通りが少ないだろう?私達は全然来てもらって構わないのだが生徒達からは怖がられている、というか恐れられているみたいでね。存外寂しい気分させられるから嬉しいよ。」
いやそりゃそうでしょ!
と言えたらいいのだが、そんな度胸は私は持っていない。多分他の先輩方も恐れ多くて近づけないんだと思う。
「久しぶりの仕事以外の来客だ、事務処理で滅入った私の気分転換に雑談に付き合ってくれないかな?」
緊張のほぐれた私はテンポイントさんのその問に是非!と答えた。
アプリではいなかった名バのお話が聴けるとあって私も興味深々だったからだ。そこからテンポイントさんと色々な話をした。
彼女のデビュー戦、函館芝1000メートルでのコースレコードの話
開催日時が変わってしまい調整不足で戦った皐月賞
体調不良と落鉄を起こした
外に膨らむ悪癖が出てしまい2馬身半で負けてしまった菊花賞
そして3人で鎬を削った激闘のシニア戦線時代
どれもこれも、私にはとても貴重でいて聴いていて面白かった。勿論、テンポイントさんが語り上手だった事もあるが、会話に華を咲かせ気づけば空が朱く染まっていたほど楽しかった。
なにせ、挨拶して早々退散すると決めていたはずが寮の荷解きの事などすっかり忘れて聴き入ってしまったのだから。
「長話に付き合わせてしまってすまなかったね。」
既に夕暮れだと気づいたとき、テンポイントさんはそう言って私に謝ってきた。彼女としてもここまで話すとは思っていなかったらしい。
「いえ、とても貴重なお話を聞けて楽しかったです。また聞きたい位です!」
「なら何時でも来たまえ。生徒会の扉は何時でも開いているからな。忙しくなければ私の話し相手になってくれ。」
よっこいしょと立ち上がり、足元の鞄を手に取って別れの挨拶をしようとテンポイントさんに視線を合わせようとした時、彼女は左側へと顔を曲げ視線を合わせようとしない。
釣られるようにして視線をテンポイントさんと同じ方向へと合わせれば、今の今まで気づかなかった大きな額縁とそこに飾られた一文の英語。
そうだよね、生徒会だもん。あるに決まってるじゃないか。
〖Eclipse first, the rest nowhere.〗
「…………唯一抜きんでて並ぶものなし」
「おや、知っていたのかい?」
「い、いえ、深い意味までは」
無意識に呟いてしまった私に、テンポイントさんはそう問いかけた。
金色の額縁が夕日を浴びてキラキラと輝き、朱く染まったその言葉はまるで燃える熱意の象徴の様にも感じられた。
元ネタの競走馬、エクリプス(Eclipse)は18世紀後半(1764年 – 1789年)に活躍したイギリスの競走馬・種牡馬で、18戦18勝の戦績に加え、サラブレッドの基礎を作ったと言われた馬と言われている。それは全てのサラブレッド、つまり競走馬の父の父の父…………
そうやって辿っていくとその殆どがエクリプスにたどり着くとすら言われているから。
直訳すれば、エクリプス以外入着無しという意味なのだけど、『唯一抜きん出て並ぶものなし』と訳した人は凄くセンスがあると思う。
「ナイスネイチャ、君はトゥインクルシリーズに何を見る?何を目指す?君の夢はなんだ?」
「夢、ですか?」
「そうだ。
しかし、ここに入学出来た事がゴールではない。ここから君はスタートするのだからな。」
そう告げるテンポイントさんの言葉に私は悩む。原作のアプリやアニメのナイスネイチャは最初はキラキラしたいという漠然とした想いだった。そこからトレーナーと歩み、ライバル達と競いながら最終的にライバルであるトウカイテイオーに勝ちたいという
しかし、今の私はどうだろうか?
走りたいという思いはあるものの、これはウマ娘自身が持つ本能でありトゥインクルシリーズを走りたいという思いは夢というには浅すぎるし他のウマ娘達ほどそこまでの熱意があるとは言えなかった。
それでも、私はナイスネイチャとしてナイスネイチャに魅せられたモノとしてトゥインクルシリーズを走らなければならない。
「まぁ、それを見つける為にトゥインクルシリーズを走るのも一興だろう。変な事を聞いてすまなかったな。」
テンポイントさんの言葉が聞こえなくなるほど、私は深く悩んでいる。何を目指すのか。確かに前世アプリトレーナーとしても一人のファンとしてもナイスネイチャをキラキラさせてあげたい気持ちがあるし、何かこう…………正解に近い何かだと本能が語り掛けているのだがそれが分からない。
トウカイテイオーを破り無敗の三冠を目指すか?そう思っても何かが違うと感じる。
アプリではあまり行かなかった
天皇賞連覇?秋古馬三冠?春古馬三冠?どれも違うとそう感じる。
この時ばかりは憑依してちょっと後悔してしまった。
ただのアプリで育成するときはただただ愛バをキラキラさせて、それを見て一緒に嬉しくなった。
ナイスネイチャでトウカイテイオーを破り若駒Sに勝った時、菊花賞で有マで天皇賞の春も秋も…………ナイスネイチャはキラキラしていて本当に主人公だった。
トウカイテイオーで育成した時、初めて史実で成し遂げられなかった無敗のクラシック三冠を取らせてあげれた時は涙が出た。
他にもスペシャルウィークも、セイウンスカイも、エルコンドルパサーも、キングヘイローも、グラスワンダーも、ダイワスカーレットも、ウオッカも、ミホノブルボンも、ライスシャワーも、オグリキャップも、タマモクロスも、スーパークリークもetc……
持っていないキャラも多かったけど、彼女達のトゥインクルシリーズを全力で頑張ってキラキラさせてあげている時は時間を忘れて楽しかった。
(あ…………)
ここで何かがストンと胸に収まる感覚がした。
違う、違うのだ。
だったらどうする?後に続くウマ娘達を魅せる様なレースを目指すか?シンボリルドルフの日本ダービーを見たトウカイテイオーの様に?トウカイテイオーやメジロマックイーンを見たキタサンブラックやサトノダイヤモンドの様に?
違う、私はもっと近くでウマ娘達をキラキラさせてあげたい。夜空に光る一等星の如く煌めく彼女達のキラキラを支え時には背中を押す。最も近くで眺めていたい。
ならば
「テンポイントさん、私夢が決まりました。」
どうやら少し考え込んでいてしまったらしく、そうテンポイントさんに話かける時、彼女は何も反応の無い私を心配そうに眺めていた。
「そんな直ぐに決められる物でもあるまいに…………
まぁいい、ナイスネイチャ。君はトゥインクルシリーズで何を目指す?」
そう問いかける彼女に、私は不敵な笑みで答える。だって、これはある意味では私の世代のトゥインクルシリーズを踏み台にする夢なのだから。
「私の
その為ならば無敗のクラシック三冠だろうが
そう告げた時テンポイントさんはあっけに取られた様なポカンとした表情をして固まった。まぁ、彼女としては日本ダービー優勝とか、有マ記念とかそういうのを想像していたのだろう。
固まっていたテンポイントさんは、急に大笑いし始めた。1分か2分か、はたまた10分だったかもしれないが、ひとしきり笑い続けて落ち着いたころ彼女は私に口を開いた。
「過去、日本ダービーに勝ちたいとかトリプルティアラが欲しいとか有マ記念に勝ちたいとかいろんな夢を聞いて来たがまさかトゥインクルシリーズを踏み台発言する奴がいるとは思わなかった!
ナイスネイチャ、君は面白い。トレーナーになる?いい夢だとも。私は応援しよう。しかし……」
『中央を舐めるなよ?』
その瞬間、圧倒的威圧感が私に重圧を仕掛けてくる。勿論、その元凶は目の前の『
「毎年毎年、此処中央トレセン学園の門を叩く者は数千を超える。しかしその大半はデビュー出来なかったり未勝利戦で引退し退学していくんだ。
ナイスネイチャ、確かに君はトレーナーじゃない私から見ても十分に素質がある。もしかしたら重賞を取れると思うほどに。」
冷や汗が体中から溢れ出し、無意識に体が震えそうになる。恐ろしい、今すぐ帰りたい、そう思わせるような威圧感が体を縛る。
「
それを踏み台にする?必要ならどんな賞でも取って見せる?トゥインクルシリーズはそんな気持ちで勝てるレースでは断じてない。
それでも、どうしてもトレーナーになりたいのなら地方のトレセンに転入するがいい。話に華を咲かせた仲だ、私が紹介状でもなんでも書いてやろう。」
威圧感は止まない。寧ろ時間が経つたびに重圧が重く圧し掛かってくる。それでも、私は夢を諦める訳にはいかない。このキラキラは誰にも奪わせない!
『人の夢は終わらねぇ』
私は咄嗟に、そう口に出した。生前読んでた漫画で敵の海賊が吐いた作中屈指の名言。それを、アプリやアニメで聞いたあのナイスネイチャとは思えない位低く、威圧感を含んだ声でテンポイントへと向けて。
「誰にでも夢を見る権利はある。周りから
テンポイントさん、私は私の夢を諦めない。邪魔させない。例え邪魔をするのであれば、例え貴方であろうと私は貴方を倒して先に進みます。私のキラキラを叶えるために、未来の綺羅星達を光輝く1等星にしたいから。諦めなければ必ず道はそこにあるのだから。」
だから
『
私は出場すれば常に馬主に賞金を持ち帰って来た
それくらいやってみせるとも。
そう言う意味を込め、私は彼女を睨み返す。もう重圧は感じない。冷や汗も流れていない。ただ、2人ともお互いを睨む。朱く焼けた空はその朱を藍色へと染まり始め、空に1つ、一等星が輝き始めた。
「わかった。ナイスネイチャ、君の覚悟は受け取ったとも。
ナイスネイチャ、あと私は最初に言ったぞ?私は応援すると。私は君に、
そう言ってテンポイントさんは微笑んだ。先ほどまでの威圧感を放っていたとは思えないほど優しい笑みだ。やや薄暗くなった生徒会室の中で、彼女の笑みはキラキラ光って見えた。
「今日はもう遅い、まだ寮にも行っていないのだろう?早く戻った方がいい。」
私は仕事に戻る、また雑談でもしよう。笑ったテンポイントさんに言われ私はまだ寮にすら帰ってないことに気づいた。門限が何時かは知らないが、初日から遅刻しては今後の寮生活でギクシャクしてしまうかもしれない。
私はテンポイントさんに『また明日』と頭を下げ、生徒会室を出ると急いで寮へと走った。
「また明日か、図太いやつだ」
窓際から、外を寮まで走っていく
普通、あそこまで威圧感を向けられた相手に言う言葉ではないはずで、実際今までテンポイントにはその雰囲気から親しい後輩と呼べる存在が居なかった。
「存外、自分を慕ってくれる後輩とは良い物だ」
テンポイントの独り言、その言葉に答えるように、夕闇に染まった空には多くの綺羅星が輝いていた。
「さて、後輩に誇れるように、さっさと残りの仕事を片付けようか。」
シガーネイチャのジュニア期以降の進路
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ルドルフ先輩に続け無敗三冠
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いやいや、トリプルティアラこそ至高
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もっと上を目指そう海外クラシック挑戦
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良いパワーしてるね?国内外ダート挑戦
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その他