私はこの小説でラブコメなんてしないって決めているんです。
違うんです、もっとこう健全な…………少年漫画の相棒みたいなそんなのが書きたいんです。
…………何でこうなった。
「はぁぁあ!? 私がリギルの選抜レースに出るぅ!? なんで!?」
グラウンドに響き渡る私の驚く声。アップを終えて戻って来た私を迎えた沖野さんから唐突に、それも「今日マック行く? 」くらいの軽さで言われ驚愕する私に対して、件の張本人である沖野さんは私の驚き様にまるでイタズラが成功した悪ガキの様な何ともイイ笑顔で笑っている。
「おう! 1週間後のリギル主催の選抜レース。おハナさんに頼んで出走させて貰えることになったから。」
「いやいやいやいや! 可笑しい可笑しい可笑しいって沖野さん! 」
あっけらかんとそう右手でサムズアップしながら言った沖野さんに、私は全力で手を顔の前で振りながら語彙力の無いツッコミを返した。
いや、沖野さんが私に選抜レースの案内をしてくるのはまぁ分かる。一応、沖野さんは正式では無いとは言え私の担当トレーナーになる人だし。
イタズラの様に私に黙っていたのも100歩譲ってまぁ良いよ。変に真面目な雰囲気よりこういう茶目っ気がある方が沖野さんらしさがあるし。
でも何でよりによってリギルの選抜レースなのよ沖野さん…………
「あぁぁ…………もう…………なんでこうも唐突に言って来るかなぁ。」
「なんなら理事長にも頼んで出走する許可は取ってある。あとはお前さんの気持ち次第さ。」
詫びれもせずに私に対してそう言った沖野さんに、思わず私は頭を抱えそうに…………というか実際に頭を抱えてしまった。
『許可!』
と達筆で書かれた扇子をこちらに見せながら盛大に笑っているあのちびっこ理事長の姿を幻視しつつ、私は深いため息を吐いた。
(リギル…………リギルかぁ…………)
あぁ、一度気分をリセットしたい。グチャグチャにこんがらがって纏まらない。そんな状態の頭をリセットしたくて、私はゴソゴソと自分のジャージのポケットに無理くり突っ込んでいたアロマシガーを取り出しその箱からヨレヨレの1本を取り出した。
「あ、おい吸うなら喫煙所って約束だろうが!?」
「せからしか! 誰んせいで頭抱えち思っとっと! 火は点けんけんこんくらい多めに見ぃ! 」
私の行為にそう注意して来た沖野さんに、私は思わず無意識にそう言葉を返してしまった。まったく、誰のせいでこんなに頭を悩ませていると思っているのか分かっているのかこの人は。
そんな私の心境を知らない沖野さん…………いや沖野さんどころか樅山トレーナーやライアン逹も驚いた様に口をあんぐりと開けている。何故そんな顔をしているのか分からなくて、私は思わず首を傾げてしまう。
「なん? そん鳩が豆鉄砲食ろうたごたん顔して。」
「いやだってな…………」
「うん…………」
「ネイチャの口調がさ。」
私ん言葉に、沖野さん、スズカ、ライアンがそれぞれ代わる代わる口を開いた。
火を点けていないからほとんど香りのしないアロマシガーを咥えていた私は、3人の言葉で漸くそこで初めて自分が無意識に方言を使っていたことに気づいた。
(こりゃしまったかなぁ…………思わず前世の方言が出てしまった。)
ピョコピョコとアロマシガーを上下に揺らしながら、私はそう内心やってしまったと溢した。
普段の口調は普通なんだけど切羽詰まったり、焦っているとついつい方言が出る癖が未だに抜けていなかったらしい。
…………まぁ、不幸中の幸いなのは前世の私も今世のナイスネイチャも同じ生まれだったからなんとか言い訳は出来るって事かな。前世を思い出す前の
アロマシガーを咥えたまま、私は小さく溜息を吐く。ついでに額に当てていた手でガシガシと頭を搔いた。
「…………やっぱり
そんな私の行動に、黙っていた沖野さんが小さくそう尋ねてきた。それに、沖野さん以外の皆も気を利かせてか私と沖野さんの2人の会話の間に入る事はせずに静かに事の成り行きを見守っている。
なんというか、最早トレーニングの空気じゃ無くなってしまっていてライアン達にも申し訳なく思ってしまう。
沖野さんが言っていたあの件って…………多分リギルの体験入部の時の事を言っているのだろう。他者に不快感を与えない様にと整えられた眉端を下げ、少し気まずそうな…………申し訳なさそうな沖野さんの顔を見るにきっと1年前のあの日を思い出している様だった。
「どうしてもお前が嫌だって言うなら、無理に出なくてもいい。」
黙っている私に、小さく沖野さんはそう言葉を切り出した。
確かに…………私があまり乗り気に慣れない理由にあの日の奇異の目がある…………のかもしれない。ぶっちゃけて言えば今乗り気じゃない理由の何割かは沖野さんのサプライズな気がするし。
あぁもう…………まったく、大の大人が年下相手にそんな顔するんじゃないよ沖野さんや。相手が私だったから良かった物を、そんな情けない顔を普通のウマ娘相手にしちゃったら余計に不安にさせるじゃないですか。
ゆっくりと目を瞑る。そうすると鮮明に瞼の裏に映し出されるのはあの日の記憶。
誰も私を見てくれない。
誰も私に声をかけてはくれない。
誰もおめでとうと言ってくれない。
これじゃまるで私が悪役みたいじゃないか。
ゾクゾクッと、あの時の感情を思い出した瞬間に私の全身の毛が逆立つのを感じた。5月に入り少しずつ夏の暑さを感じさせつつある空気が一瞬で氷点下になったかの様な、冷たく背筋の凍るそんな感覚がねっとりと私の体に纏わりつく。
あの日の事は思い出さない様にしていた。心の奥底に蓋をする様に、毎日の充実で誤魔化して忘れようとしていた。
勝った。そう勝ったのだ。エアグルーヴ達と初めて出会って、その時に貰った応援に答えたくて走ったのだ…………
あぁ、そう言えば沖野さんと出会ったのもこの日だったな。アニメのスペちゃんの様な出会いをして、ルドルフ先輩に案内して貰ったリギルで再会して…………
色々あったが、沖野さんのチームで担当して貰える予定になったのは素直に嬉しかった。
カチャッと、身じろぎした私の体から小さくそんな音が聞こえた。ゆっくりと手探りでポケットに手を忍ばせれば、それは私の体温でぬるく温まっていたジッポライターだった。
(このジッポもあの日に沖野さんから貰ったんだよね…………懐かしいな。)
『勝ってこい』
想い出したその言葉に先ほどまでとは違う、小さな小さな
未だ私の手元に来て日が経っていない褪せた銀色のジッポライターをそのままポケットへと戻して、私は閉じていた瞼を開いた。
勝つには勝ったが、欲しかったモノが貰えなかった日だった。例え模擬レースだろうとあんな経験は2度としたくはない。
けれど、それでも掛け替えのないモノが貰えた日でもあった。あの喫煙所での思い出はどんな重賞よりも手放したくない。
スゥゥゥゥ…………ハァァァァ…………
深く長く、私は深呼吸をした。咥えていたアロマシガーの微かな甘い香りが私の思いに後押ししてくれる。
「……………………ヨシッ! 女は度胸。やるよ沖野さん。」
浅く一呼吸おいて、私は両手で自身の頬をピシャリと叩いて沖野さんにそう告げた。頬を叩いた鋭い痛み。そのあとに続くヒリヒリとした痛み…………きっと私の頬には赤い手形が残っているかもしれないが今は知ったこっちゃない。
女は度胸。ウジウジ悩んでいたって時間の無駄だ。それに内容は兎も角として沖野さんが私の為に頑張ってくれたのは事実だし、それに…………
「トレーナーの要望に応えられなくて何が担当ウマ娘か。」
「九州乙女を舐めんな! 」
酸いも甘いも、辛いもキツいも。沖野さんが望むならば私は正面から立ち向かうとも。あの日、私と沖野さんだけの寂れた
青臭いと呆れられるだろうか。中二病っぽいと笑われるだろうか。だけれど、私の夢を一緒にからってくれる
「ぼさっとしてないで、さっさとその紙に私の名前を書いて出しといて沖野さん。」
「あ…………あぁ、お前がそれでいいなら。」
私の言葉に、今度は沖野さんは驚いた様にそう返した。どうやら急に黙ったと思ったらいきなりそう叫んだ私にビックリしていた様だ。
「あれあれ? もしかして沖野さん、自分から言い出したのに怖じ気づいたのかなぁ? 」
「い、いや…………そうじゃなくて急にお前が「それとも。」あん? 」
「沖野さんは私に話を持ってきていながらレースで私が勝てると思ってなかったのかなぁ?」
「悲しいなぁ。あの日に私に言ってくれた『勝ってこい』も、もしかして嘘だったのかなぁ。だとしたらネイチャさんは悲しいですよ。」
私の態度にタジタジの沖野さんに、私は仕返しとばかりにニヤつきながら嘘泣きも交えてそう畳み掛けた。
「んな!? ば、バ鹿やろうお前俺は例えリギルの選抜レースだろうとG1レースだろうとお前が勝つって信じてるに決まってるだろ。」
「だったらこんくらいで動揺してどうすんのさ、こんアホ。」
「ングッ…………お前なぁ。」
「だったらしゃんとしなさいよ。
テンポイントさんやルドルフ先輩やライアン達、それにおハナさんや南坂さんに黒沼さん…………応援してくれている皆には悪いんだけど、こればっかりは担当トレーナーと担当ウマ娘。沖野さんと私でしか成立しないんだよね。
スパァン! と沖野さんの背中を私は叩いた。なんちゃって闘魂注入、痛そうに顔を顰める沖野さんに私はさっきまでのニヤついた笑みではない、心からの笑顔を見せる。
「ほら、呆けていないで行くよ。沖野さんが持ってきたんだから最後まで面倒みなさいよね? 」
痛そうに背中を摩る沖野さんに私はそう告げる。
もし、生徒会室でテンポイントさんに会った時がナイスネイチャの夢の始まりだとすれば。
きっとあの日が
「あぁ…………あぁ! お前が辞めたいって言っても面倒見てやるからな。覚悟しておけよ? 」
私の笑顔に釣られる様に、今度は沖野さんが笑う。そうして笑いながら、2人して手を合わせる。
所謂ハイタッチってやつ。パシンっとお互いに手のひらを叩いて、そのまま今度は握りこぶしでグータッチをした。いつの日だったか、暇な時に私と沖野さんの2人で冗談ぎみに考えた気合を入れる為のルーティーン。
「ひとまず1本行こっか。んでそのあとはおハナさんとこね? 私からも一度話を通しとかなきゃ。」
「げ…………マジか? 」
「当たり前でしょーが! どうせこの件もおハナさんに沢山迷惑かけてるんでしょ? 勿論おハナさんの後は理事長のとこにも行くからね。」
ガヤガヤと、私と沖野さんは歩き始める。ピョコピョコと咥えているアロマシガーを揺らす私と、少し気まずそうにガシガシと自分の頭を搔く沖野さん。行先は勿論、私達の寂れた
まぁ、なんだ…………最初はアレだったけど今は選抜レースが楽しみだと私はハッキリとそう言える訳で。
(トラウマって程でも無いけれど、1年前の私と向き合う意味でも案外丁度いいかもしれない。)
そう誰にも聞こえない心の声は、微かに香るアロマシガーの甘い香りと共に5月のぬるい風に魅かれて空へと広がり消えて行った。
次の日、私はライアン達に謝り倒した。
いや本当に…………何の為にあの日ウォーミングアップしてたんだよって話だよね。しかも最後はライアン達を忘れて沖野さんと喫煙所に行くって…………
沖野さんは沖野さんで今朝樅山トレーナーに謝りに行っていたし…………
それもこれも全部が全部沖野さんが悪い。
今決めたそう決めた私が決めた。今度沖野さんにジュース奢ってもらおう。
あ、勿論ライアン達の分も奢ってもらうよ。それぐらい沖野さんにはして貰わなきゃねぇ?
ライアンもそう思うでしょ? え、プロテイン…………そう。
もっと良い文章が思いついたら修正したい。
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