それでも良い方はドウゾ
ドタバタした入学初日から一週間、特に私に何かあったという訳でも無く毎日を楽しく送っていた。
時たま生徒会に顔を出し、テンポイントさんとお話したり、ルドルフ先輩と雑談したり、普通に授業を受けて、教官方から練習場の説明をうけたりしたが、生憎とまだ今日まで新入生は自主的にトレーニングをすることが出来なかった。
それもこれも、今日初めて私を含めた新入生達による模擬レースが始まるからに他ならない。現時点での新入生の実力を測る為に今日この日までトレーニングを禁止されていたのだ。
『さぁ、始まります新入生による模擬レース!今回も例年通り芝と砂の1000m、1200m、1600mで開催されます。
新入生は今の自分達の実力を!トレーナー達は未来の原石を見極める為に!さぁ、ここからが本当の中央トレセン学園生活の始まりです!』
模擬レースなのに実況が付くのかという呆れと、ここからが本当のトレセン学園生活の始まりという言葉への納得。
色々と考えてしまう部分もあるが、1600mより上が無いのはまだ入学したばかりのウマ娘は本格化前で体が未成熟な為に制限しているらしい。授業のレース座学で教わった事だ。中等部2年からジュニア期と同じ2000mで選抜レースが行われるとのことで、中等部1年の私達へのスカウト等はまだ禁止されている事もアプリでは分からなかった事だ。
また、メイクデビューは本格化がある程度進んだ高等部から一律始まるらしく、それこそアプリ版のニシノフラワーの様に本格化が滅茶苦茶早く飛び級でもしてトレーナーやトレセン学園から許可が出ない限り中等部でのメイクデビューは無いとの事。
トウカイテイオーとか中等部でデビューしてた気がするが、まぁこの世界がそう言う規則なのだとすればきっと未来のトウカイテイオーも高等部でデビューするのだろう。
正直、今の私にとっては未来の事など気にする余裕など無い。この模擬レースが私の初めてのレースだ。現時点で私が何処までの実力なのかを確かめる意味でも、余計な事は考えず今日は全力で頑張りたいと思う。
「やぁ、ネイチャ。調子はどうだい?」
私は芝1600mにエントリーしているのでまだ時間がある。他のレースを眺めつつ気を落ち着けていると後ろから呼びかけられた。振り返るとルドルフ先輩とテンポイントさんの二人が私に近づいてきた。
入学式の翌日、私は早速ルドルフ先輩を連れてテンポイントさんに会いに行ったのだ。ルドルフ先輩はテンポイントさんのお話が聴けて嬉しそうだった。テンポイントさんも慕ってくれる後輩が増えたのは嬉しいようで良くルドルフ先輩にも話しかけていた。
テンポイントさんとルドルフ先輩、2人が仲良くて私も嬉しい。
「テンポイントさん、ルドルフ先輩!どうされたんですか?」
「なに、せっかくの後輩が模擬レースを走るんだ。ちょっとした激励にな?」
「勇往邁進、頑張れよネイチャ。」
2人からの応援に気分が高揚する。それこそ絶不調だろうと一気に絶好調にまで上がるくらいに。
寧ろ、こんな名バに応援されてやる気を出せないウマ娘がいるのだろうか?
やる気が漲る。何せ文字通り私にとっては初めてのレースだ。それと同時にナイスネイチャとして、心の奥深くに隠していた不安が無意識に吐出してしまう。
「あははは…………応援して頂けるのはありがたいんですけど正直勝てる気がしなくて…………」
「おいおい、あの日の啖呵はどうした?随分と弱気じゃないか。」
「そうだぞネイチャ。気持ちで負けていてはどんなレースでも1着など取れんぞ?」
「私、本格的にレースするのは是が初めてなんです。」
怪訝な顔をする二人に私は、私の過去、前世の記憶が蘇る前の小学校時代の話をする。
普通、中央トレセン学園に入学するウマ娘は大体、小学校からトレーニングクラブやジュニアレース等に参加したりして結果を出したりする娘が大半である。
早くからトレーニング(年相応の簡単な物である)を行いURA協賛のジュニアレースや地域のレース大会に出るのだが、私はそういう事を行ったことが無かった。
早くに父を亡くし、女手一つで私を育ててくれた母を少しでも楽をさせたくて家事手伝いを率先して行っていた。バーを経営する都合上、夜型に近い生活をする母はそれでも無理して私の為にと家事をしてくれた。それが嬉しくもあり、でもやはり心配だった。
開いた時間に私は母の手伝いをして、迷惑をかけないよう物や何処かへ遊びに行きたいとねだったりしない私を母は気にしていたみたいだが、私は特に苦痛でもなかったし良く母のお店に来る商店街のおっちゃんや近所のおじいちゃんとお話するのが楽しかったので問題はなかった。
だからだろうか、私は学校では当たり障りない生活を送っていたので親しく遊ぶ友達というのが出来なかったし、ウマ娘として走るという行為をする機会が無かった。
唯一私が走ったことがあるのは、私に遊ぶ友達が居ない事を気にした商店街のおっちゃんやおばちゃん達が遊んでくれた時だけだろう。しょっちゅう商店街にお使いに行ったりお店でおっちゃんやおばちゃん達と喋ったり商店街の各お店の手伝いをしていた所為か、私は何時しか商店街全体の娘みたいな扱いになっていた。
今思えば私はウマ娘として異質だったと思う。普通のウマ娘ならば走りたいとか、レースに出たいとか我が儘を言うはずなのに私は一切そう言った我が儘を言ったことが無かった。
多分、ウマ娘の走りたい本能を無意識の内に理性で抑え込んでたんだと思う。母や商店街のおっちゃんおばちゃんたちに迷惑をかけたくなかったから。
きっと適当な中学、高校と進んで、卒業したら母のバーを手伝いながら走ることもなくのんびり過ごしていくんだろうな。
そう思っていた小学校6年の冬に、母と商店街のおっちゃんやおばちゃん達からサプライズで
「ネイチャンは速いんだ!応援しているから思いっきりレースで走ってきな!」
「貴女には昔から我が儘をさせてあげられなかったから。少しくらい我が儘になっても良いのよ?」
聞けば母を始め、商店街の皆で必要な教育費や受験料を少しずつ貯めていたらしい。
嬉しくて涙が出た。レースに出れるとか、走れるとかではなく。母や商店街の皆の気持ちが嬉しかった。
「たぶん、あれが私の原点なんです。私はレースに出たことが無いけど、母や皆のおかげであの時私はキラキラさせて貰ったから。」
「…………いい家族だな。」
私が話し終わると、テンポイントさんはそう言ってくれた。
正しく、私の自慢の家族だ。
「なに、皆よりスタートが出遅れただけだ。此処から一人当千、皆を追い抜いていけばいいさ。」
ルドルフ先輩はそう言って励ましてくれた。
「当たり前です。確かに自信は無いけど、私は夢の為に頑張りますよ。」
『次、芝1600m参加者はゲート付近に集まって下さい。』
遠くで次走のレースのアナウンスが聞こえる。どうやらやっと私のレースが来たらしい。
両手で軽く頬を叩く。ヒリヒリとした痛みが身を引き締め、闘志に薪をくべる。
「テンポイントさん、ルドルフ先輩。行ってきます!」
「「行ってらっしゃい。」」
さぁ、
『さぁ、本日最後のレースとなりました。芝1600m右回り。
各バまもなくゲート入りとなります。』
私の順番は3番3枠…………お馴染み3である。
『一番人気を紹介しましょう。4番4枠オネストワーズ。
二番人気には3番3枠ナイスネイチャ。
三番人気は6番6枠アライブカリンとなりました。』
意外にも、私は二番人気だった。まぁしかし、自分が出遅れていると自覚している以上この人気外のウマ娘全てが私よりも強いという意識を持って臨まねばならない。私の現状の唯一の長所はゲート嫌いではない事。他のウマ娘がちょっと嫌がったり落ち着かない中特に苦も無くゲートに入る。
『多少ゲート入りを嫌がった娘もいましたが各バゲートイン完了。まもなくスタートします。』
意識を切り替えて集中しろ。
走る構えを取り、何時でもスタート出来る態勢に入る。まだ走ってすらいないのに心臓がバクバクと大きな音を放ち、手汗が止まらない。
『今スタートしました!好スタートを取ったのは一番人気オネストワーズと1番プリメラーチカ!
二番人気ナイスネイチャ、三番手に付けています!』
ゲートが開いた瞬間飛び出す。中々の良いスタートだと思った直後、私はシマッたと後悔した。
アプリ版において、ナイスネイチャは差しウマだ。先行もある程度出来るが、固有スキルとの相性を考えても差しウマで育成するのが定番のウマ娘である。
私としても、差しで各ウマ娘の動きを観察してレースの流れを確認するつもりだったのに、出遅れを意識しすぎるあまり逆に好スタートして先行位置になってしまった。
(大丈夫!ネイチャは先行も行けるからここから逃げウマを意識しつつ最後にスパートすれば何とかなる!)
やってしまったことは仕方ない。このまま先行位置で進めていこうと頭を切り替え三番手を走るも、私は直ぐに自分がいかにウマ娘としてスタートが他のウマ娘より遅れているか感じることになる。
(皆速すぎる!スタミナが続かない!)
ゴリゴリと削れていくスタミナ。呼吸が荒く苦しくなり、口に溜まった唾を飲み込む隙も無い。
他のウマ娘が悠々とまではいかなくとも未だ余裕を残す走りをする中で、私は既にスパートに近い走りを強要されていた。
(何が!何が違う!私と他のウマ娘と違いを探せ!)
ウマ娘としての出遅れ、これを埋める為には相手を観察して盗むしかない。アプリだとしても、トレーナーだったのだ。観察し、見て、盗み勝機を探せ!
頭がぼやけ、纏まらない思考。それでも観察を止めてはならない。
(どうしてこんなにスタミナを消費してしまうのか考えろ!
必死に足の回転数を上げ、今のポジションを維持しながら前の逃げウマ2人と直ぐ横まで上がって来た先行ウマ娘を見る。
少なくとも、彼女達よりも私の方が脚の回転数は上のはずだ。彼女達が一歩脚を進める度に私は二歩進めているのだから。
コーナーに入り私は必死に速度を落とさず、なおかつ最短距離を走れる様出来る限り内ラチに体を近づける。人間の時とは比べ物にならない横G、遠心力が私の体を外ラチへと飛ばそうとする。
(わかっていたはずだ!人間だった頃とは何もかも違う事くらい!)
人間だった頃なら私はもう諦めて脚を緩めていただろう。こんなに一生懸命になってアホらしいとか思っていたはずだ。
今私が走っているのは最早根性でだけ。夢の為に。ただそれだけの為に脚を前へと伸ばす。
(せめて、何かきっかけでも見つけろ!このレースを無駄にするな!)
横で早めにスパートをかけるウマ娘に追い抜かれつつ、それでも食らいついて行く。
そこで見てしまった。隣のウマ娘の歩幅を。
(そうだった!なんで私は忘れてたんだ!ウマ娘の走りはヒトとは違うのは分かっていたじゃないか!ヒトの走りをしてウマ娘に勝てる訳がないじゃないか!)
ウマ娘とヒトでは根本的に走り方が違う。
例えるなら歯車。ウマ娘は車に近い速度という莫大な運動エネルギーを起こす。そのウマ娘の走りという大きな歯車を、ヒトの走りという小さな歯車で動かすにはエネルギーロスが大きすぎる。
人の走りという小さな歯車でウマ娘という大きな歯車を回そうとすると、大きな歯車を1周させるために小さな歯車は2周も3周もさせなければいけない。
合わない走りでウマ娘の速度を出す為に、無駄に大量のスタミナを浪費しているのが今の私の走り。
スパートに近い速度で漸くウマ娘の巡航速度という歪な走り。これを修正しなければ私は勝てる道は無いのだ。
(だったら!この場で歯車を合わせてやる!)
確かに、アプリ版のナイスネイチャも歩数を少なく、歩幅を大きく取るストライド走法だったはずだ。私は覚えてる。何十回も、何百回も彼女を育てレースの走りを目に焼き付けてきた。
覚えているなら、それを再現できるはずだ。
なぜなら
(私だってナイスネイチャだ!)
ナイスネイチャならば、アプリ版のナイスネイチャの走りだって出来るはずだ。
(歩数を減らせ!ストライドを大きく取れ!頭は少し低く、風の抵抗を逸らせ!)
少しずつ少しずつ
(人の歯車からウマ娘の歯車へ変えろ!)
少しずつ、息が楽になっていくのを感じる。先ほどまでのスパートに近い息遣いから、まだぎこちないがさっきまで隣にいたウマ娘位の息遣いにはなっただろうか。
『さぁ、各バ最終コーナーを抜け最後の直線へと差し掛かった!今だ先頭はオネストワーズ!
2バ身差でプリメラーチカ!これ以上は苦しいか?その少し後にアライブカリン!上がってきたぞ!』
諦めるか。ナイスネイチャは末脚が自慢なんだ!
「ここからがスパートだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
無意識に叫びながら脚の回転数を上げる。ストライドを維持しながら、足の回転数を上げ、ピッチ走法を取り入れた。
さぁ踏み込みに力を入れろ。つま先が芝にめり込むほど深く、強く踏み込み、芝へと蹴り入れろ。
少し楽になっていた呼吸が再び苦しくなる。周りから音が消え、意識がぼやけ、ただ息苦しさだけが私を襲う。
それでも、私は足を止めない。
『ナイスネイチャ!ナイスネイチャ上がって来たぞ!
素晴らしい末脚だ!今三番手プリメラーチカを抜いた!
先頭に届くかナイスネイチャ!』
だけど、やっぱり序盤に失ったスタミナと脚のロスはどうしようもないらしい。
『だが届かない!
1着は逃げ切ったぞオネストワーズ!
2着には半バ身差でアライブカリン!
3着は2着から2バ身差でナイスネイチャでした!』
私は先頭に届かなかった。
確かに勝てるとは思ってなかったけど。
「…………お馴染み3着ってね。」
無意識に
勝てないと思ってても全力を出した。
収穫も沢山あった。寧ろウマ娘として出遅れてた私が3着ってのは十分凄いだろう。
それでも。
「…………勝てないって…………悔しいなぁ。」
自然と瞳から涙が溢れる。
ゆっくりと、悔し涙が頬伝う。
あぁナイスネイチャ、やっぱり
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