タラシック三冠、それはクラシック三冠とは違ったウマ娘の頂の一つ。

男トレーナーの一着を目指して鎬を競う
G1卑しか女杯

女トレーナーを重馬場に沈めてしまう
G1夢女ステークス

ウマ娘はウマ娘同士で恋愛すべきだと思うの
G1百合花賞

()()()
・他作品に組み込めないor何処にでも組み込めてしまうので初投稿です。
・以下の理由から短編集の形を取ります。
⑴雑食主義であり、思いつくカップリングを沢山描きたい
⑵何度でも告白させたいし、付き合ってる世界も喧嘩してる世界も欲しい
⑶トレーナーは取り替え式パーツとして、都合良く扱いたい
・短編ごとに世界が異なります。続き物を書く場合は表記します。

⑷見切り発車です

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G1百合花賞
台風特別(出走:ミスターシービー,シンボリルドルフ)


『——繰り返します。本日は台風接近のため、午後からの学園利用は一律中止となりました。急用以外での外出を禁止とし、本日は寮内で過ごす様に——』

 

 日中にも関わらず薄暗い校内に、理事長秘書の放送が空響きした。

 

 多くの者が喜びの内に過ごすはずだった祝日。その一日は台風の直撃という不運によって台無しとなった。授業もトレーニングもなく、寮という共有空間で生徒たちは思い思いに過ごす。

 

(黒風白雨とはこの事だな。さながら天が流した滂沱の涙だ。では逆巻く風は張眉怒目、それに揺さぶられる木々は——)

 

 生徒会室で事務作業に勤む、部屋の主人を除けば。

 自分一人しか居ないのだからと電気も付けず、暗雲を大写しにする窓枠を背にして皇帝シンボリルドルフは取り留めもないことを思い浮かべていた。その茫洋とした居住まいに対して、手つきは機敏に書類仕事を進めていく。

 本来であれば来週に先送りしても良い様な仕事ばかりだ。仕事中毒者の末期症状を見れば、彼女の右腕がそれこそ怒髪天を衝いて今の空模様に似合う雷を落としただろう。しかしながら、その右腕は先日に出走したレースの負担を鑑みて、ここ一週間は休養を取っている。

 女帝エアグルーヴは最初こそ渋ったが『主人を休ませたいなならば、まずは自分もそうせねばならない』と、もう一人の副会長たるナリタブライアンが珍しく説き伏せたのだ。

 

(だが、出来ることならエアグルーヴにはもう一週くらい休みを取らせたい)

 

 生徒を何より大切に想うルドルフにとって、その右腕も例外ではない。右腕を頼る事と大切にする事は両立する。そのために、エアグルーヴが安心して休みを取れる様にと可能な限り仕事を先に先にへと進めていた。

 そんなある時にルドルフの背後で稲光が走る、それから随分と間が空いてから雷鳴が轟く。ルドルフはその雷に気を取られた。何やら怒られてる気分になったからだ。微かに笑みを浮かべ、何の気無しに外へと視線をやる。

 直後、彼女の綺麗に整えられた尻尾を逆立て驚愕する姿を見せた。その驚きは雷にではない。荒天の中で、カッパを羽織るどころか傘も差さずに校外へと出ようとする生徒がいるからだ。その生徒は、右耳につけた白い帽子の髪飾りや制服が濡れることも気にしてない様だった。確か昨年も、エアグルーヴが暴風警報を無視してランニングしていたサイレンススズカを捕まえた騒動があったと思い出す。しかし、アレは現場で発見出来たから止められただけだ。

 

「シービー!!」

 

 雨が吹き込むことも躊躇わず窓を開けて大声で呼び掛ける。しかし、その声は轟々と吹き荒れる風に容易く流された。彼女は即座に、明晰な頭脳を回転させて打開策を模索する。

 

(守衛に連絡、いや今は空か。他の大人は、いや見失っては)

 

 結論は、自分が追うこと。決めた後は逡巡する事ない。窓を閉め、卓上のウマホと生徒会室に備え付けられた蹄鉄靴——問題児を追うため整地に対応したもの——を引っ掴む。そして鍵を閉める余裕さえなく生徒会室を後にした。

 校舎出口に向かう間にシービーのウマホを鳴らす。そもそも繋がらない。その次は出勤している理事長秘書に連絡を取った。

 

『もしもし、駿川で——

「急ぎで済まない、シービーがそのまま外に出た」

 

 廊下を駆ける。他の生徒には脚に悪いと注意する階段飛ばしも躊躇わない。

 

「私は直接シービーを追うので、他の生徒が外に出ない様に再周知をお願いします」

『待ってください!危険です!』

「巧遅拙速、見失う方が危険です。私は生徒会長として生徒を守らねばならない。後は頼みました」

 

 昇降口に着けば、肩と頬で携帯を挟んで靴を履き替え、ズレない様に硬く締め上げる。そして電話での話を早々に切り上げ、ウマホを仕舞い込んで外に出る。大雨で視野が悪いことにルドルフの目つきは険しくなった。

 

(運否天賦、これならシービーも遠くまではいかないだろう)

 

 少し外を歩いただけで髪も尻尾も濡れる。しかし、ドリームトロフィーリーグに君臨する雨天レースに慣れた彼女たちなら、問題なく走れる程度の雨だ。問題は既に華奢な身体が煽られるほどの暴風と、この雨がより強くなることだ。小走りに先程シービーが向かった方へと脚を進める。

 

(シービーが少し歩いて帰ってくるなら良し)

 

 早足に三女神像と噴水を超える。

 

(ただの散歩なら捕まえれば良し)

 

 桜並木が視界の端を流れる。

 

「————シービーッ!!」

 

 学園正面の出入り口にシービーの姿が見えた。それはおよそ考えうる最悪の事態。この悪天候でミスターシービーは走りに出た。がなり声と言っても差し支えない叫びも届かない。ルドルフからはシービーの表情さえ見えず、その考えを察する事は出来ない。

 幾らヒト種の比にならない膂力を持っていても、肉体の強度自体はそれほど大差ない。それこそ台風の様な自然の力の前には尚更だ。名状し難い感情が腹の底から湧き上がったルドルフは、遂には犬歯を剥き、表情を歪める。

 

 ルドルフも地面を蹴って、走り出したシービーの後を追う。地面の状態を確認しながら、風に煽られて滑らない様に進むため、速度こそ平時によほど劣るもののヒトが走る速度では碌に追いつけない速さだ。

 ルドルフからは見えないが、その先を走るシービーの身体からは僅かに蒸気が立つ。相当な熱量を発散してる証拠だ。ルドルフと違ってシービーは雨の中でもアップを済ませてから走り出してる。故にルドルフは少しずつシービーから距離を離されつつあった。

 人が消えた街中、日中なのに街灯が路面を照らす。シービーは気分で走るルートを変える。故に先回りをする事は出来ない。だが純粋に追いつくことも難しい。

 

(闊達自在にも程がある!命さえ行雲流水と捉えているのか!)

 

 ルドルフは臓腑から湧き上がる感情に自分の輪郭が曖昧になっていた。少しずつ身体の内は暖まるが、肌を打つ雨は熱を奪って蒸気に変わる。

 こんな時だが選手として、ウマ娘としての性か追いつけないことが無性に悔しい。だがそれでも少しずつ距離は詰まっていく。それがルドルフには気持ち良かった。

 

「ミスターシービーッ!」

 

 近づく度に、息を吐き出す様に背中を何度も呼びつける。そして遂にシービーはルドルフに気づいた。気づいたシービーは流し目でルドルフの顔を見て、()()()()()()()()()()牙を剥いて笑う。そして走行位置をそれまでの場所から徐々に左へと寄せてルートを変え、かつ走る速度を上げた。

 ルドルフもシービーが止まると思っていなかったのか、また速度を上げる。だが先ほどの様に距離を詰めることは出来なくなっていた。

 遂に川沿いの堤防に出る。山から流された土砂で色を変え、平時よりも余程水位が上がっている。強風で水面に激しく波が起きる。障害物が消えて、直接吹き付ける風は先程よりも強い。それこそ風に煽られてシービーが川に落ちたら——

 ルドルフがそんな懸念をする間も与えない様にシービーは少し進んでから川沿いの堤防を抜け、市街地との間に作られた緑地へと踏み込んだ。

 左右に木々が立ち並び、人二人分とちょっとしかない道幅の真っ直ぐなコースは誰の目にも着くことがない。不整地は水を十分に吸って、宛ら泥濘といったところか。重バ場を走り抜けることが得意なシービーは、依然として速度を上げ続ける。ルドルフも負けまいと不整地用に走り方を変える。しかし、蹄鉄が上手く地面を捕らえない。

 

「止まれ!!!!」

 

 ルドルフが改めて大きな声で静止を呼び掛けるが、シービーは耳を貸す気配がない。であればとルドルフはシービーをゴール板に見立て、尋常ではない執着をプレッシャーとして顕にする。

 

(最低でも横並び、あるいは追い越すまで)

 

 それこそレースと同じだ。シービーが満足出来る様に。少し先に見える開けた場所で追い越すと決めた。ルドルフの身体の中でばちりと何かが噛み合う感覚が走る。髪の毛先まで神経が張り詰めた様な感覚は、レース中の領域に入った時と同じだ。深く沈む地面に対して、どう踏み込むのが最適なのかが瞬時に分かるくらいの解放感と高揚感が込み上げる。

 だがシービーも負けてはいない、詰められた距離をあけてやろうと力一杯に踏み締める。そして開けた場所へと先に辿り着いたのはシービーだった。

 シービーは開けた地面でゆっくりと制動をかけて、スピードを極限までに殺してから泥の中に転がる。同じように追いついたルドルフは転がりはせずとも、膝に手を置いて肩で息をする。

 

「こんな日に外に出るなんて何を考えているんだ!!」

「わっ、大きい声出されると吃驚しちゃうよ」

「吃驚は此方の台詞だ!君に何かあったら私は……!」

 

 息を整えたところでルドルフはシービーを鬼気迫る勢いで問い詰める。さながら空に響く雷鳴はルドルフの怒りか。蒸気して赤くなった頬は色っぽい気もするが、それを茶化せないほどの剣幕だ。

 ただこの場で怒ってても仕方ない、取り敢えず何処かに避難しようとルドルフがシービーに手を差し伸べた。シービーはその手を取って、思いっきり引く。ルドルフの足下は掛けられた力に耐えられず、ルドルフの身体ごと地面が滑る。ルドルフがシービーに重なる様に倒れ込み、二人とも泥だらけになった。

 

「ルドルフってば流星まで茶色じゃん」

 

 青筋を立てるルドルフのすぐ側で、シービーは愉しそうに笑っていた。

 


 

『はい。ええ、今日はシービー宅に一泊して。はい、宜しくお願いします』

 

 マンションの一室でタオルを頭から被ったシンボリルドルフは理事長秘書に連絡を取っていた。

 時間を少し戻すとミスターシービーを捕まえた頃には頭上で空を裂く様に雷が走っていた。二人とも追いかけっこに夢中になり過ぎていたのだ。感覚としては僅かな間だったが、気がつけば学園を出た時よりも随分と嵐が近い。シービーと何処に避難するかと話したところ、なぜかシービー宅が直ぐ近くにあった。

 緑地を抜けて、シービー宅に駆け込む頃には一寸先も見えない豪雨になっている。家に入った途端に、取り敢えず一緒にお風呂に入ろうかと誘ってくるシービーを、ルドルフは一蹴し、服を剥いで先に風呂に叩き込んだ。それから平然と脱衣所の棚を開け、タオルを一枚借りて耳と水気を取ってから、漸く電話して事の報告をすることになった。

 電話越しとはいえ、物腰柔らかな理事長秘書に怒られるのは堪えるところがある。しかし、事情を汲んでくれる大人でもあった。生徒会室の戸締まりや外泊届けなどの粗方の雑事を買って出てくれたことで、今日の仕事はシービーへの詰問だけとなった。

 

「ルドルフ、お風呂空いたよ」

 

 呑気な声と共に浴室の戸が開いた。泥々に汚れていた面影一つ残さない美女が立っている。肩からフェイスタオルを掛けただけのずぼらな姿に対して、豊かな双丘から流れる引き締まった曲線は美しく同性でも惚れ惚れとする。しかしだ、それはそれとしてルドルフの眉間に皺が寄る。

 

「シービー、幾ら私たちが布衣之交だとしても格好くらいは——」

「はいはい。ルドルフも入っておいで、折角だから洗ってあげようか?」

 

 ルドルフが腕を組んで滔々と苦言を呈する。ただシービーは全く意に介さない。未だに濡れて泥だらけになった制服を着ているルドルフに平然と手を差し伸ばして浴室に引き込もうとする。

 しかし、ルドルフはそのシービーの軽口に一考の余地を見出してしまった。腕を組んでいた片手で口元を抑えて見せる。

 

「君がまた外に出掛けない様に見張るなら一緒に入るべきだったか」

「ルドルフは色気がないよね」

 

 シービーが呆れたように顎を上げてルドルフを見る。

 

「そう言う話では——」

「約束。今日はもう外に出ないって約束するから。アタシが約束は破らないの知ってるでしょ?」

 

 シービーがルドルフに向かって小指を差し出す。ルドルフはム、と口を一文字に結び、()()()()()()首肯する。

 

「洗濯物は全部入れちゃって、着替えは出しておくから」

「取り敢えず出て行って欲しいのだが……?」

 

 シービーはルドルフの横を素通りし、棚からバスタオルを一枚取り出して頭に被る。そして脱衣所に置かれたドラム式洗濯機の戸を開けて、ほら早くと言う。

 ルドルフとしては見知った仲とはいえ、目の前で服を脱ぐのには恥じらいがあった。顔を赤らめたりはしないが渋るような表情を浮かべ、耳を倒す。

 

「アタシも髪乾かすよ?それに今更、何言ってるの」

 

◆時計が回る。

 

(シービーと同じ匂い……当たり前ではあるか)

 

 シンボリルドルフが風呂から上がって身支度を整える。女性の身支度は長いと言うがウマ娘の身支度は尻尾や耳の手入れがある分、それよりも長くなる。シービーの好意に甘えて、自分と同じケア用品を借りながら懐かしい記憶を辿る。

 ミスターシービーの私生活は相当に大雑把である。シービーも栗東寮生であったが、その頃は化粧水などのケア用品を使わずにあの美貌を維持していたのだ。ここには長らく訪れて居なかったが安堵が込み上げる。

 ぐるぐると回る洗濯槽の輪を背に、値札が着きっぱなしの紺色のパジャマを広げた。足首まであるワンピースタイプで、尻尾穴がスリット状になっているのは好都合だった。服に袖を通してから、ルドルフは鏡の前で腕を広げて変なところがないか確認する。

 

 

 身支度を終えて、いざ詰問とルドルフがリビングの戸を開ける。

 

「……君と言う奴は」

 

 そこに居たのは、服も着ずにバスタオルを一枚巻いただけのミスターシービーだった。シービーは髪の毛を雑に垂らし、ソファに寝そべってウマホを弄っている。ソファ正面のローテーブルには飲み掛けのジュースやコーヒーが入ったマグカップが四つほど出ている。

 部屋の隅に置かれたゴミ箱からはペットボトルが顔を覗かせる。キッチンとリビングを隔てるカウンターの上には、学園から配布された資料が乱雑に置かれていた。そこから横に視線を移し、壁際には本棚から溢れた雑誌が床に平積み状態だ。

 

「あ、良いねルドルフ!その服似合うよ」

 

 ルドルフは頭が痛いと言わんばかりに自身の額に指先を置いて首を左右に振る。シービーはその素振りを全く気に求めず、口元を緩めて嬉しそうに笑いかけた。だがルドルフはシービーの相手に慣れている故、シービーの甘い言葉——それが絶対に本心だと分かっても——には乗せられない。

 

「はぁ……まずは片付けだな。シービーは服を着てくる様に」

「んー、もう外に出ないし服着たくないなー。それに折角のお泊まりなんだから片付けなんて今度でも——」

「今時はお泊まり会をパジャマパーティと言うそうだが、それならドレスコードや会場が必要じゃないかな?」

 

 ルドルフはシービーの眼前まで近づいて顔を寄せる。シービーは目を細めて、ふぅんと息を漏らす。行動に納得を必要とするシービーは直ぐに身体を起こした。

 

「そのパーティなら参加しても良いね」

「ではどうぞ」

「ん、じゃあ待っててね」

 

 ルドルフが恭しく差し出した手を、シービーが取って立ち上がる。ドレスに相応しくないバスタオルが肌蹴落ちる。シービーはタオルを足で拾い上げ、尻尾に掛けて出て行く。ルドルフは肩を竦めて見送る。

 見送った後の動きは極めて迅速だった。掃除と言えば自身の右腕の特技だが、ルドルフも名家の子女とは言え寮生活に於いても模範足れる様に躾けられて来た。当然だが、シービーは直ぐに帰ってこない。その間にルドルフは昔の感覚でリビングから順番に片付けを進めていく。

 

(本当に、シービーの奴は……)

 

 キッチンに入れば、流し台に使用済みの食器やフライパンが積み上げられている。食洗機をちらりと覗けば中には食器が入ったままなのも呆れてしまう。

 ルドルフはつい恐ろしくなって冷蔵庫の中身を確認した。流石に腐った物が入ってないことには安心した。とはいえ賞味期限切れの物は躊躇わず捨てる。ついでに今晩は冷凍ピザが確定した。

 

「うわ、凄く綺麗になってる」

 

 リビングに戻って来たシービーはルドルフと全く同じ服を着ていた。気に入った服を数枚買っていたのだろう。衣服自体の質は良くとも、年頃の女性としての在り方を戒める様にルドルフが苦言を呈する。

 

「シービー、悪衣悪食にも程があるぞ」

「いやぁ、見てくれる人もいないからさ」

 

 面倒になっちゃって、とシービーはその話を切り上げる。

 

「どう?アタシの方も似合うでしょ?」

 

 続け様に、シービーはルドルフに向けて腕を広げる。そしてその場でくるりと回り、裾を掴んで礼をする。パーティドレスにしては身体のラインを完全に隠した野暮ったい服だが、シービーの持つ耽美な雰囲気を抑え、振る舞いと併せて愛らしさを全面に押し出させる。

 ルドルフの表情が思わず緩む。だが、即座にルドルフは口元を自身の手で抑え、意識して眉間に皺を寄せた。

 

「シービー、楽しいお喋りの前に申開きを聞こうか」

「ないよ?気持ち良さそうだったから走っただけ」

 

 望んだ言葉を御預けされたからか。シービーは口を尖らせ、拗ねた様にドカッと乱雑にソファに腰を落とす。それからルドルフの方を見て、自身の横をポンポンと叩いた。

 ルドルフは誘われるままに隣に腰掛けると、自然と二人の間に拳二つ分の距離が空く。シービーはそのまま顔を背ける様に外に視線を向け、ルドルフもそれに釣られた。

 

「幾ら何でも危険が過ぎる、あの川の様子を見ただろう」

「だから直ぐにコース変えたじゃない、そもそも少し走ったら戻る心算だったんだから」

「そう言う問題じゃない、そもそも外出は禁止だと——」

「ルドルフだって、寮から出てたんだから言われたくないかな」

 

 痛い所を突かれたと言わんばかりにルドルフは口を噤む」

 

「お叱りは明日、たずなさんから受けるよ。それで良いでしょ?」

 

 シービーが振り向いて距離を詰めた。そしてルドルフに身を寄せて、ルドルフの揺れる瞳を下から覗き込む。

 

「どうせ私たち、午前中の必修科目は終わってるんだから今日は一杯遊んで明日はゆっくり登校しよっか」

「いや、私は生徒会長として——」

 

 シービーはルドルフの唇の上に人差し指を置いて、口を塞ぐ。

 

「私は無断外出、ルドルフは無茶な行動で怒られるんだから控えなきゃダメだよ。人の視座に寄せるも大切って学んだんでしょ。それに休みに遊ぶって学生らしいじゃない?」

 

 シービーが穏やか口調で、優しく諭す様に大義名分を与える。ルドルフは仕事の疲れと非日常的な感覚から正常な判断が出来ず、こくりと頷いた。

 


 

「ふむ、普段は口にする機会がなかったが、やはり美味い物だな」

 

 二人で冷凍ピザに舌鼓を打った。ルドルフの頬に付いたソースをシービーが拭って舐める。ルドルフが恥ずかしそうに笑う。

 

 

「あっ、アイテム取り損ねちゃった!」

 

 二人でテレビゲームに興じた。レースゲームでは、曲がろうとする度にシービーが身体ごと傾ける。初めて触ったはずのルドルフはすぐに上達して倒れ込んでくるシービーを揶揄う。

 

 

 二人で何をするでもなく、のんびりと過ごした。横並びでソファに腰掛けて、尻尾を絡める。シービーはテレビを見て、少ししたらチャンネルを回す。ルドルフはシービーのザッピングを咎めるでもなく、ファッション雑誌に目を通している。

 

「ねぇルドルフ、このお店美味しそうじゃない?」

 

 シービーがザッピングを止めたのはグルメ番組だった。映像に大写しにされてる料理を指差して、ルドルフに呼びかける。

 

「ん?……なるほど、珍味佳肴。ここでしか食べられなさそうではあるな」

 

 ルドルフが顔を上げて、テレビ画面を見る。普段から贅を尽くした学食を堪能する二人が食い入る様に画面を見つめる。

 

「じゃ、今度予定空けておいてね!」

「ふふ、承知した」

 

 お互いが視線を合わせて笑い合う。

 

 

◆時計が回る。

 

 

 時針が十二の文字に重なる頃。二人は一つのベッドの中で、互いに向かい合って横になっていた。当初、ルドルフはソファで寝かせて貰うつもりだった。だが、シービーがそれは出来ないと断ったのだ。

 何故だと問えば自分も普段からソファで寝ているからだと言う。怪訝に思ったルドルフが寝室を覗けば、寝室の床にもベッドの上にも洋服やタオルが散乱していた。成程、およそ片付けなければ寝れない状態であり、コップ一つも片付けないシービーが面倒臭がってソファで眠るのも理解出来た。惨状を見て震えるルドルフは後頭部を掻きながら「てへ」と可愛い子振って笑うシービーの頭頂部に、拳骨を一発お見舞いする。これがおよそ十一時を回った頃だった。

 洋服を掻き集め、クローゼットに仕舞おうと思えばクローゼットの中身は既に洋服で一杯である。洗濯を終えた制服と入れ替えに、タオル類を詰めても服の山は行き先がなかった。仕方ないと洋服をソファの上に畳んで置いたのがつい先程。

 依然として外では台風が猛威を振るっているのだ、外には出ることも出来ない。床で寝ると言うのは却下された以上、横になるには二人して一人用のベッドに横たわるしかなかった。普段はもっと汗をかいていても気にしないのに、何故かルドルフは今更になって気になってしまう。二人の間にはそれぞれ腕一本ずつの間が空いていた。

 

「んー……すっごく眠い」

「私は最後のドタバタで少し目が覚めたよ」

 

 ルドルフの目の前でシービーが大きな欠伸をする。一方でルドルフはシービーの油断した顔を眺めながら話を切り出した。

 

「シービー、ちょっと聞きたいんだがね」

「————」

 

 シービーは茶化そうと口を開く。だが、自分を見詰めるルドルフの真剣な表情に言葉を奪われた。

 

「なんで、私が生徒会室で仕事をしていると知っていたんだ?」

「生徒会室の前を通った時にチラリと見えたからだよ」

 

「では何故、呼び掛けに気付いた途端に()()()()()()()()

 

 一つ目の問いには食い気味に答えられた。だが続いたルドルフの指摘にシービーは口を噤む。無言の圧とルドルフに向けられた刺す様な視線。幾許かの間を置いて、観念した様にシービーは大きく溜息を吐いた。

 

「……よく分かるよね。自分が外に誘い出された〜……なんて、普通は分かんないと思うよ?」

 

 あっさりと白状したシービーにルドルフは肩透かしをくらう。

 

「何のためにこんな事を……」

「勿論、アタシのために決まってるじゃない?」

 

 シービーがルドルフを凝視する翠玉で作られたと見紛う双眸が、ジッとルドルフの顔を見つめる。シービーの表情は彫像の様に美しく、艶やかで、暖かみがない。

 

「ルドルフの癖さえ知ってれば、見えるところに立ってるだけでルドルフは必ずアタシを止めに出てくる」

「そんな何の保証も——」

()()()()。息抜きの時には外を見て目を休ませなよって教えたのは誰だった?この学園でアタシを追って来れる人は誰?」

 

 偏執的な狂気を孕んだ瞳から、視線を逸らさない。

 

「ルドルフが理想のために一生懸命頑張ってるのは分かるよ。でもね、それがむしゃくしゃして堪らない。どうして一人の女の子の犠牲の上で笑えると思うの?」

 

 シービーの掌がルドルフの頬を掴む。

 

「言い方が悪かった、ごめんね。ブライアンに話を聞いたんだ」

 

『エアグルーヴを休ませる為にルドルフが仕事を抱え始めた、私は一人で抱えさせるためにルドルフの肩を持ったんじゃない』

 

「ってね。話を聞いた時は悲しかったし腹立たしかった、どうにかして連れ出したかったけどルドルフは言っても聞いてくれないから」

 

 シービーが空いていた距離をピッタリと詰め、毛布の中で脚を絡める。

 

「アタシはルドルフなら皆で幸せになるって夢を叶えられるって思うよ。でも皆の中にルドルフが入っていないなら、アタシはキミがくれる幸せなんて要らない。アタシはアタシで幸せを掴む」

 

 ルドルフの顔に嵌め込まれた薔薇石英の瞳に、真顔のシービーが大写しになる。ルドルフは何も言わずに顔を寄せた。お互いの唇には柔らかく潤いのある感触だけが残り、シービーは呆気に取られてしまう。

 

「……ふふ、有頂天外というと不謹慎かな」

「る……ルドルフ……有耶無耶に出来るとでも——」

 

 静かに笑うルドルフに対して、遅れながら起きたことを理解したシービー。しかし、シービーはそれまでの威勢を失わない。一瞬だけ声が震えたが、次には眦を引き上げて食って掛かる。

 それでも、言葉を言い切る前に布団の中でルドルフの腕がシービーの細い腰に回される。それだけではなく、ルドルフに力強く引き寄せられてしまえばシービーとて急なルドルフの変容に戸惑う。

 

「私が悪かった」

 

 そしてルドルフの一言でシービーは完全に言葉が詰まった。

 

「君を、君たちを怒らせた事も。私がまた独り善がりになっていたことも、私の落ち度だ。——そして、ありがとう」

 

 優しい微笑みがシービーに向けられる。シービーは身体にどこか熱っぽさを感じて、たじたじとしていく。

 

「アタシは、アタシが思ったことをしただけで——」

「それでも君の気持ちを嬉しく思うんだ。……あぁ、だが一つだけ。君が無茶をすると心配になる。だから無茶はぜひ止めて欲しい」

 

 ルドルフのお願いに、シービーは考え込むように片目を瞑る。

 

「ルドルフが、言って聞くようになったらね」

「あぁ、だから約束をしよう。シービー」

 

 ルドルフは自身の頬を掴むシービーの手を自身の手で取り、そっと自分たちの前に持って来る。二人の小指は互いに何か言うまでもなく繋がっていた。

 

「それにしても、本当に目が覚めてしまった。もう少し付き合って貰えるかな?」

「勿論、満足するまで夜を満喫しよう」

 


 

 窓から差し込む日差しでミスターシービーが重い瞼を開ける。何方が蹴ったのか覚えてないが、ベッドから半分以上落ちた布団やぐちゃぐちゃに乱れたシーツが酷く寝心地を悪くしていた。

 片腕はシンボリルドルフの枕代わりにされていて、最早指先に感覚がない。視野の範囲には時計が見えず、首を少し傾けても見えるのはルドルフの健やかな寝顔だけだ。

 シービーはそれで満足だった。台風一過、きっと外は気持ちが良い青空が広がっているだろう。だが、その青空の下を走るのは後で良い。シービーはそっとルドルフに身を寄せて、もう一度眠りにつくのだった。


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