ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~ 作:サンダーゴリラ
「……どっちのポケモンも、ものすごーくがんばったよね!!」
「そうだね。ポケモンたちも、きみとぼくも、がんばった」
バトルを終えて、傷ついたポケモンたちを回復させる。ベルが『かいふくのくすり』をくれた。「太っ腹だな」と感心した。
「……あたし、ヒウンシティでムシャーナ──ムンナをプラズマ団に奪われたことがあるでしょ」
「あったね。あのときはすごく焦ったよ」
アイリスという少女が解決を手伝ってくれた。かなりの実力者に見えたが、元気だろうか──などとぼんやりと思い返す。
「だからすごくわかるの。プラズマ団がムリヤリポケモンを解放したら、悲しむひとばっかりだよ……」
ベルは帽子の位置を正して、アクタにまっすぐな視線を向ける。
「アクタ! プラズマ団を止めて!!」
言われるまでもなく、そのつもりだ。あらためての懇願には一瞬、戸惑ったものの──
「ああ。もちろんだよ」
しっかりと、頷いた。
「プラズマ団の考え方ってものを、すべて否定するわけじゃない。エヌにしてもそうだ。彼らには彼らの理屈があるんだろう。でも──」
それでもアクタには、彼らを止める道理がある。
「ポケモンが大好きなひとから、ポケモンを奪われないようにする。そのためにプラズマ団を止めるよ。」
「……それがアクタが求める、真実とか理想なんだね」
「どうかな。そんな大層なもんじゃないかもしれないけど……」
なんだか恥ずかしくなって、抱えたタマゴを撫でる。温かい。
「ごめんね……。大変なのにわざわざこんなこと言って。本当はアクタのこと、リラックスさせるつもりだったのに」
「あはは、ぼくはいつでもリラックスしてるよ」
「それもそうだね」
「………………」
はっきりと頷かれるのは複雑である。
「あたし、しばらく特訓するね」
ベルは8番道路を振り返る。
「プラズマ団のこと、アクタにぜんぶをお願いするわけにはいかないもんね。ちょっとでも力になれるように、強くなる!」
「それは心強いな。ぼくもエヌと戦うまで、もっと強くならないと。──それにはまず、ソウリュウシティのジムに挑戦かな」
反対に、アクタはソウリュウシティへ通じるシリンダーブリッジに目を向ける。
「8つ目のジム……。きっとめちゃくちゃ強いジムリーダーさんなんだろうな」
「……でもアクタなら大丈夫だよ。うん! 絶対に大丈夫! あたしが保証してあげる!」
力強く拳を握るベル。
「だから、うん……うまく言えないけど──バイバーイ!!」
不器用な激励を残し、ベルは照れたような表情で、8番道路へと走り去って行った。
「優しいなあ、ベルは。なんだか元気が出てきた」
この先になにが、だれが待ち受けていたとしても、自分に「大丈夫」と言い聞かせることにしよう。──そう決めて、少年はシリンダーブリッジへと続くゲートをくぐった。
:
鋼鉄の巨大な橋、シリンダーブリッジ。二重構造になっており、アクタが歩く道路のすぐ下はバトルサブウェイ──電車が行き来している。
「ちょっと恐いな……。頑丈な橋なんだろうけど、突然落とし穴とかないよな……?」
などと、振動する橋に最初こそ気圧されていたアクタだが、歩いているうちにすっかり慣れて、自転車を組み立てて軽快に走るようになった。
「こうやって自転車で走るのも久しぶりな気がするな。最近、雪道とかダンジョンとかばっかりだったし」
通過する電車の振動が、サドルまで伝わってきてくすぐったいくらいだ。
おかげで長い橋も想定より早く渡り終えることができそうだ。9番道路へ続く出口が見えてきた──と思ったが。
「……? あのひとは──」
出口の前に、ある男の影が見えた。遠目だからわかりづらいが、確実に見覚えのある服装だ。──目を凝らしていると。
「!?」
突然、目の前に白髪に黒づくめの男が3人、現れた。
急ブレーキ。自転車が横滑りする。
「あ──危ないでしょ!!」
「………………」
もちろん、3人の男たちから謝罪の言葉など出るわけもなく。
「…………来い」
ダークトリニティは、自転車から降りたアクタの左右、そして背後を封じる。連れて行かれる先はわかっている。シリンダーブリッジの道の先に立っている男は──
「……ゲーチスさま。連れてきました」
ダークトリニティは即座に、その男の背後に控えた。
プラズマ団が七賢人、恐らくはそのトップと思しき男。豪奢なコートは、無骨なシリンダーブリッジの風景には似合わない。
「見事、ダークストーンを手にしたようですね。まずは
「なぜそれを知って──いや」
愚問か。
ダークストーンを手に入れたのは昨日のことだ。ダークトリニティのような忍者集団にかかれば、一晩で情報収集を完了させるのは容易なのだろう。
思わず、カバンを背中に回す。
「やはりアナタがお持ちなのですね」
ゲーチスの目が妖しく光る。アクタはしまった、と歯ぎしりをした。いまの仕草は、むざむざダークストーンの居場所を教えてしまうようなものだ。
「ご安心ください。ストーンを奪う気はありませんよ」
「え……?」
ゲーチスはカンカンと、鉄橋の足音を立てて歩く。まるでこれからスピーチを行うかのような足取りだ。
「Nさまのお考え……それは伝説のポケモンを従えた者同士が、信念を懸けて闘い、自分が本物の英雄なのか確かめたい……。とのことです」
「まあ……、そうらしいですね」
「そんなことをなさらずとも、英雄になるための教育を幼いころより施され、結果、伝説のポケモンに認められたというのに……。本当に純粋なお方です」
ゲーチスの眼差しは冷ややかである。彼の言葉はまるで、Nに対する皮肉だ。
「あなたの考えは、違うってこと?」
「……プラズマ団が謳うポケモンの解放とは、愚かな人々からポケモンを切り離すこと!そう! 世のトレーナーどもがワタクシどもに逆らえぬよう、無力にすることなのです」
「は、はあ!?」
少年は頓狂な声を上げる。プラズマ団の目的自体は以前から知っていたが、ゲーチスの物言いは、あまりにも露骨で──
「
「……とうとうそれを言いやがったな……!!」
ポケモンの独占をほのめかしているプラズマ団員は、何人かいた。
しかし、本気でポケモンを想っているような言動の団員もまたいたわけで、ゆえにアクタはNを含め、「プラズマ団」という組織と敵対こそしても、心の底から憎むことはできなかった。
利己的な理由でプラズマ団にいる人間など、あくまで一部なのだろうと──そう信じていたのに。
「その準備は整いました」
ゲーチスははっきりと、恥ずかしげもなく、むしろ誇らしげに、少年を見つめて続ける。
「ワタクシの完全な計画が実行されれば……プラズマ団に逆らえない愚かなポケモントレーナーどもが、ひとり、ふたりとポケモンを手放していくでしょう。その人数は100人となり、1000人となっていく……」
「そんなわけないだろ! ひととポケモンの絆は強いよ。みんながそんな、簡単にポケモンと別れるわけがない!」
「いいえ。断言できます。絆など関係なく、ひとは弱い。ひとたび
そんなことはない。
──そう反論したかったが、たった12年の人生経験しかないアクタには、説得力のある意見をひねり出すことができない。
「想像できますか?
「……そんなことは……」
「ヒウンでポケモンを奪われたベルとやらも、世間に流され、自らポケモンを手放すのです。そんな世界に変わるのですよ」
「そんなことは、ない!」
説得力もないまま、反論が飛び出した。
「ベルはポケモンを捨てない。チェレンもだ。アデクさんだって、ジムリーダーのみなさんだって、たとえ世界がどうなろうと、ポケモンのことを諦めるひとたちじゃない」
それは、12年の人生経験というよりも、この数日のイッシュの旅路が証左となる言葉だった。
「ぼくが本当にやっつけなきゃいけない相手がわかった。あんただよ、ゲーチス。ポケモンの解放とか、エヌのこととか、思い通りにはさせない。台無しにしてやるからな」
「………………」
ゲーチスはこちらに歩み寄る。
少年は強い瞳のまま、一歩も退かない。
「『白銀の怪物』──アナタがストーンを持っていても、伝説のポケモンに認められ英雄になれるとは思えません」
「………………」
「ですが愛しのポケモンと別れたくなければ、せいぜい頑張りなさい……」
ゲーチスは踵を返し、ゲートの向こうへ去って行く。やがてダークトリニティも姿を消して、鉄橋には少年だけが、ポツンと残された。
:
胸が熱い。
これは、怒りだ。
Nはポケモンのためを想って行動している──それは真実だとしよう。彼はポケモンと通じ合える力を、自分なりの正義のために使っているのだ。
しかし彼の能力を、思想を、己の欲のために利用しようとしている者がいる。
組織の大幹部であるゲーチスがそういった人間であることが、どうしようもなく腹立たしい。
「……いけないな」
深呼吸。
大丈夫。
「クールダウン、クールダウン……。頭に血が昇ると、気ばかりが焦ってなにもかも上手くいかなくなる。落ち着かないと」
修行で身に着けたアンガーマネジメント。──こんな器用な真似ができるのも、怒りを向ける矛先が存在しない、いまのような状況くらいだ。もしもバトルの最中にでもキレてしまえば、それこそ目が曇ってしまうだろう。
そういった意味でも、自分は修行が足りていない。
少年は静かに、反省する。
「………………?」
おかしい。
胸が熱い。
頭は冷静になったはずなのに、いまだ胸の熱は消え失せず、それどころか橋のものではない振動が、
「ていうかこれ──!」
熱いのは、揺れているのは、胸に抱えたタマゴである。
アクタは駆け出して、シリンダーブリッジの出口、つぎの道路へと続くゲートに駆け込んだ。
ゲート内に備えつけられたベンチにジャケットを敷いて、その上に揺れるタマゴをそっと乗せる。
「落ち着け、落ち着け……」
タマゴではなく自分に向けた言葉だ。熱を放ちながら揺れるタマゴを、アクタは食い入るように見守る。
「ひっ、ひっ、ふーっ! ひっ、ひっ、ふーっ!」
なお、アクタはいたって真剣である。
いよいよタマゴが割れた。
「うわーーーーっ!! あっ……?」
経験上、反射的に顔面をガードしてみたが、タマゴの殻は破裂するような勢いのある割れ方ではなかった。
それどころか、ゆっくりと、熱で溶けるように、そのポケモンはタマゴを破ってこの世界に生まれ出た。
身体を覆う白い体毛から、赤い触角が飛び出している。下半身は素肌が露出しており、歩脚が六本あることから、むしタイプであろうことは予想がついた。
メラルバ。その青いつぶらな瞳がアクタを覗いている。
「か、かわ……っ!」
絶句する
「おお!? それ、食べて大丈夫……なんだろうね」
ポケモン図鑑を開く。メラルバ。そのタイプはむしと、ほのお。よく見ると、口元からわずかに火を吹いて、タマゴの殻を溶かしながら食べている。
「……道理で、タマゴのときから熱いと思ってた」
タマゴの殻を平らげたメラルバ。アクタが「おいで」と手を伸ばすと、その腕によじ登ってきた。
「おっとっと」
そしてつい先ほどまで自分が収まっていた胸元に到着すると、やがて、目をつぶって寝息を立て始めた。
「……ほんとにかわいいね」
ふたたび、抱っこひもでメラルバを結ぶ。
考えがシンプルにまとまった。
「エヌのこと。ゲーチスのこと。戦う理由はいろいろ思いつくけど、一番はこれだよね」
怒りではなく。
「ポケモンが好きだから」
ただ、愛ゆえに。