ポケットモンスターNAVY ~暴投モンスターボール~   作:サンダーゴリラ

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レポート36 シリンダーブリッジ/孵火

「……どっちのポケモンも、ものすごーくがんばったよね!!」

「そうだね。ポケモンたちも、きみとぼくも、がんばった」

 バトルを終えて、傷ついたポケモンたちを回復させる。ベルが『かいふくのくすり』をくれた。「太っ腹だな」と感心した。

「……あたし、ヒウンシティでムシャーナ──ムンナをプラズマ団に奪われたことがあるでしょ」

「あったね。あのときはすごく焦ったよ」

 アイリスという少女が解決を手伝ってくれた。かなりの実力者に見えたが、元気だろうか──などとぼんやりと思い返す。

「だからすごくわかるの。プラズマ団がムリヤリポケモンを解放したら、悲しむひとばっかりだよ……」

 ベルは帽子の位置を正して、アクタにまっすぐな視線を向ける。

「アクタ! プラズマ団を止めて!!」

 言われるまでもなく、そのつもりだ。あらためての懇願には一瞬、戸惑ったものの──

「ああ。もちろんだよ」

 しっかりと、頷いた。

「プラズマ団の考え方ってものを、すべて否定するわけじゃない。エヌにしてもそうだ。彼らには彼らの理屈があるんだろう。でも──」

 それでもアクタには、彼らを止める道理がある。

「ポケモンが大好きなひとから、ポケモンを奪われないようにする。そのためにプラズマ団を止めるよ。」

「……それがアクタが求める、真実とか理想なんだね」

「どうかな。そんな大層なもんじゃないかもしれないけど……」

 なんだか恥ずかしくなって、抱えたタマゴを撫でる。温かい。

「ごめんね……。大変なのにわざわざこんなこと言って。本当はアクタのこと、リラックスさせるつもりだったのに」

「あはは、ぼくはいつでもリラックスしてるよ」

「それもそうだね」

「………………」

 はっきりと頷かれるのは複雑である。

「あたし、しばらく特訓するね」

 ベルは8番道路を振り返る。

「プラズマ団のこと、アクタにぜんぶをお願いするわけにはいかないもんね。ちょっとでも力になれるように、強くなる!」

「それは心強いな。ぼくもエヌと戦うまで、もっと強くならないと。──それにはまず、ソウリュウシティのジムに挑戦かな」

 反対に、アクタはソウリュウシティへ通じるシリンダーブリッジに目を向ける。

「8つ目のジム……。きっとめちゃくちゃ強いジムリーダーさんなんだろうな」

「……でもアクタなら大丈夫だよ。うん! 絶対に大丈夫! あたしが保証してあげる!」

 力強く拳を握るベル。

「だから、うん……うまく言えないけど──バイバーイ!!」

 不器用な激励を残し、ベルは照れたような表情で、8番道路へと走り去って行った。

「優しいなあ、ベルは。なんだか元気が出てきた」

 この先になにが、だれが待ち受けていたとしても、自分に「大丈夫」と言い聞かせることにしよう。──そう決めて、少年はシリンダーブリッジへと続くゲートをくぐった。

 

 

 鋼鉄の巨大な橋、シリンダーブリッジ。二重構造になっており、アクタが歩く道路のすぐ下はバトルサブウェイ──電車が行き来している。

「ちょっと恐いな……。頑丈な橋なんだろうけど、突然落とし穴とかないよな……?」

 などと、振動する橋に最初こそ気圧されていたアクタだが、歩いているうちにすっかり慣れて、自転車を組み立てて軽快に走るようになった。

「こうやって自転車で走るのも久しぶりな気がするな。最近、雪道とかダンジョンとかばっかりだったし」

 通過する電車の振動が、サドルまで伝わってきてくすぐったいくらいだ。

 おかげで長い橋も想定より早く渡り終えることができそうだ。9番道路へ続く出口が見えてきた──と思ったが。

「……? あのひとは──」

 出口の前に、ある男の影が見えた。遠目だからわかりづらいが、確実に見覚えのある服装だ。──目を凝らしていると。

「!?」

 突然、目の前に白髪に黒づくめの男が3人、現れた。

 急ブレーキ。自転車が横滑りする。

「あ──危ないでしょ!!」

「………………」

 もちろん、3人の男たちから謝罪の言葉など出るわけもなく。

「…………来い」

 ダークトリニティは、自転車から降りたアクタの左右、そして背後を封じる。連れて行かれる先はわかっている。シリンダーブリッジの道の先に立っている男は──

「……ゲーチスさま。連れてきました」

 ダークトリニティは即座に、その男の背後に控えた。

 プラズマ団が七賢人、恐らくはそのトップと思しき男。豪奢なコートは、無骨なシリンダーブリッジの風景には似合わない。

「見事、ダークストーンを手にしたようですね。まずは()()()()と申し上げておきましょうか」

「なぜそれを知って──いや」

 愚問か。

 ダークストーンを手に入れたのは昨日のことだ。ダークトリニティのような忍者集団にかかれば、一晩で情報収集を完了させるのは容易なのだろう。

 思わず、カバンを背中に回す。

「やはりアナタがお持ちなのですね」

 ゲーチスの目が妖しく光る。アクタはしまった、と歯ぎしりをした。いまの仕草は、むざむざダークストーンの居場所を教えてしまうようなものだ。

「ご安心ください。ストーンを奪う気はありませんよ」

「え……?」

 ゲーチスはカンカンと、鉄橋の足音を立てて歩く。まるでこれからスピーチを行うかのような足取りだ。

「Nさまのお考え……それは伝説のポケモンを従えた者同士が、信念を懸けて闘い、自分が本物の英雄なのか確かめたい……。とのことです」

「まあ……、そうらしいですね」

「そんなことをなさらずとも、英雄になるための教育を幼いころより施され、結果、伝説のポケモンに認められたというのに……。本当に純粋なお方です」

 ゲーチスの眼差しは冷ややかである。彼の言葉はまるで、Nに対する皮肉だ。

「あなたの考えは、違うってこと?」

「……プラズマ団が謳うポケモンの解放とは、愚かな人々からポケモンを切り離すこと!そう! 世のトレーナーどもがワタクシどもに逆らえぬよう、無力にすることなのです」

「は、はあ!?」

 少年は頓狂な声を上げる。プラズマ団の目的自体は以前から知っていたが、ゲーチスの物言いは、あまりにも露骨で──

()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()!」

「……とうとうそれを言いやがったな……!!」

 ポケモンの独占をほのめかしているプラズマ団員は、何人かいた。

 しかし、本気でポケモンを想っているような言動の団員もまたいたわけで、ゆえにアクタはNを含め、「プラズマ団」という組織と敵対こそしても、心の底から憎むことはできなかった。

 利己的な理由でプラズマ団にいる人間など、あくまで一部なのだろうと──そう信じていたのに。

「その準備は整いました」

 ゲーチスははっきりと、恥ずかしげもなく、むしろ誇らしげに、少年を見つめて続ける。

「ワタクシの完全な計画が実行されれば……プラズマ団に逆らえない愚かなポケモントレーナーどもが、ひとり、ふたりとポケモンを手放していくでしょう。その人数は100人となり、1000人となっていく……」

「そんなわけないだろ! ひととポケモンの絆は強いよ。みんながそんな、簡単にポケモンと別れるわけがない!」

「いいえ。断言できます。絆など関係なく、ひとは弱い。ひとたび()()ができてしまえば、だれもが身を任せるようになる。──チャンピオンもジムリーダーも、その()()には逆らえぬようになります」

 そんなことはない。

 ──そう反論したかったが、たった12年の人生経験しかないアクタには、説得力のある意見をひねり出すことができない。

「想像できますか? ()()()()()()()()()()()()()()のです!」

「……そんなことは……」

「ヒウンでポケモンを奪われたベルとやらも、世間に流され、自らポケモンを手放すのです。そんな世界に変わるのですよ」

「そんなことは、ない!」

 説得力もないまま、反論が飛び出した。

「ベルはポケモンを捨てない。チェレンもだ。アデクさんだって、ジムリーダーのみなさんだって、たとえ世界がどうなろうと、ポケモンのことを諦めるひとたちじゃない」

 それは、12年の人生経験というよりも、この数日のイッシュの旅路が証左となる言葉だった。

「ぼくが本当にやっつけなきゃいけない相手がわかった。あんただよ、ゲーチス。ポケモンの解放とか、エヌのこととか、思い通りにはさせない。台無しにしてやるからな」

「………………」

 ゲーチスはこちらに歩み寄る。

 少年は強い瞳のまま、一歩も退かない。

「『白銀の怪物』──アナタがストーンを持っていても、伝説のポケモンに認められ英雄になれるとは思えません」

「………………」

「ですが愛しのポケモンと別れたくなければ、せいぜい頑張りなさい……」

 ゲーチスは踵を返し、ゲートの向こうへ去って行く。やがてダークトリニティも姿を消して、鉄橋には少年だけが、ポツンと残された。

 

 

 胸が熱い。

 これは、怒りだ。

 Nはポケモンのためを想って行動している──それは真実だとしよう。彼はポケモンと通じ合える力を、自分なりの正義のために使っているのだ。

 しかし彼の能力を、思想を、己の欲のために利用しようとしている者がいる。

 組織の大幹部であるゲーチスがそういった人間であることが、どうしようもなく腹立たしい。

「……いけないな」

 深呼吸。

 大丈夫。

「クールダウン、クールダウン……。頭に血が昇ると、気ばかりが焦ってなにもかも上手くいかなくなる。落ち着かないと」

 修行で身に着けたアンガーマネジメント。──こんな器用な真似ができるのも、怒りを向ける矛先が存在しない、いまのような状況くらいだ。もしもバトルの最中にでもキレてしまえば、それこそ目が曇ってしまうだろう。

 そういった意味でも、自分は修行が足りていない。

 少年は静かに、反省する。

「………………?」

 おかしい。

 胸が熱い。

 頭は冷静になったはずなのに、いまだ胸の熱は消え失せず、それどころか橋のものではない振動が、()()()()が──

「ていうかこれ──!」

 熱いのは、揺れているのは、胸に抱えたタマゴである。

 アクタは駆け出して、シリンダーブリッジの出口、つぎの道路へと続くゲートに駆け込んだ。

 ゲート内に備えつけられたベンチにジャケットを敷いて、その上に揺れるタマゴをそっと乗せる。

「落ち着け、落ち着け……」

 タマゴではなく自分に向けた言葉だ。熱を放ちながら揺れるタマゴを、アクタは食い入るように見守る。

「ひっ、ひっ、ふーっ! ひっ、ひっ、ふーっ!」

 なお、アクタはいたって真剣である。

 いよいよタマゴが割れた。

「うわーーーーっ!! あっ……?」

 経験上、反射的に顔面をガードしてみたが、タマゴの殻は破裂するような勢いのある割れ方ではなかった。

 それどころか、ゆっくりと、熱で溶けるように、そのポケモンはタマゴを破ってこの世界に生まれ出た。

 身体を覆う白い体毛から、赤い触角が飛び出している。下半身は素肌が露出しており、歩脚が六本あることから、むしタイプであろうことは予想がついた。

 メラルバ。その青いつぶらな瞳がアクタを覗いている。

「か、かわ……っ!」

 絶句する主人(おや)からやがて目を逸らし、メラルバは先ほどまで自分を守っていたタマゴの殻を、むしゃむしゃと食べ始めた。

「おお!? それ、食べて大丈夫……なんだろうね」

 ポケモン図鑑を開く。メラルバ。そのタイプはむしと、ほのお。よく見ると、口元からわずかに火を吹いて、タマゴの殻を溶かしながら食べている。

「……道理で、タマゴのときから熱いと思ってた」

 タマゴの殻を平らげたメラルバ。アクタが「おいで」と手を伸ばすと、その腕によじ登ってきた。

「おっとっと」

 そしてつい先ほどまで自分が収まっていた胸元に到着すると、やがて、目をつぶって寝息を立て始めた。

「……ほんとにかわいいね」

 ふたたび、抱っこひもでメラルバを結ぶ。

 考えがシンプルにまとまった。

「エヌのこと。ゲーチスのこと。戦う理由はいろいろ思いつくけど、一番はこれだよね」

 怒りではなく。

「ポケモンが好きだから」

 ただ、愛ゆえに。

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