狩人少女はターフを走る   作:しがないヤーナム人

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私にお話があります。いいですか?
どうか、落ち着いて。
……私が四週間掛けて書いている間に、ジャングルポケットとヒシミラクル、ネオユニヴァースが実装されました。


二十三夜 弥生賞

 三月上旬。

 弥生賞。

 春の中山レース場、芝、右回りの2000メートルで行われるそれは、クラシック級三冠レースの最初に位置付けられたG1レース、『皐月賞』へのトライアルレースだ。

 故にか、今レースの天候は曇天でありながらG1レース相当に観衆がレース場へと押し掛けていた。

 バ場の方は不良状態。一般のウマ娘にはやや難しい状態だが、貴方にとっては比較的有利。

 今回貴方の枠番は8枠8番。

 一見大外のようには見えないが、実の所今回のゲート入り人数はたったの8人。

 現在全勝中のアグネスタキオン、好ましくない体調ながらも勝ち進んでいるマンハッタンカフェ、レースゴリラの貴方と競りながら朝日杯以降勝ち鞍も増やしつつあるローズフルヴァース、そして……少し待ってほしい……ああ、あった。貴方の事について書かれている掲示板から引用すると〘鬼畜葦毛〙、または〘FOE娘〙こと貴方とくれば回避されるのも全く疑問にすら思わない──寧ろ四人も出走してもらっただけ相当な温情ではあるのだが、その代償として枠番の抽選で大外になったようだ。

 だが総じて、貴方に良い風向きと言えよう。

 そんなレースを迎えた今の貴方は…………まあ、その。

 この言いよどみから察せられる通り、いつも通りのチベスナフェイス。緊張や不安などほんの微塵も表れていない。

 身体慣らしに「9」から始まるいつものダンジョンで三デブもしばき倒し──ついでに高品質の血晶石も手に入れ気分は上々。レースへの意気込みも万全といった所。

 ……三デブ、もとい〘残忍な守り人〙と〘守り人の長〙は仮にも聖杯ダンジョンの大物である。そうにも関わらずこんな雑な対応をさせられた彼らは少し程度なら泣いても良い。

 それはそれとしてマラソン対象からは逃れられないが。余りにも楽に処理しやすいというのがいけないのだ。

 さて、前置きもここまでにしておこう。

 数ヶ月振りにゼッケンを装着し、やはり慣れないなと思いながら軽く跳躍の運動をしていると、こんこんと扉のノック音が鳴る。

 貴方はそれに返答を返さず、しかし意図を理解したように彼女は入る。

 今日の彼女は珍しく自信の様相を押し出しており、眉の傾きからも瞳の輝きからも良く伝わる。

 ……尚これは簡単に分かるものでは無くたかだか数mm程度、瞳に関しては言われてみれば確かに、というレベルであり、見出したそれらは全て貴方が一瞬で発見した物である。

 貴方は今日も一個人に対してのみ気持ち悪い。

 

「今日は弥生賞、G2レースだってね! これは月並みな言い方だけど、頑張らなくっちゃだね!」

 ああ、そうだな。……所で貴公、今日は随分と気丈な様子と見えるが、どうかしたのかね? 

「んー……そう聞かれる最近だと自信みたいのが着いてきたからかな! それも全部ダンテスのお陰だよ!」

 ふむ、そうか。

 

 興奮が隠せないでいる彼女とは対照的に、貴方の態度は冷静沈着。武者震いも見えず、仮にも血に酔っていながらどこか冷めているようにも見える。

 

 それでは、ターフに行ってくるとしよう。

「あ、ちょっと待って!」

 

 要件は済んだだろうと考えた貴方はドアノブに手を掛けるが、彼女は声を掛け貴方を引き止める。

 

「確か……なんだっけか?」

 

 彼女は記憶から掘り起こそうと瞼を降ろし。

 コンマ数秒後、その瞳が再び貴方を捉え。

 

 ──貴方に血の加護がありますように。

 

 目を見開き、貴方は驚きの顔を見せる。

 本当に調べるとまでは思っていなかったのだ。

 

「どういう理由があってかは分からないけど……これが貴方にとっての頑張れ! って意味でしょ?」

 ……ああ、まあ、そうだな。ああ……そうだった。

 では、レースに行ってくるとしよう。適当に期待でもしていてくれ。

 

 貴方は部屋を出、レース場へと足を向ける。

 ……クククッ、今回はどのような狩りになるのだろうか。今から楽しみだ。

 繰り広げられるだろうこれからの展開を想像し、貴方は愉快げに一つ喉を鳴らした。

 

 

 

 負ける事は既に想定している。

 何十何百もの敗北パターンを、件のVRシミュレーターで何度も味わってきたからだ。

 自身が勝つ事は……まだ想定していない。シミュレートの内で、たったの一度も一着をもぎ取っていないからだ。

 故にか。

 まあ、負けた所で仕方がない。

 無意識に貴方は、そう考えてしまっていた。

 ……つくづく貴方は、本当に最低なウマ娘だ。

 

 

 〘◇〙

 

 

《さあファンファーレが鳴り響きました弥生賞。皐月賞へのトライアルレースとなりますこのレース、一体どのウマ娘がこのレースの栄冠を勝ち取るのでしょうか》

 

 曇天の空に実況の声が響き渡る。観客も待ちわびたとばかりに歓声を上げ、レースの熱気は未だ盛り上がりの天井を付いていない。

 

《三番人気に控えるは3枠3番のローズフルヴァース。私イチオシのウマ娘ですね。粘り強い逃げを活かして是非ともこのレースを制してほしい所です》

 

 三番人気に入るは貴方のライバル──未だ一方的な関係だが──、ローズフルヴァース。今回こそ打ち倒さんと気合いは十分。

 

《今回は一番人気を譲りまして二番人気、8枠8番ダンテスファルサ。ですが実力は一番人気に一切引けを取りません。今回も神速の追い上げで一着を取れるかどうか、楽しみです》

 

 今回の貴方は全レースを通して初めての二番人気。

 無論ながら貴方が勝ち取ってきた結果は変わらず、ファンが減ったという訳でも無い。貴方のその走りは、確かに脳を焼かれた者が数多くいるのだから。

 では何故か。

 

《これまで全戦全勝、G1レースも一勝をもぎ取っています、1枠1番アグネスタキオン。今回も一勝を重ね、皐月賞へと歩みを進めるのでしょうか》

 

 アグネスタキオン。

 実況の言葉通り、現在ジュニア級のG1『ホープフルステークス』含め二戦二勝を納めている彼女。出走数こそ少なかれ、結果はそうそうたる物。

 彼女こそがこのレースを制するだろうと、そう予測されていたからだ。

 とはいえ、隔絶した差は無い。

 この世界にもあるボートレースのオッズで例えるならば、彼女が1.1倍であれば貴方の方は1.2倍……否、よもすれば同率の1.1倍であるかもしれない。つまりはあって無いようなレベルの僅差なのだ。

 

《各ウマ娘のゲートイン完了、出走の準備が整いました》

 

 アグネスタキオンがホープフルステークスを勝って以降、レースをこよなく愛する者達の間では議論が続いていた。

 2000mでレースをすれば、一体どちらが勝つのか、と。

 ダンテスファルサとアグネスタキオン、その双方はともに記者が注目する程の実力を有している。

 当然の事であろう。どちらもG1レースを制し、そのどちらも心揺るがせ、感動させる代物なのだから。

 なれば、加熱していくのも仕方の無い事。

 

《いよいよスタートです》

 

 片や悪夢じみた加速に常勝の断絶を見出し、片や定石の走りに悪夢崩壊の可能性を見出し。

 立ち並ぶ者は総員前を見据え。

 

 ──カチリ。

 

 そして、レースの火蓋は切られた。

 

《弥生賞、スタートしました》

 

 G2と言えど皐月賞へのトライアルレースであるが故か。あるいはジュニア級の蠱毒を生き残った魑魅魍魎ばかりが蔓延るクラシック級に突入した為か。先頭を取るスタートダッシュは他と横並びになった形に終わる。

 しかしながら貴方が相手へと土俵を譲る理由も無い。スタミナを削り先頭を掴み、わざとらしく速度を落とした後に後方へ下がる。今回は逃げの潰し合いを期待した戦法と見える。

 今回は逃げが二人、先行が六人、差しが一人に追込が一人──即ち貴方の自由な状態。この様にフリーであったのは恐らくデビュー戦以来だろう。

 当然の事だが、ここにおける貴方はかつて接された様に侮られる所か、一層警戒されている存在。これまでに散々異次元の追込でレースを荒らしてきたが為だ。

 だがしかし、自身の勝利を捨ててでも妨害をする気は無いらしい。あるいは彼女達の勝利への執念が、そのつまらない発想を捨てさせたか。

 ともかく。

 執拗いブロックも無く、またブロック避けのステップで貴重なスタミナを摩耗させる必要も無く。

 久しぶりに何のストレスを受けず自由に走れている貴方は、珍しく笑みを漏らしターフを駆けていた。当たり前のように狩人のそれである。

 まあ、ここ最近は気の緩みが由来の怪我で強制的に休まされたり、天候の不良が原因で強制的にプールにぶち込まれたりなどで必要以上に不快感を感じていたので、まあ仕方ないと言えば仕方ないとは言える。

 さておき、場面は第一コーナーへと移り変わる。友人の二人を含む他ウマ娘は足取りが重くなる内側を避け外を回るが、貴方は構わず泥沼へと突っ込む。

 ぬかるんだ地面には慣れている。

 禁域の森や沼地のある聖杯ダンジョンなどを攻略してきた歴戦狩人としての強みが発揮された形であろう。

 だが。

 

《おっとダンテスファルサに次いでローズフルヴァースが内側へと入り込んだ! 二人ともスタミナが持つのでしょうか!》

 

 貴方はほうと感嘆を漏らし、彼女の走る方面に視線を向ける。

 ローズフルヴァース。

 対抗心を燃やし、幾度と無く貴方のトレーニングに良く関わっていた彼女。

 日頃から普通以上の鍛錬を積み重ね、それのみにならず自主的に鍛錬へと取り組んでおり、外に日が出ていようと、雲が掛かっていようと、それこそ本来走るべきで無い日──雨天の日であろうとも、ただ愚直に、ただ一心不乱に続けている姿はあの貴方ですらも認めている。

 だがしかし、認めてはいながらもある一種の狩人としての傲慢も残っていたのであろう。

 まだ狩人と対等に渡り合えるには程遠いだろう、と。

 しかし、現実はそうでは無かった。迷う事無く貴方同様にぬかるみへと突っ込み、その上脚に秘めるポテンシャルを落とす事無く走っている。

 貴方とてほんの少しも警戒していなかった訳では無い。こんな奴如きなら、あるいはこれ程度ならと油断してはガバを晒して幾度となく挽きたてホヤホヤの挽きザクロにされてきたのが貴方というナマモノである。だからか、今走っている多数へと気は張っていた。特に彼女はより一層。

 それでもそう易々と泥沼へとは脚を入れないであろうと無意識に思い込んでいたのだ。故にこそ不意を突かれ、改めて貴方は再認識した。

 彼女はやはり、狂人狩人(こちら側)への素質を有する人物であると。

 

《さあウマ娘達は第二コーナーを超えて向こう正面へと入ります。全体を見ると縦長に開いていますが、どうでしょうか》

《そうですね、現在先頭を走るローズフルヴァースですが、落ち着いて走れているように見えます。この調子で走れば一着も有り得るでしょう》

 

 展開は進み、向こう正面へと。

 貴方の関心は既に移ろい、彼女から貴方自身の走りへと変わっていた。

 トレーナーからの指導を通して荒々しさが消え、歩幅、回転数、体重移動、それら全てにおいて洗練されきった走り。古くからの観戦者が見れば、それはさながらジュニア級のシンボリルドルフに近しいと──渇きや飢えなどの獣性の片鱗は全く感じられず、ただ人が人であれる証の一つ、理性だけが伺える走りと見えよう。

 しかし故にこそウマ娘からしてみれば不自然であり、異質で、そして異端。

 元来ウマ娘は闘争本能を有し、それが所以で誰かと競り勝つ事を求める。それは無論走りにも大なり小なり現れたりする事が多数だ。その表れを渇きとも言い、あるいは飢えとも、本能由来の獣性とも。

 しかし今のターフを駆けていく貴方は違う。まるでそれら一切を捨ておいたように機械的であり、例えるなれば全くが教科書通りの走法。最初のG1レースのような強引さは見て取れない。

 ──見た感じはつまらなくないしハラハラもする。とても強いのは見てもわかるんだけど、それでも見てて楽しいとは感じない。

 テレビで貴方の走りを見たとあるウマ娘が、長考の末に発した感想である。

 ……ある種、貴方の本質を突いた言葉だろう。

 

《さあ弥生賞も終盤へ近付いて来ました! 中山の直線は短いぞ、後ろのウマ娘達は間に合うのか!》

 

 場面は移り変わり、第3コーナーを抜け最終局面。

 前で走るウマ娘らが全力疾走の体勢を取り、加速していく。貴方も同時にトップギアへ──。

 その突如、何かが見える。

 散りばめられた数式を掻い潜り、海を割り進むガレオン船。

 これは経験している。アグネスタキオンであると分かるが、しかしそれ一つでは無い。

 額縁の浮かぶ夜空。煌びやかに輝く光。切り絵を彷彿とさせる、黒髪の少女を型どった『お友達』。

 現状彼女を認識しているのはたったの二人のみ。貴方ともう一人──マンハッタンカフェ。

 ……彼女もか。手のかかる。

 瞬時に判断した貴方はトップギアのまま加速の業を巡らせ、同時にステップを駆使し前へ前へと進み行く。

 は、は、と息を吐いて一人また一人と躱し抜き、弥生賞に挑んだ者達を後ろへと置いて走り去る。だがしかし、あの時のように加速する事は無い。力が湧き上がる様子も無い。脚も酷く重ければ、肺も強く軋む。あの時とは違うと、走っている環境が全く異なるのだと確信させられる。

 前方へと瞳を向ければ、そこにはタキオンが先行していく姿が見える。先頭を明け渡したローズフルヴァースは既に体力切れを起こし、根性のみで走っている状態。

 聴覚に意識をすれば、横から聞こえる足音が──カフェの足音が鼓膜に伝わり、いつ抜かれたとておかしくない。

 既に過ぎたハロン棒はゴール板まで100メートルを示してあり、先頭は目測にして5バ身。

 これは、難しいか。

 …………貴方は最優秀を諦め。

 ──だが、最良は目指す。

 そう決断し。

 瞬間、再び脚を加速させ始めた。

 より速く。より強く。より最適に。より的確に。

 それは、元来適正が長距離向けの彼女を置き去りにするには十二分。頭一つ分抜き出した。

 その加速を保ったままに業を解き放ち。

 しかし、目の前を走るウマ娘──レースの勝者には届かない。

 

 ……まだ、遠いか。

 

 ぽつり呟いた心残りの一つすら無い感想をその場に、二着を冠したままゴールの前を通り過ぎた。

 

 

 〘◇〙

 

 

 貴方は緩やかに速度を落とし、そのまま立ち止まる。

 辺りはこのレースの勝者を賛美する言葉で満ち溢れ、しかし幾つかは走った全員の健闘を称える言葉が入り交じっている。

 ……まあ、仕方なかったな。

 元より、想定はしていた。あれだけ負けていれば、こうなるのも当然の事。

 だが……それでもだ。恐らく次は勝てるだろう。

 例え次もまた負けようとも、その次には、そしてその次には。

 ……否。

 彼女がまだ走る限り、勝てる可能性はあるのだから。

 貴方は密かに思い、ターフを背に待機室へと戻っていった。




〘リア10爆発46〙さん、誤字報告ありがとうございます。
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