ようこそ負完全がいる教室へ   作:てぶらじーんず

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7話

 

 

 

 切り取り、継ぎ接ぎして行く。

 

 人生で最も輝いている瞬間。根暗で臆病で無能な自分に唯一スポットライトが当たる時。

 

 出来れば永遠に時が止まって欲しいと思っていた。

 

 現実に帰れば、世間から羨まれ、褒めそやされるグラビアアイドルの雫ではなく、なんの取り柄もない、独りぼっちの佐倉愛理に戻ってしまうから。

 

 

 怖かった。男の視線が。

 

 声援が送られる際、仄かに混じる色欲が佐倉の身体を絡め取り、汚された気分になった。

 

 まあ、つい先日は、もっと酷い事をされたけれど。自分に跨り、蹂躙した男の事を思い出し自嘲する。

 

 

 一瞬だった。

 

 扉を開けてしまった私は愚かだった。

 

 口を抑えられ無様に這い蹲る私に、あの男は跨って無理やり服を剥ぎ取った。

 

 欲望のタガが外れた彼は、醜悪だった。

 

 誰も彼もが自己を隠すために仮面を被っている。

 自分だって、己を偽る雫という仮面を使っている。

 

 皆、仮面を被っている。

 ひとたび外せば目も当てられない本性を隠すために。

 

 ーー私はあの日。それを嫌という程、思い知った。

 

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 

「で、須藤。堀北とはどーなのよ」

 

「……そんなんじゃ、ねーっつの」

 

「ほんとかぁ? 堀北、口はキッツいけど、顔と身体は良いもんな」

 

 

 と、だらしない顔で笑う池。

 須藤は珍しく、バスケ部の朝練もなく、友人の山内春樹と池寛治らと共に登校していた。

 

 

「確かに! グラビアアイドルの雫ちゃんとタメはれるレベルだよな」

 

「うむ。脱いだらスゴいって奴? 一度でいいからあの胸を揉みしだきてぇよな!」

 

 

 早朝で人通りが少ないとは言え、まばらながら登校している生徒はいる。それでも、あけっぴろげに、下品な会話をする男達。

 

 モテたい、という欲求とは裏腹に、それがより一層彼らの評価を下げているのだが、それに気付く事なく低俗な話を続けていく。

 

「てか雫ちゃん活動休止したの悲しいわぁ」

 

「分かるぜ……あの成長する身体が見れないと思うとお父さんさみしいよ……」

 

「ばーか。さみしいのはお前のムスコの方だろ」

 

「ぎゃはは、ばれちゃったかぁ! ……てかさ、ホント、どうしたんだよ。須藤、なんか元気ないじゃん?」

 

 

 池はずいっと身を乗り出し、下から顔を覗きこむ。

 どこか空気は読めない所はあるけれど、こういう機微には聡い。だから、女子受けは悪くとも、男友達としては人気がある。

 

 そんな池の事が須藤は好きだったし、密かに尊敬している長所だった。

 

 

 ーーしかし。

 

 

『ーー僕達、友達だろ?』

 

 

 あの、気持ち悪い男。

 ぬたり、と心の隙間に侵食してくるような。

 

 笑っているはずなのに、薄らと寒気のする笑顔を、ふと思い出してしまう。

 

 

「ほんとに大丈夫か? 顔色悪いぞ?」

 

「あ、ああ。……わりぃ、心配かけた。何も問題ねえよ。ちっとばかし、夜更かしをしただけだ」

 

 

 須藤は、誤魔化すことにした。

 

 何も、この目の前の友人達が信用出来ない訳じゃない。黙ってくれとお願いすれば球磨川との秘密をしっかり守ってくれるだろうし、心配して何か対策を練ってくれるだろう。

 

 短期間だが、それなりの友人関係を築いて来たと自負している。

 

 まだ数ヶ月ばかりで、未だお互い知らない部分も多い。だがーーちょっとやそっとの大事でこの関係性は崩れたりしない。そう、思っている。

 

 それでも、須藤は黙秘を貫くことに決めた。

 

 なぜなら、球磨川は危険だからだ。

 

 並大抵の人物じゃあCクラスの退学した生徒同様、潰されるだけ。超能力という手札は、それ程までに強い。

 

 それに、どうやってCクラスの内部情報を仕入れたかも結局不透明なままだ。龍園翔がクラスの王である事も、須藤を追い詰める策謀も、並大抵の事では調査不可能な筈だ。

 

 少なくとも、須藤には調べられなかった。

 それを球磨川は易々と情報を入手し、かつ裏にいる存在まで暴いていた。

 

 須藤が大勢の人物に協力してもらって、それでもなお欠片しか掴めなかったのに、だ。

 だから、どこに耳があるか分からない以上、迂闊には話せない。

 

「なーんだ。なら一緒にゲームしたかったぜ。聞いてくれよ、俺中古のソフト買っちゃって。それが最大四人同時プレイまで可能なんだ。ここにいるメンバーでやらね?」

 

 

 安心したように胸を撫で下ろして、後頭部に手を回す池。須藤はポイント供給が少ないのにまた浪費したのかと呆れたが、折角の友人からの誘いだ。無下に断るには忍びないと思った。

 

 

「分かった分かった。また、今度時間が空いた時にやろうぜ」

 

「約束したかんな? 約束破ったら罰金100万円だぜ!」

 

「それを言うなら100万PPだろ」

 

「ジョークだよ、ジョーク! 分かれよな……」

 

 

 

「ーー池?」

 

 

 唐突に池の姿が、消えた。

 さっきまで自分と肩を並べて歩いていた筈の友が。

 瞬きをしたような僅かな時間で。

 

 ーー忽然と、姿を消していた。

 

 

「おい……タチの悪い冗談はよせよ……」

 

 

 周囲には隠れられる場所は無く、セメントで固められたアスファルトが一面に広がっている。

 

 少し離れれば街路樹と多少の茂みはあるが、一瞬でそこまで辿り着ける距離ではない。

 

 つまり、池はなんの拍子もなく。

 ただ純粋にこの場から、消えたことになる。

 

 

「おい池ー? どこに隠れたんだー?  さっさと出てこ」

 

 

「山内ッ!?」

 

 

 今度は山内までもが消えた。

 それも今度はきちんと、須藤の目の前で、だ。

 

 紛れもない超常現象。

 現代ではありえないオカルト。

 

 そんな事象に、須藤は一つ心当たりがあった。

 気味の悪い男が所持している。つい先日知り得たばかりの超能力である。

 

 

「おい、球磨川かッ!?  てめぇか!?」

 

 

 見回せど周囲には、一人しか生徒は居ない。

 それも女生徒。男である球磨川では、ない。

 

 どこかで隠れながら観察しているのかと思い、須藤は声をますます張り上げて叫ぶ。

 

 

「過負荷かなんだか知らねぇけど、俺は何も話してねえだろッ!!  二人を返しやがれッッ」

 

 

 須藤は限りなく近い確信を持っていた。

 こんな現象、超能力でもってしかありえないと。

 

 通常ならば、なすすべもなく、混乱していただろう。

 

 何せ目の前で友人二人が不意に消えたのだ。

 以前までの須藤ならば、悪質なドッキリと推察し、激怒するか、無意味にうろたえていたに違いない。

 

 だが、須藤は知っている。

 この世には何事も例外があると。

 

 球磨川という超能力者が居ることを、身をもって体験している。

 

 だから、身近で己に能力をさらけ出した球磨川。

 二人を目の前で消したのは、あの男以外ありえないと推測していた。

 

 

「うるさいです」

 

 

「あん……?」

 

 

 ふと、声がかけられた。

 それは、周囲を見回した時にいた女生徒ーー良くよく見てみれば先日、発熱で休学していた佐倉愛里が話しかけていた。

 

 

「さっきから、下品下劣下衆な話ばっかりして、気持ち悪いんですよ。少し、黙ってくれませんか?」

 

「今それどころじゃ……」

 

 

 そこまで言って、須藤は気付いた。

 佐倉愛里からは球磨川と同様。この世の誰より暗く。誰よりも不気味で。いっそ虫のほうがまだ嫌悪感を与えない存在だと断言出来るーー過負荷の気質を纏っていることに。

 

 

「誰も彼もが色欲に支配された猿ばかり。男の人って、皆こうなんですかね?」

 

「……お前か? お前があいつらを……ッ?」

 

「はい? なんの事ですか?」

 

 そう宣う彼女は能面のように表情が固まっている。どんな時にも笑っている球磨川とは大違いだ。

 

 それでも、彼女は、佐倉愛里は気持ちが悪い。

 

 須藤の記憶だと、彼女はただの陰鬱な、引っ込み事案な少女だった。

 

 まかり間違っても、球磨川と同じだーーと思わない。ありふれた、何処にでもいる存在感の無い少女だったはずだ。

 

 決して、無機質なマネキンがそのまま人間になったような。それでいて殺意が見え隠れするような。人間らしさと無生物らしさが混在する非人間的な少女では、無かった。

 

 だが、それでも。恐れの感情を抑えて、須藤は立ち向かう。

 

 

「とぼけんじゃねえよ。池と山内を消しただろッ」

 

「……あ、あのぅ、頭大丈夫ですか? 普通に考えて人が人を消せるわけがないでしょう?」

 

 

 ーーしかし、さらりと受け流さられる。

 確かに普通の人間ならば、そのようなことは出来ない。百人に聞けば百人とも同じ答えが返って来るだろう。

 

 しかし須藤は、この上なくこの女ーー佐倉愛里には間違いなく球磨川と同類だと感じていた。

 

 なおも睨みつけてくる須藤相手に、観念したのか彼女はため息をつき、また話しかけた。

 

 

「それに、彼らならあそこにいるじゃないですか」

 

 

 佐倉愛里が指を指す方を見れば、二枚の紙切れらしきものが落ちていた。須藤が駆け足で近寄り、拾い上げてみると、それは間違いなく己の友人である二人。

 

 池寛治と山内春樹。

 彼らの後ろから撮られた写真があった。

 

 

「な、なんだ……? あいつらの写真……?」

 

 

「うひっ……うひひひひ! よぉく撮れてるでしょう!?」

 

 

 先程とはうって変わり、狂ったような笑みを浮かべトーンの高い声を出す。

 

 

「撮影対象が気色の悪い山猿というのが減点ポイントですが……構図としては100点満点!! 私のとっておきの芸術作品!!」

 

 

 けたけたと、嘲笑う佐倉愛里。

 彼女の周辺だけが異次元となったかのように、異質な空気が漂い始めている。

 言動、雰囲気、表情ーーどれも彼女が決して普通なのではなく、異端であると。

 

 どうしようもなく、彼女が過負荷なのだと突き詰めている。

 

 

「いったい、なにを言ってるんだ、お前……?」

 

「察しが悪いですね。……この他でもない私がッ! 価値のない猿共をッ! ……写真という永遠の美ッ! 芸術にまで昇華してさしあげたんですよおぉおおお!」

 

 目を血走らせ、髪を乱しながら叫ぶ彼女は正気とは思えない。

 

 

 ーーこいつは、イカれてやがる。

 

 ずり、と無意識に後ずさりをする。

 純粋な喧嘩なら、眼前にいる彼女に負ける気はしない。だが超能力なんて武器を使われるなら話は別だ。逃げた方がいい。

 瞬時に須藤の頭が逃げの方向へ変質する。

 

 

「……くそがッ!!」

 

 

 自分じゃどうにも出来ない。

 そう判断し身体の軸を回転し、佐倉とは反対方向に駆け出した。

 

 

 

「うひっ! ダメですよ? ダメダメ! そこはもう私の射程範囲内ですから」

 

 

 だが、須藤よりも一手早く、両手の親指と人差し指で四角形を作り出していた彼女から逃れることはできない。

 

 

「アナタも、芸術になってくださいね? 

 

 ーー【過ぎ行く映光(ビハインドフォーカス)】」

 

 

 そして須藤は消えた。

 代わりに一枚の写真が虚空より現れる。

 

 その写真には、やはり須藤の姿が写し取られていた。

 

 

「猿ごときが私に逆らうから、こうなるんですよ」

 

 

 一瞥した後、もはや視界にいれる価値など無い、とでも言うように。その場を歩き去る。

 

 

 ふわりと一陣の風が舞う。

 

 三枚の写真は連れそう様にして、どこか遠くへと飛ばされて行った。

 

 

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