俺の妹はかぐや姫なのかもしれない   作:ジョク・カノサ

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月からの手紙

 俺には妹が一人が居る。名前は静夜(しずよ)。妹と言っても多分血は繋がってない。俺が六歳ぐらいの時に突然父親が新しい家族だと言ってどこからか連れて来て以来、静夜は俺の妹だ。

 

「お兄ちゃん、先週みたいにジャンプ買ってくるの忘れないでよ。ネタバレ踏む前に読みたいんだから」

 

 静夜は学校に通っていない。おかしな事ではあるのだろうが俺も家族もそれになんとなく納得している。

 

 そもそも静夜はこの家に住み始めてから頑として外に出たがらず、一度無理矢理連れ出そうとした際には大泣きされて半日は口を聞いてもらえなかった。

 

 そうなると必然、買いたい物や欲しい物が出来た際には俺が使い走りをする事になる。毎回感謝もクソもない頼み文句で行かされるが、それほど苦でもない。

 

「ねえ、ホントに学校にヤンキーって居るの? こんな危険人種が集団生活に混じってるなんてある?」

 

 学校にも行かず、話し相手も基本俺しか居ない静夜の世界は狭い。ゲーム、小説、漫画、インターネット。部屋の中から触れられるモノが静夜の全てだ。たまに外に出てみろと俺が言うと決まって静夜は。

 

「月が怖い」

 

 だとか電波な事を言って部屋から出るのを拒んだ。夜だけじゃなくお天道様が出張って来てる昼だとしても月が怖いんだと。

 

 頑なに外に出たがらない静夜の態度にそれじゃダメだろうと思う反面、それでも良いかと思ったりもした。いくら引き籠り生活を続けようとも静夜はまるで変わらない。

 

 生意気な態度も、どこか浮世離れした雰囲気と見た目と言動も。普通はずっと家の中に居たらおかしくもなりそうなもんだが、歪みもしないし現状の生活にストレスを抱えているようにも見えない。

 

 そんなこんなで十数年。

 

「私、月に帰らないといけないみたい」

 

 部活から帰って来た俺に、静夜は見た事も無いほどに真剣な表情でそう言った。エアコンの効いた八月の初めの頃だった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「月から手紙が来たの」

 

 切り揃えられた黒髪を小さく揺らし、静夜はその紙きれを俺に差し出す。やけにツルツルとしたその表面にはミミズが交尾してるような線がうじゃうじゃと羅列されていた。

 

「どういう冗談だよ。どういうツッコミを求められてんの俺。部活帰りで疲れてんだぞ」

 

「あら、信じてない」

 

「そらそうだろ。月に郵便ポストってあったか」

 

「書き留めで送られてきたわ」

 

「郵便局はあるんだな」

 

 紙を押し返すと静夜は真剣な表情を一瞬で崩し、何がおかしいのかクスクスと笑った。

 

「そもそも帰らないといけないってあれか、お前は月から来たかぐや姫かって?」

 

「そうなるね」

 

「今更竹取物語でも読んだのか。というか、昔から良く言ってる月が怖いってのもそれが元ネタか?」

 

 そう言うと静夜は部屋の隅に置かれたベッドに移動し、クシャクシャに丸めたさっきの紙をゴミ箱に投擲する。

 

 そして枕元に置いてあった読みかけなのだろう小説の栞を取り読み始めた。俺は部活用の鞄を降ろし中から空になった水筒と湿ったタオルを取り出す。

 

「ねえ」

 

「なんだよ」

 

「なんで月人がかぐや姫を地球に送り込んだのか知ってる?」

 

「あー……なんかの罪を犯したから、だっけか」

 

「へえ、ちゃんと覚えてる」

 

「具体的に何をしたかは覚えてないけどな」

 

「それは元から書いてない。書かれてるのはただ罪を犯して、その罰で月と違って汚らしい地上に送り込んだって事だけ。つまりは流刑ね」

 

「へー」

 

「天から地に、一時的にでも堕とされる程の罪。一体何をしたのかしら」

 

「さあな。お前はどう解釈してるんだ」

 

「その美貌で月人の半数を虜にしてしまった美しすぎる罪だと睨んでる」

 

「ギャグ漫画かよ」

 

「それか罪を犯した云々は嘘っぱちで、養育費をケチる為に人の良さそうな老夫婦に育てさせたとか」

 

「話のスケールが下がりすぎだろ」

 

「ふふっ」

 

 満足したのか静夜は小説を読むのに戻っていた。ちらりと見た表紙には『暮れ』というタイトルが書いてある。

 

 俺はバッグから取り出した物とタンスから取り出した着替え一式を手に立ち上がる。窓から射し込む光の色はオレンジ色で、近場の公園でまだ遊んでいるのだろう子供達の声が薄っすらと聞こえてきた。

 

「風呂入って来る。お先」

 

 そう言い残し俺は部屋を出ようとすると、静夜はまた話しかけてきた。

 

「そうそう、私は地上への流刑自体は罰の本質だとは思わない」

 

「あん?」

 

「地上で得た物、大事に思ってる物、生きる意味だと感じた物。地上でかぐや姫にそういうのを与えた上で、自分達が迎えに行く事によってそれを奪う。別離と喪失こそが彼女が味わうべき苦しみであり、罰なの。そしてその苦しみさえも月人に天の羽衣を着せられて忘れ去ってしまう。それもまた罰」

 

「なるほど。思い出も奪って終いか。でもそうだとしたら、残される側の事は何も考えてないのが無慈悲だな」

 

「それもそう。月人にとって人間は眼中に無いのか、それとも、罰を受けたのは忘れる事の出来ない喪失を味わった人間側の方だったのか。罰を受け入れたかぐや姫は残された人間達に何を思っていたのか」

 

「続くなら風呂あがってからにしてくれー」

 

 扉の閉まり際、僅かな隙間から静夜の声が聞こえて来る。同時に少し見えた妹は読んでいた本から手を離し、俺と目線を合わせてきた。

 

「お兄ちゃんはさ、私が月に帰っちゃったら、どう思う?」

 

「……さあな」

 

 扉が閉まった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 今から七、八年くらい前の夏の話だ。何に影響されたか、俺より一回り小さかった静夜は突然こんな事を言いだした。

 

『プールに入りたい。何とかして』

 

 これが難題だった。じゃあ近場の市民プールに行こうと言うと例の如く外に出たくないと一刀両断され、風呂に水を溜めて入ろうと提案すればそれは水風呂だと(すね)を蹴られ、庭にビニールプールを置こうと絞り出した意見もやはり外に出たくないと一蹴された。

 

 結果、幼い俺の頭が絞り出した結論は極々単純なものだった。

 

『凄い凄い! これがプールなのね!』

 

 倉庫から引っ張り出して部屋の真ん中に置かれたビニールプール。ホースで一階から引いて来た水がしっかりと張ったそこに静夜は何の躊躇も無く飛び込んだ。フローリングに繁吹きが舞う。

 

『ほら、お兄ちゃんも!』

 

 そこに俺も引きずりこまれる。中に入った途端、傍目から見ればデカかったプールが一気に縮こまったように感じた。

 

 事前にエアコンを切っていた部屋の中は蒸し暑く、水は震えるくらいに冷たい。足から伝わるビニールの感触が心地好かった。

 

 いつしか部屋の中だという事も忘れ、俺達は水を飛ばし合い始めた。静夜の長い髪と水玉模様の水着が濡れて、窓から射し込んだ日に輝いていた。

 

 ──そんなこんなで遊び呆けた結果、このプール騒ぎは最悪の結果になる。途中でビニールが破れたのだ。

 

 容赦無く溢れ出す大量の水、一階への雨漏れ、親からの大目玉、後始末。特に主犯の俺に対する親の怒気と後始末の大変さに関しては今でも夢に見る。

 

 対して静夜は叱られてもあっけらかんとしていたが、俺にとってこの思い出はどちらかというと苦い思い出の分類だろう。

 

 ただ、それでもやらなければ良かったと思った事は一度も無い。

 

『何コレ! あはははっ!! 部屋がプールになっちゃった!』

 

 慌てる俺を尻目に水浸しになった部屋の中を、それまでに見た事もないような笑顔で駆け回る静夜。

 

 それで十分だった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「あっちい」

 

 夜、光源の少ない住宅街の隙間は日光の有無に関わらず蒸し暑く、絶え間なく聞こえて来る虫の鳴き声が鬱陶しい。

 

「部活帰りに頼んでくれりゃ良いのに」

 

 目的地は近場のコンビニ。要件は静夜の使い走りだ。頼まれたのは仏敵チョコ、枝グミ、()(から)チップス、珠玉ガム、干し貝柱。

 

 全部今食いたいらしく、太るし肌も荒れるぞと言ったら鼻を()がれかけた。

 

 まあ、どうってことじゃない。コンビニくらいならラクなもんで、前にあった閉店ギリギリの家電量販店まで行かされるとかよりはマシだ。ただ暑いもんは暑いからさっさと済ませようと思い、俺は足を速める。

 

 ──ふと、何の気なしに空を見上げた。雲が厚いのか星は全く見えない。ただ月だけはその姿を映している。

 

「すげえな」

 

 見えるのは半分だけ。それも定規で線を引いたようなキッチリとした半月だ。

 

「上弦? 下弦? ……上弦か」

 

 スマホで調べると今日、八月七日は丁度上弦。満月になるのは十五日らしい。

 

「てか、なんかデカくね?」

 

 月をまじまじと見たのが久しぶりだったからか、ギャルのような感想が口に出る。星は全く見えないのに月はそこに張り付いてるかのようにクッキリと見える事もあって、妙に目に留まる。

 

『私、月に帰らないといけないみたい』

 

 夕方にした静夜との一連の会話を思い出す。あの会話のせいで月が異様に見えるのか、それとも異様に見えたから思い出したのか。

 

 静夜がああいう突拍子の無い話をするのは珍しくもないし、そのほとんどに大した意味は無い。アイツにとっては目的もなくやる手遊びみたいなものだろう。

 

『お兄ちゃんはさ、私が月に帰っちゃったら、どう思う?』

 

 ただ、扉を閉める際に見えたあの表情。笑ってるような笑ってないような、いつも以上に掴めない表情が頭に残っている。

 

 そうしてぼんやりと月を眺めているとスマホが鳴った。画面を見ると、まだ? と静夜からメッセージが届いている。続いて送られてきたのは頬の膨らんだ顔文字だ。

 

「……何やってんだ俺」

 

 これ以上遅れたら脛を蹴られる。俺はお姫様の機嫌をこれ以上損ねないように、小走りでコンビニへと向かい始めた。

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