俺の妹はかぐや姫なのかもしれない   作:ジョク・カノサ

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満ちゆく月

「なあ、静夜が見知らぬ誰かに連れ去られる、ってなったらどうする?」

 

「そいつぶッ殺すけど」

 

 俺の隣に座っている石上は即答した。予想通り気合の入った答えだった。

 

「お前はそう言うよなあ」

 

「たりめえだろ。何の為にこの髪拵えてると思ってんだあ?」

 

 そう言って石上は眉を(ひそ)め自分の髪、中心に集めワックスで固めてボリュームを増大させたそれをゆっくりと手で撫でた。その腕から汗がぽたりと落ちる。

 

「俺のアイドル静夜ちゃんに手ぇ出したらこれもんよ」

 

 石上は俺の同級生で部活仲間だ。この時代、しかも大して荒れてもない普通の高校に通い運動部にも入りながらツッパリを自称するヤバイ奴であり、静夜の存在を知っている数少ない人間でもある。

 

「衰えないな。お前の静夜信仰」

 

「そりゃそうさ。あんなマブい子はテレビでだって見た事ねえ。一生推すぜ! ……なあ、新しい写真ねえの?」

 

「残念。前も言っただろ、静夜(アイツ)は基本写真を撮りたがらないんだ。ありゃ気まぐれ」

 

 発端は静夜がいきなり自撮りをメッセージで送りつけてきた事だ。丁度昼休みで一緒に居た石上の目に留まり、それ以来コイツは静夜のファンを名乗っている。

 

「もったいなすぎんぜ。あの美しさは様々な角度とシチュエーションから8TB(テラバイト)分ぐらいには保存して後世に残さなきゃいけねえ」

 

「写真を撮りたくないのは魂が抜かれそうだからだと」

 

「ネタが古い! でも奥ゆかしい! 何者なんだ静夜ちゃーん!!」

 

 石上は自称ツッパリで多少頭はおかしいがバカじゃない。コイツがここまでおかしくなるのは静夜に関してだけだ。

 

「大げさなんだよ。あの写真一枚で良くそこまで熱を上げられるな」

 

「そりゃおかしいのはお前の方だぜ。あの子はやべえって」

 

「ハイハイ」

 

 バカじゃないといってもやっぱり自称ツッパリだ。確かに静夜は俺から見ても上等な顔立ちと独特の雰囲気を持ってると思うが、流石に言いすぎでコイツが常人とは離れた感性なのは言うまでもない。

 

「ボトル取ってくれ」

 

「ん」

 

 石上から渡された水筒の中身を喉に流し込む。冷えた麦茶が水分を失った身体に染みる。

 

「で、何だよ」

 

「何だよって、何がだよ」

 

「静夜ちゃんが連れ去られたらって話だよ。ただの冗談には聞こえねーぞ?」

 

 真剣な表情で石上は俺を見つめる。眼力のある視線だった。

 

「冗談だよ」

 

「いーや、含みのある声音だったね」

 

「何も無いって。ただ……」

 

 引っかかる。静夜の言動。昨日見たあの異様な月。喉に小骨が刺さったような気持ち悪さが残ってる。

 

「ストーカーか?」

 

「そういうんじゃない。まあ、ただ俺が気にしてるだけだよ。聞いたら暑さで頭がやられたと感じると思うぞ」

 

「連れ去られるって事は誰かが静夜ちゃんに目ぇ付けたって事だろ。俺みたいに偶然知った奴が粘着しててもおかしくねえ。静夜ちゃんにはそれだけ──」

 

「マジでそういうんじゃないんだって」

 

 漠然とした不安。これはそうとしか言えないし、何故そう感じてるのかも分からない。被害妄想じみた考えは流石に口に出せない。

 

「……そう言うんならもう何も言わねえけどよ。なんか有ったらすぐ言え。チーム全員で行くからよ」

 

「お前含めて三人しか居ないのに?」

 

「バカ、ここぞという時に大事なのは数じゃねえだろ」

 

「休憩終わり! もうワンセット行くぞ!」

 

 キャプテンの声が届く。俺達はベンチから立ち上がった。

 

「石上」

 

「ああ?」

 

「なんでそこまで信じるんだ」

 

「お前が静夜ちゃんを一番見てるからに決まってんだろ。ソイツがなんか危ねえって感じたんならなんかある。そう思っただけだ。おら行くぞ!」

 

 石上は再度髪の毛を撫で立たせた後、グラウンドに向かって走り出した。俺もその後を追う。

 

 季節は夏で時間は昼過ぎ。上には自重してほしいくらいの青空が広がっていて、殺人的な光線を放つ太陽がこれでもかと主張している。

 

 そして、同じ空には薄っすらと浮かぶあの月が居た。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 静夜は本音を隠さない。暑ければ暑い寒ければ寒いつまらなければつまらない、忖度も無ければ誤魔化しもしない。対象に思い入れがあろうが基本的には己の感性が絶対的な基準。

 

 だがそれを煩わしく思った事はあまりない。俺自身がそういう気遣いよりも率直な物言いを好むからだろうか。

 

『旅行に行きたいわ』

 

 俺が中一の時だった。押し入れでホコリを被っていた旅行雑誌を見たらしく、相変わらずのふてぶてしさでそう要望してきた。

 

『場所はどこでもいいの』

 

 かなりの難題だ。問題点はプールと同じ、要は家の中で完結させなければならない。プールの場合は力技で突破出来たが、テーマは旅行だ。

 

 俺はその要望から構想を練り、一週間をかけて色々と準備を施した。

 そして当日、事前に見計らった親が家に居ない状況で最後の準備を施し、俺は静夜を部屋から連れ出した。向かう先は一階。

 

『わ』

 

 閉め切ったリビングの中、春の終わり頃にしては低い温度に驚いたのか静夜は小さく声を上げる。見慣れたリビングは一面の銀世界。足元には雪が積もり、どこからか白い冷気が漂っている。

 

 ……ぶっちゃけ、温度はエアコンで限界まで下げただけだ。雪はおもちゃ屋で大量に買った水で作れる人工雪、冷気はドライアイス。

 

 俺達の住んでいる地域は雪が滅多に降らない。静夜は雪が積もった様子を生で見た事が無い。そこからコンセプトを雪国、具体的に言えば北海道を目指した。

 

 白っぽいカラーフィルターを被せた照明、机の上に置いた友人の親の伝手を使って用意した特産物や土産物、辺り一面に広がるラベンダー畑……の壁紙。とにかく色々と用意した。リビング以外にも。観光名所の歴史やらも頭に詰め込んだ。

 

『……へえ』

 

 静夜は足元の人口雪を手で掬う。当たり前だが本物の触感じゃない。体温で解ける事もない。

 

 ──この準備をしてる途中、何度も中止しようかと迷った。この頃の静夜はもう、ある程度は子供っぽさが抜けて今と大して変わらない不透明さと思考を持っていた。対する俺も中学生、自分が出したアイデアの安っぽさをバカにする自分が居る。

 

 プールの時とは訳が違う。子供騙しならやらずに大人しく要望を突っぱねて機嫌を損ねられた方がマシ。何度もそう思った。

 

『ねえ、お兄ちゃん(ガイドさん)

 

 静夜は雪を宙に投げる。そうして背後で偽物が舞う中で手を差し出す。

 

『案内してくれる?』

 

 静かな声と、少しだけ頬の緩んだ無垢さの無い笑顔。俺はああともうんとも取れないような返事でその手を取った。

 

 静夜は本音を隠さない。つまらなければつまらないと、退屈であれば退屈だと言葉と態度で示す。

 

 一方で、俺が静夜を完璧に理解出来ている訳でもない。十数年間近で過ごそうとも分からない事だってある。

 

 暇つぶしか、何かを試したのか、どういう意図だったのか。期待に応えられたのか、期待外れだったが俺の働きを気遣ったのか、あの声音と表情は何を思っていたのか。それは今になっても分からない。

 

『寒いから、手は離さないように』

 

 ただ、握った手が暖かかったのは確かだった。

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