俺の妹はかぐや姫なのかもしれない   作:ジョク・カノサ

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十五夜

 八月十三日の夜、俺達は風呂場の中に居た。

 

「何年ぶりだっけ? 一緒に入るの」

 

 後ろ姿の静夜の声が薄く響く。俺はその長い髪をシャワーで良く濡らし、シャンプーを手に取り泡立て始める。

 

 今回の要望は一緒に風呂に入れ。少し抵抗はあったが、特に断る必要も無かった。

 

「五年生? 六年生? それくらいで入ってくれなくなっちゃったのよね」

 

「思春期ってやつだろ。それくらいになると誰もがそうなる」

 

「私は別に良かったけど? 昔から今までずーっとね。男には色々あるってヤツかしら」

 

「そりゃお前が変なんだよ。女にだって色々あるだろうが」

 

 泡は増えていくが、如何せん髪が長い。背中がほとんど見えないくらいだ。

 

「髪切らないのか」

 

「後ろはね。似合うでしょ?」

 

「まあな」

 

 湯に濡れて艶やかに光る黒髪を泡で侵略していく。これで大したケアはしてないと言うんだから驚きだ。

 

 しばらくわしゃわしゃと音を響かせた後、泡を流す。正面の鏡に映った静夜の顔は気持ちよさそうに緩んでいた。

 

「あー……誰かに頭を洗ってもらうのってこんなに良かったのね」

 

「何か至らなかった点は」

 

「苦しゅうない。今後とも精進せよ」

 

「恐悦至極。んじゃ先に身体洗って浸かれよ」

 

「はぁ?」

 

 小馬鹿にしたような声と首を傾げる仕草。シャワーで濡れたタオルに隠されていない背中とうなじが見えた。

 

「まさか髪を洗って終わりじゃないでしょうね。お兄ちゃんの忠義心はその程度だったの?」

 

「馬鹿言ってないではよ洗え。水にするぞ」

 

「ふぅん……じゃあ先に私がお兄ちゃんの髪を洗うから、その後でお互いに洗いっこしましょうか」

 

「何がじゃあなんだよ。悪化してんじゃねえか」

 

「文句ばっかり。まあ良いわ、とりあえず次はお兄ちゃん」

 

 結局、言われるがままに位置を交換し髪を洗われた。細い指と優しい感触が気持ちいいというよりくすぐったかった。

 

 その後はお互いに自分で身体を洗う。そして、洗い終わった辺りで静夜が何を企んでいたのかを理解する事になる。

 

「狭い」

 

「狭いね」

 

 多分一般的な広さの湯船の中、膝を曲げて向かい合う形で浸かる俺と静夜。先に洗って先に浸かれという指示を無視したのは俺と同時に入る為だったらしい。

 

「一緒に入ってた頃はこうしてたでしょ。あの頃はもっと広かったのに」

 

 静夜が湯船に浮かぶアヒルを指で弾く。身じろぎの際に動かした足が静夜の足に触れた。

 

「それ、どこにあったんだ」

 

「押し入れ。他にも何匹かあった筈なんだけど一匹しか無かったの。家出でもしたのかしら」

 

「そうなんじゃないか。普通何年も閉じ込められたら外に出たくもなるだろ」

 

「それ皮肉? ……でも、そうだとしたら他の子達は薄情ね。貴方、置いて行かれたの? 思わず共感しちゃう」

 

「お前は自主的に外に出てないだけだろ。共感されても困るってよ」

 

「ぐわぁぐわぁ」

 

 大して似てないアヒルの物真似を披露した後、静夜は煩わしそうに湯船の外に出している後ろ髪を撫でた。

 

「ねえ、タオル取って良い?」

 

「取ったら俺はすぐに出るからな」

 

「湯船でタオルってなんか凄い窮屈。お風呂に入ってるって気がしないわ」

 

「無理矢理二人で入ってる時点で窮屈だ」

 

「うーん……じゃあ、これで手を打とうかな」

 

 そうして静夜が出した要望。気乗りはしなかったが、まあやってやる事にした。といっても俺は別に快適になった訳でもない。

 

「んー、やっぱり足が伸びないとリラックス出来ない」

 

「その快適さは俺の犠牲の上で成り立ってんだぞ」

 

「役得でしょ? 好きなだけ感触を楽しんでも良いし、ちょっとぐらいなら触っても怒らないけど」

 

「……」

 

「……」

 

「ねえ」

 

「何だ」

 

「お願いがあるの」

 

「言ってみろ」

 

「美味しいご飯が食べたい」

 

「いつ」

 

「十五日の夜」

 

「分かった。要望はそれだけか」

 

「うん」

 

「……そろそろ上がるか」

 

「のぼせた?」

 

「全く」

 

「見栄っ張り」

 

 悪戯っぽくそう言いながら、尻目に俺を見る静夜の白い頬には薄い赤がさしていた。

 

 その先の空白の湯船にはぷかぷかとアヒルが泳いでいる。

 

「楽しみにしてるからね、お兄ちゃん」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 美味しいご飯、その要望を聞いた時点で何を用意しようかはすぐに思いついた。

 

 石上、竹下、日宮、坂下……俺の友人や知り合い達に連絡を取り、予定を確認する。折角だから少しでも賑やかな方が良い。

 

 石上に関してはこの前の話の件だと勘違いしたのか、アイツがリーダーであるチームのメンバーを引き連れて来るらしい。まあアイツが追加で二人来るようなものだろうから無害だろう、多分。

 

 準備する時間はそこまでかからない。友人が持っていた道具一式を有難く貸してもらい、食材や消耗品を買っておくだけ。場所は家の庭。無駄に広いのが役に立った。

 

 そう、俺が用意したのはバーベキューだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「へえ、二人は先輩後輩なんだな」

 

「それ私達もじゃないですか。……えっと、あの人達は乱入してきたヤンキーさんって訳じゃないんですよね?」

 

「よい君、あの人達には近づいちゃダメだからね」

 

「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ! 石上先輩とは僕も仲良くさせてもらってますけど、怖いのは見た目だけで──」

 

 食材が焼かれ煙が立つ数台のセットを取り囲む友人達。それぞれが連れてきた恋人? 部活仲間? の子達も含めた男女七人。

 

「ほ、ほ、ほ、ホントに見れるんだな!? 生で静夜ちゃんをッ!」

 

「落ち着いてくださいよリーダー……俺らその人のボディガードで来たんでしょ」

 

「というか何から護るんすか俺ら。ああ……俺も肉食いてえ……」

 

「バカ野郎! 静夜ちゃんが家から出るんだぞ! こんなチャンスはねえ! 厄介なストーカーが来るんだよ!」

 

「それリーダーの事じゃないんすか」

 

 家の入口付近で見張りのように立ってるのが石上含めたチーム三人衆。全員頭を盛ってる上に手作りなのだろう特攻服(トップク)を着てる気合の入り方。そのせいで何人かに白い目を向けられている。

 

「さ、用意したぞ。美味しいご飯とそれに相応しい環境」

 

「……」

 

 玄関からその光景を見る俺達。それが予想外だったのか、隣の静夜はぽかんとしたあまり見ない愛嬌のある顔をしていた。

 

「そろそろ庭ぐらいは外に出てもいいだろ。あと友達も作れ。それとも、月が怖いってか?」

 

 今日は満月らしい。上じゃきっと奇麗な真ん丸が居座ってるんだろう。

 だがそんなものは関係ない。今日は楽しい楽しいバーベキューだ。主旨はお月見じゃない。

 

「集まった奴らに話は通してある。まあ大体は気の良い奴らだから好きに振舞ってみろ」

 

「そう、ね。その通りかも」

 

 静夜は覚悟を決めたようだった。履き慣れてないサンダルに足を通して、恐る恐る、ゆっくりと。

 

 何を思ってるのかは分からない。ただ俺は何故かこうした方が良いと思ったし、静夜はそれに応えるだろうとも思っていた。

 

 ……結局俺は静夜の事を何も理解していないように思える。どこから来たのか、誰の子供なのか、何故外に出なくても良いと納得してしまうのか、何故俺は静夜の要望に応えようとするのか。

 

 そもそも俺達の関係は何なのだろう。本当に兄妹と呼べるのだろうか。本当に俺は兄で静夜は妹なのか。何もかもがあやふやのまま、今日まで来てしまった気がする。

 

「静夜」

 

 その両足ともが扉の溝を渡ろうとした直前、振り返った凪いだ表情の静夜に笑顔を向ける。

 

「楽しめよ」

 

 静夜は微笑みでそれに答え先へ進む。そうして友人達の輪に混じっていく様子を少し眺めた後、俺もそれに続いた。

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