この素晴らしいたゆんたゆんにたゆんたゆんを! 作:膝に矢うけたった
勇者、それは異世界より舞い降りし勇気ある者。
勇者、それは美しき女神に力を与えられ、人々の光となる者。
勇者、それは魔王を討ち、世界を救う者。
勇者、それは……
一人の勇者がいる。彼は美しく、気高い女神に導かれ、この世界に降り立った。与えられた魔剣を手に、彼はかの女神の切なる願いを叶えるべく戦い続けてきた。彼は今日も、かの女神の涙を拭うべく戦い続ける。
あぁ、勇者よ。勇者を目指す者よ。その脳裏にあるのは、かつて自分を導いた美しく、気高く、なによりも慈悲深い、青き女神の姿であろう。
だが、あえて言おう。言わねばならぬ。この声が届かずとも、言わなくてはいけない。
それ幻想なんすよ。
あぁ、パネマジ級の詐欺に騙された哀れな青年よ。君の行く道に幸多いことを祈る。せめて、パネマジには気付くことができるようになろう。そんなんじゃ将来苦労するよ。
さて、そんな哀れな青年が今、何をしているかと言うと、半壊した折に閉じ込められた――実際は閉じこもっているのだが――かの女神が壊れたラジオの様に言葉を発しながら運ばれている姿を眺めている。
アクセルで有名な冒険者と言えば二人の名前がよく上げられる。一人はこの青年、ミツルギ・キョウヤである。強大な力を持つ魔剣グラムを持つソードマスター、ドラゴンすら一撃で屠る姿、彼に憧れる冒険者も少なくない。またギルドのみならず、国からも一定の信頼を得ている。
そしてもう一人は『暴走馬車娘』『殺戮女』『女神を深淵に沈めた女(NEW!)』のサユキである。彼女に関してはとにかく悪い意味で有名なのである。魔物に出くわせば奇声を上げて首を獲りにいく。強敵に出会えば血塗れになりながら、笑顔で首を獲りにいく。見てくれはいいから最初は騙されるが、一度一緒に狩りにいけば、即お断り。
この二人、逆方向に有名同士なのだ。そして、ミツルギは同郷の好で組もうとして、一度その戦闘を陰から目にしてトラウマになっている。生真面目な彼は日本にいたころ、勉強の中で薩摩隼人の存在を知る機会があったのだ。ちなみに彼女は割と頻繁に薩摩隼人を自称していたりする。
つまり、彼は彼女が苦手なのである。そんな彼女が、愛しの女神を檻に閉じ込めて壊れたラジオにしているのを見てしまったのだ。
(め、女神様を助けなければっ!)
当然こういう感想になる。過去のトラウマを振り切り、彼は足を前に進めた。その先にいるのは戦闘民族薩摩の継ぐ者。されど、彼もまた勇者を目指す者。心の勇気に火を灯し、例え相手が首狩り賊であろうとも立ち向かう。
「ちょ、ちょちょ、っと、ま、待ってくれないか」
でも、怖いものは怖いのだ。サユキからしたら初対面の相手が挙動不審な様子で話しかけてきたわけで、何が起きているのか全く理解できていない。しかも、当然の様に他三名の姿は彼の目には映っていないようだ。カズマ達は完全に蚊帳の外に置かれている。
「いったい、君は女神さまに何を、何をしたんだっ!? 今、お助けします!」
冤罪のような冤罪でないようなことを言いながら、サユキの横を通りすぎ、檻を素手でこじ開ける。ブルータルアリゲーターの顎にすら耐えた檻が、まるで飴細工のようにひしゃげて人一人通れるスペースができあがる。
「ソト、コワイ、サツマ、コワイ……」
自分の殻に閉じこもるアクアに声が届くはずもなく、彼女は今も膝を抱えたまま呟き続けていた。必死に訴えかける青年の姿があまりに哀れで、見かねたカズマが檻の横からアクアに声をかける。
「おーい、呼ばれてるぞ。女神さまー。ショックだったのはわかるけど、いい加減立ち直ったらどうだ。め・が・み・さま」
女神、その言葉にアクアが僅かに反応する。その時、彼女の脳内で様々な情報が駆け巡り、自分が何者であったのか、そしてそれがどれほどの存在であるのかを思い出させる。同時に、現状の精神状態を回復するための最善策を脳は導きだすのであった。
「そう、そうよ、私は女神、女神なのよっ! って、なんで私、街に帰ってきてるの? 依頼は?」
最善策、それは忘却であった。嫌なことは忘れてしまおう、実に合理的かつわかりやすい解決法である。だが、周りが真実をそのまま教えるわけにはいかない。そんなことをすれば、再び壊れたラジオに逆戻りしてしまうからだ。
「依頼は『お前の頑張り』で大成功、途中で出てきたワニも『何一つ問題なく』討伐。報酬はお前一人のものだ」
カズマが追及を避けるためにギリギリのラインで説明する。最後の報酬に関する一言があれば、その前の部分については深く考えることはないだろうと踏んでのことだ。
「え、ほんと? カズマさんったら、太っ腹じゃない。もしかして、ようやく私の偉大さに気付いちゃったとか? これからは私のことはもっと敬いなさいよね!」
案の定調子にのって踏ん反り返ってのドヤ顔である。
(我慢、我慢だ、我慢っ)
今回ばかりはカズマも耐えた。モザイク必須の情景をわざわざ思い出させる必要はない。後ろでめぐみんが口を押えて顔を青くしているが、必要な犠牲だったのだ。
「い、いったい、何があったんだい……?」
ここに話に置いて行かれた青年が一人、聞いてしまった。ちょっと、話し方がむかついたとか、自分達を無視して話を進めていたとか、色々カズマも思うところがあったのだろう。そっと、耳元に顔を寄せて、今回の依頼での薩摩の所業を明かした。
「君も、うん、苦労してるんだね。彼女を仲間にした勇者がいるとは聞いていたけど、そうか、君が……」
話を聞き終えた彼は、カズマの肩に手を置いて同情の視線を向ける。薩摩の所業がアレすぎて、アクアが檻に入っていた理由を聞くところまで頭は回っていないようだ。
(上から目線なのがむかつくけど、なんか、薩摩がいる苦労をわかってくれるのは普通に嬉しいな……)
いっそのこと、駄女神含む他の仲間の愚痴も語ってしまおうかと思うくらいには、嬉しかった。
「ところで、あんた、誰よ?」
ずっと胸を張っていた駄女神がここでようやく、目の前の青年を視界に入れる。以前この駄女神はサユキのことを覚えていたのだが、それは死因が人殺スイッチだったからであり、本来転生者の顔など一々覚えていないのだ。
「えっ!? 僕ですよ。あなたに魔剣グラムをもらって転生した、ミツルギ・キョウヤです!」
ミツルギは腰の剣を鳴らしてそう告げるが、肝心のアクアはまるで思い出す気配がない。実はこれにはとても浅いわけがあって、この駄女神はただですら物覚えが悪い。だが、グラムを見てもかすかでも思い出すことができないのは、それだけが理由ではない。
彼、ミツルギが転生する直前に転生したのがサユキだったのだ。覚えている読者もいるとは思うが、彼女はサユキの死因で他の神々から突き上げをくらっている。つまり……
サユキ転生→ミツルギ転生→アクア突き上げを喰らって、調査せざる得なくなる
この順番でことが起こっているのだ。すごく、間が悪い。この男、本当に間が悪かったのだ。
「えーっと、アレよね。うん、グラム、グラムね。思い出したわ。うん、思い出したわ。で、名前なんだっけ?」
さすがのカズマもこれにはミツルギに同情した。しかも、アクアの目が泳ぎに泳いでいるせいで、全然思い出してないのが丸わかりである。そんな奴いたなー程度にも思い出していない。
「うわぁ……」
「さすがの私もあれは……」
などと、後ろの爆裂娘とドMが言っているが、全面的に同意である。カズマもチート武器持ちで順風満帆なんだろうなとか、思わなくもないがそれを補ってあまりあるくらいには不憫である。
と、ここでアクアが立っている台車が前へと動き始めた。彼女はバランスを崩しそうになりながら、台車前方へと視線を向ける。
「ちょっとぉ! 危ないじゃない、いきなり動かさないでよ」
「でも、アクア様、そろそろ行かないと、夜になっちゃいますよ?」
サユキだった。話の外で何をしているのかと思ったら、台車を動かそうとしていたらしい。そんな二人の様子を眺めていたカズマだったが、今度はミツルギが彼の耳元に顔を寄せる。
「たぶん、君も転生者だよね? 転生特典は何をもらったんだい? 見たところ、職が冒険者のようだけど……」
その質問に、カズマは少し悩んだ後、台車の上で涙目になりながら叫んでいるアクアを指さす。
「アレ」
ミツルギは彼が何を言っているのか理解できなかった。
「だから、アレ、アクア。煽られてむかついたから、アイツを選んで引きずり込んだ」
説明されたことで、ようやくカズマが何を言っているのか理解することができた。
「夜になる前に帰りたいし、もう行くわ」
そう言って、驚愕した表情を浮かべるミツルギを置いて、カズマは歩き出した。それにダクネスとめぐみんも続いていく。その顔は可哀想なものを見る、生暖かい目をしていた。
「まっ、待ちたまえ! アクア様を引きずり込んだ!? むかついたから? 何を言ってるんだ君は!」
あの時はどうかしていた。カズマも当時を振り返ってそう思うことは多い。もっとちゃんと転生特典を選んでおくべきだったと、何度も後悔した。彼はそれでも一からがんばってきた。ことあるごとに借金を作る駄女神、一発屋のアークウィザード、攻撃の全く当たらないドMクルセイダー、脳みそ戦国の薩摩産狂戦士。そんな癖しかない面子と共に頑張って来た。自分自身もそこそこ癖のある人物であることには気付いていないが。
とにかく、彼は目の前のチート武器をもらって勇者街道を順調に進む人間とは、住む世界が違うのである。経験も考え方も合わないだろう。それ故に、彼の言葉に耳を貸すことはない。
「ちょっ、僕の話を……」
ミツルギも中々に諦めの悪い男である。自分がパネマジ級詐欺の犠牲者であることも気付かず、今もアクアを美しい女神と信じている。
そんな彼の言葉を止めたのは、小さく、だけどはっきりと聞こえた鈴の音色だ。この場で鈴を持っているのは一人しかいない。
「お話しでしたら、ギルドについてからか、後にしてくださいませんか? 大きな台車もあるのに、道のど真ん中でギャーギャーと囀るのでしたら、コレで片を付けますよ」
あまりに理由が常識的すぎて誰も反論できない。しかも、その表情は珍しく大真面目である。指で柄をなぞっている以外はとても常識的である。結局、陰に隠れていたミツルギの仲間を呼んで、一度ギルドに檻の返却とクエストの達成報告に向かうことになった。
「もう、檻の修理代を査定するからって、報酬が明日になるなんて思わなかったわ」
アクアが酒場の方に歩いてくる。その顔は少し不満そうではあったが、今回の報酬はそれなりに高額だ。期待の方が大きいのだろう、足はスキップをしていた。
アクアが席に到着した時、一緒に来たはずのミツルギ達の姿はなかった。それを不思議に思ったのか、首を傾げながら彼女は口を開いた。
「シュワシュワ一つー。あの人たちはどこ行ったのよ? 何か話すって意気込んでなかった? てか、カズマとサユキもいないじゃない」
何故か席にいたのはダクネスとめぐみんだけ、そこに前述の二人の姿はなかった。
「あー、それでしたら……」
「おーっす、戻ったぞ」
めぐみんが説明しようとした時、丁度カズマとサユキがギルドの入り口から歩いてくる。カズマの手には巨大な剣、魔剣グラムが握られている。
「あんた、それどうしたのよ? まさか、盗んだんじゃないわよね。言っとくけど、それあの痛い人専用だから、あんたじゃ使えないわよ」
「いやさ、馬小屋で寝泊まりしてる話したら、アクアを賭けて決闘だーとかアイツが言い始めてさ。面倒だったからサユキに押し付けた」
「ダクネスさんに比べると、圧倒的に斬り心地が足りませんでした……」
魔剣は決闘の報酬に奪ってきたようだ。尚、ミツルギは気絶した後仲間に引きずられてどこかに連れていかれた。彼の仲間も薩摩は恐ろしかったようだ。
結局五人はいつも通り酒場で食事を取って解散することになった。
「ゴォッド・ブロゥッ!」
翌日、グラムを返してもらうべく酒場を訪れたミツルギは、檻の修理代二十万エリスを払わされたアクアの、怒りと悲しみを込めた拳に吹っ飛ばされた。加えて、修理代三十万エリスを請求されて素直に応えた。二十万じゃないのかって? アクアに聞いてください。
ちなみにグラムは朝のうちにカズマが武器屋で換金した。なので、ミツルギは泣く泣く、酒場から走り去ることしかできなかったのだ。尚、その際、始終その場にいないサユキに怯えていたのは余談だろう。
何故、彼女がこの場にいないのか……
『明日はお菓子たくさん作ってから行きますね!』
と意気込んでいたからである。今頃、家で焼き菓子を作っていることだろう。
ミツルギ達が去った後、彼にアクアが女神と呼ばれていたことを疑問に思ったダクネスに質問をうけ、アクアが自分こそがアクシズ教の女神アクアであると名乗りを上げる。顔に食べかすが付いているので台無しである。そういう夢を見たんだなという言葉で軽く流されてしまったが。その時、街中に緊急放送が鳴り響いた。
冒険者全てにかけられた、正門に武装した上での集合を呼びかける放送だった。
『特に、冒険者の佐藤カズマさんとその仲間は大至急、正門までお願いします!』
そして、その中心にいたのはカズマ達だった。
馬小屋の話さえ聞かなければ運命は変わっていただろうに……