この素晴らしいたゆんたゆんにたゆんたゆんを! 作:膝に矢うけたった
火の後始末、特に何かの隠語とかではなく、純粋に焼き菓子が完成した後のそれをしていただけである。火の用心を怠れば大惨事もあり得るので仕方ない話である。
「私としてはこれからいいところ……、んっ、決め手がないので助かるぞ」
ダクネスが頬を染めながらそんなことを言う。遠くでその様子を見ていたカズマは大声で罵倒したくなったが、今はぐっと堪えて思考を巡らせた。今まで足りていなかった攻撃力が追加されたことで選択肢ができる。が、同時にそれが相手に通じるかという不安もある。
が、そもそも引けと言って引く二人ではないので、とれる手段は一つしかない。
「おい、ダクネスがガードで、サユキが攻撃だ!」
これ以外に取れる手段はないだろう。
「仕方ないですね。今の一瞬だけでも、私の負けなのはわかってしまいましたし、ダクネスさんはよろしいですか?」
「もちろんだとも。むしろガンガン盾に使ってくれていい。いや、むしろ使ってくれ!」
意外と二人はすんなりと指示を受け入れる。サユキが僅かに見たダクネスとベルディアの鍔迫り合い、一撃を放った時の反応、一対一では勝ち目がないのを悟るには十分だった。
「ほう、聖騎士と狂戦士のコンビか。面白い、この俺にどこまで通じるか試してみるといい。安心しろ、こちらは魔王様の加護を受ける身、二対一が卑怯とは言わん」
その言葉を受けて、サユキが瞬時に駆け出す。一瞬で立ちの姿勢から、大きく身体を下げての上下移動を含む踏み込み、人間相手であれば確実に視界から消えたと思われる動きである。だが、相手はデュラハン、頭部はもとより低い位置にあるが故にその動きを捉えるのは容易い。
その巨大な大剣の腹で刀をいなそうとした時、急に剣筋が蛇のような変則的な動きを見せた。
「はっ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れてしまう。刀は鎧の肩部に当たって弾かれる。その結果を悟って、サユキはすぐにダクネスの傍まで後退する。そこには、不快な音を鳴らして自身の関節をはめているサユキの姿があった。
「なんというか、外すだけならいつでも自由自在というのは、身体は平気なのか心配になるな」
ダクネスが小さな声で呟くが、その内容はカズマが聞けばお前が言うなと言いたくなるようなものだ。彼女の場合は身体よりもまず、頭を心配されそうだが。
先ほどサユキは咄嗟に身体を動かして無理やり関節を外して、本来動いてはいけない方向に関節を動かしてガードを躱したのである。
「今ので確信しました。普通に戦ってもあの鎧、抜けませんね」
「諦めるか?」
「まさか。一太刀で断てぬ恥は捨てましょう。潔く死んであげるつもりはありませんので」
友人故だろうか、二人は一度顔を見合わせて、いつもの朗らかな笑みを浮かべると、ダクネスを前衛に置いた縦の陣形でベルディアへと駆け出した。
元来この二人は見合ったクエストでは互いの性癖故に、かみ合うことがない。サユキは首を落としたい、ダクネスは敵に嬲られたい。サユキが首を落とせばダクネスが痛みを得られず、ダクネスが敵の攻撃を受け続けている間はサユキが手を出せない。
だが、今この場で展開されている戦闘にそんな様子は見られなかった。小柄なサユキがダクネスの背後から瞬時に剣を突き出す、相手の攻撃をダクネスが必死に耐える――耐えながら頬を赤くして、興奮したように息を荒くしているのは見ないものとする――。
二人は友人であり、模擬戦も頻繁に行っているが故に、連携については問題がないのである。ただ、今回の様にサユキでも斬るのが難しい相手じゃないと成立しないだけである。
(どういうことだ? ベルディアの奴、ダクネスが前にいる時、やたら警戒してるが……、あっ)
ベルディアは何故か、ダクネスが前衛にいる時に警戒して動きが鈍っていた。実は、これはサユキが乱入したタイミングのせいだったりする。彼女が乱入したのは鍔迫り合いから攻防に移行しようとした瞬間、すなわち、ダクネスが攻撃をするより前なのである。
(アイツ、ダクネスの攻撃が当たんないの知らねーのか!)
ダクネスを警戒しているおかげか、思ったよりも攻防に差が出ていない。魔王の加護を受けたというその鎧の頑強さ故に、ダメージを与えるまでには至っていないが、僅かながら擦り傷のようなものは浮かんでいる。
「いいぞ。実に息の合った連携だ。これならば、少しは楽しめそうだ……、って、うぉっ」
ベルディアが何か格好いいこと言っている最中、ダクネスの影から突きが放たれる。それに合わせて一歩横に回避するが、放たれた突きは引くことなくその場にとどまり続ける。不審に思い、刀を観察しようとした瞬間、それは起きた。
「斬る……、KILLッ」
ダクネスの影から『無手』のサユキが横回転しながら飛び出してくる。そして、回転の勢いを殺さぬまま、刀をつかみ取ってそのまま斬撃へと繋げた。その奇襲に防御も回避も間に合わず、攻撃をもろに受けてしまう。
「これでも足りませんか……」
そのままの勢いで斬り抜ける形となったサユキがそう告げるが、回転の勢いを加えた一撃は、僅かではあるが鎧に切り傷を与えるに至っていた。
しかし、この瞬間、確実に二人の陣形が乱れてしまった。その瞬間を見逃す程ベルディアは甘くはない。瞬時にサユキへと攻撃を加えようと剣を横薙ぎに払うが、こと攻撃を受けることに関して尋常じゃない執念を燃やすダクネスもそれを許さない。二人の間に滑り込んで、全身で攻撃を受け止めた。
「ぐっ、だが、これは……。やはり、やるな。一気に鎧を破壊するのではなく、じわじわと嬲るように、わざと鎧を残しながら破壊するとは……」
「いい加減、その妙な言いがかりはやめろっ!」
彼女にとってはこれ以上ないほどのご褒美だったようで、すごく喜んでいた。
「しかし、驚いたぞ。この鎧にここまで確かな傷を負わせられるとはな。先ほどの斬撃、なるほど、二人であるが故に放てたというわけか」
先ほどの回転斬りは一人の状態で使えば隙だらけだが、ダクネスの影に隠れた状態であればその隙を隠すことができる。ただし、後ろに付いた状態で刀を持ったまま回ればダクネスも斬ってしまう。だからあえて刀を手放して自身だけで回転して、その最中に刀を握るという荒業を行ったのだ。それでも攻撃が当たるタイミングが早すぎれば、刀が十分に加速しないのだが、そこを合わせられるのは流石薩摩と言ったところだろう。
(うわっ、何あれ。アイツらって息が合うとあんな戦闘できるのかよ。普段からそうしてくれよ)
などと、内心で愚痴を言っている苦労人もいるが余談だろう。
三人の攻防が再び始まる。鎧に傷をつけることができるということで、僅かながらベルディアが防御側になることが多くはなったが、確実に疲労とダメージが蓄積しているのは二人の方だった。
合間で、サユキは刀を手放しては縦に横に斜めにと、先ほどの荒業を繰り出しているが、知っていれば防ぐこともできる。何度も攻防を繰り返す中でベルディアはその動きを完全に捉えるまでになっていた。だが、ここで彼の予想しない事態が起こる。
ダクネスが急に姿勢を低くして彼の懐に飛び込んできたのだ。掴むでも抑えようというのでもなく、ただ飛び込んできただけである。
「何をっ!?」
瞬間、ベルディアの胸の少し上、その中心に突きが放たれる。それはベルディアに当たる前に止まるが、この位置では先ほどの荒業は使えない。そう思った矢先、空中で蹴りを放つ姿勢を取っているサユキの姿が僅かに目に入った。ダクネスが邪魔で良く見えなかったが、何をしようというのかは今までの行動と、騎士としての経験から理解できた。だが、もう遅い。
「チェエエエエイィッ!!」
刀の柄、その尻を全力で蹴りつけた。刀は瞬時に加速し、ベルディアの鎧へと激突する。その激突により、鎧と刀の間で火花が散り、そして、僅かな金属片が空を舞った。
「フフ、ハハハッ! まさか、まさか、この鎧を僅かでも砕くとはなっ!」
そう、舞った金属片は鎧の物だった。ベルディアは愉快そうに笑い声をあげる。
「貴様、その刀、ただの刀ではないな? あの勢いでこの鎧とぶつかって無事な刀が、まともなものであるはずがない」
すでに元の陣形に戻った二人はどちらも、その問いに答えようとはしなかった。
「ふんっ、まぁよい。放っておけば危険であることは確か。ならば、この場でその命、もらい受けるとしよう」
そう言って、頭部を握る腕に力を籠める。その瞬間、後方にいたカズマは確かに見た。サユキが困ったような表情で自分を見ていたのを。そして、露出している足、先ほど蹴りを放ったそれが真っ赤にはれ上がって折れているのを。
薩摩にもできないことはある