この素晴らしいたゆんたゆんにたゆんたゆんを! 作:膝に矢うけたった
カズマは何もなく、ただ床だけがある空間で椅子に座っていた。この場所には覚えがあった。以前一度だけ訪れたことのある場所だ。そこで出会った存在のこともあって、決して忘れることができない場所だった。
「そうか、俺、死んだのか……」
そう、かつて彼が死んで、この世界に転生する時に訪れた場所だった。
時間は今朝にまで遡る。冬本番になり、雪が降る場所もあって、野外活動が主な冒険者には辛い季節になった。そんな時でも、クエストを探さなくてはいけない冒険者も少なからずいる。
「金が欲しいっ!」
そう、カズマである。彼は血を吐くような声でそう口にした。背負った借金もあって、並の依頼では報酬の大半が天引きされてしまう。生活費は何とか残るし、なんだかんだでサユキも支援してくれる。生活が困窮するまではいっていない。
「はぁー? そんなの誰だってほしいに決まってるじゃない。何言ってんのよ」
目の前の駄女神の暴走で背負った借金に追われる生活とは、早くおさらばしたい。それがカズマの考えである。そんな彼の内心など知る由もなく、調子に乗って、自分を甘やかせという駄女神に借金の理由を突きつける。だが……
「私のちょーすごい活躍があったからベルディアを倒せたのよ。じゃなかったら、この街は滅んでたかもしれないのよ。もっと私を称えてよ! 褒めて、甘やかしてよ!」
確かに彼女の活躍で倒せたのは事実なのだが、何事にもやりすぎというものは存在する。カズマはそんな自称女神に目を向けながら考え事をする。
カズマの頭を巡るのは今朝の光景だった。まつ毛が凍り、干していた洗濯物も釘を打てそうなほど硬くなっていた。凍える身体を起こして、外で火を焚く。こうして朝の寒さとの戦いから一日が始まる。余談だが、その直後にサユキがスープを持ってくるまでがいつもの光景である。
そんな生活から早く抜け出したいカズマは、目の前のアクアの『かまってちゃん』な言動に僅かながら怒りを覚える。
「そんなにお前の手柄がすごかったって言うんなら、手柄も報酬も、借金も! 全部お前一人のものな! 一人で借金返してこい」
というわけで、目の前の駄女神を見捨てようとするのだが、そこは女神のプライドがどこに行ったかわからないアクアである。すぐにカズマに縋りついて、見捨てないでと懇願する。
「朝から何を騒いでいるのだ?」
そこに、ダクネスとめぐみんが合流する。駄女神はそれでもカズマに縋りつくのをやめなかった。もはや根性である。恥も何もあったものではないが、それほどまでに彼女は借金を増やしたくなかったのだ。
「今日はサユキは一緒じゃないんですね」
めぐみんがここ最近、朝はずっとカズマ達と一緒だったサユキがいないことに気付く。カズマはその言葉を聞いて、冒険者達で賑わう酒場を指さした。先日のベルディアの報酬は参加した全冒険者に支払われたため、懐に余裕のある冒険者はこの冬という時期に仕事を探す必要がなかった。
そんな冒険者達の中心で一つのテーブルは一際大きな盛り上がりを見せている。そここそがカズマが指さした場所だった。めぐみんがテーブルに上って、そこで何が行われているのかを見る。
「ウィィイナァァア、暴走馬車娘ぇっ!」
腕相撲だった。しかも、賭け腕相撲である。サユキは今、冒険者の中心で小銭を稼いでいた。現在、この酒場にいる冒険者のほとんどの懐は潤っているので、当然こういう遊びを行う者も現れる。
「あ、めぐみんさーん、結構稼げましたよー」
彼女はエリス金貨の詰まった袋を掲げて、自分を見ているめぐみんに声をかける。小銭とは言ったが、小銭も積もればなんとやらだ。結構な金額を稼いだようで、袋はそこそこ大きく膨らんでいた。
「いくら、働く必要がなくても、身体を動かしたいのは冒険者の本能というものだろうな」
ダクネスが呆れた表情で、人だかりをかき分けて走ってくるサユキを見つめていた。人にぶつかる為か、お胸は縦横無尽に暴れ回る。見えちゃいけないものが見えるのではないかと、心配になってしまう。
四人の元に辿り着いた彼女は、金貨の詰まった袋をテーブルに乗せて大きく跳ねた。再び、お胸が大きく弾む。先ほどの光景と合わせて、カズマの脳内に永久保存されている。
「カズマ君、いっぱい増えましたよ!」
「よし、取り分は元金除いて、俺が3でサユキが7でいいか?」
そう言って、カズマが金貨を分けていく。カズマの手元に残ったのは、元金含めその二倍ほどの金だった。サユキはウェイトレスに果実汁を注文している。どうやらこの悪巧みの大元はカズマだったようだ。正確には、元々賭け腕相撲していた連中の中に、元金を渡したサユキを突撃させただけである。朝から酔っぱらっている連中ならいいカモになる。
「カズマ、冒険者より詐欺師とかなった方がいいんじゃないですか?」
めぐみんが心底呆れた表情で彼を見て言った。
「そう言うなって、これで明日の朝はまつ毛が凍ることだけは防げそうなんだよ」
彼の言葉は切実だった。この稼いだ金で今晩は少しだけ顔周りを暖かくして眠ることができる。睡眠に命の危険を感じずに済むのだから、なりふり構っている余裕はないのだ。
サユキが果実汁を飲み終わるのを待ってから、クエストを探すために掲示板へと足を運ぶ。ベルディアが倒されてからそれなりに時間が過ぎたためか、掲示板に張られる依頼の数はかつてと変わらない程になっていた。ただ、一部の冬眠するモンスターの依頼や、雪が原因で発生しない依頼があるためか、カズマが見たことのないものも多かった。
「カズマ、これなんてどうだ。白狼の群れの討伐。獣の群れに蹂躙されるのを想像すると……」
「カズマ、カズマ、一撃熊の討伐、これにしましょう。我が爆裂魔法とどちらが強力な一撃か、思い知らせてやりましょう!」
ダクネスとめぐみんが思い思いに行きたいクエストを選ぶが、どちらも物騒すぎたためカズマに却下されてしまう。そんな中、一枚の依頼が目に留まる。
内容は『機動要塞デストロイヤーの進路予測のための偵察』と書かれている。カズマは明らかにモンスターとは思えない名称に疑問を抱き、疑問を口にする。
「このデストロイヤーってなんなんだよ?」
「デストロイヤーはデストロイヤーだ。大きくて高速移動する要塞だ」
「ワシャワシャ動いてて、すべてを蹂躙する。子供たちに妙に人気のあるやつです」
「硬くて丈夫で、無駄に動きがよくて強い、虫っぽいあれですね」
(なるほど、まったくわからん……)
上から順にダクネス、めぐみん、サユキの感想である。あまりに要領を得ない説明だったために、カズマには理解も想像もすることができなかった。
「確か、サユキは以前別の街で偵察任務を受注したことがあったんだったか?」
「えぇ、とても、えぇ、とても斬り甲斐がありそうで、ついつい、突撃してしまいました」
ダクネスが思い出したことを口にした。サユキはその時のことを思い出しているのか、恍惚とした表情を浮かべている。
「よく無事だったわね。あんなのに突っ込んだら、普通死ぬわよ」
あのアクアが呆れ顔になるような相手らしい。尚、無事だったのは突撃した直後に他の冒険者に全力で阻止されたからである。
(なにそれ、こわっ。関わりたくねぇ……)
デストロイヤーにはもう触れずに、何かいいクエストはないかと掲示板を探す。彼の目に一件の依頼が目に飛び込んできた。
「なぁ、この雪精の討伐ってなんだ? 名前見る限り、そんなに強そうに聞こえないんだけど、一匹報酬十万エリスだってよ」
その疑問に答えたのはめぐみんだった。雪深い場所に住み、討伐すると一匹につき春が半日早く訪れるようになる。そういうモンスターだという。弱く討伐は簡単だと言うが、それだけに報酬一匹十万エリスというのに引っ掛かりを覚える。
「そのクエスト受けるなら、私準備してくるわね!」
カズマはまだ受けるとは言っていないのだが、アクアが勝手に準備とやらをしに走って行ってしまう。彼が顔をダクネスとサユキに向けると、二人して頬を染めて笑みを浮かべていた。
(この二人が嬉しそう? 今の話にこいつらの喜ぶ要素があったか?)
疑問は残るが、金がない以上クエストを受けるしかない。彼は覚悟を決めて防寒具を取りに馬小屋に戻るのだった。
一面雪に埋まった銀世界、そう表現するに相応しい光景がそこにはあった。白くて丸くてふわふわした何かが、小動物のような可愛らしい声を出しながら浮かぶ雪原だった。そんな場所に五人は足を踏み入れた。
「これが雪精かぁ……」
その白くて丸いものこそが目的の雪精であった。防寒具、というか蓑を着たカズマが仲間たちに視線を向けると、そこには普段と違う姿があった。女性だけあって、この防寒具にもそれなりにこだわりがあるのだろう。
「その恰好、どうにかならんのか。冬場に蝉取りに行く、バカな子どもみたいだぞ」
アクアだけは武器を持たずに虫取り網を持っているせいで、おかしな格好に見えてしまう。カズマにバカな子どもと評されたが、それに気を悪くすることなく彼女は自信満々な顔で口を開いた。
「これで雪精を捕まえて、小瓶に入れておくのよ。それで、飲み物と一緒に入れておけば、いつでもキンキンに冷えたシュワシュワが飲めるってわけよ!」
頭いいでしょ、と告げるがいつもの彼女を思えば、しょうもないオチが待っているような気がしてならない。
他の仲間にも目を向ければ、めぐみんは普通だったが、ダクネスとサユキは防寒具と言うには軽装に思えた。というか、ダクネスは鎧も着ていない。ダクネスの服装は上着にファーが付いてはいるのだが、下はミニスカートである。クエストに行く格好には思えなかった。それを指摘すると、寒さに頬を染めて喜んでいた。
(頭の暖かい変態は、体温も高いみたいだな)
寒そうという面で言えば、サユキの方がやばかった。上着は羽織っているのだが、ボタンがかけられないのか、ダブルメロンがいつもと同じ状態で放り出されている。下に至ってはチャップスのようなものを履いただけだった。本人曰く、動きづらい服装だと首を落としづらいからだと言う。
(え、ちょっと待て。今回のクエストに、首を落とす相手がいるように思えないんですけど?)
とても不安になるのだが、来た以上手ぶらで帰るわけにはいかない。借金をどうにかして、少しでも早く馬小屋生活を脱する。その目的のために、カズマは不安から目を逸らすことを選択した。こうして彼らの雪精討伐が幕を開けた。
討伐クエスト 雪精たちを討伐せよ!
少し遅くなって申し訳ない。
次回は奴が登場、カズマはどうなってしまうのか。
次回、『カズマ死す!』デュエルスタンバイ!