この素晴らしいたゆんたゆんにたゆんたゆんを! 作:膝に矢うけたった
夜遅く、極大の疲労を抱え、寝泊まりしている馬小屋に辿り着いたカズマは入り口で空の酒瓶を抱えた珍獣、もとい女神を発見した。したというより、してしまった。いつもなら怒鳴るところだが、今日は疲労もあって無視したかった。
「おい、起きやがれ、この駄女神……」
このまま放っておくの簡単だが、翌朝にはこの駄女神と馬小屋の持ち主がうるさいことがわかりきっているので無視するわけにはいかなかった。
「だぁれが、だめがみよぅ。私は高貴で美しい女神しゃまなのよぅ。ほら、運びなしゃいよー。もちろん、丁寧にねー」
幸い反応だけは返って来た。自称高貴で美しい女神のアクアは酔っているのか、呂律は回っていないし、言っていることも酷いものだが、一応意識はあるらしい。
ここでもう一度言おう、彼は現在とても疲れている。肉体よりも精神の余裕が特にない。普段からこの女神対して辛辣ではあっても、最後にはなんだかんだ面倒を見ている彼でも今こんなことを言われればどうなるか、それは物体が上から下に落ちるくらい明らかなことである。
「うるせぇ、こっちは疲れてんだよ。自分の足で寝床に行きやがれ!」
「私だって花鳥風月の連発でちゅかれてるのよー」
額に青筋を浮かべて、怒りを隠すこともせずに足蹴にしてやろうかと考えるが、そんなことをすれば目の前の女神を自称する生き物が騒ぎ立てるのは目に見えている。そうなればどこから、誰が現れるかわからない。
結局どう明らかなのか、最後にはカズマが折れて、乱暴に引きずりながら馬小屋に投げ捨てる。結局そうなるということである。
余談だが、花鳥風月とは特に意味はない宴会芸スキルである。アクアがこの下界で初めて習得したスキルなのだが、女神としてどうなんだとか、そんな話は酒瓶抱えて駄々をこねる姿のせいで今更であろう。
「おい、アクア、サユキって名前に聞き覚えはないか?」
たっぷり時間をかけて運んだ酔っ払いを藁の上に投げ捨てて、舌打ち混じりに質問を口にする。聞かれた本人は首を傾げながら、唸り声を上げるばかりで思い当たる節はなさそうである。
(まぁ、この駄女神が覚えてるわけねーよな)
この女神に自分が転生させた人物を記憶していることを期待しても無駄である。カズマが転生する時にも、転生特典に悩む彼を散々煽るくらいには酷い有様だったのだ。
「あっ、あー、あの子ね。うん、覚えてるわ。あんた程じゃないけど死因が印象的すぎて記憶に残ってるのよね」
だが、今回に限ってはそうではなかったらしい。完全に忘れていると思っていた彼も、その反応には驚きを隠せない。その表情は百年に一度の奇跡に遭遇でもしたかのようである。
「な、なによう、その顔は! わ、私、女神よ!? 転生させた子達のことくらい覚えてるわよ!」
「てか、お前の記憶に残る程の死因ってなんだよ……」
さっきまで思い出すのに必死だったとか、嘘臭いとか、色々言いたいことはあったが、彼女の口にした『死因が印象的だった』という言葉の方が気になっていた。この駄女神が覚えている程の死因とはなんなのか、つい気になって聞いてしまった。
しかし、その内容は彼が思っていたよりも遥かに酷いもので、聞いたことを後悔することになる。要約するとこうである。
ある日、街を歩いていたサユキはバナナの皮を踏んで転んだ。仰向けに転んだ彼女の後頭部には木の板が一枚、梃の原理で上に乗っていた石が打ち上げられて近くの工事現場の鉄骨に直撃。
鉄骨が一本ずり落ちてトラックに激突、トラックが衝撃で動いた結果クレーンのスイッチに激突。クレーンに括られていたコンテナが振り子の原理で振り回され、無人の民家に向かって吹き飛んでいった。
破壊された民家からはよくわからない鉄柱が勢いよく飛び出し、完全に意識を失っていた彼女のすぐ隣に落下。地面に突き刺さったが、その地下にはガス管があって突き刺さる結果になった。
その時、最初の鉄骨が倒れてきて、鉄柱に接触して火花を散らせる。火花はガス管から漏れたガスに引火、周囲を巻き込んで大爆発を起こした。尚、その間ずっとサユキは気を失っていて、周囲には人が一切いなかったらしい。大爆発事故なのに、死者一名の奇跡だったとか。
「どんな、人殺スイッチだよ! んな、死に方洋画以外で見たことねーよ!」
内容は彼の名誉のために伏せるが、洋画でも見ない死に方をした彼をして叫ばずにはいられない話だったのは間違いないだろう。彼らのいた日本はどうやら、ファイナルでデスティネーションな世界だったようだ。
(いや、むしろ、薩摩が事故死するならそれくらいの出来事じゃないと無理ってことなのか? 薩摩こえぇ……)
薩摩だと何故か納得できてしまう。これってトリビアになりませんか? などと彼が考えている間にもアクアは頭を抱えていた。視界の隅にその姿を捉えた彼はいつもと違う様子に疑問を覚える。普段の彼女なら腹を抱えて笑いそうなものだが、逆に唸り声をあげてしまっている。
「どうしたんだよ? お前らしくないんじゃないか?」
「あんた、私のことなんだと思ってんのよ……」
極小の心配を込めて聞いてみるが、返って来た返事も珍しく覇気が感じられないものだった。
「あの事故の時はあまりに偶然が重なりすぎて、他の神から何かやったんじゃないかって苦情が大量に……」
(こいつ、神様の世界でも信用ねーのかよ)
実際に調査に忙殺されて当時のアクアはかなり憔悴していたらしく、その痛々しい姿に他の神々の追求は止まったのだが、思い出すだけでもかなり堪える出来事だったらしい。余談だが、その時後輩の某女神が無理やり手伝わされたとか……。
(そこまでの出来事でも、思い出すのに時間かかるって、突っ込んじゃいけないんだろうなぁ)
さすがにカズマでもそれ以上何か追求することはできずに、唸るアクアを放って藁に身体を横たえる。
(アイツがどんな転生特典もらったのか聞きたかったけど……。聞ける空気じゃないよな)
そのまま目を瞑り、明日から増加する苦労に胃が痛くなるのを感じながら眠りに落ちていく。
「しかも、転生特典が『アレ』ってどういう……」
そんな呟きが僅かに聞こえた気がしたが、もはやいっぱいいっぱいだった彼の耳には届くことはなかった。
翌日の昼頃、昨晩とは打って変わって上機嫌なアクアを連れて、ギルドに足を運ぶが、足を踏み出すのに一瞬の躊躇が生まれる。この一線を越えれば、爆裂娘、ドM騎士、薩摩と顔を合わせることになるだろう。できることなら前者二人が薩摩の加入に反対してくれると嬉しいのだが、彼の危機管理センサーが全力で警報を鳴らしている。
「なぁにやってんのよ。ほら、さっさと入るわよ。私の報酬見てたまげるんじゃないよ? あ、あとお金は貸さないからね」
昨日の苦悩もキャベツの報酬のせいで頭からすっぽり抜け落ちている、駄女神は彼の気持ちに気付くことなく大股でギルドの中へ足を踏み入れていく。それに意を決してついていくカズマは、話もそこそこに自分の報酬だけ受け取って酒場へと歩いていく。自信満々に胸を張って自分の報酬を待っている駄女神は放置である。途中で棒状の物を抱きかかえて身体をくねらせている見覚えのある物体が目に入るが、あえて無視する。
椅子に腰かけてコップに入った水を飲み干す。その後、ギルドカードを取り出して目を向ける。そこに書かれている『初級魔法』の文字をじっくりと眺めた後、習得の意志を込めて指でなぞった。一つ、深呼吸をしてから立ち上がって、空になったコップに手を向ける。
「クリエイト・ウォーター!」
その言葉を発すると同時に手のひらから水が……、弱めのホースくらいの勢いで飛びしてコップを満たした。その水を飲み干して再び息を吐いたところで、拍手のような手を叩く音が聞こえた。油の差していない絡繰りのような動作で、首を横に向けると……。
「わぁ、カズマ君、魔法覚えたんですね」
おっぱ……、もとい薩摩が腕の動きに合わせてたゆんたゆんしていた。彼としては今、一番会いたくない相手である。その視線は相変わらずだが。
「サユキ、どうした? ん、カズマではないか」
別の声が聞こえ、そちらに顔を向ければ、そこにいたのはドM騎士、もといクルセイダーのダクネスだった。薩摩の名前を親し気に呼ぶ姿に嫌な予感がするが、今の彼にはどうすることもできない。
「カズマ、紹介しよう。私の友人のサユキだ。戦闘スタイルがかみ合わずペアで依頼をすることはなかったのだが、優秀な狂戦士だ。特に戦闘中のあの殺気が……ハァ」
彼には理解できた、できてしまった。かみ合わないのは戦闘スタイルではなく、性癖であることを、そして一定人数以上のパーティーならこの変態は友人の加入を拒まないだろうこと。
「でも、ダクネスさんとはよく模擬戦をするんです。みねうちですけど、とても、えぇ、とても耐えてくれて、斬り甲斐が……」
「サユキの鋭い剣筋と殺気も、実に、んんっ、実に素晴らしいものだぞ」
恍惚な笑みを浮かべる薩摩とドM、二人の話す光景を思い浮かべて、彼はとても頭が痛くなった。正直、彼は今すぐ帰りたくなった。帰って数日、できれば永遠にコイツらと顔を合わせたくなかった。
「ところで、二人はいつ知り合ったんだ? サユキは昨日まで遠くの依頼を受けて街にいなかったはずだが」
(できればそのまま帰ってきてくれなければよかったのに……)
ダクネスの質問に昨日の出来事を思い出し、そんなことを考えてしまう。
「うん、昨日帰ってきたら、パーティー募集の張り紙があって、それでです」
「では、サユキもこれからは一緒の仲間になるのか。そうか、うん、パーティーが見つかってよかったな!」
「うん!」
などと、すでに決定事項の様に会話が繰り広げられている。薩摩の目の端には涙が僅かに溢れていて、事情を知らなければ感動的な場面だ。だが、中身は薩摩である。感動もくそもあったものではない。
「ところで、二人ともこの鎧を見てくれ。キャベツの報酬で修理してもらったのだが……」
ダクネスが自身の引き締まった身体で着ている鎧を持ち上げるようにして胸を張る。磨かれ光沢を持つ見事な白い鎧、室内を照らす光を反射して見事な輝きを放っていた。
「わぁ、ぴかぴかキラキラですね! とても、綺麗です」
普段のカズマなら成金がどうとか、皮肉を言っただろうが、今の彼には余裕がない。微塵も、猫の額ほどもない。テーブルに突っ伏し、視線を向けた先では、胸の立派なものを弾ませて、修理したての鎧を手で何度も触る薩摩と、それをドヤ顔で受け入れるドMの姿があった。
別の方向に視線を向ければ、新品の杖に頬ずりをする爆裂娘、もといめぐみんの姿がある。耳にはアクアが受付で騒ぐ声が聞こえてくる。レタスがどうこう聞こえるが、もはや反応することすら億劫であった。
余談だが、アクアが掴みかかっている受付嬢もとてもたゆんたゆんしていたそうな。
(冒険者って……、なんだっけ?)
哲学に目覚めかけた彼はそのまま、そっと瞼を閉じて、全てを諦めた。ちなみに、昨晩話しそびれた駄女神と、爆裂娘は普通に薩摩の加入を受け入れた。希望なんて最初からなかったのだ。
ドM×薩摩、地獄の始まり