光が、音が、体の全部を染めてゆく。
真っ白に塗りつぶすように、鮮烈に、一瞬で、俺の全部を吹き飛ばしたんだ。
その時だけは、何もかも忘れられた。考えても仕方のないようなことさえ、綺麗さっぱり灰の一粒たりとも残すことなく真っ白に、忘れられたんだ。
どうやら俺は本当に死んでしまっていたらしいというのを、今更ながら理解した。
寒空の下、土木作業でやられた体を冷やしながら、馬小屋の中でようやくそう思えた。
別に、これまで「俺は死んでいない」とか「これは夢だ」とか、そんなことを思ってここまで生きてきた訳じゃない。それでもまだ実感というやつが追いついてきてなくて、それが今ここでようやく、俺の背中を貫いたんだ。
アクアによって転生して、このアクセルの街でうだうだ日雇いで稼いでいる。正直言って毎日忙しくて仕方ないし、アクアはうるさくて疲れるしで、うだうだなんてだらけた様な言葉が合う状態では全くなかったのだけれど、本当はもっとちゃんとしたチートを持ってこれたのだから、それと比べればうだうだと言った具合だろう。
俺は死んだというより、もう二度と知り合いに会えないところまでやってきてしまっただけという感覚で、多分それでいいんだけど、なんだか居た堪れないような気持ちになってしまった。
「……あほらし、外回ってくるか」
もともとこんなこと考えるタイプの人間じゃなかったんだ。それが夜になって変な気分に浸りたくなっただけだと、脳みそはちゃんと理解してる。
だから、まぁ、うん。これはちょっとしたコントロールなんだ。
知らない感覚に身を置いて流されたくなったとか、そういう訳じゃない。いまさらそんな中二病みたいな事、きっとない。
というかさ、そうだとしたらちょっと恥ずかしいし、とりあえずはこれでいいでしょ。どうせ寝たら忘れるような物事なんだし。
外は、思っていたよりもずっと寒くて、吐く息も白くて、このあたりなんかは街灯もないもんだから、俺が知ってる夜よりも数段暗い世界だった。俺の知らないまっくらは、こんなに輪郭がないあやふやだったのかと思った。
鈴虫の声が薄く聞こえて、だんだんと頬の皮が縮こまって張り付いたように冷たくなる。吐いた息の白さが顔にあたって、すこし生暖かくて、あぁ昔小学生の時に行ったスキー場の早朝はこんな感じだったなとか思った。
それで、色んな所を回った。
いつも働いている作業場の前。飲み屋扱いのギルドとか、値段見て手を伸ばすだけの武器屋とか。普段歩いている道を何とはなしに、何も考えずに歩いた。
「さむ、てか眠くなってきた……」
いい加減に眠たくてもう戻ろうとしたら、後ろで何かが光って、それから震えた空気が肌を撫ぜた。
「こんな時間に花火かよ。何処にでもいるんだなDQNって……あーやだやだ」
帰って眠ろう。明日の朝も早いのだし。
俺はその時、この世界にも花火があるのだと思って疑わなかった。転生者の誰かが教えたのかと思ってたし、原理自体もただの炎色反応で簡単だからとか、そんなこと考えてたんだ。この世界で火薬を見たことなんてないのに。
目が覚めて、顔を洗って朝飯食って、速攻で親方の下に向かった。昨日深夜に出歩いたせいで、まだ眠気が酷いのか、朝っぱらから少し怒鳴られた。こればっかりは俺が悪い。
「すいません!!!キビキビ働きます!!!」
「よし、目ぇ覚めたようだな。んじゃ、作業再開!!!」
「「「よろしくお願いします!!!」」」
なんだか随分、体育会系に染まってしまった。実家のお袋が見たら泣いて喜んだ後で家族ぐるみの大爆笑してるんだろうな、今の俺。
俺の死に方にも笑ってたらしいし。いや、あんな死因は俺でも笑うけど。笑い事じゃないんだけどさ。うん。
ていうか笑ってるの絶対家族だけじゃないよな、中学の奴らとか絶対高笑いしてる。そういう奴らだったし。
懐かしいな中学の時。まだ幼馴染のあいつも、綺麗な黒髪のままだったよな。あの時はセミロングくらいの長さだったっけ。たまに帰り道で顔を合わせちゃって、何も話すことなく歩いてた。
もっと昔の、小学生の頃なんかは、一緒にいろんなところに行ったのに、中学に上がってからは自然とあんまり話せなかったんだよな。あれ、よく創作とかで見てて、そんなもんなんだろうなって思ってても、実際俺もそこまで凹んだわけじゃなかったけど、妙に寂しかった。
小学生の時に駄菓子屋行ったり、コンビニでアイス買って家上がり込んだり、クラスメイトも一緒に海連れてってもらったりもした。花火見たり課題見せてもらったり。冬になると悴んだだけの頬が朱く染まって、それで変にドキドキしたりとか。全部が全部懐かしい、もう過去のこと。
「カズマ!!ぼさっと働いてんな!キビキビ動けキビキビと!!」
「はい!!親方!!」
あーもう、変なノスタルジーに呑み込まれる前に引っ張ってきてくれるから、案外この仕事が嫌いじゃないんだよな。
最近はどうにも、頭がおかしくなりそうだ。
「お疲れ様でーす!」
「おう、お疲れ様。どうだ、今から飲みにでも」
「いや、アクア迎えに行かなきゃなんで」
「そうか、それとだがな、明日はお前休みな」
「え、まじすか」
「本当だ。最近根詰めてたし、一日休んでまたしっかり働け」
「うす、ありがとうございます!」
「おう、しっかりな」
あー、これは何というか、バレてんだろうな、集中できてなかったこと。働いてた方が楽だなんて明らかにおかしいもんな。
なんでこんなに疲れてるんだろうな、俺。正直もう訳もわからない。
……でもまぁ、休ませてもらえるなら、とりあえずは休もう。そうだ、明日はゆっくり寝て、どこかに出かけよう。きっと何かある筈だ。知らない場所をゆっくり散歩でもして、夕方前には釣りをして帰ろう。久しぶりに料理するなんてのも面白いかもしれない。
そう、明日は。
明日はきっと何か。何かをしなくちゃいけない。何か、なんでもいいから、やらなきゃ。
……何かって、なんだ。
無理だな、やっぱ。
無理に明るく行こうとしたって、無理なものは無理だ。正直苦しい。
日本だったら、どうだったよ、俺の休日は。
昼間まで寝て過ごして、学校にも行かなくて、だらだらゲームしてご飯食べて風呂入って、それで何にも考えずに眠る。明日の心配もなく、大人になるとか考えていなくて、あの薄暗い部屋で過ごした日常が毎日ずっと続いていくと、頭のどっかで思ってた。
平和で、のうのうとしていて、それできっと、親に愛されてた。
後悔は、どうだろう。しているのだろうか、いや、してないな、別に。幼馴染が寝取られようが、助けたいと思った女の子が、別に元々死ぬわけでなかったと知ろうが、別に俺は後悔なんてしてない。俺がいつもの通りにバカやって、その結末がこれってだけ。
「疲れた、帰りたい」
どこに?
「…馬小屋だろ」
なんで?
「そこが家だから」
どうして?
「俺が、死んだから」
足が凍りついてしまった。もう、動かせる気がしないくらいに、地面に吸い付いている。力の抜けた体に、持ち上がる気配のない首がやけに重たい。
心の中から、なにか大切にしていた、縋っていたようなものが抜け落ちてしまったような虚脱感に襲われて、そこには俺の体だけが残る。
もう俺は、自分で自分の体を動かすことができないような気にさえなった。
このまま一晩経って、翌朝眠りこけている俺は守衛にでも起こされて、惨めに朝日を迎えるんだろう。
それで、それで、それで……。
その瞬間、真っ白な光が俺の体を塗りつぶした。
遅れて爆音と、肌を撫でるように風が吹いてきて、あれが爆発だったと、俺に教えてくれた。
教えてくれた、それなのに。
俺の脳みそは、違うものを想起して仕方なく、真っ白になった脳みそから、ようやくその言葉が発される。
「……花、火」
俺の考えてもどうしようもないことは、たったその一つで簡単に崩れ去ってしまって、もうそんなことを考えようともならなくなった。
その代わりに、足が動く。
もう無意識だった。どうして走っているのか、どこに向かえばいいのか、そんなこともわからないのにただ走った。
その爆発下に行けば何があるのか、誰がいるのか、そんなことも考えていない。
綺麗だったから、黙って走った。それだけの理由で俺の憂鬱は吹き飛んで、それだけの理由で、あの凍りついた体が動き出して、たったそれだけの理由で、俺はこんなに胸を弾ませている。
結局辿り着いた先には巨大なクレーターが一つあるばかりで、それが何なのかはわからないままだった。そうしてやはり、それでもいいかと思ったのだ。
そんな光と、暖かさだった。
しばらくして、俺は立派ではなくとも、ちゃんとした冒険者になった。いまだにカエルにさえ負けるような、それでもちゃんと冒険者になった。
明日は、アークウィザードの人が、自分のパーティの面接に来てくれるらしい。どんな人なのか、いまから少し楽しみだ。
できれば、アクアの面倒なところをケアできるような、ちゃんとした人が来てくれたらいいなと思って、眼を瞑った。
俺はちゃんと生きている。
家はここで、身体もここにあって、心もちゃんと、追いついてきた。
この素晴らしい世界に、祝福を。
「かじゅまさ~ん、シュワシュワのお金ちょうらい~」
「……おまえ、今日渡した金は」
「使ったわよ、明日上級職の人が来るんでしょ?それなら私、一気に使って、また明日一気にぱーっと稼ぐのがいいと思うの!」
「この馬鹿駄女神!」
あぁホントに、祝福してくれ!