TSウマ娘の日記 作:空色
2月×日
マヤノにもトレーナーが付いたらしい。それについて驚きはない。マヤノは大人への憧れを持ってるから、成人男性とデートをしたがるのもわかる。わかってる………わかってる。驚愕したのは練習をしていることだ。随分前にマヤノに聞かれたことがある。「ねーねーユニちゃん。努力する意味って何だろう?」と。マヤノはすぐにわかってしまうから、努力する必要性がないのだ。一般人は事象を理解し、習得するために努力を行う。しかし、見てすぐに理解できてしまうマヤノは努力する意味を見出せない。小学生が行う漢字ドリルを例に出せばわかりやすいだろう。あれは何度も書いて覚えることを目的とした努力だが、マヤノは一度見れば覚えられるが故に何度も書く必要性がない。だから何度も書くという努力に意味を見出せない。俺は別にそれでもいいと思う。結果は同じなのだから。ただ、習得する技術が複雑になればなるほど、話はややこしくなる。理解でき習得したと言っても、練度に差が出てきてしまうからである。マヤノはAという走り方を見ればすぐに習得できる。しかし、マヤノは天才であって完璧ではない。誰よりもうまくその走り方ができるかと言えばそうではないのだ。だから壁にぶつかれば、努力する必要が自然とわかるはずだ。あの時そんなことを言った気がする。それ故に、マヤノの方針を変えることに成功した人間がいることに驚いた。………いや、変えようと思えば変えられたかもしれないが、俺は揺れるマヤノを見たくなかったが故に言わなかったのだ。
2月〇日
トレーニングをサボらなくなった姿勢が認められたマヤノはついにレースへの出場を許可された。俺もレースに出ないかと言われたが、トレーナーに止められたため断った。絶対に見に来てくれと言われたため、レースは観戦した。少し掛かり気味だったが、悪くない試合運びだ。何の因果なのかマヤノは先輩との勝負になり、彼女の天性のひらめきが先輩の厚みに踏みつぶされる結果になった。それでもトレーニングを積んでいたからこそ、最後の追い込みで新たなひらめきを見つけ、実行、一矢報いることができたのだからやはり、マヤノは天才なのだろう。トレーニングをしていたからこそレースで新たな可能性を見つけることができたため、努力の意味の一端を知った。この事実は、俺にとっては脅威だった。努力できる天才は非常に厄介だからだ。それでもまあ、マヤノが笑っているからいいかな。
マヤノのトレーナとも少し話した。うん、話しただけだ。きちんと笑えていたと思う。
2月△日
今日授業終わりに空き教室で泣いているウマ娘に会ってしまった。近くに他のウマ娘がいたこともあり、無視するわけにはいかずロールプレイ状態で話を聞いた。泣いている彼女はメイクデビューに勝てなかったウマ娘だった。ここから9月までの未勝利戦に勝てなければ、名を残すことも爪痕すら残せずに学園を去ることになる。彼女は極度の恐怖とストレスで胃の内容物を床にぶちまけていた。
この学園は残酷だ。たった一人の勝者がすべてを砕いていく。人生を掛けた勝負事をしにくる場所がこのトレセン学園だ。見たところ、彼女は凡人側である。ただ、一つ違うことは夢を見つつもブレーキを踏んだ凡人ではなく、夢を見てアクセルを全開にしてしまった凡人だということだ。走るところを一度見ただけで何がわかるのかと言われるとそうなのだが、何となく結末が見える。未勝利戦は勝てるだろう。日々のトレーニングや実際の走りを見れば決して低いレベルではないことが伺えた。しかし、彼女以下の努力と彼女以上の才能を持っている俺の方がやはり強い。俺もどちらかと言えば凡人だが、中途半端に才能があるため余計にこの残酷さがわかる。日記に書いて思考を整理していたが、やはり俺から言えるのは一つだけだった。
全部投げ出して逃避することも悪くはないと。
4月×日
色々あって日記を書くのを忘れていた。今日は花見をしてきた。と言っても誰かと行ったわけではない。一人の時間を作りたくて人気のない河原で花を見ていたのだ。そこで偶々自主練をしていたウマ娘に出会ってしまった。トレセン学園の生徒でなければ無視したのだが、ジャージからトレセン学園の生徒だとわかってしまったので、ロールプレイで応じざるを得なかった。薄青色の髪を持ったウマ娘だった。名前はケイエスミラクルだっただろうか。軽く足を捻ってしまったようなので、応急処置をしてあげトレセン学園まで付き添ってやった。別れ際に連絡先を交換していたら、黒髪ドリルに睨まれたんだけど何だあいつ?
4月×日
マヤノは入学してから今日に至るまでそれなりの頻度で俺の部屋に遊びに来る。父や母を思い出してキューっとなったときに来るのだそうだ。トレーナーが出来てから頻度が減るかと思ったが、そうでもなく普通に遊びにくる。その度に絡まれる先輩は見ていて少しだけ面白い。
4月×日
トレーナーの腕は確かだったようだ。まったく勝てないウマ娘ではないと思っていたが、この数ヶ月で想像以上の仕上がりになってきていると感じる。一番衝撃だったのは、俺は逃げよりも追い込みの方が合っているということだった。しかし、G1まではこれは伏せて逃げで行こうと思う。G1は賞金が高い。ホープフルステークスの賞金7000万を確実に取りに行く。
5月×日
トレーナーは相変わらず失礼な男のため、かなり口論になるが腕だけはいいのでこのまま行こうと思う。
6月×日
色々あったが、予定通りの時期にメイクデビューを終え、いよいよ俺のレースが始まる。最低でもこの3年間で2億は稼ぎたいところだ。
2月〇日
レース場にて
レースを終えたマヤノトップガンはユニークナイターに駆け寄った。その数秒後、ユニークナイターに向かって抱き着いたマヤノは興奮気味に捲し立てた。
「さっきの、ほんとにほんとに楽しかった……!だって、初めてだったんだよ!レース中に新しいことがわかっちゃったの!なのにブライアンさんには届かなくて、わかんないことがもっと増えて……。そのぶん、もっともっとワクワクした!こんなにワクワクしたの、あの時のユニちゃん以来!」
ユニークナイターはマヤノトップガンから感じる体温を堪能しながら、冷静に言葉を掛ける。
「それはよかったですね。………努力を行う忌避感は消えましたか?」
ユニークナイターは仮面をかぶったまま、そう問いかけた。対してマヤノトップガンは、感じるままの表情と言葉を吐き出す。
「んー……トレーニングはやっぱりつまんないし、うににーってなるよ」
ユニークナイターはその答えに僅かな安堵を覚えた。しかしその理由を彼女は理解していない。そしてユニークナイターの覚えた安堵は、次の言葉で吹き飛ぶ。
「でもね…これがトレーニングのおかげなら、マヤつまんなくても、ガマンできるよ」
「ッ!」
ユニークナイターは顔が引きつるのを感じた。
「だからね、あのね……待っててね?マヤ、絶対キラキラな大人のウマ娘になってユニちゃんをジャラジャラ縛ってるそれ解いてあげるから!ユー・コピー?」
自信満々で天真爛漫な少女は、ユニークナイターの心に宣戦布告した。彼女は理解していない。自身が何故こんなにもうれしいのに不愉快なのか。どうしてこうも情緒を搔き乱されているのか。
「アイ・コピー」
ユニークナイターはそう答えるしかなかった。