TSウマ娘の日記 作:空色
12月×日
結局逃げで走った俺は4着という結果に終わってしまった。G1とはいえ、賞金はしょっぱいの一言だ。
12月×日
正直ロールプレイをする気力が起きなかった俺は、授業をサボった。自分でも驚いている。ロールプレイを行っていないと、かなりの不安に駆られるというのに、気力がないだなんて。ひどい矛盾である。
12月×日
マヤノやマーベラスが平日の昼間でも俺の部屋に来るので、仕方がなく授業に出ることにした。マヤノは授業は聞かなくてもどうにでもなるからわかるが、マーベラスも一緒に来るのは意外だった。
12月×日
頑張るのにはエネルギーがいると思う。日々のトレーニングは大変だし、結果が出なければきつい。それを夢とか約束とか誰かのためとかそういったキラキラした情熱で、誤魔化しているのが中央のウマ娘である。対して、俺はそういったものを持って走っているわけではない。ここで将来の金を稼げれば後々他人と関わらなくても済むなとか現実感が希薄ながらお金を大事だからなという漠然とした理性の残り香でここにいる。だから、いざ足を止めると次への一歩が踏み出しづらい。逆によくここまでやってきた方では?いいじゃないか。そこまでの熱量を持たなくても、GⅢでチマチマと勝ったり入賞すれば目標の金額には行くはずだ。それでいいだろ?
12月×日
マヤノは勝手な娘だと思う。あの子が俺に向ける憧れは錯覚だ。初めて会った時、マヤノが俺に負けたのは単に積み重ねの差でしかない。その証拠に次のレースでマヤノが俺に勝った。
俺が大人に見えるのは俺が転生者だからだ。前世の年齢を足せば十分大人と言える年齢になっているはずだ。精神が肉体に引き寄せられても揺るぎはしない。お互いにとって最初の出会いが鮮烈だったのは認めるが、マヤノがあの時感じたワクワクは錯覚なんだ。だから、あの目で見ないでくれ。その透き通った眼が俺を狂わせる。
12月×日
今更になってマヤノの体温を思い出してきた。………やばい今マヤノに会いたくない。
12月×日
久しぶりにトレーナーと話した。トレーナーは開口一番、こう言い放った。皐月賞を獲る。そう言い放ったトレーナーは、俺にミスターシービー先輩を紹介してきた。名前ぐらいは知っている。三冠を獲ったウマ娘だ。彼女の走りを観察し、並走を持って習得しろと言われた。無茶苦茶言ってくれる………。彼女は紛れもなく天才だ。それは走りを見ればわかる。そして、彼女のパラメータは基本的に俺より上で、努力だけでは追いつけない。必然的に俺はミスターシービーの劣化品になるとトレーナー自身が断言した。だが、それでも皐月賞を獲るだけなら問題ないとも断言した。スピードが重視される皐月賞と俺の相性はいいらしい。加えて、前回のレースで俺をマークするウマ娘は激減しただろう。確かに、掛けるのなら今なのかもしれない。………皐月賞か。
1月×日
スタミナやパワーを捨てスピードのみを鍛える方針になった。元々、スピード型のウマ娘であるこの身体は、速度に関しては目を見張るものがある。同時に、過去のレースの動画を漁る。
2月×日
数年前、トレーナーが考案した特殊な走法があるとシービー先輩が教えてくれた。トレーナーに聞いたら怒鳴られてしまった。
3月×日
なんかシービー先輩に最近連れ回されているような気がする。自由人には慣れているから、別にきつくないけど。
12月25日。その日は雪が降っていた。ゆっくりゆっくりと降り積もる氷の結晶が、地面を水分で黒く染めていく。
マヤノは一直線にとある場所に向かっていた。それはトレセン学園の校舎、その屋根だった。暗くて見えないがマヤノには確信があった。そこに探し人がいると。
ユニークナイターが高い場所を好む理由の一つとして、視界内に他の建造物が入らないことで前世と同じ景色を見ている気分になれるからというものがある。
マヤノはその理由は知らないが結果的に周囲で最も高い場所にいることをわかっている。
「不良少女、ここは立ち入り禁止だ。とっとと帰れ」
ユニークナイターはいつもの口調を止めて、素で話しかける。それは彼女にとって、気分を高揚させるものだった。
「それユニちゃんが言っちゃうの~?マヤの方が成績もいいしゆーとーせーだと思うな」
帰る気はないと察したユニークナイターは、寝転がっている体勢から体を起こし自分の隣を空ける。そしてポケットから小さなタオルを取り出し、綺麗に引いた。
雪で湿ってきた場所に座らせないための彼女なりの配慮だった。マヤノはそれを見て楽し気に尻尾を振る。
マヤノはタオルの上に座り少女に向き直る。
「何でここに来た?」
ユニークナイターはそう問いかけた。
「んー、今のユニちゃんを放っておけなかったからかな?」
「今の俺が何だって?いつもと同じだ」
「全然違うよー。うにゃにゃーってなってるもん!」
マヤノの言葉に少女はため息を吐いた。白い息が空を舞う。
「だとしてもお前と話すことはない。帰れマヤノ。風邪引くぞ」
しかし、マヤノは少女を説得しに来たわけではなかった。ユニークナイターがこうなった原因をマヤノは完全には把握できていない。だが、自分が何をすればいいのかはわかっていた。マヤノは少女に言いたいことだけを言いに来たのである。
「マヤはね、昔からいろんなことがつまんなかったんだ。勉強も運動も絵もドラマの結末もなんでも『わかっちゃう』から」
マヤノは空を見上げながら続ける。
「キラキラしたものやワクワクすることだっていっぱいあったよ?カワイイお洋服。キラキラなお菓子。ロマンチックな映画にオシャレな雑誌。特にトゥインクルシリーズはワクワクだったの。テレビで見る大人のウマ娘さんはキラキラしてて、マヤノわからないことをわかったしてて、だからあの場所でマヤも走りたーいって思ってレースを始めたんだ。でも、小学校でレースをした時つまんなかったの。全部わかっちゃったから。キラキラに憧れるだけじゃダメなのかなーって思ってた。でもね――――――」
ユニークナイターは何となく視線を隣の少女へと移した。そこで、空を見ていたはずのマヤノと交錯した。
「マヤは
ゾクリとユニークナイターは背筋が凍るのを感じた。天真爛漫な彼女の瞳に確かな熱が宿っている。
「初めて会ったときは変な子ーって思ってた。何でいつも誰かを演じてるんだろうって?最初はそれだけ。でも一緒にいたらだんだんとわかってきたの。ユニちゃんはマヤが見てきた友達の中で一番大人だった。レースもうまかった。それだけじゃなくて、マヤが『わかっちゃう』ことをわかってたの!」
マヤノは目を見開き固まっている少女に晴れやかな笑みを浮かべる。
(マヤはわかってるよ?ユニちゃんはマヤみたいに『わかっちゃった』できるタイプじゃないこと。知ってるよ?小学校の時マヤのこと守ってくれてたの。わかってるんだ、『わかっちゃった』がないのに、必死にマヤに張り合おうとしてたの。何となくマヤと似たような感じだったことも。マヤにゾリゾリってする気持ちを持ってるのに、マヤの話を真面目に受け止めてくれるユニちゃん)
マヤノは少女の膝に手を置き、グイっと体を近づける。ユニークナイターは、熱に浮かされたような表情のマヤノと目が合い、目を回していた。彼女の柔らかな身体の生々しい感触が制服越しに伝わってくる。
「ま、マヤノ!?」
「ねえ、ユニちゃん」
マヤノの瞳にあるそれを見て、彼女の思考は冷やされた。いつもよりも真剣な声色が、雪に溶ける。
「マヤはまだユニちゃんのこと『わかっちゃった』できてないけど、でも、でもね?マヤから目を離さないでね」