絶対零度女学園 【長編ローファンタジー】   作:ミカ塚原

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上層へ(第1章完結)

「氷魔皇帝ラハヴェ?」

 瑠魅香が、その名を告げた猫レジスタンス・オブラに訊ねた。

「そいつが、私達をけしかけてた頭目なの?」

『そうです。ただし、何者なのかは全くわかりません。なぜなら、今の氷巌城が出現するまで、その存在自体が不明瞭だったからなのです』

「よほど用心深いって事なのかしら」

 瑠魅香は、氷魔だった頃にそのような存在について聞いた事があるか、思い出してみた。

「うーん、私は初耳だな。もちろん、氷巌城は常に"トップ"がいて、それに率いられる形でこの世に現れる筈だから、そいつが今回のトップ、ボスなんだろうけど」

「ラハヴェの素性については現在も調査中です。しかし、上層ほど調べるのは困難になるので、すぐに、というわけにはいきません」

 瑠魅香は、それはもっともだと頷いた。

「地道に上を目指すより他にないって事か」

 そこで、百合香が訊ねた。

『オブラ、あなたは上の層へのルートを知ってるの?』

「もちろんです。さっき同志と話したのですが、第一層への入り口まで、僕が案内します」

『ん?』

 百合香は、オブラの説明にやや困惑した。

『今いるここが第一層ではないの?』

「違います。ここは城の基底部であって、特殊な個体を除けば、最下級の氷魔しかいません。そもそも、あなたの侵入ルート自体が、氷魔からすれば想定外だった筈です」

 百合香は、学園の屋上から延びていた氷の階段を思い出していた。

 

『あっ』

 

 そこで唐突に百合香は、ひとつの謎を思い出した。

『ねえ、オブラ。訊きたいことがあるの。この城に、私以外に誰か、侵入した人間はいない?』

「人間、ですか?」

『そう。おそらくは、女性』

 百合香は、凍結した学園で自分以外に一人だけ、何者かが動いていた痕跡があった事を説明した。

『そいつは、なぜか凍結した校内を自由に動いていた。しかも私と違って、凍結現象そのものをコントロールできるらしい。扉を開けたあとで、再び凍結させていたの』

「ふうむ」

 オブラは少し考え込んだあと、仲間と意味不明の言語で会話を始めた。頷いたり、首を傾げたりしている。

「人間語じゃないよね」

『私と会話するために、わざわざ日本語覚えたのかな』

 百合香と瑠魅香は、野良猫の会合にしか見えないレジスタンスの会話を観察していた。会話が終わると、オブラは百合香を振り向いて言った。

「百合香さま、残念ながら該当しそうな人物についての情報はありません」

『そっか』

「ですが、我々としても気になる情報ではあります。明らかに不審です。なので、今後の調査で何かわかったら報告に上がります」

『ありがとう。頼んだわよ、小さな探偵さん達』

「探偵!それはなかなか良い響きですね…マタタビ探偵社という呼称に変えるのはどうだろう…」

『マタタビは絶対に外せないのね』

 なんだか瑠魅香とノリが似ている、と百合香は思った。

 

 その後、彼らが地下でアジトにしているという空間でひと息ついたのち、オブラの手引きで再び元の層へ戻る通路を、今度は百合香の精神に切り替えて二人は進んでいた。

「ひとつの肉体に二人の魂が宿ってて、切り替えができるって凄いですね」

 歩きながらオブラが言う。

「そうか…瑠魅香さまのように、人間に波長を合わせてしまうという生き方もあるのか」

「そういう事やった氷魔は他にいないの?」

 百合香の問いに、オブラは即座に答える。

「いませんよ!そんな方法、思い付いたとしても実行するのは難しいと思いますし…瑠魅香さまって、どういう存在なんだろう」

『人を珍獣みたいに言わないでくれるかな』

 百合香の中から瑠魅香が抗議する。

 

「じゃあ、逆はどうなの?人間から氷魔に変わるっていうのは可能なの?」

 

 歩きながら何気なく言った百合香の問いに、オブラは突然ピタリと立ち止まった。

「……」

「オブラ?」

「…何でもありません」

 そう言うと、オブラは再び歩き出す。

「不可能ではないかも知れません、瑠魅香さまが逆の事を実行されたわけですから。しかし、あくまで理論上、可能性の話です。現実に可能かどうかは、わかりません」

「なるほど」

 

 そこから、まるで獣道とでも言うような複雑難解な通路を辿って、オブラと百合香は見覚えのある通路に出てきた。

「ここは…」

「そうです。あなたが最初に侵入したフロアの、最奥部に続く道です」

 オブラは、突然歩速を落として百合香の方を振り向いた。

「百合香さま。そろそろ、一旦のお別れです」

「お別れ?」

「仲間からの報告によると、最奥部では現在、兵が多数配置されて、侵入者を待ち構えているそうです。しかも、巨大な魔晶兵を動員しているとか」

「魔晶兵?」

「巨大な、氷の戦闘人形とでも言いましょうか。それは、我々には歯が立ちません。でも、あなた方二人の力であれば、突破できるかも知れない」

 オブラは、何か決意したような表情で、百合香の目をまっすぐ見る。

「百合香さま。僕が、雑兵たちを引き付ける囮になります。あなた方はその間に、魔晶兵を倒して、第一層に向かってください」

「大丈夫なの!?」

「ご心配なく。逃げるのは得意です」

 そう言って、オブラは笑う。

「ただし、僕が逃げるのは容易ですが、敵が僕の揺動に気付くのが早ければ、あなた方は魔晶兵と、戻ってくるであろう雑兵たちを同時に相手にする事になります。時間は限られている、と思ってください」

 それは百合香たちには結構なプレッシャーを伴って聞こえた。しかし、瑠魅香は笑う。

『百合香。私たち無敵のコンビなら、氷のオモチャの一体くらい何てことないわよ』

「相変わらず無責任ね」

 百合香も、頷いて笑う。

「そうね。どのみち、そんなのに敵わないようじゃ、この先も進めないって事だもの。わかった。オブラ、そっちは任せたわよ」

「お任せください」

 

 オブラの先導で進んだ先に、何か広い空間に繋がる通路の入口があった。その左右を、槍を構えた氷の兵士が守っている。

「案の定です。あの個体は、あなた方が今まで戦ってきた個体より、ずっと知能が高い。人間の大人レベルというわけではありませんが、賢い子供くらいはあります」

「強いってこと?」

「今のあなた方なら勝てます。しかし、仲間に情報を細かく伝達できる、等の行動が可能なのです。1体を倒している間に、他の1体が他の20体にあなた方の存在を伝えたら、どうなりますか」

 説明しながら、オブラはゆっくり進み出る。

「百合香さま。あの、左手の柱の陰に隠れてください。私は、右手方向から彼らを誘導します」

 オブラが指差したのは、柱というには不格好な、立ち上がった氷柱だった。

「あの空間の中に、魔晶兵がいる筈です。僕の誘導に何体引っ掛かってくるかはわかりません。雑兵が残っていたら、まずそいつらを先に片付けてください。上層に上がれたら、私達の仲間が現れるまであまり移動しないようお願いします」

「わかった」

 百合香は、オブラに向かって力強く頷く。

「百合香さま。上の層でまた会うこともあるかも知れません。それまでどうか、ご無事で」

「そっちもね、オブラ」

『頼んだわよ、探偵さん』

 百合香はオブラの手を握る。オブラはパッと手を離すと、「行って」と左手方向を指差した。百合香は、足音を立てないように、静かに柱の陰、兵士たちの死角になる位置に身をひそめる。

 

 オブラはどうするのかと百合香が見ていると、何か聞こえない呪文のようなものを唱え始めた。

 すると、オブラの姿は氷の兵士に変わってしまった。

『魔法だ。変身できるんだ』

 瑠魅香が感心する。百合香も驚きながら頷いた。少し侮っていた。

 

「◆◆◆◆◆!!!」

 なんだかよくわからない言語で、兵士に化けたオブラが叫ぶ。これが氷魔の言語なのか。

 オブラの言葉に、衛兵は驚いた様子で、入口の奥に向かって謎の言語で叫んだ。すると、中からざっと20ほどの兵士達がわらわらと出てきて、オブラに先導され、百合香たちが今きた通路に大挙して消えて行ってしまった。

『やるじゃん!』

「ようし、行くよ瑠魅香!」

『あいよ!』

 

 二人は、衛兵のいなくなった入口を通過して、魔晶兵とやらがいるらしい空間に入った。そこは、奥に巨大な閉じられた扉があり、その手前に、確認するまでもなく"それ'だとわかる巨体が鎮座している。

 

 角ばった遮光器土偶とでも言えばいいだろうか。これを人間の形と呼ぶのは難しい。4トントラックほどもあるそれは、百合香の姿を認めるなり、すぐに右腕を上げて襲いかかってきた。

『話が早いね!』

「いくぞ!」

 百合香は、聖剣アグニシオンを両手でしっかりと構え、勢いよく魔晶兵に向かって突進した。

『百合香!』

 その動きで大丈夫なのかと不安になった瑠魅香が叫ぶ。しかし百合香は、魔晶兵の手前で突然、左側に大きく逸れた。

 上げた右腕を振り下ろした魔晶兵は、その側面を百合香にさらけ出す。

「もらった!」

 百合香は即座にアグニシオンにエネルギーをチャージし、至近距離で敵の腰部に技を放つ。

「『ディヴァイン・プロミネンス!!!』」

 巨大な荒ぶる炎の刃が、魔晶兵の胴体を直撃する。相手は大きくバランスを崩し、左膝をついて停止した。

『やるじゃん!』

「瑠魅香!」

『まかして!』

 百合香の肉体は、一瞬で黒髪の魔女・瑠魅香にチェンジする。間髪入れず瑠魅香は、杖からエネルギーを放出した。

「『ドリリング・バーン!!!』」

 瑠魅香もまた、百合香の向こうを張って炎の魔法を撃つ。百合香と違って、青白い炎の竜巻が横方向から魔晶兵の胴体を直撃した。

「オオォォォ!!!」

 魔晶兵は苦悶の叫びを上げる。腰部を中心に小さなヒビが入った。

「どんなもんよ!私達に敵うと思ってんの!?」

『油断しないで!これだけの大技を連続して受けたのに、まだ軽いヒビしか入れられてない』

「なら、百発くらわしてやるわよ!!」

 瑠魅香が勇んで再び杖を掲げた、その時だった。

「!?」

 突然、魔晶兵の全身に発光する幾何学的な文様が浮かび上がり、その装甲が剥がれ落ちてしまった。

「なに!?」

『瑠魅香、離れて!』

「え?」

 百合香は、強引に瑠魅香とチェンジして、迷わず大きく後退した。すると、装甲が剥がれ落ちて細身になった魔晶兵は、その巨体からは信じられないような俊敏さをもって、百合香との間合いを一瞬で詰めてきた。

「あっ!」

 驚く暇もなく、魔晶兵の左腕の爪が百合香を捉え、地面を擦りながら斬り上げてくる。その予想外の斬撃に、百合香はタイミングが大きく遅れてしまった。

「ぐあっ!!」

 攻撃を受け止めきれず、敵の爪が百合香の左上腕を斬りつける。百合香の全身をめぐる防御エネルギーさえ、完全にそれを防ぐ事はできなかった。

「うっ…く」

 ポタリ、ポタリと左腕から鮮血が落ちる。だが、激痛に耐える時間さえ百合香にはなかった。

『百合香!代わるわ!』

「瑠魅香!」

 百合香の制止を無視して、瑠魅香は再び肉体をチェンジして顕現する。しかし、左腕のダメージは人格交替により多少抑えられただけで、まだ血は流れていた。

「なるほど、これは…キツイね」

 肉体が外部から傷つけられるという感覚を初めて味わった瑠魅香は、不敵に笑った。

『瑠魅香、代わりなさい!』

「いやよ」

 瑠魅香は、杖を構えて短い呪文を詠唱する。青白い光が、杖を包んだ。

「アァオオォォォ―――!!」

 不気味な咆哮を上げて、魔晶兵が再びその左腕を、今度は横薙ぎに払ってきた。百合香は、もうダメだと思うと同時に、そういえばこんな場面が前にもなかったか、と感じていた。

 

 百合香が、静寂に気付いて感覚の目を開けると、魔晶兵は何かに引っ張られるようにもがき苦しんでいた。

『!?』

「百合香の小説にあったよね。場合によっては、前から押さえるより、引っ張る力の方が強い、って」

『え?』

 百合香が魔晶兵をよく見ると、その肩や腰に、極太の雷のロープが巻き付いており、それは地面から立ち上がって、魔晶兵の動きを封じていた。

「魔法のカッコいい名前が浮かばなかった。次まで考えとく」

『……』

「どしたの?」

『瑠魅香、ナイスプレー!』

 百合香にそう言われて、突然瑠魅香の視界が大きくにじんだ。

「あれ、なんだろ、また涙が…」

『代わって!』

 百合香は、心の中で瑠魅香とバトンタッチする。

 

 その時だった。

 

 再び、百合香の胸元から、あたかも超新星の爆発のごとき輝きが現れ、魔晶兵は恐れ慄いてその動きを止めた。

 

 その輝きは百合香の全身を包み、一瞬で弾けた。光が消え去ったとき、百合香の全身を包んでいたのは、それまでと比較にならないほど高貴な輝きを放つ、金色の鎧だった。

 

「これ…」

 百合香は、全身に清澄そのものの光のエネルギーが満ちるのを感じた。この鎧は、光が固体化したものに思えた。左腕にも、もう痛みはない。

 

 聖剣アグニシオンを、百合香は眼前に掲げる。恐るべき、強烈な重みを伴った力場が剣を中心として発生した。

 百合香は大きく跳躍し、魔晶兵の脳天にエネルギーが脈動するアグニシオンを叩き込む。

 

「『ゴッデス・エンフォースメント!!!』」

 

 空間全体が一瞬大きく軋み、目に見えない一直線の衝撃が、魔晶兵の頭から足元まで突き抜ける。

 その断面から眩い輝きが走り、それはあたかも太陽のごとく内側から大きく弾け、魔晶兵を粉々に打ち砕いて消滅させた。その余波で、巨大な扉の片側が倒れ、暗い階段が姿を現した。

 

「はあ、はあ、はあ」

 全身のエネルギーを放出しきった百合香は、その場に膝をついた。

『やった!百合香かっこいい!!』

「当然よ」

 まだ心臓がバクバクいう状態で、百合香は誰にともなくサムズアップしてみせる。

『さあ、もたもたしてらんないよ。さっさと上層に上がろう』

「急かさないでよ。あー、ポカリ飲みたい」

『ポカリってなに?』

「ポカリっていうのはね…」

 ガクガクする脚を動かしながら、百合香は階段を登り始めた。その上は、いよいよ氷巌城の第一層である。これまでの敵とは比べ物にならない相手が待ち受けているらしい。

 

 百合香の脳裏に浮かんだのは、あの闘技場でほんの少しだけ共闘した、戦斧の闘士の姿だった。

 

 行ってくるね。見てて。

 

 

(氷巌城突入篇:完)


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