絶対零度女学園 【長編ローファンタジー】   作:ミカ塚原

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氷騎士烈闘篇
氷騎士


 ほとんどの生物は、自然界の脅威に逆らう事ができない。

 

 あらゆる生物が、それに耐えきれずその種の歴史の幕を閉じて行った。

 

 

 

 科学文明の頂点を極めたと信じている、人間もまた例外ではない。

 

 

 

 

 絶対零度女学園

 

 第2章:氷騎士烈闘篇

 

 

 

 

 それは、世界各地の軍事基地で起こっていた。

「原因は不明だと!?それを調べるのがお前たちの仕事だ!」

 太平洋の島に、某国の海軍の軍事基地がある。その司令官が、主に軍事装備の保守点検を担当する士官たちに、怒号を発し続けていた。しかし、士官たちも上官に怯む事はない。

「繰り返し申し上げます。我々は保守点検のプロです。その我々の徹底的な調査のすえ、”原因不明”と判断した、という事です」

「では、端的に言え。当基地の軍用装備品は現在、スクランブルが起きた時に運用できるのか」

「できません。航空機から車輛に至るまで、全てが極低温によって凍結しており、エンジンに点火する事も不可能な状況です」

「では、この状況でもし、外部から航空機などによる攻撃を受けた場合、当基地はどうなる」

 司令官の質問に、士官は少し間を挟んで答えた。

「シミュレーションは担当外ですが、アサルトライフルで爆撃に対抗することはできません。全滅です」

 

 事は、遠隔地の軍事基地だけの話ではない。世界中で、遠距離ミサイルのハードウェアとシステムの両方が謎の凍結現象により、運用不可能な状態に陥るという異常事態が発生していた。いかなる最新鋭の戦略兵器であろうと、運用できなければただの鉄塊にすぎない。この状況を他国に悟られまいと、各国の政府は情報の徹底管理に動いていた。

 

 

 

 

「首尾はどうか、ヌルダ」

 氷巌城の玉座の間で、外界を見下ろしながら氷魔皇帝ラハヴェは問うた。脇に控えている、ヌルダと呼ばれた黒いローブの氷魔が答えた。

「はい。この時代の軍事力は、かつての人類のそれとは次元が異なるまでの発展を遂げております」

「ほう」

「ですが、その仕組みは解き明かせば取るに足らぬものです。原始的、単純な仕掛けを組み合わせて、高度な技術に見せかけたものにすぎません」

 ヌルダは、現代人類の軍事力を一蹴するかのように、嘲笑気味に言った。

「すでに世界の主要な軍事施設には、”処置”を施しております。もっとも、彼らの愚かな兵器がこの城に到達したところで、外壁に傷ひとつ加える事もできませぬが」

「では、試みにいつか撃たせてみるか?」

「陛下がお望みとあれば」

「ふん」

 臣下の冗談を、ラハヴェは鼻で笑った。

「これならば、数百年前の人類の方がまだ手ごわかったと言える。今の人類は、呪術のひとつもろくに扱えぬまでに退化してしまったようだな」

「御意」

「下がってよい」

「はっ」

 ヌルダは黒いローブを翻して、音もなく玉座の間を辞した。ラハヴェは、空にかかるオーロラを睨む。

「ヒムロデ」

 そう声をかけると、どこから現れたのか、青いローブをまとったヒムロデがラハヴェの下に跪いた。

「ここに」

「侵入者が第1層に到達したというのは、まことか」

「申し訳ございません。いかなる処罰も覚悟しております」

「お前の責ではない」

 ラハヴェは手を上げて、詫びるヒムロデに言った。

「ヒムロデ、正直に言おう」

「何なりと」

「私は、その侵入者がどこまで来られるのか、試してみたくなった」

「は?」

 ヒムロデは、驚きを隠さない口調で訊ねた。

「恐れながら、それは…本心でございますか」

「そうだとも。外の状況を見たか。今の人類文明は、科学力とやらは大層発展しているようだが、実のところ脆弱この上ない。彼らが用いるエネルギーのひとつ、ふたつを遮断するだけで、都市は機能停止に陥り、多数がその生命を維持できなくなる。その事に、”災害”と呼ぶ自然界のうねりが襲うまで気付かぬのだ」

 そう言ったあとで、ラハヴェは断言するように言った。

 

「わかるか、ヒムロデ。人類は進化したと思っているだろうが、実のところ”退化”しているのだ」

 

 ラハヴェの小さな嘲笑が、玉座の間に響く。

「なぜ私が、現代の発達した科学文明を参考にしなかったか、わかっただろう。粗末な練り物と鉄でできた醜い都市に住む、脆弱な生き物などに興味はない。だが、この侵入者は違う」

 ヒムロデは、ラハヴェの言葉を黙って聞いていた。

「この謎の侵入者が、もし人間だとしたら。それは、我々に対抗できる力を備えた人間ということだ。このような、退屈な状況において、唯一にして至高の気晴らしだとは思わぬか」

「私の考えなど、陛下の高邁なお考えには到底及びませぬ」

「ふん、平然と世辞を言う奴よ」

 ラハヴェは笑う。

「第1層の氷騎士たちに、侵入者を迎え討つよう通達しろ。むろん、兵士たちの各所への配置も怠るな」

「最初の氷騎士にすら及ばない事もあり得ましょうが」

「それはそれで仕方あるまい。だが、強い相手ほど存在を否定し、踏みにじる甲斐もあるというものだ。その無惨な屍を、ここにに運んで参れ。氷漬けにしてこの間に飾るとしよう」

「…は」

 どう思ったのか、ヒムロデはそれだけ答えると、礼をして静かに玉座の間を去った。

「何者かこの目で見て、直々に無惨なる屍にしてやるのも一興だが…まずはお手並み拝見といこう」

 

 

 

 

 侵入者こと江藤百合香は、焦っていた。

「はあ、はあ、はあ」

『代わろうか?おねーさん』

 頭の中で、相方の瑠魅香が言う。

「だ、大丈夫…」

『身体、だいぶ臭ってきてるんじゃない?』

「……」

 16歳女子高生にとっては、生命の危機と並んで大問題ではある。だが、今はやはり生命の維持が優先された。

 

 ここは、まるで石のような質感の整った氷でできた、四角い通路である。地底層から長い階段を登って来た百合香は、さっそく無数の氷の兵士と鉢合わせして、撃退しては身を隠し、ということを繰り返していた。

『地底層から見れば、ガラリと人工的な空間になったけど。もうちょい装飾があってもいいよね』

「装飾はどうでもいいけど、あの猫探偵のお仲間はどこなの」

 百合香は、一転して白く明るい通路を睨んだ。ここまで案内してくれたレジスタンス氷魔の探偵猫オブラが、第1層に登ったら仲間がコンタクトを取るのをあまり移動せず待て、と言っていたのだ。

「まず、癒しの間へのポイントを探る必要があると思う」

『そうだね』

「瑠魅香、あなたの魔法で”裂け目”を探す事はできないの?」

『なるほど』

 二人は、無言で精神を入れ替えた。金色の鎧姿の百合香が、紫のへそ出しドレスの魔女・瑠魅香にチェンジする。

「と言ってもな」

 試みに杖を構え、瑠魅香は適当に魔力を放ってみた。しかし、何の反応もない。

「あれ、どういう仕組みだったっけ」

『女神様の持ってる波動は氷魔の波動と打ち消し合うから、氷魔のエネルギーが散乱した時に、それが薄くなってる箇所が、癒しの間に至るゲートを作れるポイントってこと』

「あ、なるほど」

 瑠魅香は、もう一度杖を掲げた。

「そういう原理なら、これでどうだろう」

 杖の先から、真っ白なエネルギーの砂粒が空間に散乱する。美しい光景ではあるが、特にそれらしいポイントを見付けられる様子はなかった。

「ないね」

『それ、何やってるの?』

「氷魔の持ってる波動と同じものを、魔法で作って散乱させたの。これで探せるはずだよ」

『頼りになるなあ』

「ふふふ、もっと褒めて」

 瑠魅香は得意気に笑う。

 

「あー、さっき百合香が言ってた、ポカリなんとかって飲み物、飲んでみたいなあ」

『癒しの間で創れるかな。家具とかトイレ、シャワーが創造できるなら、食べ物、飲み物だって創造できると思うんだ』

「わたし、まだ食べ物っていうものを食べた事がないのよ!味覚っていうのも、百合香のツバとか、汗の味しか知らない」

『どこ舐めてんのよ!』

 百合香が相棒の変態行為に抗議したところで、何か視界の隅に動くものがあった。

『あっ』

「なに?」

『今なんか見えたよ!例のマタタビ探偵団じゃないの?』

「月夜のマタタビ、でしょ」

 相方の冷静なツッコミをよそに、百合香は再び身体を交替する。2.0を誇る視力で、今小さな影を見掛けた方向に移動しながら、何かいないか注意深く見回した。

 

 すると、かすかに「こっちです」と呼ぶ声がする。

「瑠魅香、なんか言った?」

『なにも』

 百合香はもう一度耳を澄ます。すると、やはり聞こえた。

「百合香さま、こっちです」

「あ、いた」

 百合香は、声のする方向をよく見た。通路の一部が、妙な形に歪んでいる。猫の形だ。

「光学迷彩か何かなの、それ」

 百合香は、魔法で光学迷彩を施しているのがモロバレの猫に近付いて言った。

「あなた、オブラの仲間でしょ」

 モロバレ光学迷彩猫の前にしゃがんで、その背中をなでる。

「どうして姿がわかったんですか」

「猫の形に空間が歪んでれば、だいたい察しはつくわ」

「なんと」

 やはり少年のような声がして、その光学迷彩が解かれると、白と青のマーブル模様の猫が姿を現した。

「オブラに会ったのですね。私はオブラの同志、ラーモンです。百合香さま、あなたのお噂は聞き及んでおります。たいへん残虐な手段で鳥氷魔を容赦なく葬り去った、とか」

「言い方!!」

 

 ラーモンと名乗った猫氷魔の手引きで、百合香は階段の脇にある石のドアで隠された入り口から、レジスタンス組織”月夜のマタタビ”のアジトに招かれた。

 何しろ猫用のアジトなので、非常に狭い。広さは4畳あるかないか、という所である。その中に女子高生1名と猫4匹が集合していた。基本的にどの猫も似たような氷系カラーなので、区別がつきにくい。

「あなたをここにお招きできた事、光栄に思います」

「ここ、大丈夫なんでしょうね」

「それはもう。兵士たちの盲点になっている場所です」

「ふうん」

 隠れ家、というのは何となくゾクゾクするなと百合香は思った。

「それで、このフロア…第1層ってどういう場所なの?」

 百合香は、さっそく気になる事から質問した。場所の状況がわからなければ、戦うのに不利になる。ラーモンは、小さく頷いて説明を始めた。

 

「我々が調べた限りでは、この層は戦士系の氷魔が集中的に配備されているようです」

「戦士系?」

「地下で闘技場をご覧になったでしょう。あそこにいた闘士たちは、この第1層でイレギュラーとされた者達の、いわば流刑地だったのです」

「流刑地、ですって?」

 百合香は多少の驚きと、納得をもって聞いていた。

「そうです。彼らは、城の防衛という任務に適合できない、いわば反抗的な存在でした。ひたすら戦う事に情熱を傾けるため、命令を聞き入れないのです。そのため、地下に追いやられたのです」

 なるほど、と百合香は思った。彼らは純粋過ぎるまでに、戦う事だけを存在意義としていたのだ。だから、戦って死ぬこともその一部だったのだろう。

「じゃあ、このフロアにいるのは」

「そうです。命令に従って侵略者と戦うための闘士たちです。なので、知能レベルもそれなりにあると思ってください。知能がなければ命令を理解できませんからね」

 百合香は戦慄しつつ、少なくとも情報を得た事への一定の安心感を覚えていた。今まで、その先に何がいるのかわからない戦いだったからだ。

 

 だが、とラーモンは言った。

「百合香さま、このフロアで真に恐れるべきなのは、”氷騎士”と呼ばれる城の幹部たちです」

「ひょうきし?」

「はい。彼らは、それぞれ防衛するエリアがあり、そこに常に構えています。非常に高い実力と知性を持っており、あなたのお力でも戦えるかどうか、我々にも判断がつきません」

「どれくらい強いかっていう情報はないの?」

「残念ですが、そこまでの情報はありません。ですが、参考になるかどうかわかりませんが、奇妙な報告がひとつ、同志から入っています」

「奇妙?」

 百合香は訊ねる。ラーモンは他の猫と何かを確認しあってから、百合香を向いて言った。

 

「このフロアにいる氷騎士の何体かは、剣や槍ではなく、”球”を武器にする者がいるらしいのです」


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