絶対零度女学園 【長編ローファンタジー】   作:ミカ塚原

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マグショット

『マグショットだ』

 瑠魅香が、思い出したようにその名を言った。

「ああ、あの探偵猫の一匹狼とか言ってたの?」

 百合香は制服を着ながら答える。

『そう。けっこう強いとか言ってたけど』

「どれくらい強いのかしら」

『片目がないとか言ってたよね』

「ファッションでね」

 レジスタンスのメンバーから聞いた、一匹狼の猫の情報はそんなところである。

「どこにいるかも、当然わからないんでしょ」

『だいいち、一匹狼って何だろう。協力してもらえるのかしら』

 瑠魅香の言葉に胸元のリボンを締めた百合香は、しばし考え込んだ。

「あまりアテにしない方がいいかもね」

『淡白だな』

「スタンドプレイヤーっていうのも世の中にはいる」 

『スタンドプレイヤー、か。響きはカッコいいね』

「そこは、良し悪しでしょうね」

 バスケットボールという、チームでの戦いが主体の百合香ならではの意見である。

「さて、そろそろ出るか」

 もはや氷巌城攻略がライフワークになりつつある百合香だが、逆にそれぐらいの感覚でいないと気持ちが参ってしまいそうだった。時々忘れそうになるが、生命がかかっているのだ。

 瑠魅香は、百合香にうなずいて、顔を重ねるように百合香の中に入る。いつもの「二人で一人」の状態になった百合香は、聖剣アグニシオンを構えて、城に向かうゲートをくぐった。

 

 

 いつものように、百合香・瑠魅香コンビは静寂の氷巌城内部へと降り立った。基本的には、百合香の精神がメインである。

『ねえ、百合香。思うんだけど、癒しの間から一気に最上階とかに転移できないのかな』

「…それは考えた事がなかった」

『それができれば、一気に氷魔皇帝とかいう奴のとこに乗り込めるのにね』

 瑠魅香の言う事はその通りだが、第一にそれが不可能である公算が高いのと、乗り込んだところで今の百合香たちに、その氷魔皇帝ラハヴェとやらに勝てるのか、という疑問があった。

「とりあえず、今は地道に進む事を考えましょう」

『真面目だねー』

 瑠魅香の茶々を聞き流して、百合香は第1層の通路を慎重に進んで行った。

 

 ところが、しばらく歩いたところで異変があった。

「なに、これ!?」

 百合香は声を上げた。曲がり角があったのでそこを左に入ると、通路に氷の戦士が3体ほどバラバラにされて、散らばっていたのである。

『仲間割れでもしたのかな』

「…それは考えにくい。基本的に彼らは、命令に忠実な存在でしょ」

『でも、サーベラスみたいに独自の意志を持った個体もいるみたいよ』

「……」

 その時だった。百合香の耳に、かすかに打撃音のような音が聞こえた。掛け声みたいなものも混じっている。

「何か聞こえる」

『また変なゲームやってる熱血集団じゃないよね』

 

 音が聞こえるのは、その通路のずっと奥だった。百合香は駆け足でその音の出所を確認するために急ぐ。

『気をつけてよ。サーベラスの時みたいに、囲まれるかも知れない』

「わかってる」

 瑠魅香の忠告に耳を傾けつつ、百合香は足を速めた。すると、聞こえていた打音がパタンと止んだ。

「?」

 疑問に思いながら、またも曲がり角にぶつかったので、今度は右に折れる。

 

 そこで、百合香はまたしても、氷の戦士たちがバラバラになって、多数倒れているのを見付けたのだった。

「まただ」

『どういうこと?誰かがこいつらを倒したってこと?』

「誰かが倒したのは間違いない。さっき聞こえたのは、間違いなくこいつらと、その何者かが戦っていた音だ」

 百合香は屈んで、倒された戦士たちの残骸を観察する。首が折られた者、壁に叩きつけられて砕けた者など、様々である。だが、何か今まで自分が倒してきた残骸とは、違うものを感じていた。

「…この城の戦士たちを倒しているということは、”こっち側”の存在という事なのかな」

『そいつ、何者かはわからないけど、倒したらさっさといなくなってるね』

「探そう」

『え?』

「たぶん、こいつよ。例の一匹狼」

 百合香は、そう断定した。今までの情報と照らし合わせると、そうとしか考えられない。

 すると、再び打撃音が通路の奥から響いてきた。

「!」

『百合香、急げ!』

 瑠魅香が急かし、百合香はダッシュする。

 

 少し開けた空間に出ると、そこでは氷の戦士たちが何者かを囲んで剣を振り回していた。すると、戦士たちが群れをなす奥から、謎の掛け声が聞こえてくる。

 

「オワタァ!!!ホォーッ!!!!」

 

 どこかのカンフー映画の主人公のような、甲高い掛け声がして、真ん中あたりにいた氷の戦士が何かに弾かれ、百合香の方に飛んできた。

『わあ!!』

「なっ…」

 百合香は制服姿のまま剣を一閃し、飛んできた戦士の胴体を斬り払う。

 

「アーーータタタタタ!!!!オーー―ワッタァ!!!!」

 

 今度は2体の戦士が、まるで工事現場のハンマードリルでも喰らったように激しく何かに殴られ、バラバラに砕けながらその場に崩れ落ちた。

 戦士たちが粉微塵に砕け、もうもうと冷気の煙が立ちこめる。その向こうに、直立する小さな影が見えた。

 

 煙が晴れるとそこに立っていたのは、ジャージのような上下のスーツを着た、精悍な顔つきの片目の猫だった。

『いた!こいつだ!!』

 瑠魅香が叫ぶ。百合香も、目の前にいるのが件の”一匹狼”だろう、と思った。

「あなたがマグショットね」

 百合香は剣を下ろして訊ねる。ジャージの猫は鼻を手でこすると、首をコキコキと鳴らし、値踏みするように百合香を見た。

「お前だな。氷巌城を騒がせている張本人は」

 思いのほか低めの渋い声で、百合香も瑠魅香も面食らう。

「騒がせている…まあ、そうかもね」

「おかげで俺の仕事が面倒になった」

「むっ」

 なんだ、その言い草はと百合香は思った。

「私は百合香。あなたがマグショットなのよね」

「…そうだ。ラーモンに聞いたのか」

 

 百合香は、これまでオブラ、ラーモンと、レジスタンス組織”月夜のマタタビ”の面々に協力してもらった事を説明した。マグショットは、小さくうなずいて言った。

「なるほど。お前は人間の立場で、この城に乗り込んできたわけか」

「そう。この城を消すために」

「できるのか」

「できない、なんて言ってる余裕はないわ」

「ふん」

 マグショットは鼻で笑う。

「ラハヴェとかいうふざけた奴のせいで、精霊の姿で悠々と生きていた俺たちは、氷の肉体を持ってこの城に勝手に配置された。迷惑千万だ」

「だから、あなたは反抗しているのね」

「反抗だと?」

 ジロリとマグショットは百合香を睨む。百合香はぎょっとして硬直した。

「笑わせるな。反抗とは、被支配者が支配者に対して行う事だ。俺は、誰にも支配されているつもりはない。逆だ。氷魔皇帝などと自称する身の程知らずこそが、俺によって粛清されるのだ」

『おー、言う言う』

 突然、百合香の内側から聞こえた声に、マグショットは軽く驚いていた。

「誰だ」

『元・あんたたちのお仲間よ』

「なんだと?」

 瑠魅香は、勝手に”表”に出て来てニヤリと笑った。百合香が突然、黒髪の魔女の姿に変貌をとげた事は、さすがに驚いているらしい。

「一体、お前は何者だ」

「私は瑠魅香。もと氷魔よ」

「なに?」

 

 今度は瑠魅香が、人間になるという目的のため百合香の身体に間借りしている事、その見返りもかねて百合香の戦いをサポートしている事を説明した。

「信じられん事をする奴もいたものだ。何を考えているんだ」

「悪かったわね」

「…お前が何をしようが、俺には関係ない」

 そう言うと、マグショットは瑠魅香に背を向けて歩き始めた。

「ちょっと。どこ行くの」

「知れた事。俺は上層に向かう。皇帝気取りの愚か者を叩き潰すためにな」

「あんた一人で何ができるの?」

 瑠魅香は腕組みして、マグショットの背中に言い放つ。マグショットはピタリと止まって、瑠魅香を振り向いた。

「俺は群れるのが嫌いだ」

「ふうん」

「忠告しておく。俺の邪魔をするな。邪魔だてするなら、お前たちも敵と見做す」

 あまりに堂々と言うので、瑠魅香たちには返す言葉がなかった。

「こいつらを見ろ。お前たちが中途半端に城を引っかき回したせいで、警戒が強くなった。氷騎士どもの所に行くのに、面倒な事この上ない」

 

『共闘はできないのね?』

 

 瑠魅香の背後から、百合香が訊ねる。マグショットはまた、ジロリと瑠魅香の目を見た。

「同じ事を二度言うつもりはない」

 そう言うと、”一匹狼”マグショットは通路の奥に消えて行った。

 

「面倒くさそうな奴だったね」

『うん…』

「あれじゃ、共闘なんてしてくれそうにないよ」

『でも、強さは本物なのよね』

 百合香は、足元に散らばる氷の戦士たちの残骸を見る。さっき感じていた違和感の正体が、百合香はやっとわかった。

『見て、瑠魅香。あいつ、氷の戦士の”急所”を正確に突いている。私が感じた違和感はそこだったの。無駄なダメージを与えていないのよ』

「よくわかるね。さすが、伊達に剣で戦ってないわ」

『私は剣を使わないと勝てない。けど、あいつは徒手空拳で氷の戦士を、何体も平然と倒している。あんな小さな身体で』

 百合香は、ラーモンから聞いたマグショットの実力が、過小評価だったのではないかと疑い始めた。そして、共闘できれば絶対に頼もしい味方になる。

『瑠魅香、代わって』

「え?」

『あいつを追う』

 百合香は多少強引に表に出て、制服から鎧姿にチェンジした。黄金の煌めきが、白い通路に反射する。

 

 

 しばらく通路を走っていると開けっ放しのドアがあり、その奥はまたも広い空間になっているようだった。体育館ぐらいある。百合香は、慎重にその空間に足を踏み入れた。

 

 すると、空間の中央にマグショットが一人で立って、周囲を何やら警戒していた。

「マグショット!」

「来るな!」

 マグショットは百合香に叫んだ。

「入って来れば、やられる」

「どういうこと」

 百合香は訊ねながら、マグショットの言ったとおりその場で立ち止まって警戒した。

 

 すると、空間の周囲に、何やら細身の氷の人形が出現した。

「あれは…この間の”ナロー・ドールズ”?」

『違う。ザコじゃない、正規の闘士だ』

 それは、女性のようなラインの闘士たちだった。細い手に、何か棒状のものを持っている。両端がふくらんだそれは、百合香には馴染みのあるものだった。

「バトンだ!」

 百合香が言う間もなく、マグショットの両サイドから、バトンが投げつけられた。マグショットはその全てを見切ってかわす。両サイドの人形どうしが、反対側から飛んできたバトンをキャッチして再び返す。そのサイクルで、延々とノンストップでマグショットはバトンの攻撃にさらされていた。

「マグショット!」

「子供の遊びだ」

 もう飽きたと言わんばかりに、マグショットは瞬時に飛んでくるバトンの2本を難なくキャッチすると、両手に握って振り回した。

「アタタタタタタ!!!!!」

 マグショットは飛来する無数のバトンの全ての動きを読み切り、一本一本確実に叩き折って行った。しかも、叩き折りながら正確に人形めがけて飛ばすというおまけ付きである。人形たちは、バトンを腕で弾き飛ばした。

『変態大集合だ』

 瑠魅香の言い様にもうちょっとましな表現はないのか、と百合香は思ったが、マグショットも人形たちも、常軌を逸した実力である。あの中に百合香がいたら、確実にバトンを全身に浴びて大ダメージを負っていた。

 

 その時、ようやく百合香は気付いた。

「バトン・トワリングだ!」

『ばとんとわりんぐ?』

「学校で見た事あるでしょ。バトンを投げるパフォーマンス」

『ああ、見た見た』

 瑠魅香は、百合香の学園で観察していた中に、そういう部活がある事を思い出していた。ちなみにガドリエル学園トワリング部は、トップクラスというわけではないが、そこそこの実力である。

「こいつらはトワリング部をコピーして、武器にしてる連中なんだ」

『百合香、勝てるの?』

「……」

 正直、今の攻撃に百合香の剣で対抗するのは難しそうだった。

『あたしの出番かな。ベンチを温めてなさい』

 どこで覚えたのかわからないセリフとともに、瑠魅香が再び表に出て来た。

「さあ、久々に暴れるよー」

「来るな!お前には対抗できん!」

 マグショットは、さっきまでのニヒルさが少し剥がれた様子だった。

「ふうん。あんた、ホントはけっこう優しいのね」

「ふざけている場合か!下がれ!」

「いやよ」

 瑠魅香は杖をかざす。すると、バトンの第二波がマグショットと、中央に進み出た瑠魅香に襲いかかった。

「くっ!」

 マグショットが、瑠魅香を守るような動きに出た、その時だった。

 

 瑠魅香の周囲に瞬時に現れた氷の無数のシールドが、目で追えないほどの速度で正確にバトンの動きに対応し、空中で全てのバトンを弾き飛ばしてしまった。

 

「な…」

 マグショットは驚きの目で瑠魅香を見る。

「お前は一体!?」

「あたし、魔女の瑠魅香。改めてよろしくね」

「魔女だと!?」

 言いながら、再び飛んできたバトンをマグショットは素手で叩き落とす。瑠魅香もまた、氷のバリアで同じように対抗した。

「らちがあかないね。やっちゃうか」

 瑠魅香は、バトンの第三波が小休止したタイミングで、杖に魔力を込めた。

「あたし、こっち側をやるね。あんた、あっちを頼むわ」

「む…」

「早く!来るよ!」

 瑠魅香に急かされてマグショットはしぶしぶ承諾すると、驚くほどの俊足で人形たちの近くまで一気に飛び込んだ。

「おー、やるやる」

 瑠魅香も負けじと、杖に込めた魔力を一気に解放した。氷のバリアが今度は水平に回転するカッターとなって、人形たちに襲いかかる。

 

「『クリスタル・ヴォーテックス!!!』」

 

 無数の氷の刃は、渦を描いて人形一体一体の逃げ場を失くし、確実にその首や四肢を切断していった。その様子を見た百合香が『毎回エグいのよね』と、ボソッと呟く。これも、自分が小説で書いたのだろうか。

 

 一方、マグショットもまた大技を繰り出していた。

「オオーーーーアタタタタタタァァ!!!!!」

 竜巻のように回転しながら跳躍すると、人形の一体一体の首を確実にへし折って行く。ほとんど瑠魅香の魔法と変わらない速度で、あっという間に人形たちはその場に崩れてしまった。

「アタッ!!」

 着地すると決めポーズを取り、さあ次はどいつだ、と言わんばかりに周囲を見渡す。瑠魅香はそれに拍手で応えた。

「おー、すごいすごい」

「バカにされているようにしか思えん」

「いやいや、ホントにすごいって」

 そう言って、瑠魅香はマグショットに駆け寄る。

「うん。思ってた以上に凄いんだね、あなた」

「だから共闘してくれ、とでも言うつもりか」

「してくれると、こっちとしては助かる」

 正直なところを瑠魅香は包み隠さず言った。

「私の相棒、強いくせに時々不安そうにしてるのよ。あなたが味方になってくれれば、この子も頼もしいと思う」

 余計な事を言うな、と百合香は瑠魅香にだけ聞こえるように抗議した。マグショットは「ふん」と鼻を鳴らす。

「不安になるのは弱いからだ」

「あら。私の相棒の強さを知らないから、そんな事言えるのよ」

「だったら見せてみろ。その強さとやらを、今ここで」

「え?」

 瑠魅香は、マグショットが何を言っているのか一瞬理解しかねた。

「丁度いい稽古台のお出ましだ」

 マグショットは、空間の中央に向かって拳法らしき構えを取る。瑠魅香は、何事かと振り向いた。

「あっ!」

 瑠魅香もまた、瞬時に身構えた。

 

 空間の中央に青い光とともに現れたのは、2体の巨大な、バトンを持った人形だった。


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